7 手のひらの上
「すみません、小宮先輩いますか?」
そういって3年の教室の入り口に顔を出した彰に教室内はざわついた。
彰の容姿は何度もいうが目立つ。廊下を歩いているだけでも面白いぐらいに人の視線が集まりわざわざ見に来る人までいるくらいに目立つ。
1年生はいい加減慣れてきていたが免疫のない3年生は初めて見た人もいるだろう。
誰あれ? 噂の佐藤彰だよ。ああ。という会話が聞こえてきて、本当に彰は全校生徒に名前と顔が知れ渡ってしまったのだと何とも言えない気持ちになる。
詳しい事情は未だに聞いていないが彰が学校に来ていなかったのはこういった点もあったのかもしれない。
百合先生がしつこいくらいに「彰を頼んだ。よく見ていてくれ」と鬼の形相で詰め寄ってきた理由を今更ながら悟る。
詰め寄られたときは言われた内容よりも百合先生が怖すぎて承諾したが、この周囲の反応を前から見てきた百合先生は心配だろう。ストーカー被害にあっていたという告白を聞いたばかりだし、叔父としては邪見にされても譲れない一線なのだ。
それでも彰は見た目が美少女よりなだけで男だし、笑えないくらいに強いので百合先生の心配は的がずれているというしかない。
心配する点があるとすれば、やりすぎないか。というものだ。
「えっと、小宮は俺だけど……」
今話題の美少年に名指しされ戸惑いながらも小宮先輩がおずおずと手を挙げる。
彼の周囲には数人の男子がおり、窓の前で立ち話をしていたらしい。
小宮先輩もそうだが一緒にいた先輩も驚いた様子で彰を見て、続いて小宮を見て、どういう接点なんだと脇を小突いている。
小宮先輩は困った顔で「わからない」と答えているのが首を左右にふる動きで分かった。
「ちょっと話があるだけです。来ていただけますか?」
彰がよそ行き顔の笑顔を浮かべて小首をかしげる。完璧に計算つくされた可愛く見える角度だ。
人を魅了するにはそれなりに技術と努力がいるんだよ。と言っていただけあって、本性を知っている私でもうっかり可愛いと思ってしまう完成度。
そんな笑顔としぐさを見て本性を知らないうえに免疫のない3年生たちはうろたえた。女子生徒は黄色い声を上げるし、男子生徒の何人かは顔を赤らめている。ご愁傷様といいたい。
小宮先輩も顔を赤らめつつおずおずと近寄ってきた。
その態度は年上だというのにどことなく小動物っぽい。身長は私と変わらないくらいなので背が高い部類に入るし、顔立ちだって彰と違って間違いなく男だと分かる整ったものだ。
それなのに動きと雰囲気がどことなく可愛い。これは確かにモテるだろうなと納得すると同時に可哀想に思う。
こんな見るからに優しく純粋な人が他人の勝手な執着に振り回されていると思うと胸が痛んで仕方ない。
「……何か用かな?」
戸惑いつつも小宮先輩は彰と、斜め後ろにいる私に向かって笑いかけた。
黙って突っ立っているだけの私に対してもこの対応。人がいいことが分かればわかるほど私は複雑な気持ちになっていく。
その気持ちが顔に出てしまったのか小宮先輩が戸惑った顔をした。慌てて平静を装おうとする前に彰が言葉を発する。
「祠にお願い事しましたよね?」
笑みは先ほどと変わらない柔らかで綺麗なものだ。警戒心を人に抱かせない、それでいて内心を悟らせない完璧な笑み。
けれど私と小宮先輩にしか聞こえない小さな声でささやかれた声には有無を言わせない支配力がある。
小宮先輩の顔から表情が抜け、それから青ざめる。
「大丈夫です。僕は先輩に味方するつもりで来たんです」
彰は相変わらず笑みを浮かべたまま小宮先輩の腕を引いた。大した力は入っていないように見えるが小宮先輩は大きく体を震わせる。
「ここだと集中できないので、一緒に来てください」
相変わらず拒否を言わせないプレッシャーを身にまといながら、それでも小宮先輩と私以外に悟らせることなく彰は笑う。
器用であり、恐ろしい。
隣で見ているだけなのに私は体がこわばって動けない。
彰が小宮先輩の手を引いて歩き出す。操り人形のように小宮先輩は引かれるままに歩いていく。
噂の美少年に3年のイケメン先輩が手を引かれて歩く様は目立ち、あっという間に周囲の視線が集まった。
それを私はぼんやりと見送った。ついていくべきだと分かっているが彰のプレッシャーが残って動けない。
