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狐のおつかい  作者: 黒月水羽
2章 理想の彼女
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8 人口は天然に弱い

 ひとしきりないた小宮先輩は目元を赤くして、恥ずかしい所見せちゃったね。と照れた様子で笑った。

 先輩の笑みは先ほどに比べスッキリして見えて、付き物が落ちたようだ。相談できることに安心しているようにも見える。

 それに気づいた瞬間、怒りがふつふつと湧き上がる。


 私たちと小宮先輩は初対面だ。普通の生活を送っていたら話すきっかけもなく、お互い存在すら知らないままに卒業した。

 というのに小宮先輩は初対面の、関わる機会すらなかった私たちに涙を見せ、心底安堵している。普通であればありえない状況を作り上げたのは小宮先輩を追い込んだストーカーだ。


 こんな優しい人をここまで追い詰めて何がしたいんだろう。


 こぶしを握り締める私を彰がチラリと見る。かすかに眉を寄せたのは私を心配しているようにも見えるが、私の都合の良い解釈かもしれない。


「詳しい話を聞かせていただいてもいいですか?」


 彰は小宮先輩に向き直ると、笑みを浮かべて座るようにと手で示した。

 その動作に従って私と香奈が座り、小宮先輩も戸惑いを浮かべつつも座る。最後に彰が小宮先輩の隣に腰をおろした。


 屋上のコンクリートの上はお世辞にも座り心地が良いとは言えない。

 それでも場所を移そうという話にならないのは誰にも見つからない、部外者に話を聞かれない場所というのが学校の中では思いのほか少ないためだ。

 しかも、とっくに休憩時間が終わって授業が始まっている状況。生徒に見つかる心配はないが、先生に見つかったらお説教コースは免れない。この場にとどまることが最善策なのは皆口に出さずとも分かっている。


 小宮先輩は何から話したものかと考えているようで視線が下を向いたまま。教室で見せていた人の好い表情はこわばっていた。

 香奈は緊張した面持ちで小宮先輩を見つめているし、彰に至っては先ほどの演技が嘘のように無表情だ。

 子狐様の無表情とは違った意味で怖いな。とひそかに思いつつ、私は小宮先輩が口を開くのを待った。


「一番最初は去年の夏くらい。誰かに見られている気がするな。程度のものだったんだ」


 嫌な記憶を思い出しているせいか小宮先輩の口調は固い。顔は青白く、手はかすかにふるえている。

 その姿を見れば未だに傷は癒えていないのだと分かってしまう。それだけにこうして話させることに罪悪感を感じ、小宮先輩の言葉を遮ろうと口を開く。

 が、それよりも一瞬早く、隣で黙って聞いていた彰が小宮先輩の手を握った。


 その反応に驚いたのは私以上に、何の前触れもなく手を握られた小宮先輩だろう。

 驚いた顔をして小宮先輩は彰を見上げる。彰は何も言わずにじっと小宮先輩を見つめ返し、それからゆっくりと頷いた。


 大丈夫だと言葉はなくとも表情が、態度が告げている。

 見ているだけの私にも伝わったのだから、至近距離で手を握られている小宮先輩には十分だ。体の震えが収まって、こわばる身体の緊張をほぐすように息を吐き出した。


 小宮先輩から緊張が抜けたのを見て彰は微笑むとそっと手を放す。その時浮かべた表情が先ほどまでの演技とは違い、素の本当に安心したような、柔らかいものだったから私はいたたまれなくなって目をそらした。


 何度も思うが、佐藤彰という人間は何がしたいんだろう。

 人を平気で傷つけるかと思えば、優しさを見せたりする。いったい何を思って、何を目的に行動しているのか私には理解できる気がしない。


「嫌だったら無理に話さなくても……」


 状況を見守っていた香奈が小宮先輩を心配そうに見つめる。小宮先輩はそれに対して弱々しいが確かに笑みを浮かべて頭を左右に振った。


「いや、俺が言わないと詳しいことが分からないだろうから」


 そういう小宮先輩の声は先ほどよりもしっかりしたもので、彰の態度が先輩を勇気づけたのだと分かる。

 分かるだけに私は再び何とも言えない気持ちになって、彰と小宮先輩を交互に見つめた。彰は無表情に戻っているし、小宮先輩は決意はしたものの言葉を整理することでいっぱいいっぱいのようだ。


