17.薬師ギルドは社畜の巣窟でした
夕飯も食べ終え、鍵を受取り当てがわれた部屋に入る。
時計を確認すると丁度地球との時差は7時間ほどだ。
一旦、自宅へ帰ってどれくらい時間経過しているか確認しよう。
「ただいまー」
返事がない。珍しいこともあるもんだ。
リビングに入り、テレビを点けると深夜番組が流れていた。
共同で使っている充電器には、留美生のスマートフォンが充電されていた。
スマートフォンを手に取りタップすると日時が表示された。
10月18日1時40分と表示されている。
一方私の時計は、10月17日19時20分となっている。
サイエスでの1時間が、地球では7時間経過していることになるのか。
時差が分かっただけでも収穫が出た。
この事をメールにしたため、サイエスに戻り宿で夜を明かす事となった。
翌朝、身体がバキバキに痛かった。ベッドとベッドマットを買って快適に寝たいと切実に思った。
せんべい布団は腰にくるわ。そろそろ、医療用のコルセットを使う時がくるのも近い気がする。
アイテムボックスから愛用の基礎化粧品・石鹸・タオルを取り出し、宿の裏にある水場で顔をジャブジャブ洗う。
洗顔後にcleaningを使い不要な皮脂などを落としてから、基礎化粧品を顔に塗りたくった。
1本382円の特売品。両手いっぱいを顔に万遍なく浸透させるように濡れば、数分後にはプルプル艶々のお肌が完成する。
お肌の急降下真っ最中だからこそ、手入れは念入りにしなければならない。
日焼け止めクリームも塗って、よしっと気合を入れる。
看板娘に声を掛けるとえらく驚かれた。
「レンさん、今日は早いんですね」
確かに今まで昼過ぎが多かったから、お寝坊さんだと思われても仕方がないか。
「今日、ここを発つ予定なの。薬師ギルドによってからだから、早めに起きておこうと思ってね」
「じゃあ、宿代2日分返金しますね」
返された金貨1枚を受取りチェックアウトし、薬師ギルドへ足を運んだ。
十五分ほど歩いて、漸く目的地にたどり着く。
中を覗くも、やっぱり誰もいない。
仕方がないので、アイテムボックスからマイクを取り出して叫んだ。
「ポーション取りに来ましたぁぁあ!」
「毎回毎回五月蠅いんだよ、あんたは! そんな大声出さなくても聞こえているわ」
「こうでもしないと、出てこないじゃないですか。そもそも、受付に一人くらい置いたらどうなんです」
受付嬢でも、受付おっさんでも良いから人を配置しておけば、来客に大声を出させなくて済む話だ。
「人手不足なんだ。それに、薬師の多くは研究馬鹿が多いから引きこもりなんだよ」
研究に熱中し過ぎて、来客の声もきこえてないなら、なおさら普通の人を雇った方が良いんじゃないか?
「ポーション受取りに来ました。割札です」
「ギルドカードも出しな」
「何で?」
「ポーションの授受された記録を残す為だよ。時々ポーションを騙し取ろうとする馬鹿がいるんだよ」
なるほどね。割札だけでは不用心だと言う事か。
素直にギルドカードを出したら、魔法具の上に置かれた。
「これが頼まれていたもの。MPポーションとHPポーションだ」
結構な数がテーブルを埋めている。金貨5枚分だから、それくらいにはなるか。
「それより、お前さん。調合1を取得してるね。ポーションが作れるようになったのかい?」
本当便利な道具が揃っているね! そんな個人情報まで勝手にチェックしないで欲しい。
「自作の化粧水を作ってるので、そのせいじゃないですか?」
「化粧水って何だい? 何かの薬かい?」
え? そこから? 冒険者ギルドの受付嬢は化粧していたから化粧品や基礎化粧品もあると思っていたのに、化粧水の概念がないなんて!! 私は、そっちに驚きだよ。
「肌のきめを整える水です。薬ではないです。冒険者ギルドでもお化粧した受付嬢も居ましたから、普通に化粧水はあるんじゃないんですか?」
