58.才女は伊達ではなかった
やっと戻ってこれたよ。愛しい自宅に!
「やっと帰ってきたで~。あー、疲れた」
「あ”ー、マジ疲れたわ」
荷物をソファーに置き、ドサっと腰を下ろしたら、留美生がわたしの隣に座りアンナも座るように言った。
「アンナの姉ちゃんも疲れたやろ! 座って良えで。何飲む?」
何故か?マークが乱舞しているアンナを留美生が、無理矢理座らせた。いそいそとお茶の用意をしている。
「花令、何飲みたい?」
「コーラ!」
ビールも飲みたいけど、今は糖分が欲しい! 時々無性に飲みたくなるんだよね。
普段は、お茶かお水なのに。何でだろう?
留美生もコーラを選び、アンナの分も用意していた。
せめて、希望くらい聞いてやれよ。
とは思ったが、面倒臭いのでパス。
蛇ちゃんズとサクラ、楽白には、それぞれ専用の水を用意しダイニングソファーで寛ぐ彼等に配っている。
こういうところは家庭的なのに、どうして男に興味を示さないのか不思議だ。
まあ、幼少期がアレだとトラウマ物の男性不信だしね。
「あれ? アンナの姉ちゃんどうしたん?」
アンナの異変にいち早く気付いた留美生が、不思議がって声を掛ける。
よく見ると、アンナはコーラに口を付けていない。
困った顔をするアンナに、初見でコーラは不味かっただろうかと首を捻った。
「花令、アンナの姉ちゃん此処に来てから喋ってへんけど具合悪いん?」
と尋ねられ、そう言えばと手をポンと叩いて言った。
「ごめん、忘れてたわ!! 言語最適化のスキル習得せんとな。留美生、お前も念のため習得しとけ。pt振ってやる」
言語最適化のスキルがないと、日本語も分からないもんね。これで読み書きができるし、ヒアリングもリスニングもバッチリだ!
留美生は、英語の発音が怪しいからなぁ。取っておけば、海外に行った時にも役立つだろう。
危険も減るしボッタクリにも合わないで済む。
留美生とアンナのステータスを表示させ、スキルの部分を弄り言語最適化を追加させた。。
「アンナさん、これで話通じますか?」
「あ、はい。大丈夫です」
良かった。ちゃんと通じたわ。
「花令がウッカリさんでごめんなぁ~」
「誰がうっかりや! 売り捌いた品代を貰わんお前と一緒にすんな。ボケ!」
留美生は、私の罵声など丸っと無視を決め込んでいる。
「アンナの姉ちゃんの部屋は私が以前使用してたアトリエをそのまま使って貰う形になるん。まぁ、見て貰ったら良えと思うけど必要な物が出てくると思うんよ。お金はこっちで出すから安心して良えで。自分が必要な物はリストに書き出ししてな。じゃあ、先に部屋案内しよか」
勝手にアンナの部屋を決めやがった! まあ、元アトリエだけどあの汚部屋を引き渡すのか……。
部屋の間取りとかの案内は留美生に任せて、私はアンナの私物を買いに行く準備をした。
サイエスだとお洒落なんて絶対出来ない!
縫製技術もそうだけど、無効には化学繊維とか無いしね。着て行ける服も限られるし、戦闘になるから汚れても良い服となるとダサくなる。
ニャルカリで購入したココ・シャルルのバッグも使いたい!
買い物して色々堪った鬱憤を発散させたいのだ!
大きなものは通販で買えば良いけど、細々したものはショッピングモールで買い物でしょう。
「一応、この家の案内は済んだでぇ」
一通り案内が終わったのか、留美生がアンナと共にリビングに戻ってきた。
「サンキュー。てか、お前…10000セット忘れとらんやろうなぁ!?」
こいつ鳥頭だから忘れられてないか心配だ。軽く睨んだだけなのに、留美生はサッとアンナを盾にして身を隠している。
「忘れてへん! 忘れてへんよぅ!! ちゃんと作るってばぁ!!」
留美生、超必死。涙目である。うけるわ。
「それよりも時計!アンナの姉ちゃんに渡したかったんよ。こっちの時間とあっちの時間が違うさかい時計も用意したんやで!」
バリキャリ風の綺麗可愛いお洒落な腕時計を渡して、大きい時計がサイエスで小さい時計が日本の時間に合わせてあると留美生が説明している。
私には、ゴツイ腕時計しかくれなかったくせに。その扱い酷くね?
