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狐のおつかい  作者: 黒月水羽
4章 復讐の男
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10 ヒントは日常に

 急いでいる。そう分かっているはずなのにマイペースを崩さず、器用に日傘を回しながら千鳥屋先輩は歩く。

 千鳥屋先輩が進むたびに、前方を歩く生徒が驚き、戸惑い、嫌悪など様々な感情を浮かべて道をあけるのは見ていて面白い。が、のんきに眺めている余裕などない。


「先輩! ちょっとは急いでくださいよ!」

「若者よ。時に惑わされることなかれ」

「一歳差でしょ! っていうか、通訳いないんですから普通に話してください!」


 千鳥屋先輩の独特な厨二言語を翻訳できるのは彰のみ。その彰がかぶっていた猫すら放り投げていなくなってしまった。私では千鳥屋先輩の対処はしきれない。

 隣まで移動し、不満を込めて睨む。

 千鳥屋先輩は少しだけ考えるそぶりを見せたが、すぐに納得したようだ。回していた傘を止め「そうね」と一言つぶやいた。


「私の素を知っているあなたたちに、今更な話ね。正直私も考えるの面倒だし」

「面倒だったんですか……」


 香奈の言葉に千鳥屋先輩はうなずく。その表情は相変わらず動きがなく、ウソなのか本音なのか判断がつかない。


「面倒なのに何で……」

「面倒だけど、素で行動するよりはマシなのよ。大きさの違う面倒事のどちらかを選ばなければいけないとしたら、軽い方の面倒事をとる。それだけの話」

「厨二病の変人。って周囲に遠巻きにされる方がまだマシ。ってそういうことですか?」


 千鳥屋先輩はかすかに笑みを浮かべてうなずいた。

 私には想像できない世界だ。現状の千鳥屋先輩よりも面倒なこと。それは一体どんなことだろう。そう想像してみたものの、とっかかりすら思いつかない。


「彰君と一緒にいるあなた方なら、少しは理解できるんじゃないかしら? 彰君もそうでしょう」


 考えが顔に出ていたのか、千鳥屋先輩はそんなことを言う。


「彰君もそう……?」

「彰君だってさっきまで大きな猫をかぶっていたじゃない。それと似たようなものよ。

 いえ、私よりもよっぽど彼の方が面倒事でしょうねえ……」


 表情は変わらないのだが、どこかここではない遠くを見るような、そんな目で千鳥屋先輩は前を向く。手持無沙汰に傘をクルクル回す姿は先ほどと変わらないように見えて、空気が違う。


「……千鳥屋先輩は、彰君のこと……」


 後ろにいた香奈が恐る恐るといった様子で声をかける。

 千鳥屋先輩は香奈の方へと体を向け、香奈の瞳をじっと見つめた。

 単純に興味がある。というのではなく品定めしている。そんな風にも見えて、私は身構える。


 この人はやはり、何かを知っている。


 私が確信したのと同時、香奈も同じことを思ったのだろう。知らない人と目を合わせるのを苦手とする香奈が、千鳥屋先輩から目を離さない。それでも緊張はしているらしく、スカートを握り締めていた。


 そんな香奈の様子をみて千鳥屋先輩はふっと笑う。

 バカにしたわけではない、柔らかくて優しい笑み。

 何でそんな風に笑うのか分からず私と香奈が戸惑っていると、千鳥屋先輩が速足で歩きだす。そんなに早く歩けるならもっと早く動いてくれ。そう私が文句を言おうとしたとき、目に見慣れないものが飛び込んできた。


 いや、大きなくくりでいえばよく見たものである。

 ただ、山の上に建つ学校。その正門にあるには不釣り合いすぎる高級車が目の前にとまっている。


 車には詳しくない私でも見たことがあるほど有名な高級車。黒く光沢あるボディー。疎い私ですら手入れが行き届いていると分かる圧倒的な輝き。

 私たちに遅れて、存在に気づいたらしい生徒のざわめきが聞こえる。


「お嬢様。おかえりなさいませ」


 ベンツの片割れに恭しく頭をさげるスーツ姿の男性が立っていた。

 年齢と経験も重ねた深い皺。何事にも動じないと思われる落ち着いた雰囲気。

 執事。そう表現するにふさわしい人間が、千鳥屋先輩が近づくと自然な動作でドアをあけ、千鳥屋先輩が持っていた日傘を受け取る。それに対応する千鳥屋先輩も慣れたもので、その姿はまさしくお嬢様。