「……相手って知り合いだったんですか?」


 質問に答える方が話やすいかと聞けば小宮先輩は顔を上げた。ホッとした様子を見るに私の行動は間違っていなかったらしい。隣に座った彰も「たまにはやるね」と口の端をあげている。

 彰の表情から内心を察せられるようになってきた事実が複雑だ。


「それが全く知らない子なんだ。名前も分からないし、どこで会ったのかも覚えてない」

「一方的に向こうが知ってるパターンですね」


 あるある。と頷く彰に私は引きつった笑みを浮かべた。

 そんなあるある聞きたくもないし、知りたくもなかった。


「経験からいうと一目ぼれされたか、小宮先輩が覚えていないレベルの些細な接触から執着されたかのどちらかの可能性が高いと思います」

「経験って……」

「僕もストーカー被害には何度もあってるので」

「何度も…!?」


 平然という彰に小宮先輩は信じられないものを見る目を向けた。しばし唖然と彰を見てから、私と香奈に視線を移す。


「そうみたいです……」

「えっと、百合先生が毎回何とかしてくれてて……」


 百合先生の話を出すと小宮先輩は納得した様子を見せた。

 百合先生は3年生担当だから私たちよりも小宮先輩たちの方が百合先生との接触は多い。最高学年ということもあって付き合いも長い。百合先生の恐ろしさは身に染みているのだろう。あまりにもあっさり納得する姿に百合先生のイメージが悪い方向で定着しているのだなと苦笑する。


 実は百合先生が何とかしてくれているなんて嘘で、隣で人畜無害そうな顔をしている美少年が一人で暴行から恐喝まで行っているんですよ。といったら小宮先輩はどう思うだろうか。

 言っても信じてもらえなさそうだし、ややこしくなるから言わないが。


「外見はわかるんですよね?」

「……高校生だとは思う。このあたりじゃ見たことない制服の、髪は茶色で太った子」


 思い出すのも嫌といった様子で自分の体を抱いて震える小宮先輩を見て、私は心底同情した。


「茶髪のデブねえ……」


 おい、彰。確かにその通りだがストレートに言い過ぎだろう。相手はストーカーとはいえ女の子だぞ。とぼそりとつぶやいた彰に非難の目を向ける。

 隣にいた小宮先輩は嫌な記憶を掘り起こす作業に集中していて、気づかなかったのが幸運か。

 猫かぶるなら完璧に被ってくれ! 見ている私がハラハラする!


