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狐のおつかい  作者: 黒月水羽
3章 後ろの少女
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4 正面衝突

「ほんとの、ほんとに、まったく、これっぽっちも見えてないんですか」

「……」


 彰が真剣な表情で日下先輩を見つめる。

 日下先輩は居心地悪げに身じろぎし、私と香奈の間、子狐様がしっぽを抱えて座り込んでいる場所を見つめた。


 子狐様はすっかり気落ちして、自慢のしっぽを抱きしめると、私たちに背を向ける形で座りこんでしまった。

 いつも座布団の上で背筋を伸ばし、優雅にお茶を飲む姿と比べると、まるまった背中が悲し気だ。

 見た目が子供なこともあり、余計に可哀想で、先ほどから香奈がその背をずっとなで続けている。


 日下先輩からすると香奈の動きは、空中をなでているように見えるらしく、最初は信じられない。という顔をしていたが、小宮先輩までもが見える。と断言すると、とりあえず全否定はやめたようだ。


 それでも、完璧には信じられないらしく、やっぱりパントマイムじゃ……。私は騙されているんじゃ……。これが、洗脳の策? と先ほどから、ブツブツとつぶやいていた。


 そのつぶやきが聞こえるたびに、子狐様の背中がまるまって、小さくなっていくのでそろそろやめてもらいたい。


「小宮先輩は見えてますよね、子狐様」


 改めて、子狐様のことを説明した彰は小宮先輩に確認をとる。

 現世に姿を現せない云々については、小宮先輩がお狐様と子狐様を認めて、神様としてあがめてくれたことで力を取り戻した。と、それっぽい嘘を並べ立てていた。

 

