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狐のおつかい  作者: 黒月水羽
2章 理想の彼女
52/194

15 救いは斜め後ろから

 私たちの間に微妙な空気が流れていた。

 私も香奈も何も言えずに下を向いていて、百合先生は困った顔で首に手を置き、眉を寄せている。

 自分が言い出した手前、どうフォローしたものか悩んでいるようだ。


 いつまでも百合先生を困らせるわけにもいかない。切り替えるべきだと私も分かっているのだが、思考が追いつかない。

 それでも、無理やりでも空気を変えようと口を開く。

 開いたものの結局、言葉が思いつかずに視線を動かし、そこでふと思い出した。


 そういえば、小宮先輩は無事に友里恵ちゃんを見つけられたのか?


「お前、そこで何をしてるんだ!」


 そう思った瞬間、少年の怒鳴り声が聞こえてきた。

 小宮先輩ではない。男にしては高めの声は幼さを感じる。ただし、幼い声音に対して口調は鋭く、声だけで相当怒っているのが伝わってきた。


 私は慌てて顔を上げ声の元へと視線を向ける。

 そこには見知らぬ少年が立っていた。

 制服をきているからまだ学生だろう。一回り小さい体格を見ると中学生くらいか。

 険しい表情を浮かべた少年は、寝転んだ猫をなでようとしていた小宮先輩をにらみつけている。

 それに対して小宮先輩は、猫をなでようとした中途半端な状態で固まって、驚いた表情で少年を見返していた。


 客観的に見るとシュールな図だ。


「えっと、何をって……」


 小宮先輩が戸惑った様子で口を開く。相変わらず手は中途半端な状況だ。引っ込めようにも少年の剣幕に押されて動けないらしい。


「しらばっくれるな! お前が犯人だろ! この誘拐犯!」

「誘拐犯!?」


 少年の怒声に小宮先輩は素っ頓狂な声を上げた。

 私も唖然と少年と小宮先輩を見つめる。


「何で俺が誘拐犯!?」

「誤魔化そうとしてもそうはいかねえぞ! お前が猫を品定めして捕まえようとしてるの見てたんだからな!」


 友里恵さんを探すために猫を確認して回っていた小宮先輩の姿を思い出し、たしかに品定めしているように見えなくもないな。と私は納得した。

 納得したが、それでなぜ誘拐になるのかが全く理解できない。


 小宮先輩は突然の言いがかりに混乱して言葉が出ないようだし、少年の方は完全に頭に血が上って冷静な判断ができていない。

 どう考えても少年の勘違いで、言いがかりなのだが、怒り沸騰な少年にどう伝えれば納得してもらえるのか。

 私がどうしようかと悩んでいると、黙っていた百合先生が聞こえよがしにため息をついた。


「まずは落ち着け、吉森」


 吉森と呼ばれた瞬間、少年が百合先生へと顔を向けた。

 小宮先輩しか視界に入っていなかったらしく、私たち、主に百合先生を見て驚いている。

 真正面から見ると顔立ちは幼く、年下であることは間違いないようだ。


「百合さん! 久しぶりですね!」


 百合先生を認識したとたん、少年は目を輝かせて近寄ってきた。

 怒りではなく喜びによる興奮で頬を赤くした少年はずいぶん幼く見える。まだ幼い体つきも合わさって百合先生と並ぶと、先生と生徒……兄と弟……いや、組長と舎弟?

