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狐のおつかい  作者: 黒月水羽
3章 後ろの少女
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1 奇妙な男

 木の幹に体を預け、私は重なる葉の間から下を見下ろす。

 眼下には整備はされているものの、斜度がきつく登りにくそうな坂道が広がっていた。

 山の上というなんとも不便なところにある、私たちが通う学校へと続く唯一の道。


 そんな道を使うのは、学校の関係者だけ。道を歩く人影は皆、私と同じ制服を着た学生たち。

 時刻は夕暮れ。ちょうど部活を終えた通学組が帰る時間帯。

 

 何日も見ていると、見覚えのある生徒も増えてきて、名前は知らないが顔だけは知っている顔見知りが増えた。

 といっても生徒にバレないよう、私は木の上にいるので、一方的な顔見知りだ。


 一体、何をしているんだろう。

 と、双眼鏡を握り締めながら、私――香月七海は、何度目になるか分からない自問自答をする。


 眼下では私が木の上から見ているなんて、気付かず、考えもせずに生徒たちがのんびりと坂を下っていく。

 1人で歩いているもの、友達と談笑しているもの、走って下る勇者。自転車で下る猛者。すっかり見慣れてしまった光景だ。


 見慣れた。そう、見慣れてしまった。

 こうして木の上に上り、双眼鏡で下校する生徒を確認するという、一歩間違えば通報されそうな行動も一度や二度の話ではない。


「何してるんだ私……」


 こうして、木の上で自分の現状を客観視して落ち込むのも、一度や二度の話ではない。

 もういい加減に、解放されたい。ダメなのか。と涙目になりながら、双眼鏡を目にあてる。


 ストーカー被害にあっていた先輩を助けようと奔走した自分が、まさかストーカーのような真似をすることになるとは思わなかった。


 いや、ストーカーではない。

 ちゃんと、れっきとした理由があっての行いだ。

 行いなのだが……、事情を知らない人から見たら完全に危ない人だし、事情を知っても理解してもらえる自信がない。


「これも、あれも彰のせいだ……」


 私は双眼鏡を持つ手を握り締めながら、事の元凶の名前を口にする。思った以上に低く、呪詛のこもった声となったが仕方ない。

 だいたいは彰が悪いのだ。


 さて、私が通う学校というのは山の上にある。

 校舎の裏にはすぐ木々が生い茂っているし、登下校に利用する道も左右はずっと木々に囲まれている。

 年に何度か、生徒が山の中に入って遭難する。なんて笑えるのか、笑えないのか微妙なジョークが当然のように伝わっているし、校庭には鹿やら狸。しまいにはクマまで出没するような場所だ。


 そうした一般的な高校というには少し……。いや、だいぶずれている環境に身を置くせいか、生徒や先生も変わり者が多いというのは、入学して数か月で嫌でも気づいてしまった。