 これでは、日下先輩が詐欺というのも仕方ない気がする。


「ハッキリ見えてるよ。神様なんて見たけど、とても可愛いんだね」


 彰の問いかけに、小宮先輩はキラキラした表情で答えた。

 一点の曇りのない輝く目に、日下先輩が顔をしかめる。

 同じ3年で、私たちよりも接点がある日下先輩は、小宮先輩が嘘をつくような性格ではないと分かっているのだろう。

 先ほどから落ち着かなく、小宮先輩が見つめる方向にチラチラと視線を向けている。


「ここは子狐様の領域ですし、子狐様は姿を見せている。普通だったら、見えるはずなんですけど……」


 彰の言葉に子狐様のしっぽと耳が、さらに垂れ下がった。


「私の力が弱まっているからでしょうか……。せっかくお母様が作り上げた敬意が……信仰が……」


 すっかりネガティブモードに入っているようで、子狐様の周りだけ空気が重い。香奈が必死で背中をなでて、そんなことないです。と慰めているが、どれほど効果があるのか。

 やらないよりはいいし、子狐様も香奈のことは可愛がっているので、任せた方がよさそうだ。

 私は日下先輩と彰の方へと意識を戻す。


「本当に、本当にそこに神様が……?」


 日下先輩は子狐様がいる場所を凝視する。険しすぎて見るというよりは、にらみつける。だが、それでも反応が鈍いということは、本当に全く見えないらしい。


「俺にはハッキリ見えるんだけどなあ……。俺に見える才能があるってことなのかな」


 小宮先輩が少しだけ表情を輝かせた。


「小宮先輩は、残念ながら見える力はありません。ここが子狐様の家であり、私たちに姿を現しているので見えるだけです」


 きっぱりと言い切る彰に、小宮先輩が残念そうな顔をした。

 見える力があっても苦労する気しかしないが、香奈といい、なぜそういった力に憧れる人が多いのだろう。

 人間、平和、平凡が一番だと思うのだが。


「日下先輩の方がある意味では珍しいですね。ここまで全く見えない、感じないなんて。逆に心配ですよ。悪いものが近づいたら気づかないうちに、取り殺されそうだ」


 彰の言葉に日下先輩は言い返そうとしたが、ちらりと子狐様の方を見てから口をつぐんだ。

 日下先輩には見えていないが、いるという存在。

 先ほど気付かないうちに地雷を踏んで、彰が止めなければ殺されていたかもしれない。ということは小宮先輩の方から説明してもらった。


 小宮先輩が来る前、怒り狂う子狐様の唸り声だけは、辛うじて聞こえていたようなので、ウソと否定もできなかったようだ。


「納得しました。ここまで感じないとなれば、私たちの活動など、詐欺にしか思えませんよね」


 疲れた様子で彰がため息をつく。

 彰が日下先輩と対峙していても余裕だったのは、いざとなったら子狐様に何とかしてもらおうと考えていたのかもしれない。

 いくら信じない人間でも、直接見れば認めるしかない。

 彰と出会った私がそうだったように。


 だが、子狐様ですら全く見えないとなると話が変わる。

 いくら私たちがいったところで、日下先輩には見えないし、子狐様の声も聞こえない。

 話を聞く姿勢をとっているのも、小宮先輩が嘘をつくような性格ではない。という点への信頼に見える。


「小宮先輩が来てくれて助かりました」


 そう声をかけると、小宮先輩は複雑そうな顔をした。


「いや、俺が美幸ちゃんに不用意に話したことで佐藤君たちが疑われてみたいだし、これくらい当然というか……。むしろ、ごめんね。玲菜さんに言われて気付いたんだ」


 そういって両手を顔の前で合わせて頭を下げる小宮先輩に、私は何とも言えない気持ちになる。


 重里さんに言われて気付いたんだ……。っていうか、重里さんに話してるんだ……。重里さん的にはどういう評価なんだろう……。


 お前は影か。と言いたくなるほど、小宮先輩の斜め後ろにピッタリ張り付いて笑みを浮かべる重里さんを思い出すと、自然と顔が引きつってきた。

 小宮先輩に害がなければ、ウソだろうが真実だろうが、どうでもいいと思っていそうなのが恐ろしい。


「美幸ちゃん。佐藤君は俺をだましたりしてないし、詐欺なんてしないよ」


 日下先輩に向き直った小宮先輩は、真剣な表情でそういった。

 もともと整った顔立ちをしているため、真面目な顔をするだけで人に話を聞こう。そう思わせる力がある。

 そのうえ、いい人。という小宮先輩が持つ特性がプラスされ、なかなかの説得力がある。


 ある……が、私は知っている。

 彰は思いっきり小宮先輩に嘘をついている。子狐様に頼られたというのは事実無根の嘘であり、真相は彰の方が手伝ってやるから僕のいうこと聞けよ。と半ば脅しているのだ。


 そんなことを言えないので、私はそっと目を伏せた。

 詐欺はしてないけど、ほぼ詐欺に近いようなグレーゾーンなんだよねえ……。


「俺の悩みを解決するために必死になってくれて、友里恵も見つけてくれた。佐藤君たちのおかげで、玲菜さんとも会えたんだ……」


 重里さんとの出会いを本当に尊いものだと思っている小宮先輩は、幸せそうに微笑んだ。

 女性であればうっかり、惚れてしまいそうなイケメンスマイルだ。

 それを目の前で見ることになった、日下先輩は、


「そうはいうけど、小宮君の運命の人ていう玲菜さんも、大概危ない人のような気がするんだけど」


 一切惑わされることなく、冷静に切り返した。

 しかも、だいぶ的を得ている。さすが、生徒会長。物事を正確に見る目と、見た目に騙されない精神力を兼ねそろえているらしい。


「なんで美幸ちゃんは玲菜さんのこと否定的なの! あんなに素敵な人いないからね!」


 日下先輩が重里さんを否定するのは、今回が初めてではなかったらしく、小宮先輩がもー! と声をあげた。反応が女子っぽい。


「そう……? 話してもいないのにスケジュールを全部把握している、気付いたら家の前にいる。欲しいと思ったものが、欲しいと思った瞬間に差し出される。交友関係がすべて把握されている。