 

 一瞬、兄貴! と百合先生を呼ぶ少年の姿が頭に浮かんで、私は慌てて想像をかき消した。違和感がなさ過ぎて問題だった。


「さっすが、中学生。ちょっと会わない間に背伸びたなあ」


 百合先生はニヤリと笑って少年の頭をなでる。乱暴な撫で方だし、笑い方も凶悪だが少年は慣れているのか怖がるそぶりがない。どころか嬉しそうである。

 やっぱり、舎弟にしか見えない。


「えっと……百合先生、お知り合いですか?」


 香奈が目を見開いたまま問いかける。

 学校で百合先生が意外な人気を誇っていることは知っているが、学校外にも知り合いがいたとは驚きだ。


「猫友達ってやつ? ここに来るたびに会ったから仲良くなってなあ。ほら、吉森、先輩たちに挨拶しろ」

「先輩……?」


 百合先生との出会いに浮かれていた少年は先輩という言葉に動きを止める。百合先生をじっと見て、それから、私、香奈と視線を動かし、最後に小宮先輩を見る。


「……百合先生の学校の人ですか?」

「全員、俺の教え子だなあ」


 ニヤリと笑いながら百合先生が少年の肩に腕を回した。

 恐る恐る少年が百合先生の顔を見ると、意地の悪い顔で少年を見返している。

 お前、さっき俺の教え子に何言った? と口には出さないが視線が物語っていた。付き合いの短い私でも不機嫌なオーラに気づいたのだから、少年には嫌というほど伝わったのだろう。


「す、すいません! 百合先生の教え子なんて知らなくて。勘違いです! すいませんでした!」


 慌てて百合先生から距離をとると青い顔で綺麗に頭を下げる。

 よく訓練されたしぐさに私は呆れてしまった。

 やはり、舎弟か……。


「謝るのは俺じゃなくて小宮。お前が誘拐犯だの難癖付けたやつだろ」


 百合先生が最後の仕上げとばかりにギロリとにらめば、少年はすくみ上った。慌てて体を小宮先輩へと反転させると、またしても綺麗に頭を下げて「すみませんでした!」と叫ぶ。


 猫が数匹目を見開いて少年を見ている。

 驚かせたのは悪いが、可愛い。


「いや、いいよ。俺も君に勘違いさせるようなことしたみたいだし」


 一方的に難癖をつけられたというのに小宮先輩は笑ってそういうと、頭を上げてと少年に声をかけた。優しすぎて少年には後光がさして見えたかもしれない。涙目になりながら顔を上げ、何度もすみません。と呟く。