少し距離があいたところで彰がこちらを振り返って、私にしかわからない程度に顔をしかめた。
何してんの。早くついてきなよ。と唇が動く。
素の彰のしぐさを見てやっと動かなかった身体から緊張が抜けたのを感じた。
「何アイツ怖すぎ……」
これ以上放っておくと不機嫌になる予想がつくので私は慌てて彰と小宮先輩の後を追う。
私が動き出したのを見ると彰は視線を前へと戻す。小宮先輩は相変わらず意思を感じない足取りでふらふらと彰に引っ張られており見ていて危なっかしい。
きっと小宮先輩の頭の中は不安と緊張と戸惑いで周りを見る余裕も、状況を判断する思考も残っていない。
そうなるようにわざとプレッシャーをかけて意味ありげなことを言ったのだろうかと考えて私は顔をしかめた。
彰ならあり得る。
どこまで策士なんだ、この男は。
底が知れない自称幼馴染を見て私は額を抑える。
オカルトに暴走する難点はあっても本当の幼馴染の方が何百倍もマシだと屋上で待っている香奈が恋しくなった。
屋上に行くと鍵はすでに開いていた。
彰が香奈に渡して、先に鍵を開けて待っていてくれと頼んだのだ。
小宮先輩は屋上の鍵が開いていることに戸惑ったが彰はそれを無視してドアを開け屋上へと足を踏み入れる。
私はそのあとに続いて入り、だれも入ってこないようにドアの鍵を閉めた。
鍵がかかる音を聞いて小宮先輩が震え、逃げ場がなくなったという絶望を浮かべるのを見て申し訳なく思ったが誰かに話を聞かれるリスクをなくすためだと許してほしい。
「彰君、七海ちゃん」
先に待機していた香奈が駆け寄ってくる。
1人で待っていて不安だったのかもしれない。小宮先輩を見ると成功したんだと嬉しそうに笑った。
小宮先輩は底知れない彰と、女にしては大きく初対面では威圧感があるといわれる私に挟まれていたせいか香奈を見るとほっとした顔をした。
どことなく小動物みたいな雰囲気が香奈と小宮先輩は似ているし、同じ空気を持つ仲間を見て安心したのかもしれない。
「この度は突然こんなところに連れ出して申し訳ありません。僕の名前は佐藤彰。1年生です」
彰は改めて小宮先輩に向き直ると丁寧に自己紹介をして頭を下げた。
先ほどの威圧とは打って変わった態度に小宮先輩は目を白黒させる。
私と香奈も普段の彰とはかけ離れた丁寧な口調と綺麗なお辞儀に戸惑った。お前そんなキャラじゃないだろ。多重人格者か。と突っ込みたいが言える空気じゃない。
「こちらは僕の友達の香月七海ちゃんと坂下香奈ちゃん。今回の件で協力してくれる頼れる仲間です」
頼れるのところだけ力強く発音する彰。嫌味なのか。協力すんなら頼れるって言えるくらい仕事しろよ。っていう脅しなのか、どっちだ。
「えっと、俺は3年の小宮稔だけど……って知ってるよね」
困った様子で小宮先輩はそういうと頬をかく。
私たちがうなずくと、そうだよねえ。と言いながらも腑に落ちてなさそうで視線が四方八方に泳いでいる。
本当ならすぐさま彰がいった祠の件を聞きたいだろうが、聞いていいものな悩んでいるようだ。お願いの内容が内容なので仕方ない。
「不安に思うのはわかります。小宮先輩にとっては緊急事態だということも重々承知しています」
彰はいきなり小宮先輩へと距離を詰めると先輩の両手をとり握り締める。
それから距離を限りなく縮めて顔を覗きこんだ。びくっと体を震わせた小宮先輩は後ずさる。それでも逃がさずに追う。
戸惑いと恐怖と照れと様々な感情が入り混じった顔で小宮先輩は彰を見ていた。
これは正常な判断能力を奪うためにわざとだなと私は呆れた。
だんだん彰の行動の意味が分かってきた自分が嫌だ。
「それでも信じてください。僕らはお狐様に頼まれてやってきた使者なのです」
その言葉に小宮先輩は目を丸くした。
もっというなら私と香奈も目を丸くした。それ言っちゃうの。誤魔化すところじゃなくて堂々と言っちゃうのというのが私と香奈の気持である。
彰は私と香奈の気持ちすら置き去りにして畳みかける。
「お狐様に願い事をしましたね?」
小宮先輩は素直にうなずいた。すっかり彰の空気に飲まれて誤魔化すという考えも思いつかないようだ。
「申し訳ないですが願い事の内容は読ませていただきました」