 ゴシックロリータ服が、初めて状況に溶け込んでみえた。

 コスプレというには道に入った着こなしだとは思っていたが、正真正銘のお嬢様であるならば違和感がないのも納得だ。


「急いでいるんでしょう。早くいきましょう」


 千鳥屋先輩が私たちの方を見て、なんでもない事のようにいう。

 千鳥屋先輩の言葉でドアを閉めようとしていた執事が動きを止め、私と香奈へと視線を向けた。何者か品定めするような鋭い視線を感じたが、瞬きする間に霧散する。


「お嬢様のお知合いですか?」

「後輩よ」


 そう会話する執事には柔らかな雰囲気が戻っており、プロだ……。と私はよく分からない感動を覚える。

 物語の中だけの存在だと思っていたが、いるのか執事。現実に存在してたのか。と変に高揚している私と、単純に驚いて固まっているらしい香奈。

 動かない私たちを見て千鳥屋先輩は少しだけ呆れた顔をした。


「彰君のこと、知りたいんでしょ?」


 その言葉を聞くと同時に、固まっていた思考が動き出す。というよりは、衝撃にさらなる衝撃を上塗りされ無理矢理動かされた。


「あまり人に聞かせる話でもないから、聞きたいなら乗りなさい。商店街につくまでの短い時間だけど」


 そう言われてしまえば私たちに拒否。という選択はない。

 千鳥屋先輩に話を聞くチャンスがこんなにも早く訪れたのだ。このチャンスを逃してしまったら、次はいつ来るか分からない。


「えっと……いいんですか?」


 それでも高級車。お嬢様。という情報にしり込みする。

 車に近づいたものの不安になって、側に立つ執事さんを見つめた。


「どうぞ、ゆっくりなさってくださいませ。お嬢様が後輩様をお連れしたのは初めてのことでして、私としてもお嬢様の交友が広がることは喜ばしい事でございます」


 にこにこと目じりをさげて柔らかい表情を浮かべる執事さん。それが本心だと私には分かるが、先ほどの鋭い視線が気にかかる。

 もしかして私を一瞬男と見間違えたのか。という仮説が浮かんで、私はその考えを封じ込めることにした。言及するとお互いにとってよろしくない結果になりそうだ。


 執事さんは私たちの分まで車のドアを開けてくれた。

 一般庶民の私と香奈は戸惑いが先にたち、わたわたと落ち着きない動作で意味もなく頭を何度も下げながら車に乗り込んだ。

 執事さんにとても柔らかな視線を向けられて、いたたまれない。


 その間千鳥屋先輩は車にのっていたクマのぬいぐるみを撫でていた。本当にマイペースな人だ。


 人見知りの香奈が千鳥屋先輩の隣はつらいだろうと、後部座席の真ん中に座る。

 香奈が座ったのを確認してから執事さんはドアを閉めて、運転席へと移動した。


「場所は商店街でよろしいですね?」

「ええ」


 シートベルトを着用し、ハンドルに手をかけた執事さんが千鳥屋先輩に確認をとる。事前に話は聞いていたようで、念のため。という軽いものだった。

 そのやりとりを聞いて私は少し引っ掛かりを覚える。やけに用意がいい気がする。


 緩やかに車は動き出し、いつもは歩いて登り降りする景色がずいぶん早くすぎさっていく。広いとはいえない空間だというのにつっかかることもない、安心感のある運転は執事さんの運転技術が高いことを表している。

