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境界の堕としモノ  作者: 春野ただじ
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第四話

 『コタくん、こういうのは病気になりかけてる葉っぱだから根本の方から取ってあげるんだよ? ほら、こーやって』

 『はい、分かりました。リィンスさ――』

 『おねえちゃん(・・・・・・)、でしょ?』


 そう、ニコリと微笑んでみせるリィンス。その笑顔には有無を言わさせぬものがあった。

 選択肢の無い小太郎が恥ずかしながらも『リィンスお姉ちゃん』と呼ぶと、


 『ん、よろしい! ご褒美に今日も一緒に寝てあげるからねっ』


 そんなことをリィンスはのたまう。


 『いえ、別にボクはひとりで――』

 『ん?なーに?』

 『……いえ、なんでもありません』


 と、こんなやりとりも最早、毎日の恒例行事になってしまっていた。


 小太郎がこの村で暮らすようになって、はや一週間。

 依然、“白霧”のことを含め、この世界のことについて解らない事が多かった。

 だが同時に、生活するうちに身の回りのものに関する事などの知識や情報の多少は知ることもできていた。

 しかし、それを踏まえたとしても、日々の生活の中で小太郎に出来ることは少なかった。


 “ニホン”ならば、まだ十二歳の未成年ということで何の問題もなく納得されるが、此処はそうではない。十二歳は立派な働き手に数えられる年齢なのである。


 そうはいっても、つい一週間前にいきなり、全く異なる環境の中に放り込まれた小太郎だ。何もかもが勝手が違いすぎて、此方(こちら)の同年代の子らに比べても遥かに出来る事も少なかった。

 今のところ小太郎に出来る事といえば精々が、畑仕事のちょっとした手伝いや、家事の同じくちょっとした手伝いくらいだった。


 そんな、穀潰しとまではいわなくとも、大した労働力にならない小太郎であるにも関わらず、リィンスやその母であるターニャは暖かく本当の家族の様に接してくれていた。

 何も出来ないことへの苛立ちや不安、そして心細さから数日は眠れぬ夜もあった。

 そんなとき、決まってリィンスが一緒に寝てくれていた。

 不安や心細さはまだ消えてはいなかったが、それでも今はなるべく“ニホン”のことは考えないことにしていた。考えてもどうにもならない事を考えるよりも今この時の事を考えようと。


 そんな、流れるように過ぎていった一週間。

 数少ないが、解ったこともいくつかあった。


 『いつも代わり映えのしない食事でごめんね』

 『いえ、十分おいしいです。ターニャさん』


 昼食時、テーブルの上にはいつものように野菜のスープと蒸かした芋が並んでいた。昼食はほぼ毎日このメニューだ。

 ちなみに夜はその日によって多少の違いはあるが、朝は豆と野菜のスープで というこれもほぼ毎日同じ献立だった。

 端的にいうと、あまり変化のない食事だ。

 だからといって別に小太郎に不満はなかった。特に好き嫌いがあるわけでもなく、実質居候の小太郎を大した対価も無しに好意から食べさせてくれているのだ。そこに不満などあるはずもない。


 それに毎日がかつかつの食事というわけではなく、いつもそこそこお腹いっぱいにたべられるのである。

 最初小太郎がこの村にやってきて思った、『中世みたいだ』というイメージでは、一日一食や二食でさらに量も少ないという想像だった。

 だがそんな見た目からくる想像とは異なって、この世界の農業はそこそこ発展しているようなのだ。

 なので、作物の種類こそそんなに豊富ではないものの、質と量に関しては日々の生活を十分補うに足る水準で賄うことが出来ているようだった。

 ターニャの野性味――もとい男らしさの滲むぶつ切り料理は相変わらずであったが。


 他にも、衣服に関しても少々意外だった。

 小太郎の拙い知識からくる想像では、村人といえば麻なんかの素材の衣服を身につけているイメージだったが、この村の人達の着ている衣服はなんとかの植物の繊維を加工したものらしく、例えるとナイロン等の合成繊維と麻の中間の様な見た目と触り心地だった。

 デザインに関しても、男女であまり大きな区別はなかったが野暮ったいということはない。

 小太郎の着ている服については、直前にニホンで着ていたもので学生服であるブレザーということもあって、少々斬新に思われた。


 このような感じで、“ニホン”や小太郎の知識からすると少しチグハグ感のあるこの世界だったが、そういうものかと小太郎はあまり深く気にしないことにしていた。


 ただ一つ、食事に関して。此処では肉が食卓に上ることはまずなかった。川が直ぐ側にない場合は魚もそうであった。


 何日か経った頃、ふと小太郎もその理由に気付いた。“白霧”の存在があることに。

 つまり、白霧の存在がある故に、狩りや釣りで肉や魚を調達することができないのだ。


 『いつか、私がお金を貯めてコタくんにお肉を食べさせてあげるね』

 『あらあら、その時はお母さんにもたべさせてよ?』


 いつかリィンスがそう言っていた。

 この世界の前提として〈白霧〉の存在があるのだが、それでも極小数だけ家畜という存在があるらしいのだ。が、一般庶民はまず口にすることはできなく、出来るのは一握りの富裕層だけなのだと教えてもらった。


