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狐のおつかい  作者: 黒月水羽
2章 理想の彼女
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12 彰さんへご報告です

 その後小宮先輩と聞き込みをした私と香奈はいつもより遅めに女子寮に帰った。

 夕飯を食べ、お風呂に入って体を温め、疲れを癒し、私の部屋に集合した私たちは危機に立たされていた。

 彰に報告しなければいけないという危機だ。


 1人で報告するのは怖いという私に付き合って香奈は部屋に来てくれた。

 香奈が報告してくれないかなという淡い期待はすでに打ち砕かれている。それとなく夕飯の時に言ったら思いっきり目をそらされたのだ。無情だ……。

 だが、私ですら怖いのだ。気が弱い香奈だと気絶しかねない。そう思ったら黙って私が言った方がスムーズだ。と無理やり自分を納得させる。


 有力な情報を掴むどころか、友里恵ちゃんが猫だという衝撃の事実に加え、ストーカー男(仮)まで現れた。

 この状況を正直に伝えて、彰は冷静でいてくれるか。と考えるが怒る未来しか想像できない。

 だが、報告しないで明日を向けたらそれでも怒られる。逃げ場はなかった……。


 彰の方で有力情報がつかめて機嫌がよかったらいいな……。と期待を持ちつつ登録した番号へと電話をかける。

 電話に出た彰の声色はいつも通り。上機嫌でもないが不機嫌でもなかった。

 とりあえずしょっぱなから不機嫌という状況は回避できて安堵したが、その後のことがある。

 私は緊張しながら友里恵ちゃんの事を報告した。

 

『はあああ!? 猫ぉ!?』


 予想通り彰はキレた。今までにないぐらいにキレた。

 隣にいた香奈がスピーカーモードでもないのに聞こえた怒声に涙目になる。


 壁が厚いとは言えない女子寮だけに、隣に彰の怒声が聞こえたかもしれないと冷や冷やする。

 たとえ聞こえたとしても電話の主が今話題の美少年だとは信じないだろう。

 どこからどう聞いても柄の悪いチンピラにしか思えない怒声と、学校での薄幸の美少年彰のイメージは違いすぎる。


 こっちが本性なんですよ! だまされないでください! と私は声を大にしたいが、言ったところで全く信じてもらえないのだから世の中とは恐ろしい。

 いや、彰の情報操作が恐ろしいのか。


「彰君、気持ちは分かるけど落ち着いて……。私も香奈も予想外だったから……」


 私の腕に僻みついた香奈が涙目で大きく首を振っている。電話越しで伝わらないと分かっていても行動せずにはいられないんだろう。声だけで震えがる位に怖いから気持ちはわかる。

 わかるけど首を動かす動作が大きすぎ。とれそうで怖いし、体にあたって地味に痛いから落ち着いてほしい。


『いかにも恋してますって語り口なんだったの……あれ全部猫に対してのラブコールだったの……』

「……そうだったみたい……」


 屋上での小宮先輩を思い出して私は苦笑する。

 あれを見てまさか猫に対して愛を語っていると思う人がいるだろうか。どう見てもあれは愛しの彼女を心配する彼氏の姿だった。


『人間不信と女性不信が極まって、動物愛にでも目覚めたのかなあ……』

「失礼でしょ」


 仮にそうだったとしても面白半分にいうことではないし、どう受け止めていいか迷うから意識させないでほしい。

 世の中にはいろんな人間がいる。人それぞれだとは分かっているが自分の理解できない思考を語られると反応に困るのは仕方ない。


 小宮先輩の場合は動物に対して恋愛感情を抱いているというよりは、行き過ぎた猫バカの範疇だとは思う。いや、そうであってほしいと願っている。

 女性不信に陥った結果、猫にしか愛情を抱けなくなったといわれたら私はなんて返せばいいのだろうか。とりあえず、原因になったストーカーを殴ればいいのか。それですべてが解決な気すると思考が物騒になるのも仕方ないだろう。

 すべては道を踏み外すほどの多大なストレスを与えたストーカーが悪い。


『ってなると友里恵さん……ちゃん? をいくら人間として探っても何も出てこないってわけね』

「猫だからね……」

『そうなると、ストーカー相手に絞って調べられるから、向こうは楽でいいかもしれないけど』


 納得いかないといった態度は隠しもせずに彰はブツブツつぶやいた。気持ちがわかるだけに私は苦笑いを浮かべるほかない。


『で、ほかに何かわかったことは? まさか収穫がそれだけとは言わないよね?』


 不機嫌に低い声に私はビクッと体を震わせ、抱き着く香奈の体に力が入った。声だけでここまで人を怯えさせられるなんて彰はすごい。こんなに怖いのに学校では守ってあげたい男子。とか言われているのだから余計にすごい。

