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鬼の村  作者: 黒駒臣
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 何度か目覚め、その度に私は自分の置かれている状況を把握しようとするのだが、できないまままた眠りに落ちていた。座敷に寝かされていること、誰かが常に側に座っていることだけは朦朧とした頭でも何となくわかった。

 見張りがついているのだろうが、こんな体では逃げることなどできない。

 いつ祭りが始まるのか、いつ生贄にされるのか、意識がぼやけていてもそんな不安と恐怖が常にまとわりついていた。

 いや、もしかして私はもうこの世の者ではなく、これが永遠に続くとしたら。死んでまでも怖い思いに縛られなければならないのか――


 ごりごりと何かの擂る音で目が覚めた。

 いつものようにぼんやりとではなく、意識がはっきりしている。

 ここはどこだ。私はどうなったんだ。

 首をひねり、枕元を見渡すと木村の姉が乳鉢で一心不乱に何かを擂っていて、目覚めた私に気付いていない。

「アサコさん?」

 彼女がぴくっと顔を上げ私のほうを向いた。

「ああよかった。やっと気が付いたのね」

 にじり寄ってくると私の額からずれていた濡れタオルを手に取り「わたしの名前をご存じだったの? 哲夫が教えたのかしら? 

 改めて、朝子といいます」

「あ、いや、木村さんじゃありません」

「じゃ、保ね。あのこったらほんとお喋り」

 体を起こそうとした私を制し、朝子がくすくすと笑った。

「まだ寝ていてくださいね。ちょっと哲夫を呼んできます」

 絞り直したタオルを私の額に置くと朝子は座敷を出て行った。

 開け放された障子の向こうは手入れの行き届いた庭だった。最初ここに来た時に通された座敷とは違い、屋敷の奥に位置していることが何となくわかる。

 枝ぶりのいい松の上に青空が広がっていた。

 何もかもが嘘だったのではないか、そう思えるほどのどかだ。

 しばらくすると廊下を足音が近づいてきた。

「やっと目覚めましたか。よかったです」

 障子の陰から木村が顔を出す。優しい表情で口調も柔らかだがこいつは信用できない。いったん消えていた怒りが沸々と湧き上がってくる。

「よかったですじゃない。一体どれだけ私を弄べば気が済むんだ。いっそあのまま――意識のないまま生贄にしてくれればいいものを。

 回復させて、元気にさせてからなんて、お前らどれだけ残酷なんだ。この村の人間なんてみんな地獄行きだっ」

 今度こそ言い返せた。だが、急に起き上がったために全身に痛みが走る。

 呻きながら体を丸めた私の背に木村が手を添えた。

「無理しちゃいけません。見えている傷はだいぶふさがりましたが、肋骨が折れているし内臓も傷付いてます。

 さあ横になってください」

 腹立たしいが木村にでも優しく布団を掛けてもらうと、どうしようもなく涙が流れた。

「私は――私はいったい、いつ生贄にされるんだ?」

「広尾さんはもう生贄じゃないですよ。急遽変更になったんです。おにがみ様を崇める祭りからおにがみ様交代の儀式に」

「交代?」

「保ですよ。あなたのおかげで今年は新しいおにがみ様が生まれました。僕の代で交代の儀式ができるだなんて何ともありがたく嬉しいことです」

「保君? 彼がおにがみ? 私を逃がした罰なのか?

 ――彼に何をしたんだ? 保君は大丈夫なのか――」

 結果保にはひどい仕打ちをされた。だが、監禁されている時、私に優しく接してくれたのは彼だけだ。しかも逃亡の手助けもしてくれた。もしあのまま私が迷わず山道を下れていたら本当の救世主だった。

 その保がおにがみとは。どうなるのかわからないが罰としてもひどすぎないか?

 私は抗議をしようとしたが、その前に木村に制された。

「あなたを逃がしたからじゃありませんよ。彼は生まれながらに鬼だったのです。僕たちのように面を被らなくても正真正銘、鬼だったのです。この村の誰も、彼の身内でさえ気付いていなかったことをあなたがわからせてくれたというだけです」

「鬼――」

 私を襲ってきた保の顔を思い出した。確かに彼は鬼だった。

「で、保君は?」

「おにがみ様になったのですからおられるべき場所に」

「そうか。かわいそうに。ただでさえ狭い村から出られないのに、その上さらに岩屋に閉じ込められるなんて」

「ずいぶんお詳しいのですね。保が教えたんですね」

「ああ、まあ――」

「確かに彼は優しくていいこです。彼の両親や僕の父、もちろん僕たち村の者みんな、彼をいいこであると同時に役立たずだと思っていました。

 ですが、鬼だったとは――

 この村では何十年かに一度、生まれるのです。人間性に欠ける人間が。

 そういう子は動物を残虐な方法で殺したり、身内にひどい暴力をふるったりして早くから鬼だと明らかになるのですが、保はそういうことが全くなかったので誰も気づきませんでした――