 わざわざ、こんな不便な学校に入学してくる時点で素質十分ともいえる。

 そのうちの1人が私なので、これ以上の言及はさけるが、とにかく一般からはずれた思考回路の生徒が多いのだ。


 一番身近といえば香奈だろう。

 真っ先に名前が上がるのが幼馴染というのが悲しい話だが、青春真っ盛りの高校生だというのに、オカルトにしか興味がないのだから仕方ない。

 あとはこの前出会った小宮先輩も、まともそうに見えて変わり者だった。


 一時期、人間不信に陥っていた人間とは思えないほど元気になったのは良い事だが、日々、愛猫と恋人の惚気を垂れ流して生きているのはどうなんだろう。

 うっかり廊下で遭遇して世間話が始まると、話の長い事、長い事。幸せそうで何よりですとはお世辞でも言い難い。非リア充からすれば一種のテロだ。


 教師筆頭といえば、外見的にも目立つ百合先生だろうか。

 顔も言動もヤクザ。話せば意外と親身で。よい先生しているが、第一印象が悪すぎる。うちの学校でなければ、まず採用されなかっただろう。


 教師ではないが、女子寮の寮母さんも曲者だ。

 なんでも学校、地域に関する情報をすべて牛耳っている、影の支配者。なんて噂があるらしく、なぜそんな人が寮母に。と疑問は尽きない。

 最近では、香奈がすっかり一番弟子ポジションに収まっていることも不安の一つだ。

 香奈は一体どこに向かっているのだろう……。


 ここまで来ると、一種の見えざる力が働いているのでは? なんて妙な不安に襲われるものだが、それがあながち勘違いとは言い切れない。

 なぜなら、うちの高校にはお狐様という神様をまつった祠がある。

 さかのぼれは3桁にのぼるほどの歴史のある、地域密着型神様らしく、昔から山と周辺を守る神様として崇め奉られていたらしい。


 しかし、近頃は神様を本気で信じているものも少数派だ。信仰心が消え、すっかり力の衰えたお狐様は最悪、消滅。というところまで陥ったのだが、偶然居合わせた私と香奈、そして佐藤彰によって一命をとりとめるには至った。


 至った……至ったのはいいんだけど……。


「何で、恋愛成就の神様ってことになってるんだろう……」


 私は相変わらず、下校する生徒を双眼鏡で見つめながら、顔をしかめた。

 双眼鏡のレンズに手をつないで、楽し気に話しながら下校するカップルが見えて、余計に空しくなった。


 信仰心が薄れた神様を救う方法はただ1つ。失った信仰心を取り戻すしかない。

 そのために私たちは、お狐様という神様をできるだけ多くの人に認識してもらおうと行動した。

 その行動は見事に成功し、高校内限定とはいえお狐様の名前は広まったのだが、広まり方が少々問題だった。


 お狐様という神様は、地域密着型守り神。

 つまり、この山とその周辺に悪いものを寄せ付けないという力しか持っていない。

 間違っても、人様の恋愛をどうにかする力など持っていないのだ。

 というのに、様々な事情が重なった結果、お狐様は恋愛成就の神様として高校内に広まった。

 結果、届く願い事の多くは恋愛にまつわるものだ。

 

 だが、先も述べた通りお狐様に恋愛を成就させる力はない。では、どうするか。

 悩む私たちに彰は笑顔で告げた。

 お狐様ができないなら、僕たちで何とかすればいい。なるのさ、キューピットに!

 そう高らかに告げた彰を見て、ついに頭がいかれたか。そう思った私は悪くないと思う。


「来た!」


 思考が若干遠のいていたが、それでもしっかり生徒は見ていたらしい。ここ数日で身についた技術だと思うと悲しいが、この茶番を終わらせるのには必要なことだ。


 私は喜びのあまり、思わず前のめりになる。

 変に体重をかけたせいか、木の枝がミシッと鈍い音を当て、慌てて態勢を戻す。

 太めの枝に座っているが、ここで落ちたら危ないし、精神的にもダメージが来る。安定した場所に改めて座り直すと、私は双眼鏡を目に当て、ターゲットを観察した。


 私が数日、木の上で下校生徒を見ていたのは趣味でも、ストーカーでもなくれっきとした調査である。

 いうなれば、特定の生徒に恋人がいるかどうかの確認だ。


 探っていたのは2年生で人気の美人の先輩。恋人がいるという噂はあるものの、相手の特定が出来ないために真相がわからず、告白したいが迷っている。という恋愛相談が複数、狐の祠に届いたのだ。