 もしかして演技とかじゃなく二重人格なんじゃ。と疑惑が浮上するレベルだ。


「えっと、それがねえ……」

『まさか、ない。とは言わないよね?』


 電話越しだというのに重苦しいプレッシャーを感じて冷や汗が流れる。香奈が私に抱き着く力を強めた。相当、力が入っていたいのだが、それすら気にならないくらい怖い。


「ないわけじゃないけど、決定打とは……」

『……ちょっと聞き込みしたぐらいで真相がわかるなら、誰も苦労しないよねえ」


 ため息交じりつぶやかれた言葉を聞いて私は胸をなでおろす。流石の彰も一日でストーカー事件を解決できるとは思っていなかったようだ。


『それで、何が分かったの』


 怒りを収め、聞く体制にはいった彰に安堵しつつ、私は香奈に視線を向ける。震えていた香奈は彰の様子の変化と私の視線で我にかえったらしく、慌てて用意していた手帳を開いた。

 聞き込みの内容を香奈がかき込んだページを開いて私に見せる。

 彰に直接いえるほど恐怖は回復していなかったらしい。


「えぇっとね、まず、小宮先輩が友里恵ちゃんを可愛がっているのは近所では有名な話らしいよ」

『そこまで可愛がってるなら飼えばよかったのに』


 そうすれば行方不明にもならず、こうして紛らわしい事にもならなかったのに。と彰が口に出さずに思っているのが伝わってきた。私も同意見なので苦笑する。


「小宮先輩が住んでるマンション、動物飼っちゃいけない決まりなんだってさ」

『律儀にルール守るあたり、ほんとに良い子なんだねえ』


 2つ年上の先輩だというのに青臭いガキに対するように鼻で笑う彰。小宮先輩の前で後輩ぶっていたときのお前はどこにいった。やはり二重……ここまでくると多重人格か。


「近所でも小宮先輩って有名な好青年だったらしくて、その小宮先輩が可愛がってる猫だから近所の人たちも気にして様子見てたみたい」

『小宮先輩、人に好かれる才能持ち? だからって厄介なのまで引き寄せなくてもいいのに』


 それは小宮先輩自身が一番思っていることだろう。人に好かれるというのは本来良い事なのに、まさかのストーカーの異常者を引いてしまうなんて不運でしかない。


「ストーカー被害を周りに相談したことはなかったみたいけど、察してたみたいで、それとなく小宮先輩の周囲を気にかけたりはしてたんだって。だから友里恵ちゃんとあって持ち直した小宮先輩見て安心したって」


 よく公園に来るという老夫婦の姿を思い出す。

 小宮先輩の姿を見ると嬉しそうに笑って、ストーカーで悩んでいた時助けになれなくてごめんね。と辛そうに謝っていた。それを聞いた小宮先輩は泣きそうで、その姿は赤の他人ではなく本当の孫と祖母のようだった。

 見ているだけでも心温まる光景に私と香奈だけでなく、公園にいたもの全員が胸打たれた。それだけ小宮先輩が愛されていた証拠だ。


『そこまで周囲が知ってたのに、親何してたの? 本当なら真っ先に出てくるとこでしょ』

「小宮先輩の御両親、仕事でほとんど家にいないらしくて……」


 私の言葉に彰が納得した様子で唸り声をあげた。よくある話ではあるが、実際目の当たりにすると厄介だ。

 こういった事件で一番の強みは家族の協力だ。送り迎えなど回避行動もそうだが、精神的な支えの面でも、いるといないのでは大きな差がある。


「小宮先輩も話はしたみたいだけど、相手が女の子だっていうので大事だとは思ってもらえなかったみたい。中学の時も軽いつきまといくらいはあったみたいで……」

『小宮先輩は不運な星の元にでも生まれたの』


 うんざりした彰の声に私は同意しそうになった。文句のつけようがないほどいい人なのに、とんでもなく苦労する運命のようだ。いい人に生まれるにあたって運を使い果たしてしまったのだろうか。


