15 行動開始
パンにおにぎり、サンドイッチ。片手で食べられる軽いものとはいえ、それぞれ5個ずつともなれば、かなりの量だ。
それをペロリと食べきった後、彰はいちごオレを飲んでいる。
甘ったるくて私は好きじゃないが、彰にとっては美味しいらしい。甘党なのだろう。
美少年がいちごオレ。その図だけ見れば、可愛い外見と一致しているが、その前に体とは不釣り合いな食欲を見ているので効果はない。
彰の隣。予想外に減った財布を見つめて、悲しそうな顔をしているマーゴさんを見れば余計だ。
彰の見た目から、ここまで食べるとは予想もしていなかったに違いない。マーゴさんからすれば、とんだ落とし穴だろう。
「それでー、ナナちゃんの方は進展あったの」
いちごオレを飲み切って、綺麗に折りたたみながら彰が聞く。
マーゴさん可哀想。と同情していた私は、反応が一歩遅れた。
「進展って?」
「逃亡犯から、何か有益情報はあったのか。って聞いてんの」
化け物扱いされたのを根に持っているのか、不機嫌そうに彰は鼻を鳴らす。
逃亡犯とは文字通り、クティさんのことだ。
「うーん……とくには」
「……君ら、ここで何してたのさ」
呆れた様子で彰はいうが、私と香奈が先にコンビニに来た理由は休憩だ。気力と体力の回復が一番の目的であり、調査をしていたわけではない。
そもそも、クティさんは幽霊に関しては専門外。少女の幽霊の事を聞いたところで、彰と一緒に調べていたマーゴさん以上の情報は得られないだろう。
彰もそれは分かっているはずだ。分かっているが、最後のクティさんの反応を見ると、何かあったのでは。そう勘繰ってしまう気持ちも分かる。
「クティさんのあの反応は、私たちもよく分かんないから」
ねえ、香奈。と声をかけると、香奈もうなずいた。何か考えているようだが、考えがまとまっていないのか眉間にしわが寄っている。
クティさんに勢いで行動するな。と釘をさされたばかりだから、行動が慎重になっているのかもしれない。
「クティさんに関しては、俺もよくわかんないこと多いし。なんか長生きだと、色々としがらみとか、ルールとかあるみたい」
軽くなった財布という現実を、やっと受け止められたのか、マーゴさんが財布をポケットにしまいながらいう。
「長生き……?」
「クティさん、ああ見えて3桁は軽く超えてるよ」
「3桁!?」
クティさんの外見はどう見ても20代前半。人間じゃないと言われれば、その通りではあるが、情報処理が追いつかない。
「えっと……マーゴさんは?」
「ボクはクティさんたちに比べると若造かなあ。やっと70歳超えたとこ」
十分おじいちゃんじゃないか!
目の前でさわやかに笑う二十代の青年と、70歳超えという情報が噛み合わず、私は眩暈を覚える。
「こいつらみたいなの、見た目で判断するとかバカだから。リンもああ見えて4桁越えだからね」
「さらに桁増えてる……」
私はついに頭を抱えた。こいつら、私の常識を壊しすぎだろ。そろそろ修理費と迷惑料請求するぞ。
「とにかくねえ、3桁、4桁も生きてると、ボクみたいな若造には分からない、暗黙の了解ってのが色々あるみたいなんだ」
マーゴさんはそういって困った顔で笑った。
「そういうのって、祟らぬ神にたたりなし。っていうの? 知らない、気付かない方がいいって詳しいこと教えてくれないんだよ」
「悪しき文化だね」
彰が舌打ちしながら紙パックを握りつぶした。
彰がもっていたのは紙パックであり、ぺらぺらした紙ではなかったはずだが、気付けば球体に近い形まで小さくなっている。彰の握力どうなってるんだ……。
「そんなわけだから、クティさんのことは気になるけど、気にしない方向で。どうせ、教えてくれないし」
そういうマーゴさんのどこか拗ねた様子から、マーゴさん自身聞いて答えてもらえなかったのだ。と察せられた。
クティさんがこの中で一番甘いのはマーゴさんだ。そのマーゴさんが聞いても答えてくれないのならば、私たちが聞いたところで意味はないだろう。
「教えてもらうじゃなくて、脅すって手も……」
「それが分かったから、すぐに逃げたんじゃないの」
真顔で怖いことをいう彰に、私は呆れた声を出した。
クティさんは分岐が見える。それで彰に脅される。という未来が見えたのなら、あれほど俊敏に逃げたのも納得がいく。力関係からいって、クティさんは彰に勝てないだろうし
