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狐のおつかい  作者: 黒月水羽
3章 後ろの少女
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7 一定量の好奇心

7話 一定量の好奇心



 明日の放課後、山のふもとに集合な。と、リンさんはロクに説明もしないで話を切り上げた。


 日下先輩がそんな説明に納得するはずもない。口調も荒くリンさんに詰め寄ったが、のらりくらりとかわす。

 いわく、楽しみは後にとっておいた方がいいらしい。


 それは本当に「楽しみ」か? 「苦労」じゃないか? と聞きたかったが、私の疑うような視線にも、意味ありげな笑みを返すくらいだ。まともに取り合えってはくれなかっただろう。

 彰と子狐様ですら、あきらめた様子だった。私が何を言っても無駄だ。

 

 最後まで食って掛かっていた日下先輩も、そろそろ帰らないと。という小宮先輩の一言で、渋々ながらうなずいた。

 生徒会長となると多忙だろうし、一応リンさんは部外者であり、年上の大人だ。

 いつまでも拘束するのは、失礼だと思ったのかもしれない。


 本当に律儀というか、優等生すぎるというか。日下先輩は一直線すぎて不器用なタイプらしい。


 何となく帰るタイミングを逃した私と香奈は、未だ祠の前にいる。

 リンさんはちゃっかり座布団の上に座ってくつろいでいるし、彰と子狐様は硬い表情のままだ。

 彰は相変わらずリンさんに対する扱いが雑。子狐様に至っては、いつの間にか祠を背にかばうような位置に移動している。


 そんなにリンさんが信用できないのか。

 彰と子狐様の反応を見れば見るほど、いったい何者なんだ。と疑問が強くなる。

 半分とはいえ神様である子狐様。子狐様を素手でぶん殴った彰。そんな2人が苦手意識を持っている相手。普通の人間とは思えない。


 そう私が考えていると、ふと記憶に引っ掛かりを覚えた。

 リン。その名前を以前、聞いたことがある気がする。

どこだ? どこで聞いた? と記憶を遡っていると、彰と出会ってすぐのことだと思い出した。


 祠が壊された際に活用した裏サイト。その説明を子狐様にしたとき、彰は子狐様にこういった。


『君たちが眠ってからの人類の発展は、めぐるましいものがあったんだってさ。といっても僕は生まれて16年。君たちにとっては赤ん坊みたいなものだから、詳しい話は知らないけど。実際のところはリンに聞いて』


 それを聞いた子狐様の反応は『まだいるんですか、アレは……』だった。

 つまり、リンという人間は子狐様に「アレ」と評されるくらいには嫌われていて、「まだいる」と評されるくらいには長生きということだ。言葉通りに受け取ると、人類の発展をその目で確認するくらいには……。


 普通に考えればありえない話だ。

 子狐様が眠ったのがいつ頃かは知らないが、人類の発展。という位だから何十年単位、下手すると何百単位だ。

 目の前にいるリンさんの外見は20代。若作りだとしても30代。長い年数を生きているようには見えない。

 

 けれど私は神という存在が妄想ではなく、実在していることを知っている。


 恐る恐るリンさんへと視線を向けると、なぜかリンさんはじっとこちらを見ていた。それだけで体が硬直する。

 不自然に固まった私に気づかないはずがない。それでもリンさんはお構いなしに私をじっと観察し、目を細めてニヤリと笑った。


 初めて会ったときも思ったが、その笑い方には見覚えがあった。

 最初は分からなかったが、今気づいた。この、人を小ばかにしたような笑い方は、彰とそっくりだ。


「そこの姉ちゃんが予想してる通り、俺は人間じゃねえ」


 リンさんは私に視線を合わせたまま笑う。

 私は自分の考えを口に出してはいなかったはずだが、聞こえていたかのような発言だった。

まさか心が読めるの!? と驚くが、子狐様も祠の前限定とはいえ読める。彰も読めるのでは。と思うほど勘がするどいし、人外には標準装備なのかもしれない。

 

