11 長所は短所
小宮先輩の近所にある公園は小さなものだった。
ちょっとした遊具とベンチがあり、入口にたてば全体が見渡せる程度の広さしかない。それでも学校帰りの子供が遊んでいたり、近所に住む奥様方が楽し気に話していたりと賑やかだ。
それなりに人がいるのにうるさくはなく、和やかな雰囲気は居心地がいい。アットホームな空間に少しだけ地元が懐かしくなり、私は目を細めた。
「あら、稔君」
私たちが公園の入り口に突っ立っていると、固まって話していた女性の一人が話しかけてきた。ちょうど会話が途切れたところで小宮先輩の存在に気づいたらしい。
女性は皆30代といったところ。近くで遊んでいる子供の母親なのだろう。
一人が声をかけたことで一緒に話していた2人もこちらに気づく。
ほかの2人も小宮先輩の顔を見ると分かりやすく目を輝かせた。
結婚しようが、子どもを産もうが、女がイケメン好きなのは変わらないらしい。
「そこの2人は学校の子?」
「はい。後輩です」
気軽に会話する仲らしく、笑顔で話しかけてきた女性たちに小宮先輩も笑顔で返事をする。
女性に苦手意識をもってしまった。という話だったがお母さんの年代になると話は別なのか。それとも苦手意識を持つ前からの知り合いなのか、どちらだろう。
どちらにせよ、私が興味本位で聞いていい話ではないかと考えるのをやめる。
小宮先輩とは現在行動を共にしているが仲がいいわけでもない。今回の事がなければ関わる機会もなかった相手だ。プライベートの事をあれこれ聞くのも良くない。
「あらまあ、可愛い子ねえ」
「あなたは……女の子……?」
可愛いといわれたのは香奈。疑問形で聞かれたのは私だ。
見知らぬ人のに可愛いといわれて照れた香奈は、次の瞬間に私に気遣わし気な視線を向けてきた。
この反応には慣れてるから気を遣うのをやめてほしい。逆にダメージが来る。
「カッコいいでしょう。1年生なんですよ」
小宮先輩が笑顔で私を紹介してくれた。善意なのはわかるが女子に対してカッコいいは褒め言葉ではない。嫌味や含んだところがなかったので、私は苦笑いを浮かべるだけで流した。
「部活の後輩……ではないわね。稔君、部活してなかったものね」
「そうなんですよねえ」
小宮先輩がちょっと困った顔をした。
うちの学校は部活動が盛んなわけでもないので帰宅部が多い。
運動部が全くないわけでもないが、スポーツよりも勉学に励めという校風なのだ。進学率が良いのはそのためだが、スポーツに青春をかけたい生徒には物足りない学校だろう。
私も香奈も、小宮先輩もスポーツ一筋という性分じゃない。だから学校の方針には何の問題ないのだが、彰は少々不満げだった。
仮にスポーツ特化した学校だったとしても運動部に所属することはできないのに(イメージ的に)ないのは不満というからめんどくさいやつだ。
「もしかしてどちらかが彼女だったりするの?」
とたんに楽し気にしゃべりだす女性たちに私は驚いた。
女は何歳になっても恋バナが好きなんだなと呆れると同時に、何を言っているんだと衝撃を受ける。
小宮先輩にはベタ惚れの友里恵さんという彼女がいるはずだ。
それを知らないのか? でも、友里恵さんと小宮先輩が会ってた公園ってここだよね?