 小太郎はその時、『二人と一緒に暮らせているだけで十分』という言葉は口にせずに、リィンスの小さな大きい夢に期待することにしたのだった。


 そうしたある日の夜、


 『これが『姉』ね』

 『はい……こう、かな』

 『そうそう、そんな感じ。 で、次はこれが『好き』ね。――で、これがその最上級の『大好き』に、似た意味の『最高』ね。 どう、分かった?』

 『はい、たぶん大丈夫だと思います』

 『うんうん。 じゃあこれを続けて十回書いてみようか?』

 『分かりました―――『姉』『好き』『大好き』『最高』、『姉』『好き』『大好き』『最高』…………『大好き』『最高』……あれ?』

 『ん?どうしたの?何も間違えてないよ、いい感じだよ?』

 『え、いや……そ、そうですよね』

 『うんうん、いい感じいい感じっ』


 小太郎と小太郎よりも少し背の高いリィンスが並んで机に向かっていた。

 その都度、背の低い小太郎が隣に座るリィンス見上げて、またそれに対しリィンスも小太郎の頭を撫でながら。


 小太郎は今、夜の寝る前の時間を使って文字の勉強をリィンスに教えてもらっていた。

 今更ではあるが、小太郎はなぜかリィンスやターニャ、それに村の人達とも普通に会話ができているのだ。どういう理屈なのかは解らないが。

 まさか此方でもニホン語が使われているなんていう筈もない。例えるならば、気付いたらいつの間にかネイティブなエイ語が話せていた、そんな感じだった。


 結局いくら考えても小太郎の少ない情報量では解る筈もなく、早々に考えることを止めた。

 しかしそんな都合のいい展開でも、文字の読み書きまでは対象ではなかったのである。つまり、会話は出来るものの、読み書きは一切出来ない状態の小太郎。


 そういう経緯があってのこの状況だった。


 小さな頃に戻ったみたいだ、等と感想を浮かべながら書き取りを行う小太郎。意外にも、想定していた以上には苦戦することもなく、習い始めてまだ数日の今の段階で基本の二割くらいは習得できていたりする。


 『よーし、今日はここまでにしよっか』


 始めて一時間ほどの時間が経った頃、リィンスがそう言って終了の声を告げる。


 『はい。 今日もありがとうございましたリィンスお姉ちゃん』

 『うふふ、もう、かたいなあコタくんは。私も別に勉強が得意な訳じゃないけど、文字を教えるくらいは大した手間じゃないから気にしなくていいんだよ。――それより、もう遅いからそろそろ寝よう?』

 『はい、わかりました――ん?』


 ある特定の木を使った木版に書く為の炭である筆記道具を片付けていた小太郎が、ふとリィンスの方を向いて思わず二度見する。


 『どうしたの、コタくん? そんな不思議そうな顔しちゃって』

 『え……いや、その……リィンスお姉ちゃんは、その、部屋には……』


 遠慮がちに小太郎が言葉にする。その相手であるリィンスはというと、何故かいつの間にか当然のように小太郎の布団に潜り込んでいた。


 (昨日は珍しく一人だったから……)


 すっかり失念していた小太郎。

 昨夜は珍しく小太郎一人で寝ていたため、今日も同じだと無意識でそう思ってしまっていたのだ。


 『コタくんなにか言ったあ?』

 『い、いえ、なにも』

 『そう?じゃあ早く、お姉ちゃんもう眠いよぉ』


 眠気の混じる声音で急かしながらコタ枕をパンパンと叩くリィンス。


 この家で暮らすようになってからというもの、その殆どをリィンスと一緒に寝ていた小太郎。そんな彼に否やは特に無い。が、いつまでも一緒にというわけにもいかないんじゃないかなと、最近小太郎は考え始めていた。


 とはいっても、義姉に逆らえるはずもない小太郎はやや遠慮気味に自らの布団に潜り込んだ。


 『おやすみコタくん』

 『おやすみなさい』


 二人の声を残して、フッと消えた灯りが夜に溶け行く。



 暫くすると、何処からかの虫の音と傍からはくすぐる様な義姉の寝息が聞こえてくる。


 『……』


 小太郎はパチリと目を開けると、隣で幸せそうに夢を見ているリィンスを起こさないように布団から抜け出た。


 さっきまで勉強していた机までやってくると、小太郎は明かりの魔道具の小さなレバーを操作してほんのりと明かる灯を点した。


 この魔道具といわれるものもニホンにはないものの内の一つだ。

 詳しい仕組みは教えてくれたリィンスも知らないみたいだったが、魔道具の多くは『然石』と呼ばれるものを利用して作られているらしい。

 例えばこの明かりの魔道具にも幾つかの種類があり、高いものはとんでもなく高いが、一般用のものだと比較的安価に手にいれることができるらしい。なので大体の場合、一家に一個以上持っている家庭が多いのだとか。

 価値に関しては、一般的に光量が大きくなるほど高価になっていくのが普通のようだ。

 ちなみに今小太郎が使用しているものは、豆球より気持ち明るい程度のものだった。


 小太郎は机を前にすると、おもむろにどこからか持ってきた“本”を開く。


 『どこまで読んだんだっけ……』


 紙に指をはわしながらまだ不慣れな文字を追っていく小太郎。この本は所謂物語で、内容としてはどこかで読んだような騎士の英雄譚だった。

 ニホンでも人並みには読書をしていた小太郎にとっては特別面白いものでもなかったが文字の勉強も兼ねてこうして夜の時間等を使ってよんでいるのだ。

 それとこの本だが、この本もピンキリで値段の違いはあるものの、安い本の場合はそれほど高くはなく一般人にも手が出る範囲らしい。それでもニホンに比べれば数倍はするみたいだが。


 『やっぱりどこの世界でも騎士といったらお姫様が出てくるんだなぁ』


 ふんふんと頷きながら独りごちる小太郎。

 ふと小太郎は思った。


 (……ニホンの物語を書いても練習になるよね?)


 過去の記憶にあるニホンで読んだ物語を思い起こしながら小太郎はそう思案する。


 ほんの思い付きであった事だが、既に小太郎の頭には幾つかの物語が浮かんでいた。



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