第2話
「・・・うまく抜け出せたんですね?」
そこで作田が話を振ってきた。俺はビールを1口飲みながら、
「便利なラインとかはなかったからな。ガラケーも生徒全員が持っていたわけではないし、通話料も高かったから。
家に電話するのは公衆電話からの生徒が多かったから先生方も甘かったんだろう」
「それで先生は彼女と会えたんですか?」
無事に学校から脱出できた俺は、うきうきしながら電車に乗った。
校則を堂々と破るのは初めてだったし、高揚していたのだと思う。
俺はその時点で彼女にメールを送った。
『今、電車に乗った。河合駅まで約2時間。約束通り、11時には着くと思う』
急いでいたためほぼ手ぶらだ。電車に乗っている2時間、やることはないが、彼女とメールをしていれば、あっという間だろう。
そう思って乗っていたが、一向に彼女からの連絡はない。
まぁ、風呂にでも入っているのだろう。そう思ったが、2時間たち河合駅に着くまで、全く連絡はなかった。
駅につき、改札を出る。彼女の姿は見つからない。電話を掛けるも鳴るのはコール音ばかり。6月とはいえ、深夜は肌寒い。
11時30分。学校に向かう最終電車だ。それでも俺は改札口の椅子で待つことにした。
夜も遅いし、両親に止められているのだろう。でも、俺はこれだけの危険を冒したんだ。
彼女も危険を冒して絶対に来てくれる。信じて待った。
12時を過ぎる。電話はつながらない。
両親の反対で厳しいに違いない。1目見れれば、一言会話できればいいのだから、窓越しでも大丈夫だろう。
駅から歩いて30分の彼女の家に向かうことにした。
12時30分、ついに彼女の家についた。家は真っ暗、明かりはついていない。彼女の部屋も真っ暗だった。
電話を掛けるが、一向につながらない。これはどうしようか。そう思ったとき、俺の顔に懐中電灯の明かりが向けられた。
「こんなところで何をしているんだ?お前は、高校生か?」
補導の腕章を巻いている、中年の男が2人。逃げようか?そう思ったが、逃げたところでどうにもならないことに気が付いた。
電車もないし、泊るところもない。俺は彼女に裏切られた。そこで初めて気が付いた。
「成立高校1年。川内信吾です。彼女に会いに来たのですが・・・」
「成立高校か。と、いうことは寮生だな」
「そうです。」
「わかった、連絡とって迎えをお願いするから、ついてこい」
その後、男2人は来た方向に歩き出した。2人でぼそぼそ相談している。
俺は、抗う元気もなくゆっくりと2人について行った。
小さな公園についた。
男の1人は公衆電話で連絡をしている。おそらく学校に連絡しているのだろう。
そしてもう1人は、俺の横のベンチに座った。
「ほら、6月とはいえ寒いだろう。これでも飲んであったまんな。」
そういうとコーンスープの缶を取り出した。
男は隣でたばこを吸いながらコーヒーを飲んでいる。
受け取って1口飲む。あったかい。その時始めて自分の体が冷え切っているのに気が付いた。
「何があったかは聞かないけどな。まぁ、聞かなくても大体わかるが。
彼女には振られた、と思っとけ。大丈夫、あんたの彼女は堂々と男をだます悪女だっただけだ。振られた方がよかったって。」
「いや、俺は振られたわけではなく・・・」
「まぁ、おっさんの独り言だ。気にすんな。」
そういうと男はたばこをぷかーと吐き出した。
「ってことがあったんだ」
「次の日とか、連絡はつかなかったんですか?」
作田は身を乗り出して聞いてくる。それだけ自分の姿と今の話と酷似しているのだろう。
武藤の苦笑いの声が聞こえる。
「次の日の晩には連絡付いたぞ。宿題が忙しかった、とか両親に引き止められて外出できなかった、とか言い訳してたな」
「じゃぁなんで「作田を引き止めたのか、か?次の日の晩、俺は先生の温情で1回だけ電話が許され、そんな言い訳を聞いた。
それ以降、罰として1週間の携帯取り上げ、寮掃除だ。もちろん、内申にも響いたが、それ以上にきつかったのは1週間たった後、メール一本で振られたんだ」
これが俺の黒歴史だ。
「『私はそんな危険なこと望んでない。ただ、まわりのみんなが彼氏の話をしているからうらやましかった。別に誰でもよかった』んだとよ。
それ以降、電話をかけても着信拒否。メールも1回も帰ってこない。俺は作田にそんな悲しい思いをさせたくなかったんだよ」
そういうと作田は黙ってしまう。「今、作田も連絡とってみてもいいぞ?その代り連絡帰ってこなくても悲しむなよ?」
俺はそういい、この話を終える。
作田はスマホを取り出し、何やら操作をしていた。おそらく彼女にメールでもうっているのだろう。
待っている間、武藤と取り留めのない話をする。作田も心の整理が必要だろう。気が済むまでこの部屋にいるといい。
武藤は俺の後輩教師だ。同じ授業を持っていることもあり、相談に乗ってやる。
30分もしたころ、作田はははっと乾いた笑い声をあげた。
「・・・この時間なら、いつもは5分も立たずに返信が来るんですよね。でも今日は30分たっても返事が来ない」
「だから言っただろう。まぁ、女はいくらでもいる。これに懲りずにいるんだな。・・・一応、こんな奴でも性別は女なんだぞ?」
「ちょっ・・・先輩、そこで私に話を振るのはずるくないですか?」
「まぁ、今日のところは帰れ。相談があるなら、俺か武藤がのってやる。今日のことは誰も咎めないし知られないようにするから」
無視ですか。といじける武藤に、わかったな、と釘を刺しておく。
「・・・わかりました。川内先生。武藤先生。ご迷惑おかけしました。」
作田が帰った後の宿直室。武藤と2人っきりになる。
「・・・さっきの話、最後はもっとひどい言葉言われたんじゃありませんでしたっけ?」
残ったビールをあおっていると武藤がそんなことを言い出した。
「お前に話を聞かせたときは、俺が新米教師だったからな。話し方もわからなかったから包み隠さず、全部話したんだよ。
でもそれを今の高校生に聞かせると、最悪女性不審になるからな。」
まぁ、そうですよね。と言いながら武藤は立ち上がった。
「それじゃ、川内先生は女性不審?」
「アホ、もうとっくに克服したわ。」
「それじゃ、私にもワンチャンあるんですよね?」
そういいながら顔を覗き込んでくる。
「教え子に手を出す程落ちぶれちゃいない。」
「もう教え子じゃないですよ。同僚です。対等です。先生と結婚したくてここまで来たんです。そろそろちゃんと見てください。・・・好きですよ」
それだけ言うと武藤は、おやすみなさい。と残して部屋を出て行った。
武藤は新米教師の22歳。俺は29歳。まわりに聞けば、そのくらいの年の差はふつうらしい。
そんなことを思い出し意識をしている自分に気づく。
顔が火照っているのがわかり、最後のビールをあおって火照りを抑えることにした。
初作品となりますが、いかがでしたでしょうか?
短い作品ですが、よろしければコメントをよろしくお願いいたします。