16 噂の寮母さん
幼馴染のところに行ってくる。と彰は元気に姿を消し、マーゴさんは肩を落として帰っていった。
必死に私と香奈はフォローしたが、どこまで励ませたかは分からない。やらないよりはマシ。というやつだ。
クティさんにもマーゴさんにもお世話になったし、後でお礼と謝罪にいかないと。と私は学校へと続く坂道を登りながら考える。
一つ問題があるとすれば、連絡の取り方が分からないことだ。
彰からリンさんを経由すると、彰が嫌そうな顔をするだろう。マーゴさんに連絡先を聞いた方がよかったか。と思ったところで、そもそも、彼らは連絡をとれるものを持っているのか?という疑問に行き当たる。
最終的に、後で考えよう。と投げやりな解答に行き着いたところで、校門へついた。
入学当初は息切れした坂も、上り下りする機会が増えたせいか、前よりも気軽に登れる。それでも疲れることは確かなので、私はぐぅっと背伸びをした。
私から一歩どころか、数メートル引き離された香奈が登ってくるのを眺めながらストレッチ。
追いついて肩で息をする香奈に、信じられない物を見る目を向けられた。香奈よりも体力があるだけだというのに、大げさだ。
彰は鼻歌交じりに走って登るのだから、あいつの方がよっぽど化け物である。
「寮母さんって、寮にいるかな」
「……こ、この時間なら、いると思うよ」
息を整えるために深呼吸しながら、香奈がいう。寮母さんと一番仲がいいのは香奈なので、香奈がそういうならいるのだろう。
「そういえば、寮母さんには噂について聞いたの?」
落ち着いたのを見計らって声をかけると、香奈は首を左右にふった。
「聞こうかとも思ったんだけど、その前に実際に見れるなら見た方がいいかなって。噂はあくまで噂だし」
「……香奈からそんな言葉が出る日が来るなんて……」
噂話に散々振り回された中学時代を思い出す。49回もガセネタを調査したのも、今となっては懐かしい思い出だ。
今思えば、入学当初に香菜がいっていた「50回目の真実」は現実になったわけだ。香奈にそんな意図はなく、願望を言っただけだろうけど。
人生何があるか分からないな。と人生の奥深さを噛み締めながら、女子寮への道を進む。
校門から見て、校舎の右側が男子寮。左側が女子寮だ。左右対称のデザインだが、女子寮は赤い屋根で、男子寮は青い屋根。
西洋風を意識したちょっと凝った建物で、この寮で暮らしたい。というのを入学の決め手にする生徒もいると聞く。
木々に囲まれた山の上の学校にある、西洋風の女子寮。たしかにイメージとしては良い。お嬢様学校みたいな上品な雰囲気を残しつつ、共学で出会いもある。
寮に引きこもって山の上り下りをしなければ、環境としてもいいだろう。車や電車の騒音がない静かな空間。自然に囲まれているため、空気は美味しいし、癒し効果もある。
業者が定期的に入るために購買部も品ぞろえがよく、拘りがなければわざわざ街に降りなくても十分に生活できる。
生徒を集めなければ経営できない私立校とはいえ、そこまでやるか。と呆れてしまうほどの力の入れ具合。
お狐様と契約している。という裏事情を知っていても、ちょっと呆れてしまう。
そこまで考えて、そういえば彰は祠と契約した一族の末裔だ。ということを思いだした。
ということは、もしかして理事長とは親戚関係にあたるんだろうか……。あれ? 彰って今更だけど、実はいいとこのお坊ちゃん?
