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ごとごとと音がしたかと思うと、土蔵の冷たい暗闇に光が差し込んだ。
私は目を細めた。
開いた引き戸に誰か立っているのが逆光でわかる。
「飯ですよ」
顔は見えないが、声で木村だとわかった。
「これはどういう事なんだっ」
激しく訴えたつもりだが、喉が痛くて声がかすむ。
「知らないほうがいいですよ」
近づいてきた木村が頭上でごそごそすると裸電球が点いた。
ひっ、と息を呑んだ。
明かりの下に山で見た鬼が立っている。
鬼は木村の声で、「食べてください」と手に持った握り飯の載った盆を差し出した。
何が入っているかわからない。
首を横に振ると、鬼はふっと笑った。
「毒は入っていませんよ。生きていてもらわなきゃ困りますから」
そう言われてもこの状況に抗議する意味でも拒否したかった。だが、目の前の握り飯はうまそうに光っている。腹の虫が騒いだ。
盆を受け取ると握り飯にかぶりついた。絶妙な塩加減がうまい。握り飯の横には二切れの卵焼きもあった。箸がなかったので、手でつまんで食べた。甘じょっぱくてこれもおいしい。涙が頬を伝うのがわかった。
袖口で涙を拭きながらそばに佇む木村の様子を窺った。よく見ると鬼の顔は面だった。頭の後ろに結ばれた紐が見える。ぽかりと空いた二つの穴の奥にちゃんとした人の目が覗いていた。
私は安堵した。
「木村さん。これなにかの冗談だよね。この村特有のちょっと手荒な歓迎会みたいなとか。もう十分堪能したから、もうやめてもらってもいいかな」
「そう思いますか?」
人の目は鬼の奥で揺らぐことなく私を見つめてそう言った。
「じゃ、こんなとこへ閉じ込めて何するつもりなんだよっ」
盆を投げつけると木村はそれをうまくかわした。落ちた皿が割れ、盆がからからと回っている。
「広尾さんは生贄になるんですよ。おにがみ様の」
「なんだよ、それっ。生贄ってなんだよ。
お、おまえ、最初からそのつもりでっ」
木村はふふと笑った。
「こんなこと許されるわけないだろ。私は家族にここに行くって言ってきてるんだ。私が帰ってこなかったらこの村へ調べに来るぞ」
「いやだなぁ。広尾さん。あなたには家族や親しい友人なんていないじゃないですか。初めて会った後に全部調べたんですよ。だから約束を履行したんです。
でももし、誰かに伝えていたとしてもこの村はちょっとやそっとで探せませんよ。世間が把握しているのは僕たちが降りた秘境の駅までですから。そこからこっちは誰も存在を知りません」
「まさか」
「そのまさかです。世間に知られていないことなんていくらでもありますよ」
木村はそう言うと電球のスイッチを切り、出口に向かった。
「そうそう、排泄はそこのおまるにして下さい」
逆光に浮かぶ影が少し離れた壁際を指さす。
「ま、待ってっ」
私の声に振り返ることなく、影は重々しい音を立てて扉を閉めた。




