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狐のおつかい  作者: 黒月水羽
3章 後ろの少女
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エピローグ

 一週間後、すっかり事件の余韻もさめた頃、私たちは部活錬の一室で忙しく動き回っていた。


 無造作に放り込まれた机や椅子、段ボールを運びだし、要るものと要らない物に仕分け。

 使えるものは綺麗にして再利用。

 それに加えて、使われずにホコリまみれの部屋をはき、窓や床をみがく。

 そのあと、いったん運び出した机や椅子、書類棚などを運びいれる。となかなかの重労働だ。


 なぜ、急にこんなことをしているかというと、ちゃんとした理由がある。


「ちょっとナナちゃん! 棚はもうちょっと奥! そこじゃ使いにくいでしょ!」

 エプロンに三角巾、マスクと完全装備の彰が、はたきをビシリと私に向けて文句をいう。


「そういうなら、彰君が動かしてよ……女の子に力仕事させるとか、どうなの」

「女の子なのに掃除雑で使い物にならないの、どうなの?」


 冷たい顔で言い返されて、私は言葉につまる。最初は私も掃除係で彰が重いものを運んでいたのだが、あまりの私の雑さにキレて、肉体労働へと左遷されたのだ。


「カナちゃん見習いなよ。とっても丁寧!」


 彰が示す先には、黙々と机を磨く香菜の姿があった。一度集中すると凝り性な性分が発揮され、目付きが完全にプロだ。


「でもあれ、ものすごく時間かかってない?」

「……まあ、そんな数必要ないし」


 遅いことには言及せず、彰は視線を泳がした。

 香菜に対してだけ甘いのはなぜなのか。いや、私に対して香菜みたいに対応されても、気持ち悪いだけなのでいいのだが……なんとなく腑に落ちない。


「とにかくー、さっさとやんなきゃ終わんないよ。日下先輩と叔父さんも後で手伝いにくるって」


 彰はそういって、掃除に戻る。

 掃除なんて僕のやることじゃない。なんて言いそうな見た目だが、意外と手慣れている。丁寧な上に早いし、汚れの落とし方も詳しい。

 主婦か。と思わず突っ込んでしまったのだが、怒るかと思いきやあっさり、男所帯じゃ僕がやるしかやいでしょ。と返された。


 そういえば彰は百合先生と暮らしているのだろうか。母親が亡くなっていることは聞いたが、父親はどうしているのだろう。

 家庭環境が複雑とは聞いているが、一体どんな事情なのか。


 私は彰に言われた位置に、棚を動かしながら考える。

 いくら考えても、当たり前だが答えはでない。彰に聞かなければ分かるはずもない。

 だが、どうにも前以上に聞きにくくなってしまった。


 後ろの少女の事件が解決した次の日、彰は学校を休んだ。リンさんに感情を抑えた食べられたことによる副作用かと焦ったが、その次の日にはいつもと変わらない様子で登校してきた。


