191.その頃のアンナたち
花令が去った後のこと。
「アンナ様、先ほどの方は一体どなたですか?」
会頭と対等――否、敬っている相手が気になるエリーはアンナに問いかけた。
アンナは書類から目を離すことなく、
「彼女は、Cremaの創設者よ」
と衝撃的な一言を発した。
「えっ!?」
自分と年が同じくらいの少女が、国内有数の大商会を立ち上げたというのか。
「私とあまり年は変わらないですよ!! 冗談ですよね?」
アンナのもう一人の秘書エレインも驚きを隠せないでいる。
「商人に年齢は関係ないわ。彼女が居なければ、私は今でも商業ギルドの受付嬢を続けていたわね」
「「……」」
絶句している二人に、アンナは手を付けていた書類を机の上に置いて、お茶にしましょうと席を立った。
Cremaが開発した魔道湯沸かし器でお湯を沸かし、コーヒーを入れる。
出されたクッキーは、Cremaが支援する孤児院で作られている。
「貴女達は、彼女が会社を去ってから入ったから分からないかもしれないけど。あの方は、傑物よ。自分の目的のために、この商会を立ち上げたに過ぎないのよ。正直お金に頓着する人ではなかったわ。一番上がお金を持っていたらダメになるって言って、基本給+役職手当だけしか受け取らなかったもの。残業代も受け取ってなかったわね」
「何故そんな方が、アンナ様に商会を譲られたのですか?」
「やりたいことがあるとしか聞いてないし、詳しい事は知らせて貰ってない」
「それは、帝国と何か関係があるのでしょうか? 一応、敵国ですよ」
「今は、ね。今後はどうなるかは分からないわ。貴女達、神社が出来てどう思った?」
「アーラマンユ教会と違って、安いお布施で治癒魔法を施して貰ったり、精密な鑑定までして貰えて助かってます」
「レン様は、常に庶民の立場から物を見て一人だけが良くなるのではなく、皆が良くなる方法を考えていらっしゃる。今まで、誰も考えたことがなかった考えよ。誰しも『自分自身が良ければそれで良い』と思い行動していたでしょう。この建物を建てるために、商会の人間ではなく現地の人を雇用して建てたわ。そのまま、商会に残って今も働いている。しかも、必要なスキルや知識を得るために、仕事をしながら手助けする寛容さ。普通の商会なら、スキルを得てからでないと雇ってもらえないものよ」
アンナの言葉に、言われてみれば確かにそうだ。
読み書き算術は必修だが、全く出来ない人も教育を施しながら仕事をさせている。
その分賃金は低いが、最低限生活出来る金額は稼げる。
更に、必要なスキルを取得すれば手当も出る。
怪我や病気をしても、格安で治癒や薬を受けることが出来る。
週休2日という好待遇に、一度求人を出せば募集者は殺到する。
自分たちも、その待遇に魅せられ応募した一人にすぎなかった。
「就職して、最初に強化合宿をする羽目になるとは思いませんでしたけど」
「あれは、過酷でした。何度死ぬかと思ったことか……。ただの事務員に、戦闘経験積ませてどうするんだろうと今でも不思議です」
「レン様が率いた班が、一番過酷だったそうよ。就寝時間とトイレ休憩と昼休憩以外はずっと戦闘だったと報告が上がっていたわね」
サラッと恐ろしいことを言われ、顔が青ざめる。
アンナが、傑物を言ったのは商人の才能だけでなく腕も確かということなのか。
「Cremaは、色んな意味で注目を浴びているわ。利権を狙うもの。取り込みたいもの。潰したいもの。それこそ、千差万別にいるからね。それらからCremaを守るためには、従業員自身ある程度強くなって貰わないと困るのよ。だから、新人には強化合宿が組み込まれているの。それに落ちるような根性なしは不要ということよ」
前会頭と現会頭にそんな関係があったとは知らなかった。
完全実力主義だとは頭では分かっていたが、こうもはっきりと言われると身が引き締まる。
「帝国へ物資を送ったとなれば売国奴になりませんか?」
「その為に、クロエ夫人へ取次を依頼してきたと考えるべきね。ダンジョン産の品をポンと出せるくらいの財を持っている人だから、帝国でも何かやらかすんでしょう。レン様との会話は他言無用よ。情報が漏れた時点で貴女達は懲戒解雇になるからね」
「「はい!」」
アンナの言葉にブルッと震えあがりながら、直立で即答した二人だった。




