1.異世界に誤招待されました
私の名前は、山田花令。初対面の人は、絶対に読めない名前だ。
その為、幼少時のあだ名は『カレー』だった。
子供の名前として今なら違和感がなく(超願望)、音の響きも普通だと思う。
生まれた当初は、意表をついた突飛な名前だっただろう。
俗にいうキラキラネームという奴だ。
そんな名前を付けた母は、双子の妹にも同じキラキラネームを付けた。
これが、また酷かった。留美生って!! 入学式は、ルミオとか呼ばれる悲惨さは目から汗が出たわ。因みに、妹のあだ名は『ロミオ』だった。
小学校の宿題で自分の名前の由来を調べましょうという物があったけど、親に聞けば『字面と響きが良かったから』だと。
流石にそんなことを書くわけにはいかず、無い頭と漢字辞典を片手に自分なりに適当な理由をでっち上げて提出したのは忘れられない。
男尊女卑の家で長男教。物心つく頃には施設で生活し、小学校に上がった時に兄が居た事実に衝撃を受けた。
親族ぐるみで服飾の仕事をしていた母だったが、家に転がり込んでいたパート男が車狂の屑で、さらに四つ離れた兄は妹を性的な目で見る屑だった。
夜な夜なパンツ脱がされるのは日常的で、抵抗すると殴られる。
小学校四年生の時には、素股をさせられ性病を移された。
股が痒くて病院に行った時に主治医に怪訝な顔をされたのを今でも忘れられない。
家での扱いの酷さ+事業倒産で施設に逆戻りし、高校を卒業した私と妹は晴れて故郷を飛び出し二人暮らしを始めた。
その時は、ガラケーやパソコンが普及し始めてネットは無かった。
男性そのものが汚物に見えて仕事以外では話すのも無理ってくらいの拒絶っぷりに、私は病気だと気づくことが出来ず、男は二次元限定でしかも腐った方向へ拗らせ花の二十代は同人誌にお金を費やした。
そんな私にも転機が訪れる。
毒母の死亡だ。余命宣告から10年、毎回死ぬ死ぬと心臓発作を起こしてはゾンビのように蘇生する母を心底疎ましかったが訃報を聞いて小躍りしたものだ。
丁度、働いていた職場の上司の粘着質なパワハラにストレスゲージがMAXを振り切っていたこともあり、古巣の故郷に戻ることにした。
葬式で三十五歳と男なら働き盛りなんだろうが、親戚連中は賞味期限切れの行かず後家と嗤われる。
ストレスで発生した混合性不安抑うつ障害と診断され、傷病手当を貰いつつ慎ましい生活を送っていた。
そんな矢先の出来事だ。小説は奇なりというが、それを実体験すると誰が予想できようか?
神様は、そんなに私のことが嫌いなんだろうか?
妹に付き添って貰った病院帰りの駅のホームで、隣に立っていた男の子が飛び込み自殺した。肉片と血を頭から浴びたと思ったら、真っ黒な空間に居た。
「は?」
隣にいたはずの妹の気配がない。地面がない。浮いているのか、寝ているのか、分からない。
ただただ、真っ暗な空間に白くて丸い物体が居た。
「HELLO WORLD! HELLO KAREN」
白くて丸い物体は英語を喋った。
「英語かい! 日本語で話せよっ!!」
思わず突っ込んでしまったのは、関西人の性なのか?
「んんっ。あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ! ゆーきゃんすぴーくじゃぱん!OK?」
発音がなってないなんて指摘は受け付けない! 丸い物体を指さして日本語喋れと命令してみたら、あっさり日本語で返された。
「日本人かー。外れ引いたなぁ」
外れ呼ばわりされて米神に青筋が出来るのも仕方がない。怒鳴っても自体が好転することはないのは、これまでの経験で分かっている。まずは、状況確認が必要だろう。
「質問しても良いですか?」
「へぇ、この状況でよく落ち着いていられるねぇ。まあ、良いよ」
子供っぽい感じだが、聞こえてくるのは女の声。先程の不貞腐れた感じではなく、面白そうな様子が伝わってくる。
「私は、妹と一緒に駅のホームに居ました。ここは何処で妹は何処ですか?」
「ここは世界の狭間で、妹は知らないなぁ。呼んだのは君の傍にいた男の子なんだよねぇ。なんか電車にひき殺されてたけど」
ケラケラ笑う声にゾッと背筋が寒くなる。震える声を押し殺し、元の世界への帰還を望んだ。
「間違って呼ばれたなら元の場所に帰して貰えますか?」
「無理だね。幾ら全能の神と崇められている僕でもあくまで一方通行だから」
バッサリと希望を切って捨てられた。ここに妹が居ないなら巻き込まれなかったのだろう。
「何のために呼んだんですか?」
「娯楽のためさ。最近、異世界転生とか流行っているみたいだし。ちょっと面白そうだからやってみたかったんだよねぇ。でも、呼ぶ相手が死んじゃって使えない相手を呼んじゃって、本当大損だよ。神通力返して欲しいよね」
何とも下らない理由で呼び出されたんだ。目的がないのに、召喚とか無いわぁ。
「手違いで呼び出され、帰ることも出来ない? そういう事ですか?」
「うん。そうなるね」
ここで適当な対応をすれば、後々私の生死が左右される。
慎重に事を進めなければ、直ぐに死んでしまうだろう。
「要は、異世界へ行って貴方にとって面白い事が起これば良いんですね?」
「そうだよ」
「……私が行って娯楽を提供します。手違いで連れてこられた事も加味して、私の要望を三つ聞いて貰えますか?」
数秒の沈黙の後、私は丸い物体に取引を持ち掛けた。
「君が行く世界は、君の居た世界とは異なって魔法や魔物が存在する世界だよ? 有名なMMORPGをモデルにして作られた世界だからね。魔法は英語が基本になっているし、君の下手な英語では発動すらしないよ」
「全能の神なら、その世界の全ての言葉を操れるようにすることは可能なのではないでしょうか?」
「まあ、出来るよ」
「では、一つ目は世界の全ての言語を操れる能力でお願いします」
「分かった。ビギーナー特典として鑑定と空間魔法も付けてあげるよ。その代わり楽しませてよね」
「二つ目は、地球で購入した私物を異世界でも自由に使えるようにして欲しい」
「確かにあっちの世界では珍しい物だけど、本当にそんな能力で良いの?」
「はい。最後の一つは、経験値倍化でお願いします」
「戦闘系のジョブないのに意味なくない? まあ、それが君の希望なら良いけどさ。じゃあ、僕の世界サイエスへ転送するね。僕を楽しませてくれることを期待しないで待っているよ!」
その言葉と同時に丸い物体が眩い光を放ち、私は思わず目をギュッと閉じた。
光が和らぐのを感じ恐る恐る目を開けると、そこはだだっ広い草原だった。
私はうっすらと笑みを浮かべて言った。
「楽しませてあげるわ。死んだ方が良いと思うくらいにね」