 と思ったのだが、なぜか彰と子狐様は驚いた顔をしていた。

 次の瞬間には、2人とも苦虫をかみつぶしたような顔をする。

よく分からないが、リンさんの言動がおきに召さなかったらしい。


「この中じゃ、一番上か。年齢的にも」


 リンさんはそういって、にっこり笑う。笑顔だけ見るとさわやかなのだが、妙に胡散臭いというか、軽いというか……。

 とにかく身の危険を感じる笑顔だ。


「一部では悪魔だとか言われてるけど、優しいお兄さんだから仲良くしてくれ」

「嘘つけ」


 彰が無表情かつ冷めた口調で言った。

 ここまで冷たい言葉を投げかける彰は、初めて見る。


 彰と会ってすぐの時は今よりも態度が冷たかったが、その時ですらここまで温度のない言葉は投げかけられていない。

 本当に嫌いなんだなと、逆に感心してしまう。

 

 感心することに集中して、「悪魔」なんて不穏な言葉は思考の端に追いやることにした。

前にも彰がそんなのがいる。みたいな発言してた。なんて思い出してはない。絶対にない。


 なぜか香奈は隣で目を輝かせていた。

 今の話のどこに目を輝かせる要素があったのか、小一時間くらい問い詰めたい。

 もとからズレているところはあったが、彰と会ってからそのズレが大きくなっている気がする。ものすごく心配だ。


「ひでえ…。彰のことは小さいころから面倒みてるのに……。もう彰は俺の弟といっても過言じゃないってのに……」

「過言すぎるし、お前の弟になるぐらいなら崖から飛び降りるから」


 本気で嫌そうに顔をゆがめて、彰は近づいてくるな。とばかりにしっしっと手を振った。

 あんまりな態度にニヤニヤ笑いを浮かべていたリンさんも、肩を落として落ち込む。

 この人、落ち込んだりするんだな。と失礼すぎることを思ってしまった。

 彰以外に対しての、高圧的な態度が印象深すぎるのだ。


 基本的にはニヤニヤ笑っているだけなのだが、妙なプレッシャーがある。

リンさんに絶対的な優位性があり、自分たちは下だと、理由もないのに思ってしまう。

 子狐様が本気で怒ったときに感じた恐怖に近いものだ。それを子狐様とは違い、さりげなく日常に混ぜてくるから恐ろしい。


 服従させられている。そう気づかないままに、気付いたら支配下に置かれている。

 そういう不安を抱かせるのが、私からみたリンさんの印象だった。


 だが、不思議なことに彰を相手にした途端にその優位性が消える。

 今も彰の機嫌をとるのに必死だ。両手を合わせて頭を下げる姿は、哀れでしかない。いい大人が高校生に何をしているんだ。と残念な気持ちにすらなる。


 この人すごいのか? すごくないのか? どっちだ? と私が混乱していると、やけに固い子狐様の声がした。


「なぜ、彰様のいうことを聞いてるんです……」


 そういう子狐様の顔は蒼白だった。声もか細く、震えている。

 信じられない、ありえないものを見た。といった様子に、私は驚いた。

 

 リンさんが現れてからの子狐様の反応は、少し異様におもえる。

 私から見てもリンさんは怪しいし、本人も人間ではないといっていた。神様の中での年功序列などは分からないが、この中では一番上。という含みのある言い方から考えて、子狐様よりリンさんの方が上なのだろう。