 怖くない? ストーカーみたいじゃない」


 淡々と告げられる言葉に私は引いた。

 無言で話を聞いていた彰も引きつった顔をしている。

 ストーカーみたいっていうか、元ストーカーの現恋人なんですよねー。なんて言えるはずもなく、私と彰はあさっての方向に視線をそらした。


 いやー今日も空が青いなあ……。


「玲菜さんは、優しくて、人の気持ちを考えられて、頭がよくて、気が利くだけだから!」


 物は考えよう。愛は盲目だなあと、怒る小宮先輩を見ながら私は遠い目をした。

 お互いに幸せならいいんじゃないかな……。

 玲菜さんが小宮先輩限定で優しくて、気持ちを推察できて、頭の回転が早く、細かいことにも気づくのは間違いではない。

 要するに受け取り方の違いだ。


「とにかく、玲菜さんは素晴らしい人で、佐藤君も良い人!」


 半ば無理やりまとめた小宮先輩だったが、日下先輩はそれ以上何も言わなかった。納得

したとは言えない反応だが、今の小宮先輩に何を言っても無駄だと思ったのかもしれない。

 愛は盲目。恐ろしい事である。


「仮に神様が本当にいるとして、佐藤さんがその使いであるという証明はできません」


 ここにきて日下先輩は矛先を彰へと戻した。

 彰は自分に矛先が来るだろうと予想していたのか、慌てることもなくじっと日下先輩を見つめている。

 先ほどの喧嘩上等。という態度に比べると落ち着いたもので、冷静に状況を見ようと思っているようだ。


「私からすれば、あなたは嘘で周囲をだましているようにしか見えない。

 あなたの事を聞くと皆、可愛くて、大人しくて、病弱な子。って言ってたけど、私にはそうは見えない。

 あなたの言動すべてが、作り物に見える」


 きっぱりと言い切る日下先輩は、確信を得ているらしい。

 話だけは聞いていたらしい香奈と子狐様が、心配そうに彰へと視線を向ける。

 小宮先輩はどまどった様子で、彰と日下先輩を見つめ、最終的に私に助けを求める視線を向けてきた。

 そんな目を向けられても私にはどうにもできないので、気付かないふりをして彰へと視線を向けた。


「そうはおっしゃいますが、先輩は僕にどうしてほしいんですか? 高校を辞めて、姿を消せとでも?」


 挑発的に彰は笑う。そんな権限お前にはないだろ。とバカにしているようでもあった。

 それでも日下先輩は冷静に、頭を左右に振る。


「そこまでは言わないわ。私にそんなことをいえる権利はない。

 だけど、これ以上、ほかの生徒を惑わすようなことはやめてほしいの」

「惑わしているわけではありませんよ。願いを叶えているのです。日下先輩は僕らの行動を調べたようですが、それならば、お狐様に感謝している生徒もいたでしょう?」


 確信をもって彰は告げる。それに黙り込んだのは日下先輩の方だった。


「ほんの一部だったとしても、お狐様に救われた人はいる。僕らが活動をやめるということは、その救われた方々を裏切るということ。それを生徒会長である、あなたが求めるんですか?」

「……それで、ほかの多くが救われるのなら、仕方ない」

「僕らが今後、多くの人間を惑わすと本気で思っているんですか」

「少しでも可能性があるのならば、未然に防ぐべきでしょう」


 彰と日下先輩は無言で見つめ合う。

 火花が散るというような激しいものではないが、息さえするのを戸惑うような静寂。私は平行線をたどる2人の主張の落としどころが分からない。ただ、見守ることしかできずに、存在すら消し去るように息を殺す。


「可能性があるのなら、未然に防ぐ。上に立つものの行動としては、正しいのかもしれませんね」


 以外にも、最初に相手へ歩み寄りの姿勢を見せたのは彰だった。

 予想外の反応だったのだろう、戸惑う日下先輩を放って彰は話し続ける。


「どちらか片方しか救えないのだとしたら、より多くの人が救える道を。そう決断しなければいけない時はあります。とくに、あなたのように責任がある立場の人は」


 彰はそういって、ふぅっと息を吐き出した。


「僕らは所詮、ちっぽけなことしかできない、しがない人間です。すべてを救う。などと大それたことができるはずもない。すべての人間を幸せになど、世迷言でしかありません」