「ところで、あの女の子のことは何か分かったの」
逃げたクティさんのことを、これ以上議論しても無駄だろう。そう思って話を戻すと、彰とマーゴさんがそろって顔を見合わせた。
2人とも微妙な顔つきで、お互いを見ている。どうする? と確認しあう態度に、私はまさかと思う。
「……何も分からなかったとか……言わないでしょ?」
「…………正解」
たっぷり間を開けてから、彰はお手上げとばかりに両手をあげた。
「ウソ!?」
「なにも分からなかったの?」
香奈も戸惑った様子で首を傾げる。
その反応に彰は気まずげに目を伏せ、マーゴさんは苦笑した。
「ほんとに弱ってるみたいで、ボクと彰君がいくら話かけても無反応」
「意識もほとんど残ってないみたい。ほんとに、ただ立てるだけ。あそこまで弱ってて、なんで未だに存在出来てるのか……」
「ほんとね。とっくに消えててもいいくらいなのに……」
腕を組んで彰は唸り、マーゴさんは首を傾げて眉を寄せる。
「で、でも……あの子、動いたよね……」
香奈があの時の事を思い出したのか、少し血の気の失せた顔でつぶやいた。
あの動きは意思がないようには見えなかった。理由は分からないが、とにかく必死だということは伝わった。何かをあの少女は私たちに伝えたかった。
そう、冷静になった今ならわかる。
「……条件があるのかもね……」
彰は考えながらポツリとつぶやいた。
「幽霊にも色々あってさ、特定の場所でしか見えないとか、特定の時間じゃないとダメとか。色々事情が重なって、そういった特殊な条件が付いちゃう幽霊いるんだよ」
彰の言葉にマーゴさんが頷く。
「あの幽霊も時間帯とか、人とか、特定の物とか。そういう条件がそろわないと反応しないのかもしれない」
「じゃあ、あの時は私たちの何かが、条件に当てはまった……?」
私の言葉に彰は眉を寄せた。
「そうとも言い切れない。マーゴさんの力は、見えないものを見えるようにする力。あの空間だと僕らとあの女の子は生者と死者。って関係じゃなく対等なんだよ。
だから、弱ってる彼女にも僕らが認識できて、反応した。とも考えられる」
「ってことは、手がかりは……」
「ゼロだね」
あっさりと言い切った彰に、私は力が抜けた。
「ちょっとまって、あんな怖い思いまでして、手がかりゼロ!?」
「勝手に怖がったのは君たちだよ」
そう言いながら彰は、少し前のクティさんと同じくゴミ箱に紙パックを放り入れる。見事に入ったのを見て、少しだけ嬉しそうな顔をする様は年相応の子供らしい。が、言っていることは全くかわいくない。
「まあまあ、怒らないでよ。全く成果がないってわけでもないし。少なくとも、日下先輩は幽霊がいるって認めるしかなくなった。実際に幽霊はいたわけだし、自分の目でも見たわけだ」
そう言いながら彰は愉快そうに、自分の目を指し示す。
「……素直に良かったとは思えないけどね……」
幽霊を見た直後、ふらふらと立ち去った日下先輩の姿を思い出す。血の気の失せた顔に震える身体。精神的なショックを受けた様子を見ると、見せなかった方がよかったのではと思う。
「固定概念をぶっ壊すっていうのは荒療治が必要なんだよ。別に精神的ショックで死ぬわけじゃないし」
「その言い方はあんまりじゃない」
彰にとって日下先輩は目の上のたんこぶだ。それが分かっていても、あそこまで弱った人間に対して、それはどうなんだろう。慈悲の心はないのか。
「見るって決めたのは日下先輩。噂の調査を依頼してきたのも日下先輩。こうなる可能性を分かったうえで、提案したんだから、僕がフォローする義理ないよね」
笑顔で言い切った彰を見て、私は悟る。彰に慈悲の心なんて、人間らしい感情を求めるのが間違いだった。
「でも、どうしようかな……。あのまま放っておくわけにもいかない……。っていうか、正直謎が多すぎて気になるし」
先ほどまでの笑顔と一点、彰は腕を組んで眉を寄せる。
「一応、日下先輩には解決してほしいって言われてるし、あの子が反応する条件が分からなかったら解決とは言えないよね」
「あのまま放っておいたら、偶然条件に当てはまってびっくりする人はでるかもね」
彰の言葉にクティさんが同意する。