「制服ってどんな感じか分かります?」


 香奈が聞くと小宮先輩が思い出せる限りの特徴を上げていく。香奈はそれを一つ一つ丁寧にメモして、彰がそのメモののぞき込み眉を寄せた。


「このあたりの学校ではないですね……」

「分かるの?」

「家庭の事情で周辺の学校については一通り調べたので」


 周辺の学校を調べなければいけない家庭の事情ってなんだ。と涼しい顔で答える彰に対して私の眉間に皺が寄る。

 こいつ、家庭の事情っていえば何でも許されると思ってないか。


「まずは相手の身元を把握しないとどうにもならないですね……。もっと詳しいこと分かりませんか」

「全く。怖くて逃げてたから……」


 女の子相手に逃げている自分が恥ずかしかったのか、小宮先輩の声は小さい。

 もしかしたら、そう非難されたこともあったのかもしれない。


「仕方ないですよ。いくら女の子といっても加害者に対して被害者は恐怖を覚えるものです。先輩の行動は当たり前なんですよ」


 小宮先輩を気遣って彰が優しい声で慰めた。小宮先輩が再び泣きそうな顔で彰を見て、その様子はカウンセラーの先生と患者のようだ。

 香奈も「そうですよ」と元気づけるように小宮先輩の行動を大げさに肯定する。

 自分の行動が認められて小宮先輩は涙目ながら安心した様子だ。


「でも、次の機会があったら相手の身元が分かるよう確認した方がいいですね。

 相手の特徴も茶髪、体形が丸い以外に何かないですか?」


 体系が丸いって。太ってるしか言ってなかっただろ。丸いって完全に彰の偏見だろ。と半眼で私は彰を見るが彰はスルーだ。

 天然気味の香奈は気付いていないし、小宮先輩も香奈と同じ属性なのか全く気付かず、再び記憶を探る作業に戻る。


 それとも、彰の丸いという表現が間違っていないような子だったんだろうか……。

 それは、それで恐ろしい事実だ。


「……分からない。いつも離れた物陰からじっとこっちを見てきたから、顔がよく見えなかったんだ。雰囲気と行動で判断してたし」

「近づいては来なかったんですか?」


 私の質問に小宮先輩はうなずく。


「思ったより大人しいね」

「香奈ちゃん……、見られるだけの行為だとしても毎日、長期間、所かまわず、まったく知らない赤の他人にやられるって想像してごらん」


 香奈は彰の言葉の意味を考え、それから青ざめた。

 一瞬でも「その程度」と思ってしまったことに対してか、小宮先輩に泣きそうな顔で謝る。小宮先輩は苦笑しながら、気にしないでと両手を左右に振った。

 本当に人ができた、優しい先輩だ。


「詳しく話してないのに、佐藤君はよく分かったね」

「ストーカーのやりそうなことぐらい経験で分かりますよ」


 さらりと答えた彰に小宮先輩が何とも言えない顔をした。香奈も同じような顔をしているし、私もおそらくしているだろう。

 何でもないことのようにいうが、逆に言えば何でもないことだと割り切れるくらいには被害にあっているということだ。


「何かあったら、助けになるから」


 相談に乗っている小宮先輩の方が心配して彰に力強く話しかける始末。

 彰は小宮先輩の発言の意味が分からなかったらしく、きょとんと幼い表情で小宮先輩を見返している。


 いきなり助けてくれると言われて驚いているのか。

 ストーカーくらい、物理で排除できるから気にする必要ないのに。と戸惑っているのか。

 表情からはよくわからないが、彰にしては無防備な反応に私は珍しいなと思う。

 珍しいどころか、もしかしたら初めて見る反応かもしれない。


「あー……、大丈夫ですよ。おじさんがいるから」


 間があいてから小宮先輩の言葉の意味を理解したのか、彰が若干照れた様子で答えた。その反応は年相応で、整った容姿も合わさって可愛く見える。

 見えるだけに、一瞬でも彰を可愛いと思ってしまった自分の脳天をどつきたい気持ちになった。

 だまされるな香月七海。やつは天使の皮をかぶった悪魔だ。


「七海ちゃん、どうしたの?」


 1人百面相を続けていると香奈が不思議そうな顔でのぞき込んできた。

 私の葛藤などまったく気づかない純粋無垢な幼馴染を見て、私は少しだけ泣きそうになる。同じ経験をして、同じ幼馴染(嘘)の立場だというのにこの差は何だろう。

 できることなら香奈のポジションに立ちたかった……。


 あっ、でもそうすると彰を止める人間がいなくなる。止められているかと言われたら、止められてないけど、苦言をいう人間がいないと彰はどこまでも突っ走りそうだ。


 香月って面倒事に自ら首突っ込むタイプだよな。

 と中学の頃の同級生が言っていた言葉が頭に浮かぶ。そのときは「そんなことはない」と否定していたが、今は否定できそうにない。

 時間を置いてからあの時同級生が浮かべた苦笑とも、呆れともいえる微妙な反応の意味を理解できてしまったのだから辛い。私も大人になったと前向きにとらえればいいんだろうか。