 ですが、あなたの哀れな姿や怯える顔が引き金になったのでしょうね。あの子の眠っていた残虐性を起こしてしまった――

 あ、広尾さんが悪いと言ってるわけではないですよ」

 当たり前だ、と心の中で毒付いた。事の始まりはあんただと。

 だが、こんな状況で相手を不愉快にさせては自分の身が危ない。

 言葉にはせず、ため息で紛らわせた。

「私は結局、保君に助けられたというわけだな」

「そうです。いろんな意味でおにがみ様に助けられたんです」

 含みを持ったような木村の言葉に少し引っかかったが、保のことが気になった。

「帰る前に保君に合いたいよ。今度は彼が閉じ込められてるんだろ? 

 私はどうすることもできないけど、助けてくれたお礼と君のしたことを怒ってないと伝えてあげたいんだ」

「ああ。もう保には会えませんよ。彼はもうおにがみ様ですからお山の岩屋にいますが、あそこは祭り以外立ち入り禁止の場所です」

「でも――」

「心配いりません。保もちゃんとわかってると思います。きっとあなたを救えて喜んでますよ。

 あ、それから。

 広尾さんはもう帰れませんから、そこのところご理解ください」

「は?」

 聞き間違いだろうと思ったが、心臓の鼓動が大きく速くなって全身の痛みがぶり返してくる。

「だってこの村の秘密を知っているのですから当たり前でしょう?

 帰れると思うなんて広尾さんも考えが甘いですね」

「なっ――」

 やっぱりこいつは信用できない。

「木村さん。たのむ。帰っても絶対喋らない。約束する。もし喋ったとしても、いや絶対喋らない。喋らないよ。

 でももし喋ったとしても、この村の存在は誰からもわからないんだろ? だったらいいじゃないか」

「だめですよ」

「もしかして私を来年の生贄にするつもりじゃないだろうな。保君が言ってた。生贄を探すのは大変なことだって。

 だから来年まで飼っておく気なのか――」

 木村は憐れみを込めた目でくすっと笑った。

「違いますよ。そんなに怯えなくても大丈夫です。あなたはもうこの村の大切な住人なのですから。

 意味が分からないって顔してますね。だから、さっきから言っているのに。おにがみ様に助けられたって。

 つまり、あなたは私たちと同じものを口にしたということです」

 私は咄嗟にさっき朝子が一生懸命擦っていた乳鉢を振り返った。中には白や灰茶色をした粉が入っている。

「ま、まさか――」

 そういえば、目覚める度、朝子に薄いスープのようなものを飲まされた。あれは保が言っていた骨や内臓を乾燥させた薬なのか。

 胃が裏返るほどの吐き気を催し手で口を押さえた。

 それを見て木村が苦笑し、呆れたように首を横に振る。

「あれだけの傷を負わされて、普通そんなに早く癒えませんよ。おにがみ様のお力です。

 貴重な薬を提供したんですから、ありがたく思ってください。

 どうせ帰ったってあなたの居場所なんてもうないでしょう。誰も心配なんてしてやしませんよ。この世に行方不明者なんてごまんといるんですからね。

 だからこの村でずっと末永く暮らしてください、『お兄さん』」

 障子に影が映り、盆を持った朝子が入ってきた。

「哲夫ったら。広尾さんが疲れてしまうでしょ。まだまだ養生が必要なんですからね。無理させないで」

「はいはい、すみません」

 木村が立ち上がる。

「さあさあ、広尾さんも少しでもこれを食べて、また休んで、早く元気になって下さいな」

 そう言いながら近づく朝子に木村が何かを耳打ちし座敷を出て行った。

「いやだ、哲夫ったら――」

 朝子は呆然としたままの私の顔を上目遣いで見ると頬を赤く染め、小さな土鍋の入った盆を置きながら枕元に腰を下ろした。

「頑張ってできるだけ食べてくださいね。そうすればもっと早く回復しますから」

 細く美しい指で鍋の蓋を開ける。おいしそうな匂いが漂ってきた。中には肉入りの粥が湯気を上げている。干し肉にしてはやけに柔らかそうな肉だが、果たして私は食べられるだろうか。

 朝子はいそいそと木匙に肉と粥を掬うとふうふう吹いて私の口元に近づけてくる。

 料理上手な朝子のことだ。きっと上手に味を付けて美味いに違いない。何もかも忘れさせてくれるくらいきっと――

 私は目を閉じ、餌を求めるひな鳥のように口を開いた。



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