「自然消滅を待つ。っていう手もないわけじゃないけど、あの状態でも残ってるのを考えると得策ではないんだよなあ……。今は平気だとしても怨霊にならないとも限らないし」
「恨みの感情はなさそうな気がするけど……、薄すぎてハッキリ読み取れないしなあ」
うーんと腕を組んで唸る彰とクティさん。専門家(?)2人がこのあり様では、素人の私が口を出せるはずもない。
「……まずは、あそこであった事故を調べた方がいいのかな……」
独り言のようにつぶやかれた香奈の言葉に、はじかれたように彰が顔を上げた。
いきなり視線を向けられて、香奈が戸惑った顔をする。
「えっと、ほら、彰君、交通事故だっていってたし。私もあれは交通事故っぽいなと思うし……」
言いながら思い出したのか、香奈は口元を抑える。私も同じく思い出して、喉の辺りに胃液がせりあがってくる感覚がした。
「交通事故……そっか、本人に聞けなくても、調べようはいくらでもあるね」
彰は今まで悩んでいたのが嘘のように、目を輝かせてうん、うん。と頷く。
「いつも直接本人に事情聴いてたから、調べるっていう概念を忘れてたよ。ありがとうカナちゃん!」
立ち上がった彰は勢いのまま香奈に近づき、両手をとってぶんぶんと上下にふる。その姿だけ見ると、無邪気にはしゃいでる子供みたいで可愛いが、言っていることがおかしい。
直接本人に聞いてたって、相手は幽霊だよな。当たり前みたいにいってるけど、それ出来るの本当に一握りの限られた人間だけだからな。
マーゴさんも、あっそっか。その手があったか。みたいな顔してるし。見える、聞こえる。という便利(?)な力を持っていると、普通の手段を忘れてしまうのか。
「んじゃあ、さっそく調べようか。僕は過去にあった事件調べてくるから、カナちゃんとナナちゃんは寮帰って」
「え? 私たちも一緒じゃないの?」
てっきり図書館行くとか、聞きみするとか。そういった想像をしていた私は、帰って。という言葉に面食らう。
精神的ダメージを負った、私と香奈に対する恩情か?
「カナちゃんとナナちゃんの場合、身近に詳しい人いるんだから、そっちに聞いた方が早いでしょ。地元民だから、一般には広まってないことも知ってるかもしれないし」
少しでも期待した私がバカでした。恩情ではなく、普通に効率でした。
同じ方法で調べても、無駄手間だから分担ってことですね。はい、はい。
「詳しい人って……?」
「カナちゃん……君が一番お世話になってるでしょ」
首を傾げるカナに彰は呆れた顔をした。私は彰のその反応と、寮。という単語で、彰のいう人物にやっと思い当たる。
「寮母さん……」
「ついでに日下先輩が、無事帰ったどうかも聞いといて。途中で倒れられても目覚め悪いし」
一応彰も日下先輩のことは心配していたらしい。いかにもついで。という態度を崩さないあたりが、素直じゃない。
「僕は、幼馴染のところいって調べてくる」
彰はそういうと香菜の手を離し、気持ちを入れ換えるように前を向く。
幼馴染みというのは、小宮先輩の時にもお世話になった人だろう。その幼馴染みのお掛けで、重里さんのことがわかり、猫たちも保護された。
一体何者なんだろう。と疑問はつきないが、私は無言で頷く。
リンさんがあれだったわけだし、その幼馴染も普通の人間とは限らない。変なことを聞いて、これ以上心労を増やす必要はない。
機会があったら会うこともあるだろう。個人的には一生会いたくないが、なんとなくだが、どこかで会いそうな予感が消えない。心の底から嫌な予感だが。
「えっと……それで、俺は?」
1人置いてけぼりになったマーゴさんが、困った顔で自分を指さした。
私と香奈は顔を見合わせ、どうしようかと困った。正直、これ以上手伝ってもらえることが思い付かない。だがそれを、本人に言っていいものか。
悩んでいる私と香菜をしり目に、彰は実にいい笑顔でマーゴさんに向き直る。
「お疲れ様です。マーゴさんの仕事は今のところありません。次に機会がありましたら、またご協力をお願いします。今回は誠にありがとうございました」
笑顔で事務的な謝辞をもらったマーゴさんは、一瞬目を見開いて……
「クティさんが、逃げ出した理由、ちょっと分かったかもしれない……」
しょんぼりと肩を落としたのだった。