「そんなものが、あるなんて聞いたことがないよ! 大体、オーリブ油で顔をマッサージして石鹸で油ごと汚れを落とすのが常識だ」
「それだと、肌がつっぱりませんか?」
「ああ、洗顔後はつっぱるからお貴族様やお金に困ってない奴らはHPポーションを顔に塗っている」
「……」
おっっふぅ、言葉にならなかったYO。ポーションが色々と間違った使い方されている。
こっそり鑑定した石鹸は品質最低の品だった。
「石鹸て幾らなんですか?」
「これでも銀貨4枚はする。全身洗えるからね。ただ、泡立ちがいまいちなのと臭みがね……」
そりゃ魔物の油を使っているんだから仕方がない。植物油ならそんなことはないのに。
「その化粧水とやらは、どれくらい効果があるんだい?」
アイテムボックスから取出した100円ショップの石鹸と乳液、美容液、昨日作った化粧水第1号くんを取出した。
「この石鹸でまず顔を洗います。このネットを使うと泡立ちが良くなりますよ! 余分な脂と汚れを取り除いてから化粧水をつけます。金貨1枚くらいの大きさを10回くらいに分けて肌になじませるようにマッサージしながらつけます。仕上げに乳液を塗って化粧水の蒸発を防ぎ、気になる部分に美容液をつけます。人によって効果の出方は違いますが、10歳は若返りますよ」
美魔女と言われるくらい肌の綺麗な熟女がいるし、全日本ミスコン出身者もドラッグストアなどの安い化粧水や乳液で十分効果があると断言していた。
まあ、今のところ私の自作化粧水が日本製品を超えることはないと思う。だって調合スキルがレベル1だしね。
「ちょっと試して良いかい?」
「どうぞどうぞ」
婆に洗顔方法から化粧水の付け方までレクチャーし終わったのが1時間。どっと疲れたわ。
「これは良いね! 石鹸が良いにおいだし、泡立ちもいい! すっきりした感じが癖になるね。肌もつっぱらないし、手に吸い付く感じだ」
「それを最低でも朝と夜にすれば、ぷるぷる艶肌が保たれます」
欲を言えば、昼にもすると効果が倍増だが、仕事しているならそんな時間はないだろう。
油とり紙があれば化粧直しも簡単になるだろう。うわぁ、お金の臭いがする。
留美生がここに居たら、絶対商機と言わんばかりに販路を開拓していそうだ。
「これは作れるのかい?」
「作れます。でもコストが掛かるので、今のところは自分の分だけしか作ってません」
そう難しいものでもないし。ただ手間はかかるから、石鹸については100円ショップで買った方が質が高くてコストが安い。
「そうか。残念だ」
がっかりだと肩を落とす婆を見て、やっぱり変なところで女なんだなぁと思った。
「調合スキルが上がれば、効率よく質の良いものを安価で提供できるかもしれないので、その時は市場に回るように売りますよ」
と答えたら、婆の目がクワッと大きく見開かれ、ガシッと腕を掴まれた。
「その時は、レシピを薬師ギルドに売るんだよ!! ちゃんと特許税が入る! 他に売るようなことはしないでおくれ。くれぐれも商業ギルドにはね!」
この婆、他のギルドは敵みたいな認識しているんじゃないか?
レシピは売っても薬師ギルドで売っても良い。商品は商業ギルドに売れば問題ないだろう。
薬師ギルドがポーション以外に化粧水に着手すれば、私に印税が入るし、化粧水の売上でwin-winな関係が保てるだろう。
「分かりました。では、これで失礼します」
用事は終わったとポーションを鞄を通してアイテムバックに収納していたら、何言ってんだみたいな顔をされた。
「お前さん、調合1なんだからポーション作って行け」
「私、ポーションの作り方知りませんけど」
「調合1あれば、下級ポーションくらい作れる。これが、下級ポーションのスクロールだ。読んだら、さっさと作るんだよ」
「いやいやいや、私これから行くところあるんですよ! 無理無理無理」
ポーションの作り方が分かるのは嬉しいよ? でも、急に強制労働させられんの?