「なんで……」
小宮先輩の表情が曇る。知られたくはない内容だろう。身近な人に相談できず、藁にも縋る思いで噂に頼ったのだとしたら余計にだ。
もしかして騙されたのか。馬鹿にされるのかと小宮先輩が思うのも仕方ないことだ。
「勘違いしないでください。あくまで僕は読んだのはお狐様の意思に従ったためです」
「お狐様の意思?」
彰が真剣な表情でいうと小宮先輩はポカンと口をあけた。
ついでにいうと私と香奈も同じ顔だった。いやまあ、間違ってはいない。願い事を叶えて信仰者を増やすのはお狐様の意思だ。そうなると願い事の手紙を読むのも拡大解釈すればお狐様の意思ではある。
間違っていない。間違ってはいないがなんか釈然としない。
「お狐様は人を愛する神様です。人のためになることをしたいと望んでいらっしゃいます。ですが、残念なことにお狐様は今弱っているのです」
じっと小宮先輩を見ていた彰の目が下を向く。愁いをおびた表情は悲し気で、今にも泣き出しそうなほどに目は潤んでいる。
どこからどう見ても悲しみに沈んだ美少年の姿だ。
小宮先輩は彰の表情を見て戸惑い、彰の姿に共感するように眉を下げる。初対面で突然わけのわからない話をされているというのに、一緒になって悲しんでくれる小宮先輩は本当にいい人だ。
だからこそ余計に目立つ。完璧な演技でもって小宮先輩を丸め込もうとしている彰の邪悪さが。
「本来であれば小宮先輩の願いはお狐様によってすぐに叶えられるものなのです。ところが、お狐様に今そんな力はない。本来であれば眠りにつかなければいけないような危険な状態なのです」
そういって彰は手で顔を覆った。
泣いているように見える。実際小宮先輩は痛々しいものを見るように彰を見ている。
だが私は知っている。その手の下にあるのは涙なんかではなく、引っかかったという。確信だ。
「それでもお狐様は小宮先輩の力になりたいとおっしゃっています。けれど、今の状態でお狐様が力を行使すれば神様と存在できなくなってしまうのです」
「そんな…!」
彰の演技力と雰囲気にのまれて小宮先輩は悲痛な声を上げた。
もともと純粋で信じやすい性格なのだろう。だからこそ変なやつに付きまとわれてしまったんだろうなと私は小宮先輩を見つめる。
実際今も変な奴に騙されそうになっているのだから世の中に救いはない。
「ですから、僕がお狐様に代わって小宮先輩の願いを叶えるためここに参上することにいたしました」
今までの泣きそうな顔から一転して決意を込めた強いまなざしで彰が小宮先輩を見る。
「君が……?」
「はい。僕はのことはご存知ですか?」
「えっと、たしかに最近まで事情があって学校に来れなかったんだよね?」
小宮先輩の言葉に彰はうなずく。
「実は僕はもともと体が弱く、受験はなんとかできたものの病院から出られなかったのです」
再び下を向いて愁いを帯びた顔をする彰に私は内心で突っ込んだ。誰かが体が弱いだ。食後に毎日軽く運動と言いながら長距離マラソン始めるやつは誰だ。片腕でストレッチしてるやつはどこのどいつだ。
「せっかく受かった高校にも通えずに僕の命は尽きる。そう決意した時でした。お狐様が僕の夢に現れおっしゃったのです。清く美しい心を持った子供が死ぬほど辛く悲しいことはない。私の力をもって君を助けようと」
誰が清く美しい心を持った子供だと私は半眼になったが、なぜか隣にいる香奈は感動していた。
香奈さん。あれ嘘ですよ。最初から最後まででたらめですよ。知ってるよね。なんで泣いてるの。なぜハンカチをポケットから出すの……。
隣でハンカチで目元をぬぐう香奈、彰の語り口調に涙目になる小宮先輩。
ピュアか。ここには純粋培養のピュアしかいないのかと私が遠い目をしている間も彰の嘘話は続く。
「おかげで僕は死ぬことはなく健康な体を手に入れました。ですがお狐様はそれで力を使い果たしてしまったのです。僕なんかを助けるために……」
「そんなこといっちゃいけない。そんなこといったらお狐様は悲しむよ」
「そうだよ彰君!彰君はとっても優しくてすごい子だよ!」
感極まって彰の肩を掴む小宮先輩。それに続いて彰の手を取る香奈。
何だろうこの図と思いながら一人冷めた目で状況を見守る私。