美形で、謎が多くて、腹黒で、金持ち。いくら何でも設定盛りすぎでは? と私が眉間にしわを寄せ唸っていると、香奈があっ。と声をあげて駆け出した。
「雪江さん、ただいま帰りましたー」
香奈は手を振りながら、ちょうど女子寮の前で掃き掃除をしてた女性に走りよった。
関本雪江。40代のおっとりした雰囲気のある女性だ。年代がちょうど生徒のお母さん世代に当たるため、優しい雰囲気と合わせて生徒には母親同然に親しまれている。
寮母さんは香奈の声を聞くと手をとめ、顔をあげる。走り寄る香奈を視界に入れると、人好きする笑顔を浮かべた。
「香奈ちゃんお帰りさない。今日はいつもより早いのね」
寮母さんの言葉に私はふと空を見上げる。まだ夕暮れには早い時間帯で、空は綺麗な青。
最近は祠で子狐様と話したり、祠の知名度を上げるために走り回ったりと忙しかったため、帰るのはいつも夕方だった。
言われてみれば、明るいうちに寮に帰ってきたのは久しぶりだ。入学当初は部活にも入っていないし、用事もないため即帰宅していたのが嘘みたいだ。
「用事が思ったより早く終わったから、早めに帰ってきたの」
「そうなの。七海ちゃんもおかえりなさい」
「……ただいま帰りました」
近づくと邪気のない笑顔を向けられて、戸惑う。腹黒とか、意地悪い笑顔を見慣れてしまったので、純粋なものを見るとまぶしさを覚えるようになってしまった。
クティさんが香奈を最初苦手としていたのも、こういった気持ちなのかもしれない。
「雪江さん、今忙しい?」
香奈が寮母さんがもつホウキと、寮母さんの顔を交互に見て困った顔をした。用事があるのなら、邪魔はしたくない。けど、早く話も聞きたい。という迷いが見える。
「何か用事?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……、急ぎじゃないから、仕事があるならその後で」
香奈が慌てて両手を左右に振る。表情としぐさがストレートに出る香奈は、こうした行動が可愛く見える。とくに年上に好かれるのはこういった仕草や、素直さが好ましく見えるからだろう。
寮母さんも微笑まし気に香奈を見つめて笑う。
「大丈夫。ちょうど休憩しようと思っていたところなの。香奈ちゃんとも話したいと思ってたし、七海ちゃんとも一度ゆっくり話をしたかったし」
「えっ私?」
完全に部外者の気持ちで話を聞いていた私は、名前を呼ばれて驚いた。戸惑う私を見ても、寮母さんは変わらず、にこやかに笑っている。
「香奈ちゃんから話は聞いていたから、前から話してみたかったの。それに、今回の香奈ちゃんの話って七海ちゃんも関わってることなんでしょ?」
何の説明もしていないのに、こちらの事情を知っているかのような言葉。私は一瞬身を固くした。
「ああ、ごめんなさいね。私ったら警戒させるつもりはなかったの。ちょっと耳が早いというか、噂話をよく聞く立場にいるから。不快に思ったなら謝るわ」
申し訳なさそうに眉をさげる寮母さんに、私は慌てて両手を振った。
そうすると寮母さんは、ほっとしたような顔でこちらを見る。その表情は狙ったようには見えない、純粋なものだが……上手い事許す方向に持っていかれたような気もする。
百合先生と彰が苦手意識を持っている。という理由の一端が分かった気がして、私は苦笑した。
この学校には癖の強い人しかいないのか。
「香奈ちゃんが好きな、お茶菓子もあるからね」
「本当ですか」
寮母さんはホウキを玄関わきにある物置に片づけ
、寮の中に入る。香奈は目を輝かせてその後に続く。私は一瞬だけ戸惑ったが、すぐにその背に続いた。
寮母さんの部屋は、玄関のすぐ近くにある。
深夜に生徒がこっそり抜け出さないよう、見張る意味合いもあるのだろう。玄関から出るなら、必ず寮母さんの部屋の前を通らなければいけない。
場所は知っているものの、一度も中に入ったことはなかったので、落ち着かない。
寮母さんの部屋は私たちの部屋とは違い、フローリングではなく畳。
小さめのテーブルに、テレビにタンスと生活感のがある。
かわいい小物が置いてあったり、花瓶に花が生けられていたり、寮生ととった写真が飾られていたり。寮母さんの人の良さがにじみ出る空間に、癖が強い。と思ってしまった少し前の自分を、早くも殴りたくなってきた。
「七海ちゃん、どうぞ」
勝手知ったる様子で、どこからともなくクッションを持ってきた香奈が、テーブルの前に並べる。
ここに座れということなのか。と思って香奈を見ると、香奈はすでに座っていた。慣れすぎだし、くつろぎすぎだ。そこまで慣れるほど入り浸っているのか。と少々呆れた。
奥の台所らしきスペースにいた寮母さんが、お盆をもって戻ってくる。お盆の上には3人分のお茶と、饅頭が乗っていた。お狐様が喜びそうなラインナップだ。
「ごめんね。若い人が喜びそうなものなくて」
