132.ミスト領に行こう
留美生は、各神社と連携が取れるよう通信術式の札を開発しているらしい。
今日も今日とて私は、紅唐白を膝に乗せて書類と奮闘していた。
「まだ仕事は終わらんの?」
ノックもせず執務室にずかずか入ってくる留美生にイラッとしたが、物を投げても交わされるか、受け止められるかでムカつき倍増になるので止めた。
「しゃーないやん!! 100万単位の束で書類が乗っかってくるんやで! もう嫌や…もう引継ぎ終わったし、後は津々浦々と全国回って神社を建てるで!!」
書類攻めに発狂→日本の自宅へストライキ→戻るを繰り返している。
最近ではアンナもこのパターンに慣れたのか、1時間程度で戻ってくるので何も言わず書類をバンバン回してくる。
本当、何でこの会社は社長の私に優しくないのなか!
社長業なんてしなければ良かったと心底後悔しているよ。
「最初はミスト公爵領から行くけど物件がキチらしくってなぁ。リサイクルに出されたけど見るまでポイントは保留にしてある。卒業試験ってことで研修生を連れて行くけど、姉ちゃん本当に来るん?」
ミスト領と云えば、あの公爵夫人のところかー。
留美生がキチ物件と言っているなら、相当ヤバイ物件なのではなかろうか?
卒業試験がそれとは、研修生はご愁傷様である。
お祓いを頼むのではなく、リサイクルに回した辺りが何か引っかかる。
ポイントを貯めて高級化粧品セットを手に入れたいとは考えてなさそうだ。
どちらかと言うと、コネクション作りだろうか。
相手方の動向は注意しておいた方が良いかもしれない。
「行く! ミスト公爵夫人のところやろ? うちがいる方が話進めやすいで!!」
「助かるわ。それでな、こっちはイーリン達に任せるさかい問題はない。ただリオンがなぁ。あいつ孤児院のまとめ役にする予定やったんやけど、色んな所に行きたいって聞かへんねん。仕方ないからリオンのレベル上げも兼ねて連れまわす予定。最悪リオンがダメやった場合にマリーゼを後釜に据えるから問題は無いねんけどな!」
あのリオンが我がままを言うとは驚いた。
一応、この世界では成人している部類ではあるが若輩者には変わりない。
孤児院のまとめ役を放っても津々浦々を回りたいとは、見聞を広げたいという感じではないし、何かあるのだろうか。
彼もちょっと監視対象にさせて貰おう。
云々と考えていたら、ことりとテーブルの上に置かれた簪に目がハートマークになった。
「大量生産可能な簪やで! ミスト公爵領限定にしようと思ってるんやけどどうやろう?」
「うんぎゃーーーーーーーーーー可愛い! クレ!!」
簪に飛びついた私を見て留美生は、危機感を受けたのか簪を取り上げようとしている。
「でな、ミスト公爵領だけにそれを降ろすのってどう思う? 止めた方が良えか?」
「良えんとちゃう。アンナは私の監視役で絶対に付いてくるやろうし、ワウルは情報収取に欲しいし、あとは適当に見繕うわ」
書類から解放されるなら何だって良いわ。
「もう準備出来てるから姉ちゃんが行ける時に行くで!」
「じゃあ、今から準備して行くで!! アンナー今から戦闘系のメイドと護衛を60人程用意してや!! 今から30分後にミスト公爵領に行くで!」
公爵家宛てに今からお宅の領に向かうけど良いよね的な書簡をマリーに持たせてお使いに出した。
返事は拡張空間ホームを通して私の手元に渡る予定になっている。
向こうも駄目とは言ってこないだろう。
リサイクルの依頼もあることだしね。
公爵家からの返事は待たず、アンナに戦闘系メイドと護衛を併せて60名選抜して貰った。
戦闘経験が少ない者、レベルが比較的低いものをチョイスして貰う。
折角他領に赴くのだから戦闘経験も積んでもらおう。