 辛い……。


「僕のことは置いておいて、まずは小宮先輩の問題をどうにかしないと!」


 善意100パーセント。不純物ゼロの小宮先輩の申し出に、不純物しか交じっていない彰はいたたまれなくなったらしい。いつもよりも大げさに声をあげて話題を修正する。

 素直な性格らしい小宮先輩はあっさりうなずいて、香奈もそうだね。と同意している。

 純粋な子ってすごいなと私は妙に感心してしまった。


「じゃあ、次は今までされたことを思い出せる限り詳しく教えてください。できれば遭遇した場所も」

「えぇっと……」


 小宮先輩が記憶を探り、探り体験談を口にする。

 聞いているだけでも気が滅入るような話だ。

 気が付いたら昼夜問わずに背後にいて、話しかけるわけでもなくじっとこちらを見てくる少女。話しかけたら慌てた様子で逃げていく。


 そこまでだったら恥ずかしがり屋な女の子で済んだかもしれないが、飲み終わって捨てた空き缶を回収されたり、気が付いたら私物が消えていたこともあったそうだ。

 定期的に思いの丈をつづられた分厚い手紙と、盗撮写真が届き、いつも見張られているのだと分かってからは四六時中見張られていることへの恐怖を感じたという。


 ドン引きしている私と、真っ青な顔をしている香奈の隣で彰は「何でストーカーってみんな同じような行動とるんだろうね」と首をかしげていた。

 完全に慣れ切っている。

 それどころか、「執着具合からいえば、2回目の人と同じくらいかな」と分析までし始めた。

 彰も違う方向性で恐ろしい。


「小宮先輩の家がどこか聞いてもいいですか?」


 彰が聞くと小宮先輩は戸惑うことなく住所を口にした。

 少しは戸惑ってくれ。とこちらが心配になるほどあっさり言われ、聞いた彰ですら顔をしかめる始末。


 犯罪というのは加害者が悪い。実際に行動し、他人を貶め、追い込む行動をとった加害者が一番の悪だ。

 それは分かっているが、少しぐらい小宮先輩も警戒心もってくれ。あなた被害者でしょ。とついつい、お説教をしてしまいたくなる。


 見た目がイケメンなのにちょっと抜けてて、優しい性格にストーカー相手もほれ込んでしまったのだろう。そう納得すると同時に、納得できしまったことに微妙な気持ちになる。

 ストーカーの思考なんて欠片も理解なんてしたくなかった。


「ちょっとは警戒心持ってくださいね。先輩、今回の件が終わったからといって次はないとはいえないんですから」


 釘を刺しつつ彰は小宮先輩が言った住所を反芻して、あのあたりか。とつぶやく。脳内で近所の見取り図を広げていたのかもしれない。

 私も記憶を引っ張り出して、たぶん、あのあたりだと検討を付ける。


 学校からそれほど離れていない場所なので小宮先輩は自宅通学組なのだろう。毎日あの長い坂を上っているのかと想像するだけでうんざりする。

 山の上の隠れ家のような雰囲気は気に入っているが、あの長く地味に険しい坂だけは受け入れられない。


「えぇっと、この辺りであってますか?」


 私が学校前の坂に思いをはせていると、スカートのポケットをあさっていた香奈が一枚の折りたたまれた紙を取り出した。

 香奈のポケットは四次元かとツッコミを入れたくなるほど物が出てくる。今更突っ込まずに、今度は何を出したんだろうと眺める。

 広げた紙は学校周辺の地図だった。


 驚かないといったがさっそく前言撤回しよう。なぜ持っている。


「そう。ここ」


 小宮先輩は地図を取り出した香奈に何の疑問を持たないらしく、香奈が指さした小宮先輩の家の位置を肯定する。

 唖然としている私と彰には全く気付いていない。天然ってすごい。


「カナちゃん……、なんで地図なんて」

「使うかなと思って」


 彰の問いかけに香奈は笑顔で答えた。輝く笑顔だ。一目ぼれしてもおかしくないレベルに可憐で可愛らしい、純粋無垢な笑顔。

 だからこそ、それ以上突っ込むことができずに彰は「そぉ……」と引きつった笑みを浮かべた。

 私も似たような反応をしていただろう。


「小宮先輩の家がここで、最初にストーカーを認識したのがここですね」


 再びポケットを探ったと思ったら赤ペンを取り出した香奈が地図に記を付けていく。

 大変見やすいし、分かりやすいが、用意周到すぎだろ。いつの間に準備したんだと私は問いたい。

 彰も引きつった顔のまま香奈を見ているから、私と同じことを考えているようだ。


「そう。あと、よく見かけたのがこのあたりで……」


 小宮先輩の言葉に香奈は地図に印をつけていく。

 何の疑問も抱かずに行われる行動に私と彰だけが置いてけぼりを食らっていた。


「……分かりやすいし、いいか……」


 ふぅっと息を吐き出してつぶやかれた言葉で、彰が考えることを放棄したのだと私は悟った。

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