 もしかしたら子狐様の母親である、お狐様と同格かもしれない。

 だとしても、リンさんへの子狐様の態度は不自然に見える。


 子狐様の反応にリンさんは下げていた頭を上げ、目を細めて子狐様を見た。

 無表情に近い顔は、何かを探っているようにも、余計なことをいうなと釘を刺しているようにも見える。


 リンさんと子狐様の無言の応酬に、不思議そうな反応をしたのは彰だった。

 彰も子狐様の反応の理由が分からないらしく、困惑した様子で子狐様をじっと見つめる。


「リン様がなぜ人間に譲歩を……? 呪われた一族の子にしても……ずっと出てこなかったのに、今になって……。彰様も人というには規格外ですが……」


 自分の考えを整理するためなのか、どこかぼんやりした様子でつぶやいていた子狐様が、急に目を見開いた。

 焦点があわなかった視線が、彰へと固定される。信じられない。そういった表情で、小狐様は次の言葉を発する。


「……彰様……あなた、双子ですか?」


 子狐様がそう聞いた瞬間、彰の表情が消えた。

 ひゅっと息をのむ音が聞こえて、徐々に顔が青くなる。かすかに手も震えているように見えて、私は見たこともない彰の反応に驚いた。


「彰君! 大丈夫!?」


 香奈が慌てて彰へと駆けよった。

 こういうときに真っ先に動ける香奈はすごい。私は驚きのあまり動けず、呆然と彰を見ることしかできなかった。


 彰は駆け寄った香奈に大丈夫と答えているが、顔が青い。

 普段通りにふるまおうとしているのだろうが、体も声も震えている。

 見たこともないくらい動揺した彰の反応に、私は数秒遅れて腰を浮かし駆け寄った。

 

 このまま放っておいたら、倒れてしまいそうに見えたのだ。


「おい、ガキ」


 すぐ近くから低い声が聞こえて、私と香奈は同時にビクリと肩を揺らす。

 完全に表情が抜け落ちたリンさんが、子狐様を見つめている。ずっと笑っていただけに、無表情が恐ろしい。


 さっきまで勘違いかと思っていたプレッシャーが、肌を刺す。

 ぞくぞくと悪寒が走り、ドッと冷や汗が流れるのを感じた。

 子狐様が本気で怒った、あの時よりも怖い。


 それを一身に向けられた子狐様は、青い顔をさらに青くした。過呼吸になるのではと心配になるくらい、不規則な息を吐いて、それでもリンさんからは視線をそらせずにいる。

 その姿は可哀想だったが、私にはリンさんを抑える力などない。


 香奈は今にも泣き出しそうな顔で、彰に抱き着いていた。

 もともとは彰を落ち着かせるために来たはずだが、今やその立場も形無しだ。


「リン……八つ当たりすんな」


 空気を変えたのは彰だった。

 はああと大きく息を吐いて、呼吸を整えると、じっとリンさんを見つめる。

 顔は未だに青いが、震えは収まったらしく、無言でリンさんを見つめる目は力強い。

いつもの彰だ。


「僕としては、何の説明もしてないのに双子か。って聞かれる状況の方が説明がほしいんだけど。そんなに広まってるわけ? プライバシーとかないの?」


 いつもよりも不機嫌そうではあるが、彰らしい軽口。

 少しだけホッとしつつ、同時に無理しているのではと心配になる。無理しないで。という気持ちも込めて背をなでると、彰がちらりと私に視線を向け、何ともいえない顔をした。

 

 お礼をいうべきか、言わないべきか迷っているような。照れているようにも見えれば、見られたくないところを見られたという恥ずかしさをごまかしているような。

 とにかく内心は複雑なようだ。


「……相手も有名だったし、ずいぶん長くかかったからな……。それなりに長く生きてるやつは皆知ってんじゃねえか」

「……他人事だと思って面白がって」


 彰は不機嫌そうに舌打ちした。

 彰らしからぬ荒っぽい口調に低い声、相当お怒りなことは分かる。


「ねえ、彰……双子って……?」


 聞かないふりをするべきだったのかもしれない。そう理性は告げているが、好奇心が邪魔をする。

 彰のあの過剰ともいえる反応を見ると、見て見ぬふりをするのは難しい。


 彰は一瞬固まるが、すぐに体の力を抜いた。

 いつも通りに見えるが、先ほどの姿を見た後だと嘘くさい。自然すぎて逆に不自然だ。どうにか自然に見えるよう、気を使っているようにしか見えない。

 

