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狐のおつかい  作者: 黒月水羽
2章 理想の彼女
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14 想いは託される

 時間がないし、行くぞ。と百合先生に促されて動き出す。

 学校へ行く坂のふもとにいつまでもいたら、知り合いに見つかってしまうかもしれない。

 悪いことをしているわけではないが、事情が事情なため騒ぎにならない方がいい。


 百合先生はゆったりと大股で前を歩く。

 どこに行くとは言わなかったが、明確な目的地があるらしく足取りに迷いはない。

 おしゃべりなタイプでもないし、行けば分かると背中で語る姿は男らしいが、男らしすぎてわけがわからない。

 こういうところが誤解される原因なんだよなあと私は苦笑するばかりだ。


 百合先生の後ろを着いていく私たちに、通りすがる人の視線が集まる。

 百合先生は私服だと教師には見えず、ヤクザ。軽く見てもどっかのチンピラだ。

 その後ろに高校生3人が続く姿は異様に見えるのだろう。ひそひそと囁き声が聞こえて非常にいたたまれないが、百合先生は慣れているのか無反応。

 嫌な慣れだ……。


「小宮いてくれてよかった。香月と坂下だけだったら通報されたな」


 確定事項ようにいう百合先生に涙が出そうになった。

 顔は怖いけどいい先生なんですよ! と叫びたいが、叫んだところで「無理やり言わされている。脅迫だ」なんて言われそうな雰囲気だ。

 百合先生、不憫すぎる。


 同時に彰が小宮先輩は来るのかと聞いてきた理由を察した。

 彰はこの状況を予想していたのだろう。女子だけでついていったら間違いなく通報されるということまで。

 逆に言えば、彰と百合先生にとって通報されることは予想外ではなく日常なのか。

 考えれば、考えるほど辛くなってきた。

 本当に百合先生はいい人なんだ……。顔が壊滅的に怖いだけで。


「先生、どこ行くんですか?」


 こちらの様子をチラチラうかがっていた通行人が、香奈の「先生」という言葉に目を見開いた。そこまで驚かなくてもいいじゃないですか。と百合先生に代わって私が言いたくなる。