 ここはあくまで、お願い事をする場所で、相談所じゃないんだけど。と顔をしかめていたのが彰で、眉間にしわを寄せていたのは子狐様。

 恋を叶えてくれるという噂は広まったものの、信じているのはごく一部。その一部も恋のおまじないと同レベルの認識。

 信仰心には程遠い。


 コツコツと実績を積み重ねて、認知度と信用を上げていくしかない。

 そう彰は真面目に語っていた。

 話の内容だけ聞くと、どこかの企業のプレゼンのようで笑えて来る。

 神様の信仰心を上げるよりも、起業して成功する方が今の時代は簡単かもしれない。そう思うほどの途方もない話である。


 それでも、私は子狐様にやると言ってしまった。

 一度言い出したことを、中途半端に投げ出すのはよくない。

 それに、彰にものすごいバカにした顔をされそうなのが、想像だけでも腹正しい。

 今となっては後半の方が理由としての比重が大きくなっているが、原動力なんてなんでもいい。最中的には結果を出せばいいのだ。


 そうなったら、地味でも、客観的に見たら不審者でも、やるほかない。

 ここで投げ出して成果を出さなければ、ただの時間の無駄だし、本当に不審者になってしまう。


 私は気合を入れてターゲットの観察を続ける。

 ここ数日観察していても思ったが、人気な先輩だけあって確かに美人だ。

 整えられた長い髪に、遠目に見てもすっとした立ち姿。口元に手を当てて笑う姿は上品で、同性でもうっとり眺めてしまう美しさを持っているのだから、異性だったらイチコロだろう。


 そんな彼女に彼氏がいないというのなら、ダメもとでも告白したいと思うのが男というもの。彼氏がいたとしても、相手によってはチャンスがあるかもしれない。そう思ってしまうのも恋する故。


 こうして張り込みを続けて数日たつが、美人の先輩が誰かと一緒に帰る姿は見ていない。校内でも誰か特定の男性と親しくしている姿はない。

 やはり、彼氏がいるというのは噂だったかと私が思ったとき、美人の先輩に駆け寄る人の姿があった。


 背が高く、体格のいいイケメンである。

 制服ではなく私服であり、落ち着いた印象からみて高校生ではなく大学生。もしかしたら社会人かもしれない。


 1人坂を下っていた美人の先輩は、男の姿を視界に収めた瞬間に顔を上げ、双眼鏡越しでもその表情が輝いたのが見て取れた。

 走ってきた男に先輩も駆け寄って、向かい合う男女は一言二言、話をする。

 そして、自然に手をつなぎ、町の方へと足取り軽く歩いて行った。


「……彼氏……外部だったか……」


 そりゃ、校内で探しても特定できないよねえ……。

 と、私は双眼鏡を外しながら遠い目をした。

 あんな美人の先輩がフリーなわけないのである。しかも、相手はイケメン。年上。これは太刀打ち出来ない。


 先輩に憧れていたであろう多くの男子に軽く黙とうをささげると、私はさっさと木を下りる。男子生徒たちには悲しい報告となるが、私はこんな仕事さっさと終わらせたい。

 今なら彰も、祠にいるだろうし、あとは彰が何とかしてくれると信じよう。


 双眼鏡を目立たないようにスクールカバンにしまうと、私は2時間ほどまえに下った坂を上り始める。

 寮生だというのに何で坂の上り下りしてるんだろうと、悲しくなるがそれも今日までだ。

 明日からはこんな面倒な仕事もしなくていい。と思えば気分も高揚する。

 鼻歌すら歌いだしそうな上機嫌で、私は坂を上ろうと足を踏み出した。


「なーそこの彼女ー」


 ところで、背後からやけに軽い口調で声をかけられた。

 背を向けているので相手の姿は全く見えないのだが、口調からしてチャラい。ろくなやつではないと直感が告げる。


 それでも一応、人を見た目で判断してはいけないというし、声で判断もダメだろう。

 本音は無視して立ち去りたかったが、そこまでするほどの理由もない。ただ、なんとなく嫌な予感がするというだけの話だ。


 とりあえず、無言で振り返る。

 何となく返事をしてはいけないような気がしたのだ。理由は分からない。


 ちょうど山の入り口。坂の始まるギリギリ手前に男が1人立っていた。

 黒い髪に、黒い服。ジャラジャラとやけにアクセサリーを付けた、ちょっとお近づきにはなりたくない感じの男だ。

 