準備をしている間に、マリーから返事が来た。
了承が得られたそうだ。
念話で、今かが伺うが問題ないか確認して貰ったら即OKを貰った。
「ちょっと公爵家に出向くから、その間に出発準備進めておいてや」
アンナに準備を頼んで、ドレススーツに着替えて紅唐白を連れて自宅を出た。
マリーのお蔭で面会もサクッと出来たが、ミスト婦人が食えない人だった。
留美生印の簪(試作品)を持参して、販売許可を求めたらミスト領の印も入れて専売で卸すように言われた。
元々そうするつもりだったので要求は飲んだが、腹の中が真っ黒な人と久しぶりに商人らしい駆け引きをした。
夫人もそうだが、執事が敏腕というか金勘定が凄かった。
アンナ2号とあだ名をつけておこう。
原価割れしないが、儲けが出ても多くはないギリギリのラインを狙って交渉してくる。
大量生産して販売するなら有りだが、その予定は無いので舌戦の末に利益7:3で手打ちにした。
素材や人件費などを引けば儲けは2割強と言ったところである。
本当やりにくい相手だよ。
商業ギルドマスターよりも遣り辛い相手だった。
商談1つ纏めて公爵領にお邪魔する旨伝えたところ、夫人自ら紹介状を書いてくれた。
というか、書いてもらった。
伝書バトや早馬での伝令よりも、絶対私の方が先に着く自信がある。
距離的に1日車で移動すれば着く距離だからだ。
紹介状を拡張空間ホームに入れて自宅へ戻ると、既に準備万端と言った面々を見て移動を開始する。
王都を覆う壁の外まで行くのに辻車を10台ほど独占した。
乗り心地は最悪だったとだけ記しておこう。
イスパハンにサスペンションを用いた馬車が作れないか模索して貰おう。
王都を出た所で私達は5部隊に別れバスとワゴン車で移動を開始したのだが、拡張空間ホームから現れた車に留美生が素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっと、姉。あの痛車…どういうこと!?」
豪華絢爛王宮のプリンス様と薔薇の乙女~だったか……、100%イザベラの仕業だろうな。
「イザベラああああああああ!!」
シレッとしているイザベラを怒鳴りつけたら、
「五月蠅い!!」
と脳天を思いっきりハリセンでしばかれた。
「姉よ、他の車も痛車にしたらイザベラの管理責任追及するさかいな!」
いきなり私に責任追及キターーー!!
「私の管轄やない!!」
「お前の管轄や!! 痛車にするのも数百万ってお銭々が発生するんやで!? 重課金ゲーム廃人がお金持ってるわけないやろう!! どこの金や!? 人にお銭々を横領って言いながらお前がお銭々(おぜぜ)横領しているやんけっ!」
言い合い殴り合いの喧嘩をする醜悪姉妹。
車内で同乗している初期メンバーは慣れたもので、喧嘩の音とBGMへと自分の作業に没頭している者が多々いた。
運転手のボブが、
「姐さん達、煩っいっす! 降ろしますよ!!」
とガチ切れした声で脅されて、慌てて謝罪した。
「「ごめん」」
以降は足の踏みつぶし合いである。
姉妹喧嘩に口を挟む馬鹿はおらず、全員が静観していた。
高速スピードで車を走らせ、休憩をこまめに挟みながら走ること数時間。
ミスト公爵領へと辿り着いた。
検問が見える所で車を下車した。
姉が拡張空間ホームに車を収納して宣言する。
「此処からは徒歩で行くで!!」
ザッザッとどこの軍隊だと突っ込まれそうな統一された動きでミスト領へと向かう。
向かう途中にモンスターに遭遇したが、素早い連携でサクサク倒してくれるので私の出る幕はなかった。
本当、誰がこんな軍隊じみた組織を作ったんだよ。
変なのに目を付けられないと良いんだけど……。
戦闘を数回繰り返し、無事ミスト領に入ることが出来た。