 後ろで以前、不機嫌オーラを振りまく百合先生がいるから必死だ。

 前方に菩薩、後門に鬼。

 どちらにすがるかは明白だろう。


「で、何で吉森はそんな勘違いしたんだ?」


 少年――吉森の肩に再び腕を回し、白状するまで逃がさねえぞ。とばかりに凶悪な顔をする百合先生。吉森少年は蒼白な顔で百合先生を見上げている。

 先ほどまでの百合先生に会えて嬉しがっていた姿はみじんもない。


 そんなことしてるから怖がられるんですよ。というべきか。

 それでも怒らせなければ、いい先生だと慕われているのだから余計なお世話か。

 悩むところである。


「誘拐っていったよね? どういうこと?」


 小宮先輩が少年を落ち着かせようと優しく声をかける。

 百合先生で恐怖を与え、小宮先輩で救いの道を見せる。小宮先輩は狙っていないだろうが尋問の常套手段みたいになっている。恐ろしい。


「……ここ最近、このあたりの猫がいなくなってるんだ……」


 吉森少年の言葉に私と香奈は顔を見合わせた。香奈はありありと驚きの表情を浮かべているが、私も似たようなものだろう。

 小宮先輩は目を見開いて、百合先生は目を細め吉森少年へと続きを促している。


「野良猫の、しかも白くて綺麗な猫ばっかりいなくなってて……あんた見てたのが白い猫ばっかりだったから、てっきり……」


 吉森少年はそこまでいうと再び頭を下げて小宮先輩に謝った。小宮先輩は慌てて頭を下げる吉森少年を止める。

 百合先生は吉森少年の肩に腕を回したまま、眉を寄せ考えているようだった。


「白い綺麗な猫って友里恵ちゃんと同じ……」

「友里恵ちゃん?」


 香奈のつぶやきに田中少年が首をかしげて香奈を見る。

 出会ったばかりの少年に声をかけられて香奈はビクリと体を震わせると、私の後ろに隠れた。


 小宮先輩は雰囲気が似ているために何とかなったが、ほかの人はやはり怖いらしい。

 香奈の態度に眉を寄せる吉森少年に、香奈の代わりに私が謝る。人見知りなの。というと納得いかない表情をしつつも、それ以上言及はしない。いい子のようだ。


「俺が面倒見てた猫も最近いなくなって、もしかしたらここにいるんじゃないかって探してたんだ」

「えっ、あんたも?」


 神妙な顔でいう小宮先輩に吉森少年は目を見開く。

 自分と同じ立場の人間だとは想像もしていなかったらしい。だからこそ分かった瞬間、犯人だと決めつけてしまった自分の暴挙が恥ずかしくなったのだろう。落ち着かなさげに視線を泳がした。


