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狐のおつかい  作者: 黒月水羽
3章 後ろの少女
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13 最善ルート

 近くにあるコンビニに移動して、私と香奈は一息ついた。

 コンビニの中にある休憩スペースで、用意された机にぐったりと横たわる。

 私を視界に入れた人がぎょっとしているのが、気にしている余裕はない。


 先ほど見ていた光景をどう受け入れるか。それだけで私の脳はいっぱいなのだ。


 香奈はつっぷまでしていないが、青い顔で両手を組んでいる。お祈りにも似たポーズは、私とは違った方向で必死そうだ。

 

 大丈夫か? あの子たち。

 体調悪いんじゃ……。

 そんな声がひそひそと聞こえ始めた。そろそろ起きないと見知らぬ人に心配をかけてしまう。

 仕方ないので重たい身体を起こそうとすると、


「気分わるいなら、そのままでいろ」

 ぶっきらぼうな声と共に、頬に冷たいものが頬に押し付けられた。


「ひぃ!?」


 思わず声が上がる。

 何だ。何事だ。と視線を向けると、飲み物が入ったペットボトルだった。

 天然水。とシンプルすぎるロゴが目に入り、しばし思考が止まる。


「飲まねえの?」


 目の前でペットボトルが左右に振られ、中に入っている水がちゃぷちゃぷと揺れる。それを何となく凝視しながら、私はおずおずと両手を出した。


「ありがとうございます」


 未だに思考にもやがかかっているが、とりあえずお礼を言わなきゃ。と持ってきてくれた主へと目線を合わせる。

 私と同じく驚きと戸惑いでぼんやりしている香奈へも、不機嫌そうな顔で水を差しだしながら、クティさんは顔と同様不機嫌な声で答えた。


「俺が飲みたかったから、ついでだ」


 そういうクティさんの手には紙こっぷが握られている。どこでも買えるメーカー品ではなく、コンビニ限定のもののようだ。


 私の隣の席に腰を下ろすと、ついでとばかりに、こちらの様子をうかがっていた一般市民を威嚇する。

 見てんじゃねえぞ。オラ。という副音声が聞こえてきそうな眼光に、蜘蛛の子を散らすように人が消える。


 女子高生と不審者が……。と通報されないか心配だ。

 百合先生といい、高校に入ってから会う年上男性の柄悪すぎる。


「心配して声かけようとしてくれた、いい人たちだったのに……」


 私が非難するような声を上げると、クティさんはちらりとこちらを見た。

意味深な視線に私が戸惑っていると、妙な間を開けてから視線をそらし、コーヒーを口に運ぶ。


「声かけてくる人間によって、生存ルート、死亡ルート、トラウマルートのどれか、ランダム分岐だった。聞いてもか?」


 ぎょっとする私の隣で、水を飲んでいた香奈がむせた。


「あんまり人信用しすぎんなよ。世の中いいやつだけじゃねえし、女って言うのは何かとふりだ。とくにお前」


 そう言いながらクティさんは、ビシリと香奈を指さした。

 香奈がビクッと硬直し、怯えた目でクティさんを見上げる。


「お前、今まで運と周りのフォローで何とかなってきただけだからな。自分であぶねえ分岐、選んでんじゃねえよ。

 今まで無事だったのは、こいつのおかげだ。感謝しとけ」


 クティさんは苛立った口調でそういうと、また一口コーヒーを飲んだ。苛立った気持ちを落ち着かせるためかもしれない。

 こいつ。と示したのは私だ。今までの事を見てきたかのような発言に、私も香奈も反応できない。


「未来が見える……」


 そうマーゴさんは、クティさんのことを言っていた。

 先ほどの物騒極まりないルート分岐も、起こりえた未来ということなのか。

 そう遅れて脳が理解し、血の気が引く。


「一応言っとくけど、本当に最悪パターンが死亡ってだけだ。お前らが拒否して逃げれば、そこまでいかねえよ。

 ただ、マーゴにここで合流って言っちまったし。俺が威嚇した方が早かった。ってだけ」


 フォローのつもりなのか、クティさんは私たちと顔を合わせずにそういう。

 慰める気ならば最後までやってくれ。と微妙な気持ちになっていると、香奈が先ほどに比べて弾んだ声をあげる。


「本当に未来が見えるんですか」


 香奈の質問を聞いた瞬間、そっぽを向いていたクティさんが険しい顔で香奈を振り返った。鋭い眼光に香奈が固まる。


「お前なあ、さっき俺言ったよな。自分であぶねえ選択してんじゃねえよ。そこの女見習え。危なそうなルートは見事に回避してんぞ」


 そこの女といいながら、クティさんは顎で私をしめす。

 褒められているようだが口調がケンカ腰だし、危ないルートを完全に回避できた実感もない。なんだかんだ毎回ギリギリなような……。