 彰はそこで言葉を区切ると、伏せていた目を上げ、日下先輩の目をじっと見つめた。射抜くような鋭い視線に、日下先輩が一瞬うろたえたように見えた。


「ですが、お狐様はできます。神様ですから。肉を持ち、限界を持ち、寿命を盛った僕らとは違い、お狐様には限界はありません」


 その言葉には、真っ赤な嘘でも信じてしまいそうになるような力があった。

 信じさせるための彰の演出だと知っている私でも、信じてしまいそうな、そうだと妄信してしまいそうな説得力がある。

 冷静な部分が、そんなわけがない。そう思うのに、もしかしたら、救われるかもしれないという心の奥底にある期待が膨らむ。


 これは確かに詐欺かもしれない。

 日下先輩が本当に不安に思ったのは、信憑性のない嘘を広めるという行為よりも、佐藤彰という人間なのだと、今この瞬間、私は気付いた。


「まあ、そんな大それたことを言ってみても、今のお狐様は弱っていらっしゃるので、全てを叶えるのは無理なんですけどね」


 彰がそういって、今までにない気安い表情で日下先輩に笑いかける。

 途端に張り詰めた空気が霧散して、私は知らず知らずのうちに止めていた息を吐く。

 香奈は私以上に長時間止めていたのか、はあああ。と大げさに思えるくらいに息を吐き出していた。


「……やっぱり、私はあなたを信用できない」


 たっぷりと間を開けてから、日下先輩は彰から視線をそらさずに告げた。

 この返答を予想していたのか、彰は笑みを浮かべたままだ。それでも、目は、何をいうのかと値踏みするように日下先輩を見つめている。

 どちらが優勢なのか、まったく判断がつかない。


「だけど、佐藤さんはやめろと言われて、やめるような人間ではないようね」

「分かってくださって、嬉しい限りです」


 にっこりと笑う彰に、日下先輩が顔をしかめる。

 それでも、言い返すこともなく、それ以上の反応もしない日下先輩は、確かに年上の先輩らしかった。


「だからこそ、あなた達を試したいと思います」

「試す?」


 思わず口からもれたつぶやきを聞いて、日下先輩はちらりと私の方を見る。


「あなた達も、お私に睨まれたままは動きにくいでしょ。気にしないといっても限度がある。

 最高学年で、先生の信頼があり、実績を残し、地位があり、生徒に名が知られているのは私の方」

「そこまで自分でいうんですか」


 呆れる彰に私は心の中でつっこんだ。

 お前がいうな。


「嘘偽りない事実なので。私の方が表立っての権力があるのは、揺るぎない事実。

 あなたは、それでも上手い抜け道を使って動きそうだけど……、正直、面倒でしょう?」

「そうですねえ」


 のんびりとした口調で彰が同意する。

 この短時間で佐藤彰とい人間を、よく理解している日下先輩の観察眼には恐れ入る。

 彰なら、私には理解できない方法を使って、目的がある限り、動き続けるだろう。

 そうなると苦労する羽目になるのは、私。

 ほぼ、確実に私。

 

 ぜひとも日下先輩には認めてもらわないと、私が大変な目に合う予感がする。


「だから、あなた達を放っておいても大丈夫。という確証がほしい。信用でき、行動に共感できれば、生徒会として認めてもいいでしょう」


 意外な好条件に私は驚いた。

 自分ですら怪しい集団だと思っているのに、それを生徒会が認めてくれるというのか。

 ちょっと、闇取引じみてきたぞ。と私は自分の体をさすった。

 表社会のリーダーと裏社会のボスの交渉みたいな感じか? これは現実? 映画、漫画? と少しばかり思考が混乱してきた。


「……ここまで、散々難癖付けてきたのはそれ言うためだったの」


 彰がうんざりした口調でつぶやいた。

 かぶっていた猫が脱げかけている。それでもいいと思うほど、あきれているのか、今更とでも思っているのか。


「時間の無駄だから、ハッキリいってよ。僕らに何をさせたいわけ」

「では、言わせてもらいます」


 日下先輩はそこで言葉を区切って、咳ばらいをした。


「ある噂の真相を、解明してほしいの」


 日下先輩の言葉を聞いた瞬間、私は天を仰いだ。

 あーこれは、面倒くさいやつだ。また、しばらく忙しくなるやつだ。


 状況についていけてない小宮先輩、どうでもいいと投げやりな子狐様、期待に目を輝かせている香奈。

 それぞれの反応をするなかで、彰は表面上は冷静そうに、ただ目の奥は楽し気な色をまとって、日下先輩を悠然と見返していた。

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