「綺麗やん! で、私のは?」
勿論用意しているよね? と手を出してクレクレ攻撃したら無いって言われた。
「あんたは持ってるやん! それで我慢しい! これは徹夜で頑張って作った力作なんや! 綺麗な姉ちゃんに使って貰う為に作ったんや! この姉ちゃんは広告塔なんや! 私のファッションを身に着けて売り付ける為のやしな。平凡コケシは引っ込め!! 最初にあげたゴツイ時計を使っとけ」
と言われ、セコイ、ズルイ、うちも欲しい!と駄々を捏ねた。
私だってバリキャリ風の綺麗可愛い時計が欲しい。
誰が好き好んで性能重視のゴツイ時計なんてしないといけないんだ!
身に着けるなら綺麗や可愛いものを身に着けたい。
そんな乙女心が無理解な妹に怨嗟の言葉を吐き続けてやる。
「それよりも! アンタは会社があるんやろー。そっちも何とかしときぃーな。明日、アンナの姉ちゃん連れて必需品揃えて来るさかい」
グッ、痛いところ突かれた。サイエスでも気の抜けないタヌキ共と商談、日本では化粧品の発送作業と仕事が溜まっている。
タブレットPCでメールをチェックすると、新規のお客さんがわんさか居ましたYO!
私の休日はいつになるのやら。完全予約制の商品だけど、規模がどんどん増えている。
今のところ、私しか作れない。出来上がった商品の梱包作業を外注することも考えたが、どこで作られているとかオープンに出来ないので1人で対応するしかない。
事業が大きくなるなら少し、考えた方が良いかもしれない。
向こうに奴隷の売買をしているなら買っても良いし。
家をマンションに立て直して事務所兼自宅にして、パートを雇うのもありかもしれない。
中古で買った家だが、手直しするつもりだったし。
サイエスで稼いだお金を頭金にして、思いっ切ってマンション建設をすればいい。その間、別の場所で中古マンションを購入して、当面はそこを拠点としてサイエスを行き来すればいいかもしれない。
ここら辺は、留美生と応相談だな。
留美生はアンナと話し込んでいるし、直ぐに話す必要もないか。
「明日は買い物だから早く寝るんやでー」
話が終わったのか、留美生はそれだけ言うとさっさとリビングから出て行ってしまった。
残された私達は、私の置かれている立場を話すことにした。
「色々混乱していると思うけど、今起こっていることは全て現実だからね」
「はい。私も、驚いています」
「何から話せば良いかなぁ。取り敢えず、セブールまでの経緯を説明するわ。一旦黙って聞いて、それから質問があれば言ってくれへん」
一問一答なんてしていたら日が暮れる。時間は有限なのだ。
ザックリと説明したが、にわかに信じがたい話だったようで思いっきり戸惑っている。
「サイエスの神様の悪戯が原因だなんて信じられへんのは分かんで。でも、こうして世界を渡って別の世界に来れたんが証拠や」
「先程も思ったのですが、普段と喋り方が違いますね」
「まあ、仕事モードは敬語使わんとあかんやろう。社会人として常識やし、何より礼儀正しく見える。訛りが強い喋り方やと。普通なら上手く行く商談も、人によっては難航すんねん。だから統一する。それに気づいてたか? 商談の時用の眼鏡と、普段掛けている眼鏡が違うん」
「確かに違いますね。黒縁眼鏡なのは変わりませんが、眼鏡の縁にGのイニシャルかXの文字ですね。商談するときは、いつもXの方を掛けてますね」
流石、アンナだ。普段からよく観察している。
「そう、Xはココ・シャルルのCを重ねたデザインでXみたいに見える。スーパーブランドやで。もう一つはガッチっていうブランド。Gのマークが入っているのは、普段使いの眼鏡。後、薬作る時用の眼鏡もある」
「何故そんなに多くの眼鏡を持っているんですか?」
「自分の心を守る為や。視力が悪いさかい、裸眼では殆ど見えん。眼鏡を掛けたら見たくないもんまで見える。そこで、眼鏡に役割を持たせることにしてん。どの眼鏡をかけるかで、自分の中のスイッチを切り替えるんや。精神的に辛い時でもスーツ(戦闘服)を着て化粧して、それに見合う鞄と靴・服を揃えるのはアンナも一緒やろ? 私は心が弱いから、眼鏡で自分の中を見せないようにしとる。仕事用の眼鏡は、どんなに嫌な相手でもニコニコする。時には面倒臭いことや、クレームなんかも処理せなあかん。精神的に一番しんどいけど、眼鏡で心のスイッチを切替えることでONとOFFが出来る。そしたら、精神的にそれ以上病むことはない。視力が悪い人間にとっては、体の一部だから普通に感じるけど。眼が良い人には遺物に感じるやろう? それと同じ原理と思ってくれたらええわ」