「近所の人もこれはご両親に言わないとまずいって思ったあたりで友里恵ちゃんに会って、ストーカーもおさまったみたい」

『ってことは親は未だにストーカーについては詳しくしらないと』

「小宮先輩もあんまり心配かけたくないからって」

『何かあってからじゃ遅いんだけどね……』


 彰はそういいつつも無理やりにでも伝えさせようという考えはないらしい。小宮先輩の心情を考えての事だろう。

 本当に、妙なところで優しい男だ。


『小宮先輩の周辺については分かったけど、ほかに収穫は?』

「うーん……実はこれが一番重要な話なんだけど……」


 私がそこで言葉を区切ると電話越しの彰が身構えたのが分かった。

 黙って話を聞いている香奈も緊張しているのが伝わってきて、自分の体もこわばる。


「数か月前から、小宮先輩の様子を見てる不審な男が目撃されてて、私たちも今日見た」

『はあ? 女の件も解決してないのに今度は男?』


 彰が電話の向こうで叫ぶ。気持ちは分かる。

 女の子のストーカーがいるという話で事を進めていたら、突如別の男が現れたのだ。小宮先輩って何者なの。魔性なの。となってしまう。


『経験豊富な僕でも、同時期に2人に追い回されたことはないからね……』

「よかった。経験あるとか言われたらどうしようかと思ってた」


 私が安心すると電話向こうの彰が微妙な反応をしたのが分かった。

 直接会わなくても何となく彰の反応が分かるようになっている自分がいる。以心伝心と言えば聞えはいいが、彰の場合は表情よりも雰囲気というかオーラの主張が激しいのだ。

 電話越しでも伝わるほどに。


 私は苦笑しつつも、男を見かけたときの話をできるだけ詳しく彰に語る。

 彰は相づちを打ちながら聞いて、小宮先輩の危機感のなさと迂闊さに大きなため息をついた。

 気持ちは分かるので小宮先輩のフォローはしない。


『その男がストーカー女の方と関係があるのかどうかが重要だよね』


 彰の言葉に私は頷く。

 それによって話は大きく変わる。同じ事件なのか、偶然同時期に起こった別の事件なのか。

 女の延長戦なら、女の方を何とかすればそれで終わりだが、別物だとしたら男も別に対処しなければいけない。


『最悪、小宮先輩にボディガードでもつけなきゃいけないねえ……』

「その方が安心だろうけど、ボディガードなんてできそうな人……」

『知り合いにいるよ。あんまり頼みたくないけど』


 あっさり答えられて私は顔をしかめた。彰の交友関係は本当に謎だ。


『理想は頼むことなく解決できることなんだけど』

「当てがあるなら頼んだ方が安全なんじゃない?」


 必要ないかもしれないが念には念を入れた方がいい。いざって時に守ってくれる人がいるとなれが小宮先輩も安心だろう。そんな軽い気持ちでいったのだが、電話越しの彰は無言だ。

 私もつられて押し黙る。


 空気の変化に香奈が不安げな顔を向けてくるが、私も状況が分からないので何もいえない。


『不審者に関しては勝てるよ……誰が襲って来ようと指一本触れさせない』

「それはすごいね」


 私は素直に感心するが彰の返答は歯切れが悪い。そんな知り合いがいるのに何で微妙な反応なのか。


『たしかにボディガードとしてはものすごく優秀なんだけどね……あいつ自身も不審者側っていうか……』

「はあ?」

『分かりやすくいうと、バイの面食いっていう……』

「それはダメだ」


 小宮先輩の整った様子を思い浮かべつつ真顔で言うと電話越しの彰が『だよねえ……』と力なく答えた。披露感漂う返答に彰は大丈夫だろうかと心配になってくる。

 小宮先輩もイケメンだが、彰の容姿も相当整っている。そんなのが知り合いで大丈夫?


 意外と彰も交友関係で苦労しているのかもしれない。そう同情してしまった瞬間だった。


『そういうわけからボディーガードは最終手段ってことで。できるだけ僕らで解決しよう』


 先ほどの話を聞いた後では頷くしかない。ストーカーからは助かっても小宮先輩が違うトラウマを抱いたら意味がない。


『報告ってそれだけ?』

「小宮先輩を見ている不審者とは別に、見かけたことない男が友里恵ちゃんに餌やってるとこ見たって」

『たまたま通りかかった猫好きとかじゃなく?』

「友里恵ちゃんがいなくなる数週間前から目撃されるようになって、友里恵ちゃん以外の猫は無視。友里恵ちゃんがいなくなってからは全く見かけてないって」

『何それ。計画的犯行?』


 彰が顔をしかめたのが電話越しでも想像できた。

 小宮先輩の様子をうかがう男。小宮先輩が可愛がっていた友里恵ちゃんを餌付けしようとしていた男。

 どちらも近所では見かけたことがない部外者。

 偶然にしては不自然すぎる。


『友里恵ちゃんは気まぐれでいなくなったんじゃなくて、誰かに誘拐された可能性があるってことか……』

「やっぱり、そうなるよね……」


 聞き込みを続けるごとに顔が青くなった小宮先輩を思い出す。近所の人たちも気遣わし気に小宮先輩を見て、慰めていたが事実は事実だ。友里恵ちゃんを助けるためには目をそらすわけにはいかない。


