5 幼馴染
「そちらはお友達か?」
私を混乱から救ってくれたのは場にそぐわない落ち着いた声だった。聞き慣れない声に私が驚くと彰の後ろに男性がたっていた。
おそらくは先ほどからいたのだろうが、彰言動が衝撃すぎて私の脳が認識してくれなかったらしい。
私服だし、落ち着いた雰囲気からいって高校生ではない。だが大人かと言われると微妙なところ。大学生くらいだろうか。
外見だけなら大学生なマーゴさんを思い出すが、マーゴさんに比べれば大人びて見える。
姿勢の良さや立ち振る舞いからにじみ出る育ちの良さは、山の上の学校には不釣り合いに感じた。
気付いてしまえば浮いている。としか思えない人物の登場に私は誰なんだろう。と彰へと視線を向ける。
それに合わせて男性の視線も彰へと向いた。
しかし私と男性、背後にいるであろう香奈の視線を一身に受けたにも拘わらず、彰は変わらず比呂君にデレデレした笑みを向け続けている。
「……彰……いい加減説明してほしいんだけど……」
彰に説明してもらわないと何も分からない。男性に聞いてもいいのかもしれないが、あちらの方も私たちを測りかねているようで困った顔をしている。せめてこの人が誰かくらいは説明してほしい。
そう思っての言葉だったのだが、彰は心底嫌そうな顔でこちらを見た。邪魔すんな。と比呂君に向けるのとはかけ離れた表情で私を見る。
「お兄ちゃん、このお姉ちゃんは?」
「僕のクラスメイトで、七海ちゃんっていうの。ナナちゃんでいいよー」
比呂君が不思議そうな顔で質問したとたん、彰は緩み切った顔であっさり答えた。あまりの態度の違いに怒りよりも呆れてしまう。
弟の事好きすぎだろ。
「彰君の弟君?」
恐る恐るといった様子で近づいてきた香奈が比呂君のことを見つめる。
知らないお姉さんの登場に比呂君は子供特有の大きな目を見開いて、それからにっこり笑う。ひまわりみたい。という表現を何かの本で読んだことがあるが、こういう笑顔をいうのだろう。そう思ってしまうくらいの愛らしい笑顔を見て、彰がデレデレになるのも悔しいが分かってしまった。
「うん! 彰お兄ちゃんの弟の比呂です! お姉ちゃん、よろしくおねがいします!」
子供にしては丁寧な挨拶をたどだとしく口にして、比呂君は頭を下げる。
すかさず、よく言えたね。偉い。と頭をなでる彰は立派なブラコンだった。ノリが完璧に孫を見るお爺ちゃんだ。彰お前、まだ高校生だろ。と言いたいが、褒められて嬉しそうに笑う比呂君を見ると突っ込みにくい。
何あの子可愛い。彰の弟なのに可愛い。いや、血がつながってないんだっけ。と思ったところで、私は正気に戻る。
「えっと、それで、その……」
「んーなに、るいのこと?」
彰は比呂のことをなでながら、またもや放置された男性の方へと視線を向けた。
それよりも血がつながっていない。発言の方が気になるのだが、るいと言われた男性のことが疑問なのも確か。
混乱と好奇心のあまり不用意に聞きそうになってしまったが、考えてみれば詳しく聞いていいのか微妙な問題だ。本人はあっさり血がつながっていない。と口にしたが、本音と建て前というものは別のことも多い。彰は特に差が激しい人間だから余計に判断に困る。
とりあえずは目の前の謎の人物から解き明かそう。と私は男性へと視線を向けた。
私の視線を受けて、男性は頭を下げる。
「始めまして、岡倉るいという。彰が大変お世話になっているようで、改めてお礼を言いたい。ありがとう」
深々と頭を下げられて私は驚きのあまり何も言えなかった。同じく硬直していた香奈が私よりも先に動き出し、頭をあげてください。と焦った声でいう。
「こちらこそ、彰君にはいつもお世話になってます。えっとあの……色々と」
そういって香奈は視線をそらした。お世話になっている。というわりには微妙な反応だ。
すべて正直にいえない。そう思う香奈の気持ちもわかるが、色々。に含まれるニュアンスが怪しすぎる。これは変な誤解とかされないだろうか。と私が違う意味で焦っていると、岡倉さんは納得した様子で頷いた。
「祠の事件、重里さんの事件。あとは幽霊調査に関しても君たちは彰を手伝ってくれたと聞いている。彰に変わって感謝をいいたい」
そういって再び頭をさげる岡倉さんに私は驚いた。香奈も予想外の言葉らしく目をまたたかせている。
「勘違いしないでくれる。僕が手伝ってあげたの。ナナちゃんとカナちゃんはおまけ」
不機嫌そうにいう彰に対して岡倉さんがかすかだが眉を動かした。表情があまり変わらないタイプの人みたいだが、そういう発言はどうなんだ。と言いたい雰囲気が何となく伝わってくる。
だが、最終的には黙認。という形になったのか岡倉さんは無表情に戻った。
岡倉さんの方がどう見ても年上なのだが、彰を尊重する態度にこの2人はどういう関係何だろう。そう私は疑問に思う。
彰の言動はいつものことだったので私は特に気にしなかったのだが、彰に抱かれた比呂君が小さな眉をしかめた。
「お兄ちゃん。女の子にはやさしくしなきゃダメって……」
「ナナちゃん、カナちゃんいつもありがとう! 君たちのお陰で事件は解決したよ! ほんとにどうも有難う!」