「下級でもポーション作れたら、旅の途中でも困らないだろう。調合器具一式くれてやるから手伝いな」
くっ、確かにそうだけど。買うより自分で作った方が安上がりだし、仕方ない時間の許す限り作るか。
「手伝うんで、魔物除けの薬とかも教えて下さいよ」
「毒消し、魔物除け、虫よけの薬が書かれたスクロールだ。読んだら、HPとMPの下級ポーション100個作って貰うからね。魔力が切れたら、マナポーション用意してあるから遠慮なくどんどん作れ」
「マナポーションのお金払えないっす」
「作成時はタダだよ」
目の前に居たのは、鬼婆だった。働きたくないでござる。しかし、目の前の鬼婆は許さない。
結局HP・MP下級ポーション、毒消し、魔物除け、虫よけ薬のスクロールを読み、作業場に監禁されてポーション作りに勤しんだ。
作り始めると科学の実験みたいで熱中してしまった。
時計を見ると15時を少し過ぎていた。
「お腹が減った……」
クーッとお腹の音が鳴り、留美生作のご飯を頂くことにした。臭いのきついものはパス。消去法でサンドイッチにすることにした。
ハムと胡瓜、スクランブルエッグのサンドイッチに欠かせないのは、コーヒーだよね☆
アイテムボックスから保温ボトルと愛用のマグカップ・インスタントコーヒーを取出し、粉をカップに入れてお湯を注いだ。
留美生はカフェオレ派だが、私はアメリカンのブラック派だ!
単にいちいち砂糖や牛乳を入れるのが面倒臭かっただけで、いつしかこうなった。
コーヒーの臭いにつられたのか、サクラが鞄から出てくる。
触手を伸ばしてコーヒーを飲もうとしているが、サッとカップを取り上げた。
悲しげな感情が流れ込んでくるが、苦いの飲んでのたうち回るより良いだろう。
「これは苦いからダメ。サクラは、こっちにしときなさい」
アイテムボックスから取出したDr.コーラをグラタン皿に注いでやった。
色は似てるし、気分を味わってもらおう。
飲みながら、高速ブルブルしている姿を見て、満足してくれたみたいだ。
小皿にアーモンドのチョコを数粒置いて、出来たものを鑑定していった。
MP下級ポーション(良)×11
MP下級ポーション(普)×58
MP下級ポーション(劣)×31
HP下級ポーション(良)×8
HP下級ポーション(普)×62
HP下級ポーション(劣)×30
毒消し(良)×13
毒消し(普)×20
毒消し(劣)×28
虫よけ(良)×18
虫よけ(普)×11
魔物除け(普)×33
やり過ぎた感はあるな。最初は、こんなものだろう。
毒消しと虫よけ、魔物除けはアイテムボックスに収納した。
それ以外のポーションは、婆に納品となるので呼びに行くことにした。
「下級ポーション出来ましたよー」
部屋を出て声を張り上げても誰も出てこない。安定の婆だね。
スチャッと鞄に準備していたマイクを取出しボリュームは大で、
「下級ポーションできましたぁ!!!!」
と叫んだら怒られた。
「毎回怒鳴るな! 聞こえているわ」
「毎回返事が無いんですから、仕方ないと思いますけど」
シレッと言い返して、マイクを仕舞う。
「出来たポーションはどれだい?」
「これです」
それぞれ100本のポーションがある。HPポーションは体力と腕力を使うが、MPポーションはそれに加えて魔力も使うので何度魔力切れを起こしたか。
MPポーション1本作るのに、魔力10削るので20個作る度にマナポーションを飲んでいた。空のMPポーション5本が台の上に転がっている。
「初めて作った割には上出来じゃないか。普通なら(劣)が殆どなんだけどね。(良)まで作れるなら、このままここで働いてもらおうかね」
「嫌です」
こんな社畜ギルドに就職したくない!
「(劣)以外は、こちらで引き取る」
「(劣)は貰って良いんですか?」
「ああ、卸せないし売り物にもならないからね。(良)があるから元は取れる。それから、あんたは今日からCランクに昇格だから、年会費金貨1枚と銀貨3枚貰うよ」
強制労働&ランクアップで、さらにお金まで取られるのか!
そりゃ、薬師ギルドに働きたくないわ。
「金貨1枚と銀貨3枚です」
ギルドカードと一緒に渡し、ガクッと肩を大きく落とした。
戻ってきたギルドカードにはCランクと記載されている。
嬉しくない。
「じゃあ、もう行きますんで」
「用事が終わったら、戻ってきな。沢山ポーション作らせてやるよ」
「……(遠慮したい)」
私は、無言で疲労困憊しながら薬師ギルドを後にした。