 高級車。ということで思わず発進を見送ってしまった私は、そういえば重要なことを聞いていなかったと気付いた。


「千鳥屋先輩、比呂君が誘拐されたって本当の事なんですか?」


 高級車に気をとられていた香奈はハッとした顔で私と千鳥屋先輩の方を見る。

 相変わらずクマのぬいぐるみをなでている千鳥屋先輩は、チラリと私に視線を向けた。


「私が嘘をついているとでも?」

「……いえ、ただ、どこから話を聞いたのかと」

「……それを不思議に思うのは仕方ないかもしれないわね」


 千鳥屋先輩はそういうと口元に手を置いた。考え事をするときの癖なのかもしれないが、お嬢様と分かったからか、乗っているのが高級車だからか、妙に様になる。

 

 妙な空気に香奈が慌てた気配を感じる。バックミラー越しにこちらを見る執事さんの視線にも気づいたが、ここまで来て負けるわけにはいかない。と内心緊張しながら言葉を待った。


 千鳥屋先輩はたっぷり間を開けてから、クマのぬいぐるみを膝の上に乗せ、私へと顔を向ける。


「内緒」

「……えぇ……」


 あれだけ間を持たせてからそれか。っていうか、内緒ってことは言えない何かがある。ってとってもいいんですか。と思い顔を見れば、微笑を浮かべている。

 

 顔がいい。というのは得だ。

 彰もそうだが、容姿が整っている人間は微笑むだけでも妙な力がある。引き込まれるというか、魅入られるというか。ほほ笑み一つで前後にあった事柄がどうでもよくなる。そんな摩訶不思議な特殊能力を持っている。


 彰は意図的にそれを使うが、千鳥屋先輩もどうやらそのタイプらしい。

 困ったときはとびっきりに可愛い顔して笑ってれば、向こうが勝手に勘違いしてくれる。ナナちゃんとカナちゃんも覚えといた方が便利だよ。と前に彰がいっていた。

 たしかに、効果はある。実際にできるかと言われたら無理だが。


「……さすが彰君になれているだけあって、あっさり誤魔化されてくれない」

「……やっぱり分かっててやってますね……」

「あなた達としてはこんなことに時間をとられるよりも、もっと重要な質問があるんじゃないかしら」


 ごまかしが通じないと分かると千鳥屋先輩の視線はクマのぬいぐるみに戻る。

 顔の部分をぐにぐにと引っ張ったり、つぶしたりともてあそんでいる姿は表情が動かないために少し不気味だ。


「彰君のことですか?」

「そう。あなたは佐藤彰が何者か。気になっているんでしょう?」


 千鳥屋先輩は視線を上げない。

 香奈をチラリとみると、不安そうな顔で私を見返す。踏み込んでいいのか迷う表情を見て、私も自分が怖気づいているのだと気付く。

 知りたい。そう思ってきたのに、いざ答えが目の前に来ると怖気づく。そんな弱い自分に私は顔をしかめた。


「そんなに身構えなくても、大したことじゃないわ。私も全ては分からない」

「は?」


 あっさり告げられた言葉に私は思わずそんな声を漏らした。香奈が目を丸くしている。


「正確にいうとある程度予想はついているけれど、確証がもてない。さらにいうなら、私の予想が正解ならば関わるべきか、気付かないふりをすべきか悩んでいる」


 続けて告げられた言葉に私は混乱する。

 それはどういう意味なのだろう。


「あなた達が彰君と親しくしているのは知っている。彰君があなた達のことは特別信頼しているのも見れば分かる。同じ猫をかぶっているもの同士だから、この感覚は間違っていないと思うわ」


 方向性は違うが周囲に偽りの自分を見せている。それに関して千鳥屋先輩と彰は共通している。

 だからこそ彰は千鳥屋先輩の謎の言語が分かるのかもしれない。

 呆れはしていたが千鳥屋先輩に対しての彰の態度は優しかったように思う。あれは同類だと感じ取ったから。そう言われれば、納得いく部分もある。


 日下先輩にもそうだったが、彰は自分の仲間。そう認めれば態度がやさしくなる。警戒心は強いが、懐にいれてしまえば甘い。そういう性格なのだ。


「でも距離が近いからこそ、あなた達が知るべきかどうかの判断が私にはできない。私の予想が正しければ、あなた達は無関係ではいられない。彰君と今後も仲良くしたい。そう思うならば、必ず障害があらわれる」