 その様子を見て、私はすぐに後悔した。

 やはり、聞かない方がよかったのではないか。そう思い、誤魔化そうとしたところで鋭い視線を感じた。


 先ほどまで子狐様に向けていた冷たい視線が、今度は私へと向けられていた。

 心臓を突き刺されているような冷たさ。私は凍り付くが、リンさんは無表情でこちらを見てくる。

 今だ青い顔で震えている子狐様の気持ちが、痛いほどよくわかった。

 この人は逆らってはいけない存在だ。


「だからリン、子狐ちゃんとナナちゃんいじめないで。大人げなさ過ぎでしょ」


 凍り付いた空気を壊したのは、またしても彰で私はホッとする。

 リンさんは不本意そうではあるが、彰が止めると視線を緩めた。

 よくわからないが、リンさんの中では彰が最上位らしい。逆に言えば、彰以外はどうでもいいのだろう。子狐様に対しても、私に対しても一切の容赦がない。


 彰の背をなで続けていた香奈にお礼をいうと、ふぅっと息を吐き出した。

 気持ちを落ち着かせているようだ。


「情けないことに、ちょっとしたトラウマがあってね」


 そういって彰はぎこちなく笑う。

 私の疑問に対する答えだと、少し間を置いて気が付いた。

 笑おうとして失敗した、ぎこちない笑顔が彰らしくなくて痛々しい。

 そんな顔をさせて知った事に、私は胸の辺りが締め付けられた気がした。


 普段が傍若無人なだけでに、弱っている姿を見ると落ち着かない。


「子狐ちゃんの予想通り、僕は双子の弟がいたよ」


 いた。彰はそういって悲しげな笑みを浮かべた。

 過去形の言葉に私と香奈は同時に息をのみ、それ以上何もいえなかった。


 いたということは、つまり、彰の双子の弟は死んでいるんだろう。

 母親もすでに亡くなっていると聞いていただけに、衝撃が大きい。

 なぜ、母親どころか弟まで。いったい彰の過去に何があったんだ。という疑問がわくが、気軽に聞ける話ではない。


「弟……?」


 何も言えず、静まり返った空間に子狐様のつぶやきが響いた。

 未だに青い顔のままだが、それでも困惑しているのが分かる。その反応があまりにも場違いで、私は違和感を覚えた。


 彰に双子の弟がいた。しかも、もう死んでいる。衝撃的な事実ではあるが、それに対して同情することはあったとしても、困惑する理由がわからない。


「ということは彰様が兄……? でも……、それならば呪いは……」


 そこまでつぶやいたところで、子狐様が再び目を見開いて固まった。

 見開かれた目は真っすぐに彰を見ている。少しだけ赤みが戻っていた顔は、先ほど以上に真っ青になり、ガタガタと身体が震え始める。


 その反応に困惑したのは私と香奈、そして彰だった。

 彰は突然の子狐様の反応に、不可解そうに顔をしかめるが、子狐様はそんな彰に気づいていない。

 ただ一点、彰をじっと見つめている。


 いや、彰というよりも彰の背後を見ている。座っている彰よりも子狐様が見つめる視線が、少しだけ高い。

 だが、そこには何もない。私が見えないだけで、何かがいるのだろうか。そう思うほどに子狐様は何もない空間を凝視しているが、私には確かめようがない。


 彰も視線が合わないことに気づいたらしく、振り返って子狐様が見ている場所を見た。そして、いっそう顔をしかめる。

 彰にも子狐様が何を凝視しているのか、わからなかったらしい。


「好奇心は猫をも殺す。……いや、この場合は狐か」


 ぼそりとリンさんがつぶやいた。呆れたと同情。それが入り混じったような声。

 言葉の意味を聞こうとした瞬間、子狐様から悲鳴をあげる。

 耳としっぽを逆立てた子狐様は、青い顔のまま見たこともないスピードで私たちに背を向け、次の瞬間には姿を消した。


 一瞬だが、私には祠に飛び込んだように見えた。


「あー……逃げた……」


 リンさんが心底呆れた様子でつぶやいたが、私も香奈も、彰すら、事態についていけずに目を丸くする。


「……どういうこと?」


 この中では一番事情が分かりそうな彰に問いかけてみるが、これでもかってくらいに顔をしかめた彰は一言。


「わかんない」


 そう言ったのだから、私に事態が把握できるはずもなかった。

 

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