 顔が怖いだけなんですよ。と合流して数十分で何度も思った、フォローの言葉を心の中で思う。口に出すには経験値が足りないので許してほしい。


「もうちょっと先に、猫の集会所があるんだよ」


 百合先生の意外な言葉に私たちは目を丸くした。

 噂には聞いたことがある。野良猫が夏には涼しい場所、冬は暖かい場所に集団で集まるという。知っている人は知っている、猫好きには天国のスポットだ。


「百合先生、場所知ってるんですか」


 猫好きの小宮先輩が目を輝かせる。友里恵ちゃんが一番だとしても、ほかの猫だって好きなんだろう。


「ああ。今の季節ならもうちょっと先だけど、夏、冬だとまた変わるんだよな」

「オールシーズン把握済み!?」


 猫は好きじゃないといってたのが、さっそくフェイクに思えてきた。好きじゃなかったらそこまで把握してないだろ。

 強面なのに猫好きって思われるのが恥ずかしいのか。正直、変に隠した方が恥ずかしいです。


「香月……お前、勘違いしてるだろ」


 口には出さなかったが視線で悟られたらしい。顔をしかめられて思わず目をそらした。

 通常の顔が怖いので、ちょっと顔をしかめただけでも威力が倍になるのだ。百合先生には悪いが、出会って少しで慣れるには辛すぎる。

 いつも平然と接して、怒らせようとどこ吹く風の彰はすごいと私の中での評価が少しだけあがる。本当に少しだが。


「先生こそ、嘘つかなくてもいいですよ。本当は猫好きなんでしょ」


 妹さんがって言い訳しなくていいですよ。という言葉は何とか飲み込んだ。

 妹というワードを不用意に他人が口にしてはいけない気がしたのだ。


「……ガキが変に気使うんじゃねえぞ」


 態度に出さないように気を付けたつもりだったが、見事にばれた。倍の年数を生きた大人にはかなわないということか。


 先ほどの百合先生の言葉を聞いていない香奈と小宮先輩が不思議そうな顔をする。

 説明するのも違うだろうと私はあいまいな笑みを浮かべて誤魔化した。


 その態度にすら気に食わなかったようで百合先生は舌打ちする。本気で怖いからやめてほしい。関係ない香奈と小宮先輩がびくついていて、私が悪いことした気分だ。

 それとも、悪いことをしているのか。


「ほら、そこだ」


 しゃべりながらも歩を進めていた百合先生が、億劫そうに少し先を顎で示した。

 怯えていた小宮先輩は現金なもので、目の色を変えて百合先生が示した方向を見る。


 住宅街をさらに進んだ奥まった場所。地元住民しか知らないような、静かな空間に空き地があり、その中央には木造建ての造形物。田舎なんかにある木造のバスを待つ休憩所が一番近いだろうか。

 木でできた休憩所は見るからに古い。同じく木で出来たベンチが無造作に置かれ、雨風が防げる屋根があり、隣には由来の分からないお地蔵様が並んでいる。

 休憩所を取り囲むように数本の木が生えて、その空間だけを別世界のように周囲と隔離されている。

 何とも奇妙な光景だ。


 昔はこのあたりも田んぼだったというし、農作業の合間に使われていたのかもしれない。

 すっかり住宅街として整備された今は使うものはおらず、そこだけ時代に取り残されたように見える。

 それなのに妙に落ち着くのは、その場所がずっと昔からあったのだと馴染んだ空気で感じるためか。

 

 雰囲気が子狐様の祠に似ている。

 もしかしたらひっそりとたたずむお地蔵様にも、子狐様のような何かがいるのかもしれない。

 いたとしても私には見えないし、彰もいないので確認はできない。

 子狐様が見えるのは彼女が私たちに姿を見せてくれているから。子狐様のように見えない人間の前にも姿を現せるほど強いものはそういない。そう前に彰が言っていた。 


 そういえば、百合先生はオカルト方面について詳しかった。

 視界の端で香奈の目が輝いているのがうつったが、いつもの事なので流し、百合先生を見る。


 百合先生は先ほどと変わらない様子で立っていた。

 何を考えているかは分からない。感情のうかがえない眼差しが彰と重なって、たしかに2人は血がつながっているのだと関係ないことを思う。


「猫がいっぱいいる!」


 遅れて小宮先輩が歓声をあげた。

 住宅街とは不釣り合いな空間に視界が狭まっていたが、言われてみると休憩所の周辺には多くの猫がいた。

 日差しや風を遮る休憩所は使うものを人から猫に変えたようだ。

 