あまりにも華麗な手のひら返しに私は何も言えなかった。
岡倉さんも微妙な顔をしている。香奈は勢いにおされて「ど、どういたしまして?」と首を傾げながら答えた。いい子か……。
比呂君は満足したみたいで、にっこり笑うとお兄ちゃんいい子ー。と彰のマネなのか背伸びをして彰の頭をなでた。それに彰は心底幸せそうに頬を緩める。
見ていてものすごく恥ずかしいんだが。やけに距離が近いカップルが目の前でいちゃついているのを見たとき以上にいたたまれない。
「えっと、それで、岡倉さんは彰君とはどういったご関係で?」
これ以上彰と比呂君を見ていると、佐藤彰。という人間の人物像がとんでもないことになりそうだったので、私は岡倉さんへと向き直る。
私の言葉に岡倉さんは微妙な変化ではあるが驚いた顔をした。
「聞いてないのか?」
「まったく聞いてないです」
今度こそ分かりやすく呆れた顔で彰を見るが、相変わらず比呂君にデレデレしている彰をみたら仕方ない。という様子を見せる。
出会ってすぐだが、全体的に彰に対する言動が甘いように思える。
「説明していなかったのならば不信に思うのも仕方ない。配慮が足りなかった。申し訳ない」
そういって再び頭を下げようとする岡倉さんを慌てて止める。異様に腰が低いぞこの人。私たちどう見てもあなたより年下なんですけど。知らない人に見られたら変な噂立てられそうだからやめて! と私は慌てて周囲の様子をうかがった
校舎の入り口に日下先輩の姿が見えた。
視線があった瞬間、「私は何も見てないですよ」というあいまいな笑みと共に視線をそらされる。
違うんです! 誤解なんです!
「日下先輩! この人は彰の知り合いで……」
「幼馴染です」
「そう、幼馴染で……」
日下先輩の誤解を解こうと叫んだ私は、岡倉さんの絶妙な相づちに言葉が止まった。
日下先輩へと向けていた顔を岡倉さんへと戻せば、先ほどと変わらぬ無表情でこちらを見ている。
彰の幼馴染ならば何度か話題に上がったことがある。
重里玲菜を調べてくれたのも、唯ちゃんについて調べてくれたのも、白猫カフェの運営に携わったのも幼馴染。そう彰は言っていた。
ということは間接的ではあるものの、私たちの方が岡倉さんに今まで助けられていたということではないか! 感謝するべきは私たちの方だ!
何でそう、重要なことを言わないんだ。という気持ちで彰をみると、彰は愛からず比呂君にデレデレだった。いい加減戻って来い! 弟なら毎日あってるだろ! とのど元まで出かかったが口に出すのはやめる。
それが何? って返事をされたら私のメンタルが粉々になる予感がしたのだ。
「……幼馴染……?」
何から聞けばいいのか。そう思ったところで、心底怪訝そうな声が聞こえた。
私も驚いてはいるが私以上に困惑したというか、ありえない。とすら思っていそうな声音が引っ掛かり、振り返る。見れば日下先輩の後ろに千鳥屋先輩の姿があった。
私たちが飛び出したので手持無沙汰になって出てきたのだろう。そのまま帰るつもりらしく手にはウサギのぬいぐるみと日傘を持っている。
千鳥屋先輩は真剣な顔でこちらを、正確にいうと岡倉さんを見ていた。幼馴染である圭一さんの事を語っていたときと同じく、いやそれ以上に真剣な探るような視線を岡倉さんへと向けている。
その意味が分からずに私は戸惑った。2人は知り合いなのかと思って岡倉さんを見ると、岡倉さんもまた千鳥屋先輩を値踏みするように目を細めている。
緊迫した空気に私は身動きが取れない。香奈は戸惑った様子で私の制服の裾を掴んだ。
日下先輩も事態が呑み込めないようで、止めるべきか、放っておくべきか。そう悩む様子を見せる。
「まさか、こんなところで漆黒の邪犬に逢いまみえることになろうとは」
眼帯をした方の瞳を何故か手で隠すポーズをして、クククククと不自然な笑い声をあげる千鳥屋先輩。
その瞬間、緊迫した空気が霧散した。日下先輩は額に手を当て、香奈は展開についていけてないようで固まっている。
岡倉さんも予想外のことに戸惑っているようで、細められた目が今度は見開かれていた。
千鳥屋先輩のキャラに戸惑っている。それは分かるのだが、だとしたら先ほどのお互い探るような態度は何だったのか。千鳥屋先輩を知らない。にしてはあの視線、間は意味深すぎたのだが、一体どういうことなのだろう。
岡倉さんに聞くよりは千鳥屋先輩に聞いた方がいいのだろうか。そう思って千鳥屋先輩に視線を向けると、千鳥屋先輩はなぜかじっと彰を見ていた。
彰は相変わらず比呂君とじゃれあっている。周囲の緊迫した空気なんてどうでもいいらしい。比呂君はまだ小さいから分からなかったとしても、彰は分かったうえで無視しているに違いない。それとも、比呂君の方が優先すぎて本気で気づいていないのか……。
それよりは前者の方がいいなと私は引きつった笑みを浮かべる。
「……魔女の血族……」
だから、一瞬その一言を聞き逃しそうになった。
慌てて振り返った私に日下先輩が驚いた顔をする。
けれど、そんなことを気にかけている場合ではない。いま、千鳥屋先輩は何といった? 魔女。そう言わなかったか?
