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どこかで鳴り響く太鼓の音で目が覚めた。
ああ、もう祭りの夜なのかと思ったとたん、体が芯から震え始めた。痛いくらい心臓が激しく打つ。
いやだいやだいやだいやだ。死ぬのはいやだ。しかもこんな死に方っ――
鎖をむちゃくちゃに引っ張った。首輪を外そうともがいた。だが、指と首に傷を作っただけだった。
いやだいやだいやだいやだああああああ――
「うわあああああ」
声の限りに泣き叫んだ。喉に流れ込んだ鼻水に血の味が混じる。
もうどうにもならないのか。もうすぐ血を抜かれ、ばらばらにされてしまう。こんなことがあっていいのか。
引き戸の開く音がした。ごとごとという音に引導を渡された気がした。
いまこの瞬間ぽっくり死ねたらいいのに。
「広尾さん」
タモツだった。
くぐもった声は鬼の面を被ったままだからだ。もう面を外してくれることはないのか。
「タ、モツ君――」
「もう名前呼んじゃだめだよ。きょうのぼくはもう鬼なんだからね。はいこれ」
電球のスイッチを入れて盆を差し出す。
「御酒だよ。体の中を清めるんだって。これ飲んだら今度はお風呂で外側を清めるからね」
「なあタモツ君。木村さんに会わせてもらえないか。お願いだ。頼む」
「んー、木村さん祭りの準備で忙しんだよね。ほかのみんなも。それに誰に何を頼んでも無駄だと思うけど」
「なあ頼む。頼むよ。逃がしてくれ。君だって私を哀れに思ってるんだろ」
タモツに縋って泣いた。大の男がみっともないとわかっていたが、そんなことは言ってられない。
タモツは面を外した。
「ぼくだって悲しいよ。友達なんてほかにいないし」
「じゃ、一緒に逃げよう。こんな村にいちゃだめだ」
タモツは盃の入った盆をそっと床に置いた。
「広尾さん。ぼくは逃げられないよ。バカだからこの村から出ちゃいけないんだ。頭のいい人だけが村の外で勉強して、いい学校出て帰ってくるんだ。ぼくみたいなやつは一生村から出られないって木村の長老に言われてる。だから逃げない」
確かにタモツは口が軽い。村の外で秘密をばらされないためにそう言い含められて育ったのだろう。
もう終わりだ。
体の力がすべて抜けた。
「でも――やっぱり広尾さんは逃がしてあげるよ」
「えっ?」
思わず顔を上げた。
「かわいそうだし――友達だもん」
タモツは微笑むとポケットから鍵束を出し、その中の小さな鍵を選ぶと首輪を外してくれた。
「いいのか」
私は急に頼りなくなった首を擦った。
「うん。
早く行ったほうがいいよ。外へ出たら土蔵の裏へ回って、民家の陰を選んで進んでね。
たくさん火がある明るい場所にみんないるから、暗いほうに向かって。そっち側に村の出口あるから。おにがみ様の山と反対方向だし今なら誰もいないと思うよ。まさか広尾さんが逃げるって思ってないだろうし。
そこまでたどり着いたらとにかく山道をずっと下っていけばいいよ。
でも来た時見たと思うけど、きちんと整備された道じゃないし、木が覆い茂ってる。油断すると横道に入り込んで迷うから気を付けてね。外の人間が入ってこないようにわざと迷路みたいに雑木林で囲んでいるんだ。
駅まですごく時間がかかると思うけど、そこまでいければ何とかなると思う。がんばってね」
「わかった――
でも、やっぱり君も行こう」
手を差し出したが、タモツは静かに首を振る。長老の言うことは絶対だと思っているのだろう。
彼を誘うのをあきらめて私は土蔵を出た。
久しぶりの外気を胸いっぱい吸い込む。
だが、外で聞く太鼓はより大きく不気味に鳴り響いていて自由を味わっている暇はない。
夜空に満月が浮かび、辺りを青白く照らしていた。こちらにとっては好都合だが、逆に見つかりやすくもある。
注意しなければ。
私は周囲を確かめてそっと裏に回り込んだ。