混乱のあまり香奈を見ると香奈も戸惑った顔で、小宮先輩と女性たちを交互に見ていた。
小宮先輩に恋人がいる。という話を聞いてきたのは香奈だ。私以上に混乱しているらしい様子を見て、少しだけ冷静になる。
「俺にはこんな素敵な子たちもったいないですよ」
小宮先輩は私と香奈の混乱をよそにイケメン返答をしている。
笑顔に含むところはなく、素の対応だと分かるからこそポイントが高い。普通の女子だったら、うっかり惚れてしまいそうだが、残念なことに私も香奈も普通とはいいがたい。
うっかり惚れてしまったら、ストーカーと友里恵さん含めての四角関係になってしまう。それを思えば今回だけは普通の女子じゃなくてよかったと安堵した。
「この子たちは、友里恵を探すのを手伝ってくれるんです」
小宮先輩が先ほどまでの笑みをひっこめて、眉を下げた。
恋バナよ。青春よ。とはしゃいでいた女性たちが途端に気まずげな顔をする。
ということは皆、小宮先輩と友里恵さんのことも、友里恵さんが行方不明なことも知っているということだ。
そうなると、余計にわからない。
小宮先輩と友里恵さんのことを知っているなら、なぜ私たちを見て彼女だと聞いたのだろう。奥様ジョークなのか。はたまた、友里恵さんと小宮先輩の関係というものは私たちが想像できない何かがあるのか。
「友里恵ちゃん、まだ見つからないの?」
一番最初に声をかけてきた女性が眉を下げ心配そうに聞いてきた。
社交辞令でなく心底心配と分かる反応に、友里恵さんが小宮先輩以外にも好かれていたことが分かる。
本当に素敵な女性だったのだろう。
「全く……。友里恵のこと、どこかで見ませんでしたか?」
「一週間前から見てないわ。公園によく来る人とか、近所の人とか聞いてみたんだけど」
ため息をつきつつ他の女性も首を振った。
ここまで他人に気遣われるとなると、友里恵さんが一体どんな人なのか興味がわいてくる。
「友里恵ちゃんが好きだったアイスクリームでも来ないのよ……。いつもだったら、すぐに走ってくるのにねえ」
女性の一人の言葉に私は眉を寄せた。
走ってくる……? そんなにアイスクリームが好きなのか。
美人の大人しい女性を想像していた私としては驚きだ。意外とお転婆なのか。
「名前呼んだら、いつも返事してくれたのに。何度呼んでも来ないのよ」
名前を呼んだら来る。ペットみたいだなと私の中のイメージがさらに崩れていく。
ものすごく人懐っこいタイプか。
「うちの子、友里恵ちゃん抱っこするのが大好きだったから、寂しそうで」
抱っこ!? いくら女の人とはいえ軽々抱っこできる!? というか、女性を公衆の面前で抱っこしていいの!? それは止めるべきじゃない!?
混乱のあまりポカンと口を開けて、固まる私。
隣にいる香奈も似たような状態だが、突然表情を消すとまさか。と小さくつぶやいた。
何かに気づいたなら是非とも教えてもらいたい。私だって真相が知りたい。
「俺も友里恵をなでるのが日課になってたので寂しいし、心配だし……」
「そうよね。稔君が特に可愛がってたものね」
「友里恵ちゃんも稔君に一番懐いてたし。稔君が公園に来るといつもピンっとしっぽ立てて走って行って」
「あれ、可愛かったわよねえ」
沈んだ空気が一転して和気あいあいと話し始める小宮先輩と女性たち。あれが可愛かった。あんなことがあったと話す姿は楽しげだが、私は混乱が混乱を呼び何が何だかわからない。
しまいには熱が出るんじゃないかというほど頭が沸騰し、唸り始めた私の隣で香奈がおずおずと小宮先輩に話しかけた。
「あの、小宮先輩……友里恵さんの写真ってありますか?」
「ああ、そういえば見せてなかったね」
小宮先輩は肝心なことを忘れていたと、慌てた様子でポケットから携帯を取り出す。それほど時間がかからず目的の写真を見つけられたのか、満面の笑みを浮かべて香奈と私に見えるように携帯画面を差し出した。
「これが友里恵。白くて小さくて美人だろ」
そこには小宮先輩がいうとおり、小さくて真っ白い、画面越しでもふわふわな毛並みが見て取れる美人な猫がうつっていた。
「友里恵って猫!?」
思わず叫んだ私に対して、小宮先輩はきょとんとした顔をした。隣で香奈は乾いた笑みを浮かべている。
「あら、稔君いってなかったの?」
「名前だけ聞いたら猫っぽくはないわね」
「稔君の友里恵ちゃん語りはのろけ話に聞こえるものね」
年の功かあっさり事態を把握した奥様方がのほほんと会話を続ける。その会話を耳に入れつつ私は頭を抱えてうずくまった。
小宮先輩が慌てた声をあげておろおろしているのが、反応する余裕がない。
隣にしゃがみ込んだ香奈がポンポンと私の背中をなでてくれる。視線を上げて顔を見れば、眉を下げて謝られた。
「ごめんね……。私が彼女だなんて嘘情報いったから……」