祠の事件も一歩間違えたら、子狐様に惨殺されただろう。ストーカー事件もガラの悪い奴らに追いかけられたし。


「お前が巻き込まれてんのは、お前の選択結果じゃねえよ」


 私の疑問を感じ取ったのか、クティさんが口を開く。紙コップを置いて、だるそうに肘をつき頬を手で支えながら、視線だけ私に向ける。


「お前は毎回、最善を選んでる。直感がいいんだろうな。危ない道はまったく選んでねえ。お前が唯一失敗した点があるとすると、友達選びだな」


 クティさんの言葉に香奈がビクッと肩を震わし、泣きそうな顔をした。

 慌てて、香奈の背をなでフォローする。


「ちょっと、クティさん!」

「事実だから謝んねえ。自覚しねえと、自分も友達もいなくなるぞ。お前のせいでな」


 真剣な顔で言われ、香奈は表情をこわばらせた。


「背高い方は最善選んでも、ちっちゃい方が最悪選びやがる。だから巻き込まれて、背高い方が割り食ってんだよ。お前が今まで追ってきた不運は全部周囲からの巻き込まれだ。ある意味では、運悪いな」

「……」


 クティさんの言葉に私は反論できない。

 今までの人生を振り返ってくると、確かに全ての苦労は人に巻き込まれたものだ。その最多が香奈なのも否定できない。


「今まではな、ちっちゃい方が最悪選んでも規模が小さいから何とかなったんだよ。最悪っていっても、飛んできたボールが頭にクリーンヒットする程度だったわけ」


 それもかなり不運な気がするのだが、クティさんからするとマシらしい。


「でもなあ、今はアイツがいるから最悪選んだ時の規模がちげぇ」


 クティさんは今まで以上に低い声でそういうと、交差点の方を見つめた。

 私と香奈も自然と、ここからでは見えない交差点の方向を見つめてしまう。

 そこには変わらず女の子の幽霊がたたずんでいて、調査のためにマーゴさんと、彰が残っている。


「アイツって……彰のこと?」


 私が恐る恐る聞くと、クティさんは視線だけ私に動かした。何も言わないが、そういうことなのだろう。


「お前ら、アイツに会ってから何度も危ない目にあってんな?」


 その言葉に私と香奈は顔を見合わせた。


「パッと見だけでも、選択の規模が違いすぎる。アイツの選んだ選択で、周囲にいる人間の未来が大きく変わる。当人が望むと望まないとなあ。

 まあ、そこのちっちゃいのと違って、アイツは自覚があるみてぇだから、フォローもちゃんとしてるみてぇだけど」


 ちっちゃいので冷たい視線を向けられ、香奈が小さくなった。泣き出す一歩手前の風体だが、何とかこらえているようだ。

 ここで私が慰めても、余計にダメージだろうと知らないふりをしておく。


「……ほんとお前は最善選ぶなあ……」


 クティさんが、感心と呆れの入り混じったような顔で私を見た。

 何だかわからないが、良い選択をしたらしい。悪いよりはいいのだが、素直によろこべないというか、ふに落ちない。

 

 クティさんの話はぼんやりとは理解できるのだが、本当に必要な、基本的な情報を聞いていない。クティさんは何故、選択の良しあしが分かるのか。というものだ。

 だが、それを今聞いていいのだろうか? 

 ある程度未来が分かるらしいクティさんが言わないということは、言う必要がない。または言うことによって不利になる。そういうことなのではないのか。


「お前の選択に、上手い事乗せられてる気がして納得いかねえんだけど……」


 クティさんが嫌そうな顔で私を見て、それからガシガシと頭をかいた。

 私はクティさんの言いたいことが分からずに、その行動をただ見ることしかできない。


「言っといた方が俺にとっても良い結果になりそうだから、教えてやるよ。俺が食うのは人間の選択だ」


 クティさんはちゃんと説明する気になったらしく、私たちの方へと体を向けて話始める。

 下を向いていた香奈も好奇心が抑えられなかったのか、恐る恐るといった様子で視線をあげた。


「選択……?」

 幽霊以上に、食べられるのか疑問なものが出てきた……。


「そういう顔すんなよ。俺だって、何でこんなめんどくせぇモノしか食えねえのか、生まれたときからずっと不満なんだからよ。

 マーゴの幽霊の方がまだ食いやすいし、リンさんの感情とかいいよなあ。人間いれば食べ物に困んねえ」


 サラッととんでもないことを聞いた気がする。

 リンさん食べるの感情なの。何だかわからないが、食べられたらものすごく、まずいことになりそうな予感がする。


「生き物ってのは意識してる、してないに限らず、生きてるだけでいろんな選択をする。今のお前らなら、俺と話すか、話さないか。って選択の中で話す。を選んでる状態だ」


 私は思い至らなかったし、思いついてもやろうとは思わないが、確かにこの場を去る。という選択肢はある。女の子の幽霊をみた時点で、怖気ずいて逃げる。というのだってありだ。

