1 真実の一欠けら
各部活の部室が集まった部活練、そこに最近「民俗学研究同好会」という何とも怪しい部室がふえた。
名前を聞いた瞬間、何する部活なの? と思わず首を傾げ、関わることもないだろうし、どうでもいいか。と中学時代であれば思うであろう部活に、なぜか私、香月七海は所属している。
というか、強制的に所属させられたといった方がいい。
部活メンバーは私と幼馴染の香奈。そして偽りの幼馴染である佐藤彰。顧問は学校一の強面である佐藤百合先生で、裏メンバーには山の主の娘、子狐様。
全て事実なのだが、それだけに頭が痛くなる内情にどうしてこうなった。と私は今日も遠い目をしている。
だが、いくら現実逃避しようとも事実は変わらないし、目の前にある資料の山も消えてはくれない。
私は脱線しかけた思考を正し、目の前にある資料の山。そして思考しながらも続けていた作業に意識を戻す。
目の前には、明日の委員会で使われるという資料のコピーが順番に並んでいる。それをページ数どうりに重ねてるのが彰、それをホチキスで止めるのが私、各役員の人数通りに仕分けするのが香奈である。
先ほどから彰が無言で行ったり来たりを繰り返し、私の上にホチキス止めを待つ資料を量産している。香奈も役員数が書かれたプリントを見つめ続けている。
真面目に作業をしている2人を見たら、休憩しよう。と言い出せる雰囲気でもなく、私は小さくため息をつくとホチキス止めを再開した。
彰が容赦なく積んでいくので、いい加減進めないと雪崩が起きそうというのもある。
彰のことだから崩れたら「ナナちゃんが遅いのが悪い。自分で拾って?」と容赦なく切り捨てるだろう。佐藤彰とはそういう人間だ。
さて、私たちがなぜ本来は生徒会がしなければいけない雑用をしているのかというと、民俗学研究同好会というのはこれといった活動内容がないのが原因だ。
表向きには、地域に残る風習、伝承を研究しまとめる。ということになっているが、真面目にそんなことをする気などさらさらない。
香奈あたりはそれも楽しむかもしれない。だが、私たちには子狐様という生き証人がいるのだ。わざわざ図書館に通う、地域のお年寄りに話を聞く。なんてことをしなくても子狐様に昔のことを聞けば大概のことは分かってしまう。
つまり、本気で調べる気になったら一時間ぐらいで終わる。
子狐様の他にもあまり頼りたくはないが、リンさん、クティさん、マーゴさんといった人間よりははるかに長生きな知り合いもいる。
何でこんな人外の知り合いが増えてしまったのか。と私は自分の高校生活、および今後の人生について不安を抱かないでもないが、今更どうしようもない気がする。
佐藤彰に出会ってしまった時点で、この結末は揺るがないことだったのだろう。
「終わったー」
無心で資料を止め続けていると、隣から彰の歓声が聞こえた。
やり切ったという達成感のある表情で彰は両手を上にあげ、体を伸ばす。
私の隣には彰が行ったり来たりを繰り返して作り上げた、書類の山が積まれている。
運動神経も体力もあるだけあって、作業が早い。
終わったならこっちも手伝って。と一瞬言おうかと思ったが、すぐにやめた。彰が手伝ってくれるとは到底思えないし、仮に手伝ってくれたとしても何を要求されるか分かったものじゃない。
彰はちらりと私と香奈の様子をみたが、すぐにイスをひいて腰を下ろした。
この態度から見ても、私たちを手伝う気は一切ないらしい。
まあ、分かっていたことだ。
「あとどのくらいで終わりそう?」
「見ての通りの感じ」
彰はふーんと言いながら、壁にかけられている時計を見た。
放課後になってから1時間ほどはたっているが、部活動をする身であれば帰るには早い。
といっても、しっかりと部活時間が定められているわけではない同好会は、いつ帰ろうが問題はない。部活の日程も定まっているわけではなく、部室に寄らずに子狐様のところでお茶をして帰る。ということも少なくはない。
今回はたまたま日下先輩から仕事を押し付けられたので、全員が部室にいるだけの話だ。
「じゃあ、僕帰ろうかな」
彰はそういうと立ち上がる。
とくに止める理由もないので「また明日」そう私が言おうとすると、ノック音の後に部室のドアが開く音がした。
「作業進んでますか?」
ドアを開けたのは日下美幸先輩。
我が高校の生徒会長にして、私たちに雑用を押し付ける率が一番高い人だ。二番目に高いのは顧問の百合先生である。
二人とも私たちを雑用係としか見ていないようだ。