「いや、あれは勘違いする……」
確かに人間の女性などとは一言も言っていなかった。小さくて、可愛くて、白いというのも猫なら小さいだろうし、毛並みは真っ白だったから間違っていない。勝手にこっちが色白だと思っただけだ。可愛いのだって猫好きならば当然。
癒してくれたというのもアニマルセラピーというものもあるし、すさんで人間不信に陥っていた小宮先輩からすれば最良の相手に違いない。
全て合点がいく。いくからこそ脱力する。何だこれ。
はああと盛大にため息をつくと、小宮先輩がさらにうろたえて、事態を把握している女性たちの楽し気な笑い声が響く。はたから見たら面白いですよね。分かります……。と私はハハハと乾いた笑い声をあげた。
「ごめん。猫だって言ったつもりだったんだけど」
慌てて弁解する小宮先輩に対して私は、いいんです。と首を左右に振った。
前向きに考えよう。行方不明の人間よりも、行方不明の猫の方が事態は軽い。人間一人が行方不明よりは猫の方が事件性は少ない。そう思いたい。
「単純にえさ場変えたとか、そういう話だったりして……」
「あり得ないことはないね」
香奈は微妙な顔でうなずいた。
何しろ相手は猫だ。気まぐれで、気分屋。自由奔放と名高いお猫様だ。
ふらりと出歩いた場所で最良のえさ場と寝床を発見して、そこに住居を移したのかもしれない。
「それなら、それでいいんだけど。心配なんだ」
暗い顔でうつむく小宮先輩に私と香奈は顔を見合わせた。
猫かよと私も香奈も脱力したが小宮先輩からすれば、どうしようもない時期を支えてくれた存在なのは確かなわけで……。
それにストーカーが何もしていないという確証はない。人さらいよりも猫さらいの方が簡単だ。小宮先輩が可愛がっているとしってさらった可能性はある。
「協力するって決めたんですから中途半端な良くないですよね」
気合を入れなおして立ち上がると小宮先輩の表情が明るくなった。顔はイケメンなのにしぐさが一々無邪気だ。
近くで見ていた女性たちの目が妙に微笑ましいのもそのためだろう。小宮稔。天然物のタラシのようだ。
「猫ってなると作戦練り直さないといけないね」
同じく立ち上がった香奈が真剣な表情を浮かべる。
私も対人の作戦しか考えていない。猫となったら話は違う。人間であれば住所や職場、知り合いを見つければ何とかなるが猫はそうもいかない。人間のルールなんて猫には関係がないのだから。
そう考えると人探しよりも、よほど難しい気がしてくる。脱力している場合でなく、難易度が上がってピンチなのだと今更、気が付いた。
「えぇっと……友里恵ちゃんのことは皆さんも知ってるんですよね?」
猫相手にさん付けするのもどうかと思うが、今更呼び捨てするのも違う気がする。
そもそも「友里恵」という人間らしい名前が悪い。何だか知らない人を呼び捨てしているみたいで落ち着かないのだ。
「ここに来る人は皆知っていると思うわ。この公園のアイドルで皆、可愛がっていたから」
「実は飼い猫だったとか、そういうことは?」
「首輪はつけてなかったし野良猫だと思うけど……。可愛いから誰かが連れてったかもしれないわね。野良猫にしては綺麗な美人で、毛並みも良かったし」
奥様方は複雑そうな様子で顔を見合わせる。
いつ危険な目にあうか分からない野良猫よりは安全に家の中で飼われる家猫の方がいい。それは分かるが、今まで面倒を見て可愛がっていた身としては素直に受け入れがたい。
「稔君を助けてくれたのがあの子だしね……」
「一時期、稔君本当に落ち込んでたから」
詳しい事情は知らないかもしれないが、小宮先輩が何かに悩み、友里恵ちゃんと過ごして癒されたことをこの人たちも知っているようだ。
だからこそ野良猫の気まぐれだとは割り切れずに心配しているのだ。
「たとえ猫でも稔君にとっては本当に大事な子なのよ。だから、探すの手伝ってあげて」
世間話をしていたときとは違う真摯な表情に私と香奈は身を引き締める。
もちろんです。と奥様方の真剣な想いに答えると安堵の表情が浮かんだ。それを見ていた小宮先輩もホッとした顔をしていたから、私の対応は間違っていなかったはずだ。
「友里恵ちゃんを探すためにも詳しい話を聞きたいんですけど、いいですか?」
香奈の言葉に奥様方は頷いた。よく公園に来る人を紹介までしてくれるというから協力的だ。
小宮先輩の人柄のなせる結果だろうと見れば、先輩は泣きそうな顔になっていた。もちろん嬉しさでだ。
不安と心配で泣きそうな顔ばかりみていたから、素直に良かったなと思える。小宮先輩の周りには、彼を気遣ってくれる人がちゃんといたのだ。
よかったですね。と先輩の肩をたたく。
嬉しそうに笑う小宮先輩は、穏やかだ。
ストーカー事件は未だに解決していないが、見守っていてくれる人が近くにいると分かったのは大きな収穫だろう。