 彰が怖いから私は絶対にしないけど。


「お前らが俺と話す。を選んだ時点で、お前らはもう俺と話さない。という選択は選べなくなった。過去に戻れねえから、次の分岐を選ぶしかねえわけだ」


 クティさんの説明に私は頷く。

 今ここでクティさんの話を聞かずに帰る。という選択を私はできるが、女の子を見た直後に逃げる。クティさんとコンビニに入らない。という選択はできない。

 もう私はコンビニに入っているし、クティさんと話してしまっているからだ。過去に戻ってやり直しでもしない限り、そちらのルートを選ぶのは不可能。


「けどな、お前らが選ばなかった分岐は消えたわけじゃねえ。お前らは選べねえが残ってはいるんだ。俺が食べるのは、選ばれなかった分岐地点」


 クティさんはそういうと、唇の端をぺろりとなめた。


「じゃあ、例えば私がクティさんとコンビニに入らない。って選択を選びたい。って言ったら」

「俺はお前を選択前まで連れていける」


 私と香奈は同時に目を見開いた。人間タイムマシンか。


「……納得のいかねえ評価をされた気がするんだが……」


 思考を察したのか、クティさんが不機嫌そうに私をにらむ。

 分岐をよむ力は思考までは読めないだろうから、単純に勘がいいのだろう。

 私はアハハと乾いた笑みを浮かべて、視線をそらした。


「で、でも……クティさんに選び直させてもらった場合、……選ばなかった選択肢はどうなるんですか?」


 香奈が考え考え、つっかえながら質問する。いつもの香奈であればもっと勢いがあっただろうが、先ほどクティさんに言われたことを気にしているのだろう。

 クティさんは目を細めて、ニヤリと笑う。反応から見て、今回の香奈の選択は正解だったらしい。


「食う」

「え?」


 聞こえた言葉が理解できずに、私はクティさんを凝視した。

 クティさんはニヤニヤと、意地の悪い顔で笑っている。いつでも殺せる獲物を、あえて止めを刺さずに眺めているような、余裕の笑みだ。


「当たり前だろ。俺が食うのは分岐。俺はそれしか食えねえし、それを食わねえと死んじまう。だからお前らが不要だと判断した、最初の分岐は食う」

「食べたら、もうその分岐は……」

「選べるわけねえだろ。お前ら一度食った食べ物、吐き出せるか?」


 当たり前のことだ。そもそも、もう一度選択しなおせる。というだけでもありえない話だ。

 そう分かっているのだが、なぜかだ鳥肌が立つ。見落としがあるような、大きな落とし穴があるような……そんな感覚。


「じゃ……じゃあ、もし……」

 香奈が恐る恐る口を開いた。


「一番最初に選んでた選択肢が、その人にとって最善だったとしたら……」


 クティさんは目を細めた。出来の良い子供を見る教師のような顔を一瞬見せたかと思えば、次の瞬間には獰猛に笑う。


「選び直したいって言うのは本人だからなあ。遠慮なく食う。俺は最善の方が好みの味だ」

 

 戻りつつあった香奈の血の気の色が失せた。私も体温が一気に引いたような気がした。


「いうだろ。ご利用は計画的に。選択は慎重に。上手い話には裏がある」


 愉快気にクティさんは笑い、飲み切った紙コップを両手でつぶす。小さな塊となった紙コップをクティさんが放ると、綺麗な軌道を描いてゴミ箱へと吸い込まれた。


「変に知恵つけられても困るからな、本当は教えねえんだぞ。アイツの友達だから手は出すなってリンさんに言われてたから、大サービスだ。

 でもまあ、どうしてもやり直したいって選択があるなら、聞いてやらなくもねえけど?」

「結構です」


 思わず即答すると、クティさんは楽し気に笑う。

 やっぱり、彰に関わるとロクなことがない。

 そう思うのにクティさんは、私は最善を選んでここまで来ているという。


 今の状況が最善。それを信じるならば、私には諦めるという選択肢しか残されていないということだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様ですー! こっちのほうがかなり先まで更新されているんですねっ。 取り敢えず私は読みなれているノベプラのほうで狐は拝読させて頂こうと思っていますー! まだまだこんなに先があると…
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