 ベンチの上で寝転んでいたり、お地蔵様の隣に座っていたり。木の根元や、屋根の上で日向ぼっこをしていたり。猫好きにはたまらない癒しスポットになっている。


 その光景をみていると人が使わなくなってもなお、昔の形で残されている理由が分かる気がした。

 見ているだけでも癒されるし、何だか安心する。始めてきたというのに懐かしさにもにた居心地の良さを感じるのは、お地蔵様の効果か、猫の効果か。


「こんな場所があったなんて!」

「すごい!」


 目的も忘れてはしゃぐ小宮先輩と香奈に百合先生は眉を寄せた。

 思い思いに過ごしていた猫たちは騒ぐ私たちにちらりと視線を向けるものの、我関せずの態度を貫き、動きはしない。

 野良猫だろうに逃げる気配がないのは人慣れしているというよりも、野良として生き抜いてきた余裕を感じる。


「騒いでないで、小宮は確認しろ。お前の猫いんのか?」


 百合先生の言葉に小宮先輩はハッとして寝転がっている猫たちに視線を向けた。

 遠目に見て白い猫は何匹かいる。やけに体格がいい、このあたりのボスですといった風格の猫以外、私には差が分からない。


 猫は嫌いではないが、特別好きというわけでもない。ペットを飼った経験もない私に色や形以外で動物を見分ける技術はない。


 小宮先輩に任せようと黙って見守ることにした。小宮先輩は驚かせないよう慎重に近づていく。

 猫たちは小宮先輩が近づくとチラリと視線を向けるものの、やはり動かない。

 何だろうこの威厳と風格。野良猫だよね? と聞きたくなる。血統書付きにはない野生のすごみを感じる。


「小宮が悪いやつじゃないって分かってんだろうな」

「そういうのって分かるものなんですか」


 動かずに様子を見ている百合先生に問いかける。香奈も興味津々のようで、百合先生の顔をじっと見ている。


 香奈は猫よりもお地蔵さまに興味があるようだが、小宮先輩のことを気遣って我慢しているようだ。オカルトに関しては猪突猛進の香奈が我慢を覚えた事実に感動する。

 彰と会って痛い目を見た結果だと思うと、微妙な気持ちになるのは置いておこう。


「野生動物っていうのは人間よりよっぽど敏感だぞ。悪い人間ってのはすぐわかる。あそこで寝てるやつらは年いってるやつらが多いしな」


 人間の存在など気にせず寝ている猫たちを見ると、確かに若造という年齢は越しているように見える。

 それでも猫に詳しくない私には差など分からない。子猫かそうでないかくらいしか分からない残念具合だ。


「やっぱり百合先生、猫好きなんじゃないですか」

「いっただろ。好きなのは俺じゃねえ」


 黙って認めた方が早いと思うのだが、百合先生はあくまで否定する。香奈が不思議そうな顔で百合先生を見上げているがその視線も無視だ。

 彰の叔父だけあってスルースキルが高い。


「妹が好きだったから、猫が集まるとこ探す癖がついてるだけだ。妹にケガさせるような狂暴な猫だと困るから、手出さないやつの見分けられるようになった」


 真顔でいう百合先生に私は百合先生が嘘をついていたわけではないと気づいた。

 猫好きではない。猫が好きな妹が好きなシスコンだったのだ。


「妹さん想いなんですねえ」


 引く私とは対称的に、和やかな空気で香奈が笑う。

 あっさり受け入れた香奈の器の大きさに感動する。


 失礼なことを思う私を無視して、百合先生は香奈に視線を向けると目を細めた。

 香奈を見ているというよりは、香奈を通して別の誰かを見ているような気がする。

 妹さんを見ているのかもしれない。小さな変化ではあるが、香奈を見る百合先生の表情が柔らかい。

 妹さんは香奈と同じような雰囲気の人なのか。


「ああ。世界で一番愛してるな」


 だから、真顔で言われた言葉に私は固まった。

 さっきまでほわほわした空気をまとっていた香奈まで固まった。

 真顔で何言ってんだ!? 百合先生ってそんな冗談いう人だったっけ!? と言葉が脳に浸透するにつれて混乱が増すが、百合先生はあくまで真顔。自分がおかしなことをいったとは微塵も思っていない態度だ。


「妹さん大好きなんですね」


 衝撃から立ち直った香奈がなぜか目を輝かせた。目を輝かせる要素がどこにあったのか問いたい。


「めちゃくちゃ可愛いくて、優しくて、まさに天使だった……」


 噛みしめるようにつぶやく百合先生に私は距離をとる。

 見た目は怖いが中身は常識人だと思っていたのに、騙された気分だ。

 やっぱり彰の関係者にまともな人はいないんだと私は絶望するが、香奈は益々興味をそそられたらしい。何でだ。今の返答に引く以外の反応する要素あったか!?


「そんなに可愛い人なんですか? 百合先生の妹さんってなると、彰君のお母さんですよね? 彰君に似てるんですか」


 目を輝かせた香奈は私が地雷だと思った問いをあっさり口にする。

 百合先生と私の会話を小宮先輩と話していた香奈は聞いていない。だから仕方ない。仕方ないけどいつ地雷が爆発するかと私は嫌な汗が流れるのを感じた。


「顔はそっくりだな。性格は……元の方が似てたな」


 元という言葉に私は違和感を覚える。

 どういう意味だろうと私は勘繰るが香奈は気にならなかったらしく、無邪気な笑みを浮かべた。


「彰君に似てるなら本当に可愛い人なんでしょうね。写真とかないんですか」


 彰似の美人なら確かに気になる。男だというのに美少女の彰だ。正真正銘の女性であればどれほどだろうと気になるのは同性であっても一緒。

 