「千鳥屋……先輩……いま……」
千鳥屋先輩は日傘をさし、ウサギを抱きかかえると首を傾げた。長いツインテールがさらりと揺れる。傘によって陰になり表情が見えにくくなった。
「なんだ狐の使いよ。我がダークエナジーに当てられでもしたか?」
千鳥屋先輩の口元が弧を描く。完全に厨二病モードに入ってしまったようで、先ほどからクククククという不自然な笑い声をあげ続けている。
部室では呆れてみていたそれが、今は何かを誤魔化すための演技にしか思えない。
実際に千鳥屋先輩は先ほどまでは普通にしゃべっていた。普通に話さないと時間がかかる。という発言から考えても、今の姿は演技なのだ。
なぜそんなことをしているのかは私には分からないが、周囲に嘘をついているのは事実。
「千鳥屋先輩……」
先ほどよりも強めに名前を呼んだが、千鳥屋先輩は目を細めて笑うだけ。日傘をクルクルと器用に回し、「それではまた会おう」と楽し気に笑って去っていく。
圭一先輩のことを詳しく聞くことはできなかったのだが、後を追っても今は何も答えてくれそうにない。
最後の笑み。あれは演技なのか、本音なのか。
千鳥屋先輩が去ってしまったとなれば、話を聞けそうなのは謎のにらみ合いをしていた岡倉さんだけだ。そう思って振り返れば、岡倉さんは彰に何事かを耳打ちしていた。
上機嫌だった彰の表情がこわばり、慌てて千鳥屋先輩が去っていった方向へと視線を向ける。
至近距離でも聞こえなかったのか、言葉の意味が分からなかったのか比呂君が不思議そうに彰を見上げた。
「……彰君……」
何から聞けばいいか分からず、とにかく名前をよんだ。彰は私の声には反応せず、しばし千鳥屋先輩が去っていった方向を見ていたが、やがて小さく息をはく。
「……逃げられないか……」
そうつぶやかれた言葉はやけに自嘲的で、胸がざわついた。
「さてと、僕はそろそろ帰ろうかなー。比呂ちゃん今日のご飯何がいい?」
「えっと……」
不自然なほどの笑みを浮かべて彰は比呂君に笑いかけ、小さな体を抱え上げる。私と香奈、日下先輩だって視界に入っているだろうにいないかのような扱い。それは先ほどまでと一緒だが、それでも違う。
さっきまでは比呂君しか視界に入っていなかった。そういった雰囲気だったが、今は私たちの存在を知ったうえで無視している。そういうぎこちなさがあった。
私はもう一度彰に呼びかけようとした。だが、私の視界を何かが遮った。見上げれば岡倉さんが彰を隠すように私の前に立っている。
私をじっと見下ろした岡倉さんは小さく首を振る。聞くな。そう態度で告げる岡倉さんの目をみたら、かけようとした言葉が声にならなかった。
「こんな形ではあるが、改めて皆様には感謝を。彰を今後もよろしくお願いします」
岡倉さんは最後にそういうと一礼する。彰はそれをチラリと見て、こちらに向かって手を振った。
「ほら、比呂ちゃん。さようならーって」
「さようならー!」
彰にうながされて比呂君が元気に手を振る。とても可愛らしい姿なのに、胸がざわめいて仕方ない。何かを必死に隠そうとしている、誤魔化そうとしている。それが分かるのに踏み込むな。そう距離を開ける彰の態度に気づいてしまう。
彰にとって私も香奈も、日下先輩も。すべてを伝えられるほど信頼できる人間ではないのだ。
不格好ながら笑みを浮かべて、私は比呂君に手を振った。比呂君は不思議そうな顔をしたが、彰がすぐさま話しかけた言葉で笑顔を浮かべる。
今日の夕飯は比呂君の好きなものが出るのかもしれない。
「……結局、何だったんですか?」
近づいてきた日下先輩が私と香奈を見て、最後に去っていく彰たちの後姿を見た。
香奈は不安そうな顔で私を見上げているが、私は何といっていいか分からない。
「彰君がとにかく謎だってことしか、分からないです……」
佐藤彰が何者か。私にとっての一番の謎がさらに難解になった事実に、私はどうしようかと息を吐き出した。