『なんで友里恵ちゃんを誘拐……? 小宮先輩誘拐して、監禁、洗脳ルートの方が楽そうなのに』

「サラッと怖いこと言わないでくれる?」


 これが人畜無害そうな美少年からの発言だと思うと眩暈がする。世間話みたいな普通のトーンで語られるから余計怖い。

 彰の頭の中は一体どうなっているんだろう。


『話がどんどんこんがらがってきたね』

「ほんと……」


 ストーカー女を撃退するというだけでも面倒な話なのに、どんどん不可思議な要素が追加されている。

 彼女だと思っていた友里恵ちゃんが猫だったのは勘違いだとしても、ストーカー男(仮)と、友里恵ちゃんの誘拐犯が別々に存在しているのが厄介だ。


『何にせよ、ストーカーしてたって女の子さっさと特定した方がよさげだね』


 頭の中を整理していたらしい彰が最後にそうつぶやく。

 こんがらがった糸を解くためにはそれが一番分かりやすく、最善だろう。女さえ特定できれば、ほかの男が関係者か無関係者か分かる。それは大きな前進だ。


『引き続き僕はストーカーの方調べるから、ナナちゃんとカナちゃんは友里恵ちゃんの事探して。誘拐されたって確証もないし、探して見つかったらそれが一番』

「探すのはいいけど……」


 私は香奈の方をちらりとみる。

 近くで話を聞いていた香奈にも彰の声は聞こえていたらしく、眉を下げて首を左右に振った。

 情報通の香奈でも人探しはともかく猫探しの人脈は持っていないらしい。人探しの人脈は持っていそうなところが女子高生としておかしいのだが、それについては今更だ。


『本当は頼りたくなかったんだけど、猫探すなら適任がいるんだよねえ』


 心底嫌そうな彰の声に私は驚いた。

 また頼りたくないができる人材がいるのか。本当に彰の交友関係はどうなっているんだろう。本格的に問いただしたくなってくるが、藪をつついて蛇が出たら恐ろしいので聞けない。

 疑問は疑問のままが一番自然で、平和なのかもしれない。


『小宮先輩は明日も同行してくれそう?』

「自分が友里恵を見つけ出すってやる気だった」


 本当なら家でじっとしてもらうのが一番安全だ。

 小宮先輩は事件の当事者であり、今も狙われている立場。私たちと一緒に歩き回るのは本来、愚策だろう。それでも、友里恵ちゃんを探したいという小宮先輩の気持ちを無下にする気にはなれない。


『本当は引きこもってもらってた方がいいんだろうけど、小宮先輩じゃないと友里恵ちゃんの判別できないかもしれないし』


 写真は見せてもらったが白い猫などいっぱいいる。直接会ったことがない私たちじゃ判別できなくても、小宮先輩ならわかるかもしれない。

 それに知らない私たちに探されるよりは、可愛がってくれた小宮先輩の呼びかけの方が答えて出てくる可能性が高い。 

 小宮先輩の探したい意思もそうだが、友里恵ちゃん探しに小宮先輩の力が必要なのも確かだ。


『来てくれるなら問題ないよ。ナナちゃんとカナちゃんだけじゃ、ちょっと問題になるかもしれないし』

「ちょっと問題になるってどういうこと?」


 私の言葉に彰がおかしそうに笑った。おそらくはあの嫌なニヤニヤ笑いを浮かべていることだろう。

 表情は想像できるのだが、彰が何を考えているのかは相変わらず分からなくて私は混乱する。


『明日の放課後、正面坂のふもとで小宮先輩と待ち合わせね。助っ人頼んでおくから楽しみにしておいて』


 彰は最後にそう楽し気にいうと一方的に通話を切った。

 ツーツーと電話が切れたことを告げる機械音をしばし聞きながら私は香奈へと視線を向ける。

 一緒になって聞いていた香奈も私へ視線を合わせ、困惑気味に大きな目を数度瞬かせた。


「……助っ人ってどんな人くると思う?」

「……普通の人ではなさそうだね……」


 香奈の言葉に私は「そうだよね」と力なく答えて肩を落とした。

 きっと私の不安も香奈の言葉も的中してしまう。という嫌すぎる予感を胸に抱えながら、私は小宮先輩に明日の集合場所を告げるメールを打った。

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