 百合先生は大好きな妹の話題になったのが嬉しいのか、いつもより浮かれた様子でいそいそとポケットから手帳を取り出した。

 浮かれきった様子は鬼だ、ヤクザだと騒がれている姿とは別人。ああ、こっちが素なのかと私は知りたくもない事実を知って半眼になる。


「これが妹だ」


 手帳から大切そうに一枚の写真を取り出して百合先生は香奈に手渡す。

 横からのぞき込むと写真には若い百合先生と、その隣でほほ笑む女性が映っていた。


 百合先生と女性はびっくりするぐらい似ていなかった。

 柔和な顔立ちの女性と、険しい顔の百合先生は兄妹というよりは恋人同士の方が納得だ。顔立ちもそうだが、雰囲気も真逆。百合先生と女性に共通点があるとしたら髪質がくせっ毛なことぐらい。


 それでも写真の中の百合先生は、見たことがないやさしい顔をしていた。

 妹と並んで写真を撮ってもらえることが嬉しいと恥ずかしげもなく語る表情に、見ている私が照れるほど。


 隣に並ぶ妹さん、彰の母親は確かに彰にそっくりだ。私よりも年上だろうに写真越しでも分かる色白できめ細かい肌に、小さな顔。とんでもなく整った容姿だというのに、雰囲気が柔らかいので美人というよりは可愛らしく見える。


 顔立ちだけ見れば彰にそっくりだけど雰囲気は別物。

 何でこんな優し気な母親から、彰のような性悪な子供が生まれてしまったのかと嘆くほど 。

 性格は百合先生に似てしまったんだろうかと失礼なことを思う。


「百合先生若いですね。何年前のですか?」

「8年前な」

「最近のってないんですか?」


 香奈の目がこれ以上ないってくらい輝いている。

 オカルトの話題じゃないのに香奈の表情が輝いているのは珍しい。

 百合先生の妹。彰の母親。とんでもない美人。という要素が重なっているせいか。

 止めるべきなのかもしれないが、私も今の彰のお母さんがどういう感じなのか気になった。

 8年の月日を重ねたとしても写真の中の美貌が衰える想像ができない。

 月日を重ねたことによって磨きがかかっているのではと、ついつい期待してしまう。


「ごめんなあ。それが一番新しい写真なんだよ」


 だから、期待を裏切る悲し気な様子の百合先生に私と香奈は戸惑った。

 目の前にある写真は8年前のもの。それが一番新しい写真とはいったい……。


 そう考えたところで、私は嫌な答えにたどり着く。

 妹さんを語った後に苦々しい顔をしていた百合先生。猫好きでもないのに、妹さんが好きだという理由だけで猫が集まる場所を探してしまう百合先生。

 愛してると恥ずかしげもなく語り、写真を持ち歩いているのは、もしかして……もしかすると。


「俺の妹。でもって彰の母親はな、彰が8歳の時にこの世を去った」


 私の疑問に答えるように百合先生はいった。

 あまりにも静かで、感情の乗らない声が聞いていてつらかった。こみあげてくる激情を無理やり押し殺したのだと分かってしまう。


「………す、すみません……」


 香奈が泣きそうな顔で下を向く。手に持った写真を握り締めそうになって、慌てて力を抜く香奈を見て百合先生は笑う。

 どうしようもなく優しい笑顔だけに、私まで泣きそうになった。


「気にすんな。8年も前の話だしな」


 写真を香奈から受け取ると、百合先生は懐かしそうに笑う。

 強面だなんていわれているのが嘘みたいに柔らかい笑みを見て、本当に妹さんが好きだったんだと分かった。


「昔から体弱かったし、俺より先にいっちまうのはどっかで覚悟してたんだ。子供も難しいかもしれねえって思ってたのに、彰残してくれたんだから感謝しねぇとなあ」


 愛おしそうに写真に写る妹さんをなでる百合先生の表情は穏やかだ。

 口調は荒っぽいのに、声がどこまでも優しい。何だかそれが無性に悲しくて鼻がつんとする。


「だからさ、彰のこと頼むぞ。我儘で、意地っ張りで、面倒くさいやつだけどな」


 そういって笑う百合先生に私と香奈はうなずいた。

 声を出して返事をすることはできなかった。

 言葉に出来ない感情で胸がいっぱいで、声を出すことすらできなかった。

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