「それが、彰君が実家ではいないことになってる。それと関係があるんですか?」


 思わずといった様子で香奈が口をはさんだ。握り締めた両手が震えている。

 怒りなのか、悲しみなのか。香奈が何を考えているのか私には分からなかったが、強い感情が小さな体にうずまいている。それだけはよく分かる。


「……知っていたのね。百合先生から聞いたの?」

「はい」

「実家については?」

「関わらない方がいい。って教えてくれませんでした」

「正しい判断だわ。後ろ盾もない一般庶民が手を出せるような相手じゃない」


 その言葉で彰の実家が相当な権力者である。という仮説が確かなものになり、私は膝の上に乗せた手を握り締めた。


「だいたい察しはついていると思うけど、私の家、千鳥屋は古くから続く家柄。一言でいえばお金持ち」


 自慢する。という雰囲気ではなく、事実を淡々と述べる千鳥屋先輩。自分の生まれに対しての興味はないように思えた。

 むしろ、面倒。そう思っているのではと思えるほど、声に抑揚がない。


「その私が彰君の事情に察しがついた。それは十分なヒントだといえない?」

「実家に関してのヒントは……」

「十分ヒントは与えたと思うわよ」


 私の言葉に千鳥屋先輩はあっさりと答えた。これ以上言うつもりはない。そう窓の向こうを見てしまった態度から物語っている。

 これ以上聞いても無駄だ。そう思った私が背もたれに寄りかかろうとしたとき、香奈が口を開く。


「それって、言ったら私たちでも分かるくらい有名な家ってことですか?」


 その香奈の言葉に窓の外を見ていた千鳥屋先輩は振り返った。

 あまり動かない千鳥屋先輩の瞳が見開かれて、驚きをあらわにしている。

 私はそんな千鳥屋先輩の反応に驚いたが、それ以上に香奈のいう事が気にかかった。


 言われてみれば、千鳥屋先輩も百合先生も不自然なほどに情報を出ししぶっている。金持ちの事情など、一般庶民の私には分からない事の方が多い。

 言っても理解してもらえないから、説明する時間が無駄。そういうことかと私は思っていたが、詳しく説明すると気付かれる。それゆえに何も言えなかった。ともとれる。


 そんな香奈の予想は、千鳥屋先輩の反応からしてアタリだ。


「……さすが、あの一族が気に入るだけはあるのね」

 千鳥屋先輩は綺麗にほほ笑んだ。誤魔化しのない純粋な笑みは心の底から香奈を讃えているように見える。


「気になるなら調べてみたらいいんじゃないかしら。言ったでしょう。ヒントは十分与えたわ。あなたは噂によるとオカルトが好きなんでしょ。だったらたどり着くかもしれないわ」

「え?」


 オカルトが好きだとたどり着く? それは一体どういうことなのかと私は首をかしげる。

 香奈も分からなかったらしく、千鳥屋先輩を凝視した。

 どういう意味か。そう声にだして聞こうとした瞬間、車が緩やかに止まる。


「商店街につきました」


 話に熱中するあまり、存在すら忘れていた執事さんの声。

 目的地の到着と共に話の終わりを告げる言葉に、千鳥屋先輩はほほ笑みを浮かべた。

 彰の意味深な笑みを見慣れた私には分かる。最初に宣言していた通り、この後は何を聞いても千鳥屋先輩は答えてくれない。

 時間切れ。というやつだ。


「さてと、手遅れになってないといいけど」


 言葉と裏腹にのんびりな口調でそういうと、千鳥屋先輩はクマのぬいぐるみを定位置に戻した。自分からドアを開ける気がなく、執事さんが開けてくれるのを待つ姿に私は顔をしかめた。


 千鳥屋先輩を見ていると急ぐのがバカらしくなってきたのもあるが、自分で開けてもいいのか。とオロオロする香奈を見ているとせかす気になれない。

 私は執事さんがドアを開けてくれるまでの間、平和に終わりますように。と身近な神様に無茶なお願いをした。

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