「うわあ……元凶がきた……」
帰ろうとしていたタイミングだっただけに、現れた日下先輩に彰が嫌そうな顔をする。
日下先輩はムッとした顔をしてから、軽く頭を下げる私、それから日下先輩が来たことにも気づかずに黙々と作業を続ける香奈。最後に一人ただ突っ立っている彰を見つめた。
「佐藤さん……、女の子二人に仕事を押し付けて帰るのはいかがなものかと」
「僕はちゃんと自分の仕事は終わらせました」
彰はそういうと私の横に積んである資料の山を指さす。
ページ数通りにきちんと積み上げられた資料は、確かに彰の仕事の結果だ。
「先に終わったのなら、終わってない人を手伝えばいいでしょう」
さすが日下先輩。全くの正論である。
彰は顔をしかめて、嫌そうに私とその隣にある資料の山を見つめた。
「ホチキスないし……」
「そう思って持ってきました」
そういうと日下先輩はにっこり笑って、ポケットからホチキスを取り出した。
さすが生徒会長。彰みたいなタイプの扱いも心得ているらしい。
彰はさきほど以上に嫌そうな顔をしてから、はあ。とため息をついて、日下先輩からホチキスを受け取った。
日下先輩に対しては彰は意外と聞き分けがいい。というか最初に比べあまり反抗しなくなった。
彰にも年上は立てる。という気持ちがあるのか、それとも唯ちゃんとの一件で感じた仲間意識から邪見にできないのか。どちらなのかは私には分からない。それでも誰にも心を開いていない彰には良い傾向に思える。
完全に心を開いている。とも言えないが、少しは話をきこう。という態度を見せるだけかなりの進歩だ。
それに比べて、私は未だに彰に心を開いてもらってはいない気がする。
心を開いてもらいたいかと言われれば、それはそれで面倒事に巻き込まれる気がするので微妙なのだが。それでも、何となく納得がいかない気もして内心複雑だ。
「香月さん、坂下さん。休憩しましょう」
彰にホチキスを渡した日下先輩はそういうと、机の上にビニール袋を置いた。購買部で買ってきたのか、中には飲み物と軽い軽食が入っている。
見た目のわりによく食べる彰が目を輝かせて、未だに黙々と作業する香奈へと駆け寄った。
彰に肩をたたかれたことでやっと日下先輩の存在に気づいた香奈が、目をまたたかせる。
いつもながら集中しすぎだ。
資料の山を崩さないように脇によけ、私たちは日下先輩も交えて休憩に入る。
唯ちゃんの事件の一件以来、日下先輩は怪しげな部活の様子を見る。という名目のもと、部室や祠に来て休憩するようになった。
過去の過ちを悔い、何かにとりつかれたかのように人のために尽くした時期を思うと、少しは肩の荷も下りたのだと安心する。
前より笑うようになり、雰囲気が明るくなった。と事情を知らない生徒が話しているのを聞く機会も増えた。
日下先輩にとって唯ちゃんの事件は良い転機だった。今ならそう分かる。
クティさんから最善だ。と聞いたときは、こんなに苦しんだのにどこが。と思ったが、今の様子を見るに、日下先輩が前に進むためには乗り越えなければいけない壁だったんだろう。
そう私は思い、ちらりと彰に視線を向けた。
日下先輩が買ってきたチキンカツサンドをほおばる彰は無邪気に見える。出会った当初に比べると、こうした自然な反応が増えたがそれでもまだ壁を感じる。
いや、彰は壁を作っているつもりがないのに、私が一方的に感じているのかもしれない。
あの事件以来、私はどうしても彰の背後を見つめてしまう。いくら見ても見えないと分かっているのにだ。
「ここまで来たんだし、ついでに手伝っててよ先輩」
カツサンドを食べ終えた彰はおしぼりで手をふきながら、にっこり日下先輩に微笑んだ。普通の人だったら陥落する可愛らしい笑みだが、本性をしっている日下先輩は余裕の表情。
「私は他の仕事もありますので。ちょっと様子を見に来ただけです。すぐお暇させてもらいます」
その返事に彰は「つまんないのー」と返すものの、対して口調は残念そうでもない。
日下先輩の返答を予想していたが、ただ言いたかっただけだろう。彰なりのスキンシップというかじゃれ合いだ。
「終わったら、生徒会室にもっていけばいいですか?」
「お願いします。誰か残っているとは思いますが、誰もいなければ職員室で小林先生にお願いします。こちらからも伝えていますので」
はい。わかりました。と答えながら、職員室に行くのは出来るだけ避けたいな。と私は思う。