今すぐ祠にいって子狐様に助けを求めたい。
「小宮先輩……香奈ちゃん……ありがとう」
笑みを浮かべて目元をぬぐう彰を小宮先輩と香奈は抱きしめた。
ほんと何だろうこれ……。
「お狐様のおかげで僕はこうして高校に通えるようになったんです。だから僕はお狐様に恩返ししようと決めました」
ひとしきり抱き合って泣いた(ふりをした)彰は自然な形で小宮先輩と香奈から距離を置くと真剣な目で小宮先輩を見る。
「お狐様に代わって、僕がお狐様のもとに届いた願い事を叶えることが僕の恩返しです」
「君が……!?」
そんなことできるのか。と小宮先輩の表情が告げている。彰はうなずいた。
「お狐様には子狐様という子供がいます。その子狐様に僕は力を借りているのです。子狐様は直接現世に姿を現すことはできませんが僕を器にして現れることができます。それによって僕は子狐様の力の一部を使うことができるのです」
ここにきてお狐様だけでなく子狐様の話題を出す彰。
今のところ子狐様と呼ばれる存在は知られていない。それを広めるためだろう。
計画的過ぎて怖い。
「もちろん常にとはいきませんから、ほとんどは僕とそこにいる七海ちゃん、香奈ちゃんで協力してということになりますがいざという時は子狐様が助けてくださいます」
名前を出されて私は慌てて身を引き締める。よくもまあそこまで嘘がつけるものだといううんざりした表情を小宮先輩に見られるわけにはいかない。それによって彰の嘘がばれたら後で彰に何を言われるかわかったものじゃない。
小宮先輩が確認するように私と香奈を見る。
香奈は彰の話で感極まっているのでいつもよりも凛々しい表情だし、私は表情筋に力を入れて真剣に見えるように頑張った。
表情作るのって難しい。彰はすごいんだなと少しだけ感心した。
「安心してください。僕らと子狐様がいれば小宮先輩の悩みなんてあっという間に解決します」
「……本当に?」
不安げに彰を見る小宮先輩。彰は再び小宮先輩の両手をそっとつかみ綺麗に笑みを浮かべた。
教室で小宮先輩に見せたものよりも柔らかで自然なほほ笑みに小宮先輩、私と香奈ですら一瞬目を奪われる。
「お狐様がいらっしゃったのです。貴方は救われます」
その言葉に小宮先輩は顔を歪める。泣いてもいいのだと許されたような、どうしようもない暗闇の中希望を見たような、弱々しくも安堵した姿に私は胸が痛くなる。
ずっと一人で悩み、不安を押し隠して生きてきたのだとその表情が語っていた。
いくらストーカー被害がなくなったとはいえ安心できる形で解決したわけではない。もしかしたらまた、気付かないだけでまだいるのでは。そういった不安がずっとあり、けれどそれを表に出すこともできずに我慢し続けていたのだろう。
ついには泣き出した小宮先輩の背を彰がやさしく撫でた。
その姿は美術館に飾られた絵のように綺麗で美しく、私はその光景を息をのむのも忘れて見とれた。
小宮先輩を穏やかな顔で見ていた彰が私の方へと視線を向ける。
思わずビクリと肩をふる合わせた私を見て一瞬おかしそうに目を細めそれから声は出さずに小さな唇を動かしてこう言った。
作戦成功。と。
その瞬間に私が思ったことは言葉にしがたい。
叫びださなかったことを褒めてほしいくらいだ。
代わりには私はその場に崩れ落ちて右手で顔を覆い、左手で屋上の床を殴りつけた。コンクリートは痛かったがそれすら気にならないくらいの衝動があった。
「気持ちはわかるよ七海ちゃん。感動しちゃうよね」
香奈が私の背をなでながら涙声で言う。
いや、違う香奈。これは感動ではない。もっと別の言葉に尽くしがたい感情だ!
怒ればいいのか、悲しめばいいのか、憐れめばいいのか、それとももっと別の感情か。分からないままに彰を見ればニヤニヤ笑いながら私を見ていた。
私の奇行を完全に面白がっている。この性悪!
そう叫んですべてを台無しにしてやってもよかったのだが、そう出来なかったのは彰を怒らせると後が怖いのももちろん、彰が小宮先輩の背を慰めるようになで続けていたからだ。
小ばかにしたような顔でこちらを見ているのに泣き続ける小宮先輩の背をなでる手はとても優しくて私はさらに何とも言えない気持ちなる。
お前は全く何なんだと私は憤りを込めて舌打ちした。




