表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説集

鮮やかな淡い色

作者: 水無月 秋穂

私は、あなたが好きだったよ。

ずっとね。



凍てつくような、あなたの眼差し。

あきらめたように薄く笑う、口元。


その表情を歪ませるのが、私の楽しみだった。


何故って、それはそうでしょう?

彼女は私を、あきらめの中で眠らせてくれなかった。

あきらめるなと言いながら、独りになると遠い空を見上げている、彼女の姿は……矛盾してるんでないかい?

そう、思ってしまったから。


私は、喜怒哀楽、全てを手放して、ただ無難に人生を終わりまで生きようとした。

いつから道化を続けていたのか、もうわからなくなっていたからね。


でも、高校の二年目、とある場所で、貴女と出会ってしまった。

似たような目をして周囲を眺める貴女は、私にこう言った。


「全然楽しくないのに笑うんだな、何のためにそうするんだ?」


は?

何言ってるのこの人?


それが最初の感想だったけど、その日帰ってから彼女の言葉が気になって気になって、空洞化した心の奥に、奥に、潜ってみた。

だけど、何も…なくて。


「わからない。ただ、そうしなければいけないから、する」


再び会った彼女に告げたら、あろうことか、ニヤリと冷笑されたんだ。


「…ふぅん? じゃあお前、こんなことされたら、どうする?」


言うなり、彼女の両手が、私の首をぎりぎりと締め上げる。


それは既に知っていた感触で、別段動じることもなく、なんとなく笑ってしまった。

声も出ないし、苦しさと痛さで涙は伝ったけれど、なんとなく、まあいっかって思ったんだ。


彼女は不意に手を放して、私は、誰もいない放課後の廊下にへたりこんだ。

しん、と静まり返る廊下。

ひやりとした足元に、彼女の声だけが、柔らかく甘やかに、優しく響いてた。


「……なあ、お前、このままじゃ壊れるぞ?」


「どうして怪訝な顔するの? 私はあなたに手出ししてないけど…何か、気にさわったかな?」


「気に障るね。あんたのそんな無防備も、身を守りさえしない気味悪さも」



「…そう。じゃあ、同じこと、してほしかった?」


私は、立ち上がり彼女の喉に力を加えようとして。

右手を前に…

そして、彼女の華奢ながら力強い利き手に、片手首を握られ阻止された。


条件反射か、握られた手首を振りほどいて反対の手で彼女の手を押さえつけ、自由になった手を彼女と私の間に、線引きするように運ぶ。

流れで彼女のもう片方の手首も押さえつけると、彼女の口から笑いが漏れた。


「へぇ…? まだ生きようって意思はあるのか。案外力あるんだ? 馬鹿力だね」


「…そう、かな?」


「思わず条件反射で抵抗するってことは、何かあるんだろ? まあ、せいぜい頑張れば?」


彼女は、力を抜いた私の両手から自分の両手をそっと振りほどくと、踵を返す。


「……えーと、そうだ、お名前はなんと?」


歩き出した彼女におずおずと聞くと、あきれたような笑いが返ってきた。


「先月委員会で会った。あんたに適当に推薦された委員長が私だよ。押し付けやがって…覚えてないだろ? 周りを見てるようで、誰にも関心ないって如実に現れてる。まあ、別にあたしゃ言わないけどね。押し付けたからにはこき使ってやるから、昼休みの図書館カウンターはさぼるなよ?」


ああそうか、そうだった。

私は今年図書委員になって、委員長決めがやたら難航してたから適当に…。


納得したように頷くと、彼女は再びため息をついて、一枚の用紙を手渡して。


「火曜と木曜昼休み貸出しカウンターな。それから毎日放課後、返却本を全部棚に戻すのを手伝うこと」


「放課後は文化系の部活が」


「頼むから気付け。私も半年前から一緒の部活だ」


「む、そっかそうだった!」


「全く…。無関心も大概にしてくれ」


苦笑い、という形容がいちばん合うのだろう。

彼女のその笑顔は、どこか凛々しくて、切なげで。


どこか…

悲しかった。










あれから、もう十数年が経つ。


彼女は、時折柔らかく笑うことも増えた。

遠い土地で就職して、日々ハードスケジュールをこなしている。


だけど、時折カフェで会う度に、出会った時と似た表情を浮かべる。


…私は、冷徹な彼女のスリリングなまでの威圧感が好きだ。

まあ、これを彼女に言ったら変態と言われるが、それはさておき。

相反するようだけれど、その悲しい冷徹さが、いつか和らいでほしいとも、思っている。


…彼女の紡ぐ一言一言は、私に、気持ち悪さを教えてくれた。

嫌悪感、苛立ち、虚無感。

それがどこから来るのかわからなかった私は、あの時あの場所で彼女に攻撃されなかったら…

今、周りにいてくれる大切な仲間とも、会えなかったかもしれないんだ。


すんでのところで「見つけて」くれた彼女。

恩人だからじゃない。

それだけじゃなく、私は…


好きだったんだ。


凍てついた彼女の眼差しの、全てを射抜く感じが。


苦笑いする、彼女の落ち着いた低音が。


遠い夕陽を眺める、彼女の薄茶色の長い髪が。


何より


時折ふと現れる、どこかあたたかく、どこか寂しい微笑みが。


大好きだった。


……ima mo nao


だけど、これは一生、貴女には言うまい。


それに…

私はもう、貴女の知る私では、ないのかもしれない。




…ねえ、愛する君へ。

伝えても、いいかな。


君が私に思い出せと言ったこと、やっと、やっと思い出せたんだ。

全てに現実味があって、生きてるって気がするよ。

多少、しんどい気もするけれどね。

心音が響く、ってこういうことかって。


…空虚さは、日々薄れていくよ。

君が見つけてくれた、あの日の私は、淡く、淡く。


それでも変わらなかったのは、私が君を好きだった、って事実。


…どうしようもなく、好きだ。


君が、好きだった。





いつか君は言ったね。

互いに必要な何かを思い出せば、今いるこの時は、思い出になるだろうと。




先日会った、君の笑顔は柔らかかった。


視線だけで何かを…何か良いことがあったと、教えてくれたね。




そして、それを寂しいと感じたその日の私も、もう…いない。


いるけれど、いないんだ。




お互いに、落ち着いて。

お互いに、淡く、薄れゆく。


もっとも、片思いは私だけだけれど。


奏でた時間は、そっと、記憶の彼方。




長いこと探し求めていた私が、彼女が。


こんなにあたたかくて

こんなに寂しいなんて

あの時代、考えたかな?




私の中の虚ろな時間が

彼女の中の虚ろな時間が

遺した小さな痛みは

きっとすぐ癒えてしまうけれど


あの時

あの場所で

貴女に伝えなかった想いは…




――さあ

終わりにしましょう


大切な君へ


ずっと

ずっと、好きでした。


だから…


どうか、幸せに!




これからも会える日を

楽しみにしています。




大切な…




大切なお友達に、会えるのを、ね。






―FIN―


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