この勢いにのって事件もさっさと解決できればいいけど。
そう思っていると、ふと視線を感じた。
昔から勘はよいといわれる。野性的と言われると否定したくなるが、人の視線や気配などには敏感なのは事実だ。
だからこそ、今感じる視線はあまり良いものではないと分かった。肌がピリつくような嫌なものだ。
視線の元をたどると、公園の入り口付近。こちらから隠れるようにして男が一人こちらを見ていた。
公園の空気に似つかわしくない、遠目に見ても柄の悪そうな全身黒尽くめの男である。
「……すみません。あの人って知ってますか」
女性の一人に小声で尋ねる。気づいて逃げられたら困るので、視界の端に男をとらえつつ、刺激しないよう自然さを意識した。
私の態度に女性は察してくれたのか、チラリと視線だけ動かして入口の方を見る。一瞬目を見開いたものの、表面上はいつも通りを装ってくれたから演技派だ。
「何度か見かけたことあるわ」
私たちのやり取りを見たほかの女性も控えめに男を見て、顔をしかめたり、眉を寄せたりとそれぞれ反応する。共通しているのは、男に対してよい印象を持っていないということだ。
「稔君をよく見ているやつ」
その言葉に小宮先輩がえっと声をあげて、男の方へと勢いよく視線を向けた。止める間もなかった。
本人としては正常な反応だろうが、小宮先輩とバッチリ目があった男は慌てた様子で逃げていく。
あっ……と小宮先輩がつぶやいた時にはもう遅く、男の姿は視界から消えていた。
「追った方が……」
「今更追っても遅いし、何者か分からないのに追うのも危険だよ」
香奈の言葉に私は声のトーンを落として答えた。罠の可能性だってあるから、今は冷静になるのが一番だ。
私の返答に香奈は納得したようだが、小宮先輩は走り出そうとしたので必死に止めた。
狙われる立場だというのに警戒心が薄いというか、妙にアクティブなのは何故だ。
「友里恵の居場所を知ってるかもしれない!」
「かもしれませんが、今行くのは危ないですしって! 彰君の結果を待って、準備整えてからじゃないと、友里恵ちゃんにも危険が及ぶかもしれません!」
興奮する小宮先輩を、最終手段、友里恵ちゃんで落ち着かせる。名前を出した瞬間に大人しくなる小宮先輩に溺愛具合が透けて見えて呆れてしまった。
恋人さながらに語るだけのことはある。
「小宮先輩をみてたっていつからですか」
逃げないように小宮先輩の体を羽交い絞めにしつつ問いかけると、奥様方はその図に戸惑いながら答えてくれた。
「私が気付いたのは数か月前からね……」
「何で教えてくれなかったんですか」
小宮先輩の言葉に奥様達は申し訳なさそうに顔を見合わせた。全員知っていたらしい。
「稔君がまた怯えるんじゃないかと思って……」
「女の子の時だって大変だったのに、今度は男の人でしょ。幸い見てるだけで近寄っては来ないし、私たちで見張って、危なくなったら助けようって」
「ごめんなさいね」
小宮先輩が全く気付かないまま、襲われた可能性があったと考えると褒められたものではない。それでも、小宮先輩を不安にさせたくないと小宮先輩を気遣っての行動だ。
真剣に謝られると先輩も戸惑った様子だった。ここまで気を使われていたとは考えてもいなかったのだろう。
「先輩も、見られてることに全く気付かなかったんですか?」
近所の人たちが真っ先に気づいて警戒していたというのに、当の本人が気づかなかったのか。直接見られたわけではない私ですら気付いたのにと少々非難を込めて見れば、小宮先輩は視線を泳がせた。
これは全く気付いていなかったらしい。
「稔君、天然だから」
「危機感が薄いのよねえ……」
困った様子をの奥様方を見て、小宮先輩に知らせずにいようとした理由が分かってしまった。
確かに、今と先ほどの反応を見ると知らせて不安にさせるよりは、黙っていた方が安心だ。勢いで何の考えもなく犯人向かって行かれるのが一番困る。
今回は私がいたからいいが、高校生とはいえ男を一人を取り押さえるとなったら一苦労だ。
「小宮先輩、さっきの人見覚えありますか」
香奈の問いに小宮先輩は首を左右に振った。全く身に覚えはないようだ。
「ストーカーされてた女の子との関係者ってことは……」
「分からない。相手の子も容姿しか知らないし」
顔をしかめる先輩に私と香奈は顔を見合わせ、これは厄介なことになったとお互いに肩を落とした。
ストーカー女の情報を集めに来たのに、新たにストーカー疑惑の男が現れてしまった。前の女と関係者なのか、新たなストーカーなのか。今のところ何も分からない。
落ち込む小宮先輩を慰める女性たちの姿を見て、小宮先輩はよくも悪くも人に好かれてしまう性分なのだろうなと私は人知れずため息をついた。