「……レン様にとって眼鏡は気持ちを切り替える道具という事ですね」
流石、天才だけあって頭の回転も速いわ。
私も馬鹿ではない。同じ轍は踏まないように学習し努力する生き物なのだ。
「まあ、そういう事。うちの最終目的は、悪戯で私の人生を弄ぼうとした糞神を殺すこと。その過程で知りえた情報や知識・スキルを使って生活を豊かにすること。何も金銭的なことだけやないで? 身も心も豊かにならんとな」
「分かりました。俄かに信じがたい話ですが、こうして目の前で起きた出来事から目を背けるのは私の矜持に反します! レン様の言葉が真実なのかは判断出来かねますが、ただ異世界の人間だということは分かりました」
意外と冷静だわ、この人。もっと驚くとか、否定するかと思ったのに。盲目的に信じるわけではなく、見極めようとする姿勢は好ましい。
留美生が良いんじゃないかと言った言葉が分かった気がする。
「まあ、追々こちらの世界の生活にも慣れて貰うよ。サイエスと日本の二束わらじになるんだから、忙しくなるで」
「望むところです」
良い笑顔で応えるアンナに、私は自分でも気づかないくらい小さな笑みを浮かべていた。
「朝やでー! 朝ごはん出来たから起きやっ!! 蛇ちゃんズに喰われんでっ!!」
何か頭上で怪鳥がギャーギャ騒いでいるのが聞こえるが、私はまだ眠いんだ。
アンナと話で疲れているんだ。もうちょっと寝かせてくれよ。
起きたくないとばかりに布団に潜り込んで寝ていたら、
「突撃やー!!」
バンッと部屋の扉が開かれ、私が寝ているベットの上に留美生がダイブした。
「ゲッフゥ……」
思わず昨日食べたものがリバースしそうになったよ!
妹よ、その手荒い起こし方は止めろと何度言ったら分かるんだ。
「おーはーよー! 良い朝だー! 朝だよ! ハローハロー! モーニングぅ!」
壊れたレコードのように朝を繰り返す妹は、ギシギシと腰の上で飛び跳ねている。
「痛い!痛いってーーーーーーーーーーーーーばぁ!!!!!!! や、やめ、止めんかゴラァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
寝起きの悪さもあって、留美生の胸倉を掴み体勢を入替て思いっ切り蹴り飛ばした。
「ゴハッ!!」
ドサッと容赦なくベッドから落ちた留美生は、落ちた衝撃か、それとも蹴り飛ばした痛みでか悶絶している。
ぶっちゃけどちらでも良いが邪魔だ。
かと思えば、スクッと立ち上がって私の横に寝てたサクラを強奪し頬ずりをしている。
<おはよう、サクラたん。今日も可愛えなぁ。ご飯出来てるから食べよーな>
<ルーちゃん、おはようですのぉ。ご飯♪ ご飯♪ ご~は~ん♪>
念話での会話も随分スムーズになったようだが、サクラに変な呼び方を教え込むなよ。
気色悪い。
サクラに萌え萌えキュンキュンしている変態を放置し、リビングに行くと朝食の用意が出来ていた。
留美生とアンナがリビングに入ってきて、漸く朝食タイムが始まる。
朝食と言っても遅い時間帯なのだが気にしない。
昨日は、夜遅くまで反し込んでいたからな。アンナは大丈夫だろうか? 私は眠い。
「「頂きます。」」
食事中に、留美生が今日の予定を聞いてきた。
「花令、今日はどうすんの? アンナさんと私は買い物って決まってるけど」
「一緒に行く」
私だって買い物して色々発散したい! ディゼニーだけでは癒されないことはあるんだよ。
「会社はどうするん?」
「たまには息抜きしたい! 納期は守ってるし大丈夫や……と思う」
受注制の生産に切替えたから、納期は守られている。と言うか、守っている。
まあ、あの5桁の数字を見ると眩暈を起こしそうになるが、薬師3になっているので化粧品セットを作るのも大分慣れて早く作れるようになった。
生産効率が上がったけど、それに比例して発注量も増えている。追いつかないよ……。
でも、遊びたいんだ! たまには息抜きしたい! そうじゃないと私が死んじゃうよ。ストレスで!!
留美生は、サクラと楽白にご飯を与えながら納期を守れるなら良いんじゃないと許可を出した。
「まぁ、良えけど。買い物はアンナさんの入用な物やからな! 花令の欲しい物は買わへんよ!」
と、ガッツリ宣言されました。ちくせう。本当、こういう時だけはケチだよね!
「うっ……分かった。」
まあ、私は物持ちが良い方じゃない。飽きたら、フリマサイトとかで売り払うって新しいの買うからな。
この買い物でアンナと私が面倒ごとに巻き込まれるとは、この時思いもしかなった。