生徒会顧問の小林先生は私たちのことをよく思っていない。生徒会の雑用を手伝っているにも関わらず、得体のしれない部活。問題を起こさないでくれ。と会うたびに小言を言われるので、正直疲れる。
「すみません。先生にも彼らは手伝いをしてくれている。ということは言っているんですけど……」
私の表情から小林先生の苦手意識を感じ取ったのか、日下先輩が申し訳なさそうに眉を下げた。
私は慌てて両手をふる。日下先輩は何も悪くない。
「ナナちゃんは気にすることないよ。あの人僕が嫌いなだけだから」
黙って話を聞いていた彰が、不機嫌そうにそういって眉を寄せた。
「彰君を?」
意外そうに香奈が聞き返すと、彰は「そう」と迷いなく答える。
そんな話は初めて聞いたので私は戸惑い、知ってますか? と確認する意味で日下先輩を見つめる。
日下先輩は心当たりがあるのか、先ほど以上に困った表情を浮かべていた。
「えっと……小林先生は同期の百合先生に、勝手にライバル意識をもっていらっしゃるようで……」
「えっ、小林先生って百合先生と同期なんですか!?」
香奈が驚いた声をあげるが、私も同じ心境だ。
小林先生は神経質を絵に描いたような眼鏡をかけた先生で、背は高いが線は細い。というか肉と骨しかないといった方が正しい。
数学教師とは思えない、いかにも体育会系。という百合先生と比べると、とても同期とは思えない。
「ええ。当校に採用されたのも同じだったこともあり、何かと意識していらっしゃるんですが……」
「叔父さんは全くこれっぽっちも意識してないよ。っていうか、下の名前覚えてるかも微妙だね」
彰の言葉に日下先輩は、そうでしょうね。と苦笑した。
日下先輩から見てもかなり一方的なライバル意識らしい。
「でも百合先生がライバル意識もたれてるといっても、彰は関係ないでしょ?」
彰と百合先生は甥っ子と叔父という関係だが、教師同士のライバル関係(一方的)には関わりのない事だ。
彰がいることによって百合先生が得をすることがあるとも思えない。むしろ、苦労していることなら沢山あるだろうが。
「ナナちゃんみたいにマトモな思考をしてくれてたら、よかったんだけどねえ」
彰はそういってため息をつく。日下先輩も苦笑したままということは、小林先生は彰のいうマトモな思考ではないらしい。
「佐藤さんは目立つ生徒ですからね。百合先生は教師にも生徒にも恐れられていますが、同時に信頼されています。それだけでも小林先生としては気に食わなかった所に、注目を集める甥っ子が現れましたから……」
「たしかに彰は目立ちますけど、それ全く関係ないですよね?」
完全に私情ですよね? と私がいうと、彰は顔をしかめ、日下先輩はうなずいた。
ああ、完全に私情なんですね……。
「……彰君、大丈夫? いじめられてない?」
香奈がついに彰を心配してそう声をかける。
小林先生が返り討ちにあうことがあったとしても、彰がいじめられることはないと思うが、香奈は優しい子なので純粋に心配したらしい。
純粋さというものは彰のようなひん曲がった性格の持ち主でも伝わるらしく、比較的に穏やかな表情で大丈夫。と彰は微笑んだ。
そうして笑っていれば顔にたがわず美少年なのに。と私は少し残念に思う。
「ですが、小林先生が佐藤さんを気に掛ける気持ちは、私も少し分かります」
今まで彰側に立っていた日下先輩が、突然手のひらを返したことに私は驚いた。彰は先ほど以上に顔をしかめて、疑うようなまなざしを日下先輩に向けている。
「百合先生もそうですが、佐藤さん。あなた明らかに我が校の理事長に優遇されてますよね?」
それを言われた瞬間、彰は体を硬直させた。
気付かれたくないことを気付かれた。そう感じる態度を私は疑問に思う。
その後すぐに彰が何事もなかったかのように平静を装ったことで、疑問はさらに増した。
「何のことかな?」
「しらばっくれても良いことはないですよ。私は生徒会長ですから、それなりに学校の内情については知っています。
佐藤さんが授業に出席しなくても、テストで結果さえ出せば高校卒業資格は取れるように優遇されていた。ということも聞いています」
日下先輩の言葉に彰は眉間にしわをよせた。そこまでバレてるのか。と言葉に出さずとも伝わる態度もそうだが、私は日下先輩の発言に驚く。
香奈も目を丸くして、日下先輩と彰を交互に見ていた。
「佐藤さん、私のあくまで予想ですけど、あなた理事長の関係者ですよね」
日下先輩の言葉に彰はしばし誤魔化すように視線を泳がせたが、最終的には降参とばかりに両手をあげた。