「気にしなくていいです。私お茶もお饅頭も好きなので」
正直に言えば、高校生になるまではそれほど好きではなかったのだが、子狐様にすっかりならされてしまった。子狐様の入れるお茶と、用意するお茶菓子が美味しすぎるのがいけない。
未だに、いったいどこから仕入れてきているのかは怖くて聞けないのだが……。きっと知らなくていい話だろう。
「それで聞きたいことって何かしら?」
一通りお茶と饅頭を楽しんでから、寮母さんは本題に入った。
すっかり休憩モードにはいっていた私は、寮母さんの言葉に我にかえる。そうだ。私はお茶しに来たのではなく、話を聞きにきたのだ。
「えっと……何から聞こう……」
香菜は聞きたいことがまとまらないらしく、困った顔で口許を押さえる。
香菜の気持ちはわかる。聞きたいことは本当に沢山ある。この機会に今回の事件に関係ないことまで、いろいろ聞きたいくらいだ。
だが、今の最優先は……
「日下先輩は、帰ってきましたか?」
私の質問が予想外だったらしく、寮母さんは驚いた顔をした。
「美幸ちゃん?あなた達、美幸ちゃんとは敵対関係なんじゃなかったの?」
「いや、日下先輩には好かれてはないですけど、敵対までは……」
彰とは敵対関係と言えるかもしれないが、私と香菜は今のところそこまでいってない。……はずだ。
それにしても、日下先輩が彰を訪ねてきたのは昨日だというのに、すでに寮母さんは知っているのか。本当にあなどれない。
それとも日下先輩が、噂になるほど分かりやすい行動をとっていたのか。それもあり得そうで困る。よくも悪くも真っ直ぐだし。
「美幸ちゃんなら、まだ帰ってないと思うわ。今日は玄関回りを片付けていたから、帰ってきたならすぐ分かるもの。
でも美幸ちゃんがこの時間に帰ってくるなんてことは、滅多にないわよ。あの子いつも7時くらいまで学校で生徒会の仕事してるから」
「えっ」
生徒会の仕事は忙しそうとは思っていたが、毎日その時間まで残っているとは想像以上だ。
香菜も知らなかったのか、目を丸くして寮母さんを見つめている。
「そんなに生徒会って忙しいんですか?」
「普通の生徒よりは忙しいとは思うわ。ただね、美幸ちゃんの場合は生徒会が、というよりは本人の性分ね」
そういって寮母さんは頬に手をおくと、ふぅっと息をはく。無茶をする子どもを心配する母親のようだ。
「何でもかんでも引き受けすぎなのよ。自分一人で抱えて、分担するってことをしないの。他の人なら放っておくような小さなことも、全部一人で解決しようとしちゃう」
寮母さんの表情は暗い。本気で日下先輩を心配している。
たしかに言われてみれば、日下先輩が彰に会いに来たことからしておかしい。
彰と私たちがやっていることは、生徒の間で少し噂される程度の小さなものだ。いくら彰が目立つといっても、お狐様の知名度はまだまだ低い。
彰に直接あわなくても、日下先輩が生徒会長としての立場と力を使った方が効果があるし、簡単だ。
日下先輩が自ら動く必要など、全くなかったのだ。
「それだけじゃなくて、休みの日はボランティアに参加したり、後輩の相談に乗ったり。とにかく誰かのために動き続けてるのよ。立派なことなんだけど、何だが心配だわ」
「それは心配ですね……」
そこまで来ると正義感があるとか、人の役に立つのが好き。という次元を越えている気がする。
自分の存在理由のすべてを、他人のために使おうとしているような、自己犠牲を通り越して破滅願望があるように思える。
「後ろの少女の噂も後輩のために調べてる。って言ってたよね……」
香菜が心配そうにつぶやく。それに私は顔をしかめた。
彰を試すのは建前で、後輩の相談を真剣に考えた結果の行動が、彰に突撃だったのかもしれない。彰を試したいというのも本音だったとしても、どちらも自分ではなく他人のためだ。
違う意味で日下先輩のことが心配になってきた私とは違い、寮母さんは香菜のつぶやきに不思議そうな顔をした。
「後ろの少女?」
全く聞き覚えがないという反応に、私は一瞬思考がとんだ。香菜も意外だったようで、しばし固まって、
「雪江さん知らないんですか!」
テーブルに両手をおき、寮母さんの方へ身を乗り出しながら叫んだ。
私たちの反応に寮母さんは戸惑った様子でうなずく。本当に知らないらしい。
「ある交差点に行くと、女の子の幽霊が追いかけてくる。って噂なんですけど」
「……ごめんなさいね。全く知らないわ」
眉をかすかにしかめて、寮母さんは考え込む。
「おかしいわね…… 噂には自信があるんだけど……」
噂に自信とは、おかしな話ではあるが耳が早いのは確かだ。香菜も何度も寮母さんの情報にお世話になっているようだし、小宮先輩の時もお世話になった。
その寮母さんが知らないとなると……
「もしかして、思った以上に厄介?」
八方塞がりな気配を感じて、私と香菜は顔を見合わせ、どうしよう。と同時につぶやいた。