 ただ、弟が成仏していない。その話は綺麗に忘れていた。


 彰の中では、日下先輩の事件を解決したあと、急に倒れた。ということになっているらしい。

 倒れるほど疲れてたっけ? と本人も不思議そうにしていた。

 一日休んだのは、大事をとれ。とリンがしつこかったから。と彰は言っていたが、おそらくは記憶が綺麗に消えているか、確認のためだろう。


 私も香菜も彰の弟に関しては、聞かなかったことにした。

 あの日の帰り際、クティさんに嫌というほど年押しされたのだ。いま下手なことをしてリンさんに敵視されるとまずいと。


 クティさんの忠告は正しかったとわかったのは、放課後。

 子狐様の祠に様子を見に行くと、ずいぶん怯えた様子の子狐様と上機嫌なリンさんが待っていた。

 驚いたことに彰は子狐様に怯えられたことも、記憶から消えていた。

 そのことによって私は、子狐様とクティさんが彰の背後にいた弟をみて怯えたのだと気づいてしまった。


 マーゴさんは見るのに条件がある。みたいなことを言っていたし、だんだん見えるようになった。ともいっていた。

 唯ちゃんと同じく見える条件があったため、彰には見えなかった。それは分かったが、条件とは一体なんなのか。


 気になっても、とても聞ける雰囲気ではなかった。


 おそらくはリンさんは、子狐様を脅したのだろう。記憶のつじつまを合わせるため、不自然な行動をとるなと。

 この様子だとクティさんのことも、綺麗に忘れているに違いない。

 クティさんとまた会う機会があるかは分からないが、わざわざ脅しにくるまでの念の入れようなのだから。


 さらに、私たちが喋らないかも確認に来たのだと、リンさんに帰り際に言われた言葉で気づいた。


 すれ違いざま、私と香菜にしか聞こえない声で、余計なこといったら、お前らも消すからな。そうリンはいった。

 それは記憶という意味なのか、存在を。という意味なのか、怖くて考えたくもない。どちらも出来そうだから、余計に。

 青い顔でうなずくと、満足げに帰っていったから、合格だったのだろう。

 感情が見えるから変に疑われることはないが、心臓に悪い。


「差し入れ持ってきたわよー」


 思考に没頭していると、ドアが開いて日下先輩が現れた。手にはコンビニ袋。中にはいっているのは軽食と飲み物だ。


「日下先輩さっすが! 気が利く!」


 素がバレて開き直った彰は、日下先輩の前でも素で話すようになった。そっちの方が胡散臭くない。という評価に本人は不満そうだったが、その通りだと思う。

 可愛い子ぶって喋らず、ただ笑っている彰よりも、楽しげに差し入れの中身を物色している姿の方が自然で輝いて見える。


「進んでます?」

「なんとか……」

「細かいとこはおいおい調整するとして、形としてはいいんじゃないかな。ぶっちゃけ、同好会っていっても名前だけで、ろくに活動しないだろうし」


 彰は日下先輩が買ってきたフルーツジュースを飲みながら、見も蓋もないことをいう。

 たしかにその通りだが、同好会を作るために手を尽くしてくれた生徒会長を前にいうことか。


 日下先輩は事件から数日後、少し間をおいてから改めて祠にお礼に来た。

 数日間で心の整理はつけたのだろう。初めて会ったときよりも、表情が晴れやかだ。


 子狐様にも見えないながらも丁寧に謝罪し、お稲荷さんまで持参した。

 目に見えないものを信じない。という姿勢はやめたらしい。

 頑なに認めなかったのは、唯ちゃんの事を考えたくなかったからだと今は分かる。もう見ないふりを続ける必要もないから、認めたのだろう。


 最初嫌な顔をしていた子狐様は、お稲荷さんの味が気に入ったのか、あっさり手のひらを返した。最終的には良い子ですね。と大絶賛。

 相変わらず、子狐様はちょろすぎる。

 それともリンさんに受けた傷が思いの外深く、癒しを求めていたのか。だとしたら不憫だ……。


 そんなこんなで和解したのだが、日下先輩は謝罪とは別に意外な提案をしてきた。

 このままだと私たちの立場が微妙なのは変わらない。生徒会長としてこのままでは、注意しなければいけない事態になりうる。

 ならば、そうなる前に部活という名目を作ってはどうかと。


 予想外の提案に私は度肝を抜かれたが、彰はノリ気だった。

 いつまでも野外はつらい。とのことらしい。集まるにしたって屋内の、専用の部屋があった方が便利だと。

 今は暖かいからいいが、寒くなってきたら野外はつらい。

 私が気温調節してるから大丈夫ですのに……と子狐様は不満げだったが、気分の問題だ。


 そういった経緯で日下先輩、全面協力のもと私たちは、民俗学研究同好会なる部活を発足した。

 場所は部活練の物置になっていた奥まった教室。目立つ位置だと困るだろうと、日下先輩が気を使ってくれたのだが、その結果大掃除することになってしまったので何とも言えない。


 活動内容としては、地域に伝わる伝承を調べる。ということになっているが正直怪しすぎる。

 彰によると、うっかり勘違い野郎が入ってきたら困るので、このくらいでちょうどいいらしい。

 それは確かだが、よくも通ったなこんな部活……。と私は日下先輩の手腕に感心した。


 当たり前のように顧問にされた、百合先生の尽力もあるのだろう。

 今回の事件は完全に事後報告だったので、何で日下!? とだいぶ驚かれたが、許してほしい。


 そんなことを思っていると、彰が私にペットボトルを投げて寄越した。天然水とかかれてシンプルなものは、クティさんを思い出して微妙な気持ちになる。

 いや、水に罪はないのだけれど……。


 喉の乾きを潤していると、彰はニヤリと笑い物音をたてずに集中している香菜の後ろへと回り込んだ。

 行動が完全にいたずらっ子のそれだが、なんだか微笑ましくて注意する気になれない。香奈に甘い彰が、香奈が本気で嫌がることをするはずないし。


 彰は香菜の背後にたどり着くと、冷たいペットボトルを香菜の頬へくっつけた。

「ひゃあ!?」


 びっくりして変な声を出した香菜は、何事かと周囲を見渡す。彰はそれの笑い、彰に気づいた香菜は目を瞬かせた。

 そこでビックリするだけで怒らないのが、香菜らしい。


「彰君、ふざけるのはそのくらいにして。香菜ちゃんは休憩しましょう」

 日下先輩が声をかけると、香菜はいつの間に!? という反応をした。集中しすぎだ。


 香菜も加わって、楽しげに話す彰と日下先輩。とても平和な光景だ。

 ほんの数日前ではありえなかったが、彰と日下先輩は昔からの友人のように馴染んでいる。

 それはおそらく、同じような経験をした仲間意識故。


 それが分かるからこそ、私は複雑な気持ちになった。

 何も心配することなど無いかのように見えるからこそ、胸の奥がざわざわと落ち着かない。


 彰には弟がいた。

 そしてまだ、彰の後ろにいる。その事実を彰だけが知らない。


 それは彰にとって良いことなのか、悪いことなのか。

 今も彰の後ろにいるであろう弟は、どんな気持ちで私たちを見ているのか。


 祠の事件、小宮先輩の事件、日下先輩の事件。

 一つ一つの事件は無事に解決しているというのに、佐藤彰に関してだけは謎だけが深まり続けている。


 一体この謎はいつ解けるのかと、楽しげな笑い声を聞きながら私は一人ため息をついた。

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