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安心している暇はなかった。
すぐタモツに連れられて暗い山道を逃げた。
用心のために松明を消し、頭に鬼の面を載せたタモツは月明かりの中でも足が速く、ついていくのに難儀したが、捜索隊の松明が見えない場所まで来るとやっと心から安心できた。
だが、駅に送ってくれているのではなさそうだ。
私の考えを悟ったのか、
「今頃はきっと駅のほうにも探しに行ってるから、今夜は身を潜めておくほうがいいと思うよ」
タモツは息も切らさないで「明日の朝早く山を下りればいいよ。明るくなったらそれだけ動きやすいし。
でも、もしまだ探してたら見つかるかもしれないけど――」
無邪気な笑顔を私に向けた。
「あの――君、大丈夫だったのかい」
私はと言えば息も絶え絶えにずっと気になっていたことを訊ねた。
「え、何が?」
「私を逃がしたことだよ。木村たちに叱られただろう?」
「ああそれ? 鍵を落っことしたって言ったら、いったんはみんなにすごく怒られたけど、広尾さんを先に探さないといけないからって、もうそれどころじゃなかったよ」
ふふふと笑って歩くのを再開したタモツの後ろから、もう一つ気になっていたことを聞いてみた。
「生贄が逃げたら祭りはどうなるんだろう?」
「うーん。今晩は中止かな。
でももし明日、広尾さんが見つかったらその夜に行われるよ。だって準備は整えられてるもん。生贄が決まっている限り祭りはいつになっても必ずやるんだ」
「じゃあもし逃げ切ればどうなる?」
「うーん。今までそんなことなかったからどうなるかわからないなあ。たぶん広尾さんをとことん追いかけると思うけど。だって村の秘密知られてるからね。
だから広尾さんはもう自分の家に帰れないよ。誰にも知られないよう姿を隠さないと。
そしたら仕方なく新しい生贄を探すんじゃないかな。
でも、身内のいない人を見つけるのも、誰にもわからないように連れてくるのも結構大変みたいだから、テツさんまた苦労するだろうなあ」
タモツの木村を労う深いため息を見て、私は複雑な思いに駆られた。
一体この男はどちらの味方なんだろう。このまま信用していてもいいのだろうか。
自分で逃がしておきながら私を捕らえたと、この村での低い評価を上げようとしているのではないだろうか。
黙ってついて来ていることがひどく愚かに思えた。
「なあ、タモツ君。一体どこに行くんだ。私たちは今どこにいるんだ」
信頼を疑っている事がばれないようできるだけ何気なく訊いたつもりだった。
立ち止まったタモツが振り返る。
「広尾さん、もしかしてぼくが怖いの?」
「い、いや、そんなことはないよ――」
動揺が隠せず、声だけでなく全身が小刻みに震えた。
タモツがくすっと笑った。
「ぼくね、広尾さんが好きなんだ。初めて見た時から」
「え? それはどういう――」
これはつまりカミングアウトで、だから逃がしてくれたという意味なのだろうか。だから信頼してもいいと。
「初めて広尾さんの顔を見た時すごく胸がときめいたんだ。子供の頃、初めて祭りを覗き見た時みたいに」
どういう意味だ?
「ほら、今みたいな顔見るとわくわくする」
タモツは楽し気に笑った。
「こ、こっちは命がかかってるんだぞ。ふざけるな」
頭に血が上りかっとなったが、タモツは冗談を言ってるのではなかった。にこにこと細くなった目の隙間からじっと私を見ている。
「うわあ、すごくいい顔してます。人って怯えるとどうしてこんなに面変わりするんだろう。
みんなそうだった。俎板岩に載せられたとたん、一気に顔が変わるんだ。
ぼく、その顔を見るのが大好きだった――」
「や、やっぱり。お前、私を木村たちに渡すつもりなんだろ――」
思わずへなへなと座り込んでしまった。感情が制御できず滝のように涙が溢れる。
「テツさんには渡さないよ」
えっ? と頭を上げたと同時に衝撃が来た。
尖った大きな石を両手に持ち上げたタモツが笑っている。月明かりに浮かぶ石に付いた黒い染みが自分の血だと理解するまで数秒かかった。
再び石が振り下ろされる瞬間、タモツの頭に載せていた鬼の面が地面に落ちた。
「あのまま逃げられてたらよかったのにね」
三度目の石を振り下ろす時、タモツが至福の笑みを浮かべた。




