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プロローグ
小さな足音が聞こえた。
子供の、軽い足音だ。
走っているのか、一定のリズムで地面を蹴る音がする。
「……っ!」
足音に続いて、声が聞こえた。
泣いているような、叫んでいるような。
よく聞こえないのに、何かを訴えかけてくるような、悲痛な声。
その音が聞こえてくるたびに、私は心臓をわしづかみされたような気持ちになる。
忘れるな。逃げるな。そう足音と声が、私を責めているようで、自分の心臓の音が体中に響き渡る。
私は唇をかみしめて、耳をふさぐ。
頭を振って、意識から足音も、声も遠ざけた。
「気のせい。気のせい。聞こえない」
そう、小声で何度も、何度もつぶやくけれど、足音も声も消えてはくれない。
歩調は歩きから、だんだん速足になって、最後は必死に走っていた。
自分の荒い息と、鳴り響く心臓の音がうるさいのに、それでも声と足音は追いかけてくる。
私は走りながら、耳をふさいで頭を振った。
「聞こえない。聞こえない!」
そう、何度も必死につぶやいたけれど、足音も声もいつまでも消えてはくれなかった。