「こいつが面倒見てた猫が友里恵っていう白い猫なんだけどな、1週間前から姿が見えなくなって探してたとこなんだよ。お前何か知ってるか?」


 少年は力なく首を左右に振った。


「猫がいなくなってるって気付いたのは最近なんだ。野良猫が突然いなくなるなんてよくあることだし、最初は気にしてなかったんだけど」

「いなくなるにしては数が多かった?」


 百合先生の言葉に吉森少年はうなずいた。


「1匹、2匹だったらたまたまって思ったけど、俺が知ってるだけでも10匹はいなくなってる」

「10匹!?」


 予想外の多さに私は声を上げる。

 猫は集団行動する生き物でもないし、いくら何でも不自然だ。


「いつくらいからか分かるか?」

「……2週間前くらいからかな……」


 少年が記憶を探って導き出した答えに私たちは顔を見合わせた。


「友里恵さんに餌付けしてた男が目撃されたのが数週間前くらいって話だったよね……」

「野良猫は警戒心が強いからな。懐かせてから捕まえたとしたら、友里恵と同時期にこっちでも餌付けしてたのはあり得る」

「同一犯ってこと?」

「同時期に別の人間が別の目的で動いているって考えるよりは自然だな」


 私たちは顔を見合わせてほぼ同時に顔をしかめた。

 どんどん話がややこしくなってきた。人探しだと思ったら猫探し。そのうえ猫は誘拐され、ストーカーとの関係性は未だ謎。


「ストーカーとは関係なしに、動物虐待するようなイカれたやつの犯行かもな」


 百合先生の小声のつぶやきに小宮先輩と吉森少年が青ざめた。遅れて香奈が口元に手を覆う。想像して気持ち悪くなったのかもしれない。


「友里恵は! 友里恵は無事なんですか!」

「猫たちは大丈夫なのか! 百合さん!」

「俺に聞くな!」


 同時に百合先生に詰め寄る小宮先輩と吉森少年に、百合先生がうろたえながら叫んだ。


「一週間前……」


 香奈が小さくつぶやいた。

 小宮先輩と吉森少年の視線が集まるが、考え事に集中している香奈は気づかない。


「虐待目的だったとしたら、一週間も間があくかな? 無残な猫の死体が見つかった。なんて話、私聞いてないよ」


 香奈の言葉に吉森少年も頷く。


「俺ももしかしたらと思って、近所見まわってるんだけど見てない」

「そういわれると変だな。10匹前後はいなくなってんだろ。どっかに閉じ込めるにしたって、世話大変だろ」

「世話してるとは限りませんよ。一か所に閉じ込めて放置して、衰弱死狙いかも」


 私がいうと百合先生が顔をしかめ、香奈と小宮先輩が泣きそうな顔をし、吉森少年になんてことを言うんだ。という非難の目で見られた。

 不謹慎だったと認めるが、鬼を見るような視線を向けられるのは傷つく。


「私はあくまで、可能性の話をしただけだから!」

「まあ落ち着け香月。お前のこと責めてるわけじゃねえから。悪いのは誘拐犯だ」


 ポンポンと百合先生が私の背中を落ち着かせるように叩く。完全に子供扱いされているのも腹立つし、相変わらず非難の目で見る吉森少年の目が痛い。

 いや、非難っていうよりも嫉妬? 百合先生にフォローされて羨ましいなってふてくされてる? 何それ。面倒くさい。


「具体的なところはともかく、猫数十匹をどこかに隠してるってのは間違いないだろ。現にいなくなってるし、見つかってねえんだから」

「まだ、猫たちは無事ってことか!」


 吉森少年が不安と期待のこもった目で百合先生を見た。百合先生は少年の視線を無言で受け止めると、やけに冷静な口調でいう。


「俺は無事だなんて確証もねえのにいえねえよ」


 百合先生の言葉に吉森少年は明らかに肩を落とした。小宮先輩が少年の肩に慰めるように手を置く。

 そんな小宮先輩の目も不安で揺れている。もしかしたらもう、友里恵ちゃんは死んでいるかもしれない。そう思うとどうしていいのか分からないのだ。


「百合先生……」

「変に期待もたせて、ダメだったときの方がきついだろうが」


 名前を呼んだだけだというのに、私が言いたいことを正確に察した百合先生は舌打ちした。荒っぽい動作と深く刻まれた眉間の皺で、百合先生が怒っているのが分かる。


 猫が好きなわけではないと言っていたが、嫌いなわけではないのだ。

 むしろ亡くなった妹さんとの大事な思い出として、百合先生の中で好きなんて気軽にいえないものになっているのかもしれない。


 私だって猫が特別好きなわけではない。

 それでも猫を見かければ可愛いと思う。ストレスのはけ口にされた猫たちのニュースを見れば、嫌悪感を抱くくらいの愛着はある。


 ここにいる皆が悲しみ、怒っている。

 そして、どうか無事であるようにと祈っている。

 だからこそ歯がゆい。状況は分かるのに、解決する手段が見つからないのだ。


「もしかしたら……」


 どうにもできない苛立ちと、抑えきれない不快感で私が奥歯をかみしめていると、黙っていた香奈が口を開いた。

 ずっと口元に手を当てて何かを考えていた香奈が、真剣な表情で地面をにらみつけている。

 これは考え事をする時の香奈の癖だ。


「猫がいるところ分かるかも……」


 香奈の言葉に私たちははじかれたように香奈を見た。


「ほんとに!?」

「確実とはいえないけど、可能性は高いと思う」


 考えを整理しているらしく、以前地面をにらみつけたままの香奈が言葉を続ける。


「低くたってなんでもいいから、教えてくれよ!」


 吉森少年が勢いよく香奈に駆け寄った。普段の香奈であれば慌てて逃げただろうが、今は微動だにしない。

 考え事に集中しているときの香奈は周囲の状況をすべて遮断するところがある。

 普段は困った癖だが、こういう時は頼もしく見える。


「ここ最近、妙に人の出入りが激しい廃ビルがあるんだって。距離もここからそんなに離れてないし、ゲージみたいなのを運び込んでたって目撃情報もあるって」

「それはほんとか」


 予想外の有益情報に百合先生が目を見開き、小宮先輩は期待で表情をほころばせる。

 私は光が見えてきた現状に喜びつつも、同時に浮かんだ疑問に眉を寄せた。


「それはいい情報だけどさ、香奈……それ、どこから仕入れたの?」


 まず私はこのあたりに廃ビルがあるなんて話を初めて聞いた。

 実家から離れて寮生活している私はこのあたりに未だ詳しくない。学校周辺から駅までくらいは把握しているが、それ以外は全くだ。


 また、香奈のオカルト好きが暴走したのだろうか。

 廃ビルなんていかにも出そうだもんね。と私は嫌な予感に頬を引きつらせていると、香奈は満面の笑みを浮かべた。


「寮母さんが教えてくれたの!」


 まさか、ここで出てくるか! 寮母!