 その姿を見た瞬間、失礼とは思いつつも即、背を向けて走り出したい衝動にかられた。

 本能は逃げろと告げるが、いくら何でも失礼すぎるという常識が私の体を押しとどめる。

 そんな私の様子を見た男は何故か目を細めた。まるで、私の内心を見透かしたように、おかしそうニヤリと口をゆがめて笑う。


 何だろう。顔に出てしまったのだろうかと私は焦るが、なぜか男の目から目を離せない。

 全身真っ黒だというのに、眼だけが赤く、色彩を放っている。その赤が鮮やかというよりは濁った、何だか一瞬、血を連想させて身体が震えた。


「そんな怖がらなくても。とって食べたりしねーし」


 そう言いながら男は、今度は人懐っこい顔をして両手を上げる。降参のポーズなのか、武器を持ってません。という主張なのか分からないが、警戒されることに慣れているようにも見えて、やはり素直に安心できない。


「……何の用ですか……」


 さっさと立ち去りたくて、固い口調で問いかける。

 ここで変な事を言われたら、走って逃げよう。最悪は彰に助けてもらおうと、ポケットに入れていた携帯にばれないように手を伸ばす。


 そんな私を見て、男は苦笑した。警戒しきっているのが伝わったらしく、困ったなと頬をかく。


「そんな怯えなくていいって。ちょっと、山に入っていいか聞きたいだけで」

「は?」


 男の言葉に私は、せっかく取り出した携帯を取り落としそうになった。


「え?」


 私がもう一度、言葉にならない声を発すると男はにっこり笑う。どこかで見たことのある笑い方だ。


「大した事じゃないって、山に入っていいかって聞いてるだけ」


 もう一度繰り返された言葉に、ますます混乱する。

 予想外にもほどがある。別に入りたければ勝手に入ればいい。ここは私の私有地でもないし、校内は学校関係者以外立ち入り禁止でも山は別だ。

 春先には街の人も山菜取りに入ってきてたって話を聞くし、わざわざ許可を得る者でもないだろう。


「なーなー、いいの? ダメなの?」


 私が混乱のあまり言葉を発せられずにいると、男が焦れたように言葉を重ねてくる。正確な年齢は分からないが、おそらく成人はしているだろうに、子供みたいなしゃべり方だ。

 だがそれも、わざとらしさがあって、どうあっても好きになれそうにない。


「いいんじゃないですか」


 さっさと解放されたくて、私は投げやりに答える。

 私には男を拒否できる立場でもないし、権利もない。わざわざ質問してきた意味も分からない。

 とにかく、すぐにこの場を去って男から離れたかった。


「……いいんだな?」


 私の言葉に男はニヤリと笑った。念を押すようにじっと私を見て、実に楽し気に笑うと立っていた場所から一歩足を踏み出す。


 その瞬間、何だか私はとても嫌な感覚がした。

 何でだかは分からないが、してはいけないことをしてしまったような……。そんな感覚。


「……やっぱ、地の利はあっちが上か……」


 男は一歩踏み出した状態で、何かを確かめるようにじっと地面を見つめ、私には理解できない言葉をつぶやく。

 数秒そうしたと思ったら、いきなり顔を上げ、私へと視線を合わせた。


「あんがとー。助かった」


 そういうと、あれほど執拗に入っていいか尋ねていたというのに、あっさりと男は私に背を向けて立ち去る。

 私は言葉を発することもできずに、ポカンとその場に立ち尽くした。

 歩き去る男がひらひらと手を振っている。最初にかけられた声も軽かったが、去り方も何とも軽い。


「えっ……何……?」


 疑問符が頭の中に無数に浮かんでいたが、ぶつける相手もおらず、私はふに落ちない気持ちのまま山を登ることになった。

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