 私の表情筋が引きつるを通り越して完全に硬直している中、百合先生は何かを悟った顔で「ああ……」と呟いている。

 そういえば百合先生も頭が上がらないって言ってましたね。


「寮母……?」

「誰?」


 事情を知らない吉森少年と、小宮先輩が事情を聴きたそうにこちらを見ているが、私は上手く説明できる自信がない。


「うちの学校の寮母さんが情報通として有名なんだよ」


 らしからぬ困った顔で百合先生はいう。


「寮母さんって、関本さん?」


 吉森少年が百合先生へと問いかける。百合先生は驚いた顔で吉森少年を見たので、百合先生が教えたというわけではなさそうだ。


「お前知ってるのか?」

「関本さんっていったら、有名だからな。怒らせたら最後、このあたりでは生きていけないって話」


 どんな話だ。恐ろしすぎるだろ寮母。


「えっ、女子寮の寮母さんってあの優しそうな人だよね?」


 小宮先輩が戸惑った顔で私を見た。私はどう答えていいか分からずに、あいまいに頷く。


「怒らせなきゃ優しいぞ」


 やけに固い口調でいった百合先生は、一度怒らせたことがあるのかもしれない。その時のことを思い出したのか、額には脂汗が浮いていた。

 何があったんだ……。


「関本さんがいうなら間違いないな! 希望が見えてきた!」


 私たちが困惑しているなか吉森少年は1人テンションを上げている。言い出しっぺである香奈が嬉し気にうなずいているのは分かるが、吉森少年はどこからその信頼が出てくるんだ。


「関本さん、地元民に愛されてるらしいからな」


 百合先生は相変わらず固い口調でフォローになっているのか、なっていないのか分からないことをいう。

 地元民ではない私と香奈はともかく、地元民の小宮先輩が不思議そうな顔をしているけど、そこはいいのか。


 突っ込みたいけど、突っ込んだら話が進まなそうなので飲み込む。

 今のところ関本さんからの情報が頼みの綱なのだ。


「坂下はよくそんな話聞いてたな」

「寮母さんに気を付けてねって教えてもらったんです」


 寮母さんのことだから、オカルト趣味の香奈がフラフラ近づかないように釘を刺したのだろう。幽霊が出るって噂は大喜びで飛びつく香奈だが、怪しい人間が出入りしている。という話は怖がって近づかない。

 どっちかといったら逆じゃないか。なんてツッコミは今更だ。


「その廃ビルってどこら辺にあるんだ?」

「ちょっと待ってください」


 百合先生に聞かれた香奈はスカートのポケットに手を突っ込んで、地図を取り出した。口頭で説明されると思っていたらしい百合先生は、唖然としている。

 何で持ってんだ? 用意周到すぎね? と百合先生の表情が語っているが、香奈は意気揚々と地図を広げているので気づいていない。


「今いる場所がここで、廃ビルはここですね」


 香奈が笑顔で地図上の場所を示す。

 戸惑いを見せつつも百合先生は地図へと視線を向け、位置を確認すると目を細めた。


「そこだったら俺も分かります! 立ち入り禁止になってるとこですよね!」


 吉森少年が百合先生の隣から地図をのぞき込む。話に混ぜてほしいのか、百合先生に構ってほしいのかは分からないが、微笑ましい。


「立ち入り禁止なあ……。とりあえず様子は見に行った方がいいな」


 百合先生のつぶやきに吉森少年と小宮先輩が目を輝かせた。年は3、4歳離れているはずだが反応が一緒なのは小宮先輩が子供っぽ……純粋なんだと思っておこう。


「危なくないですか?」

「危ないだろうが、本当に猫をかくまってるのかどうか把握しないと、今後の方針が立てられねえし」


 それはそうだ。もしかしたら猫がいるかも。何て不確定な状況で事を進めるよりは、いるという確信を得てからの方がいい。

 彰に報告するにしたって「確認してこい」って罵声付きで追い返される未来しか見えない。


「乗り込むんですか!」


 吉森少年はやけにテンションが高い。目を輝かせる姿だけ見ると微笑ましいが、喜んでいる内容が内容だ。

 何だろうこの子。荒事大好きなタイプなんだろうか。だから百合先生になついているのか? と本人に聞かれた顔をしかめられそうなことを思う。


「乗り込む前の事前調査ってやつだなあ」


 百合先生ののんびりした言葉に吉森少年はさらに顔を輝かせた。隣で不安そうにしている香奈と比べるとテンション差がありすぎる。


「でも、お前は連れて行かないぞ」


 舞い上がっていた吉森少年は百合先生の言葉で固まる。連れて行ってもらえると疑いもしなかったのだろう。目を見開いて固まっている姿は哀れに見える。

 だが、考えてみれば当たり前の話だ。怪しい人間が出入りしているという、立ち入り禁止の廃ビル。教師が子供を連れていくことを了承するはずがない。


「何でですか。百合さん! 俺だったら大丈夫です! ヤンキーからは足洗いましたけど、ケンカの腕は鈍ってないです! 日々、百合さんの力になるべく鍛えてます!」


 百合先生の腰あたりに抱き着いて懇願する吉森少年。

 百合先生好きすぎるところもそうだが、ほかにもいろいろとツッコミたい。まず、元ヤンだったのか。とか。まだ中学生に見えるのに、いつぐれてたの? とか。百合先生の力になるべく鍛えるってなんだ。とか。


 いろいろと言いたいが言うのが面倒で私は半眼で茶番を見守った。


「お前が鍛えてんのは知ってるよ。だからこそ、ほかの重要任務を任せてぇんだ」


 百合先生はニヤリと笑うと吉森少年の頭をなでる。

 さっきまで不満で仕方ない。という顔をしていた吉森少年は、それだけで再び目を輝かせた。やはり、飼い主にじゃれつく犬……いや、子犬か?


「色々事情があってな、そこにいる小宮は危険な状況にある。お前には小宮を無事に家まで送り届けて、ついでに坂下も送ってやってくれ」


 小宮先輩を一人で帰らせるのは危ない。女の子である香奈だって危険だ。

 百合先生がこのまま廃ビルの調査に行くのであれば、ケンカ不慣れな男子高校生よりも元ヤンで自称鍛えている吉森少年の方が期待できそうなのは確か。

 

 香奈が初対面の吉森少年と帰ることに不安げな顔をしているが、私がいるからそこは何とかなるだろう。


「百合先生、気を付けてくださいね」


 百合先生がピンチに陥る未来なんて想像もできないが、万が一がある。そう思って声をかけると、なぜか不思議そうな顔で見返された。

 何だその反応。と私が見返すと、百合先生はいきなり爆弾を降下した。


「何他人事な反応してんだ。お前は俺と一緒に廃ビル調査だぞ」


 ちょっとまて! そんなこと聞いてないぞ!

 私の内心の叫びむなしく、百合先生は有無を言わせず私の腕をつかんで歩き出す。

 必死にもがいたが、予想以上に百合先生の力は強い。


 去り際、せめてもの抵抗と後ろを振り返ると、置いていかれる不安で鳴きそうな香奈。流れについていけず唖然としている小宮先輩。そして、射殺さんばかりに私をにらみつける吉森少年の姿が視界に移った。


 吉森少年よ……私だってそっちがよかったよ……。

 

 心の底から思うものの、残念ながら私はテレパシーなんて使えないので吉森少年に伝わるはずもない。

 三者三様の反応を後目に私は百合先生に引きずられていくことになった。

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