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狐のおつかい  作者: 黒月水羽
2章 理想の彼女
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2 当たり前になったもの

 私たちが通う高校は山の上にある。

 山の一部を切り崩してまで学校を建てたのはお狐様という神様が眠っているからだ。


 お狐様は子供好きで、子供が近くにいる環境を好み、条件を満たせば守ってくれる。

 そんなお狐様の恩恵に授かろうと学校を建てた一族は子供がいなくならないように様々な手段を用いて私たちが通う学校を運営しているのだという。


 といってもこの話は誰もが知っているわけではない。

 民間伝承として細々と伝わっているだけでほぼ忘れ去られたといってもいい。私だって百合先生に聞かなければ一生知らずに過ごしただろう。


 この話を教えてくれた百合先生は3年の数学及び生徒指導担当の教師だ。

 教師というよりはヤクザと言われた方が納得の強面なのだが、意外なことにこうした伝承やオカルト系の話に詳しかった。

 詳しい理由は聞いていないがおそらくは百合先生の甥のためだろう。この甥というのが存在事態がオカルトといってもいいチート少年であり、私の目の前を歩いている佐藤彰その人だ。


 旧校舎のすぐ裏にある山に入って少し歩くとお狐様の祠がある。

 この間まで壊され、赤色の塗料も剥げて無残な状態だったが百合先生と尾谷先輩の手によって直された祠は真新しいとまではいかないが綺麗な状態にある。

 この頃は私と香奈が草むしりしたり、花をそなえたりしているので前よりもずいぶん明るい雰囲気になった。


 初めて祠を訪れたときは壊されていたこともあったが周囲を包む空気が悪く不気味に見えたのだと今ならわかる。

 祀られている神様の怒りが祠を通して私に伝わっていたのだろう。


 祠に近づくとどこからともなく金髪に着物姿の少女――子狐様が現れた。

 何度も見ているが突然何もない空間から音もなく出てくることにはいまだに慣れない。

 一度言ったら、頭からゆっくり現れるというホラー映画みたいなことをされたのでそれ以降文句は言わないことにした。

 子狐様は気を使ってくれたのだろうがあれは本気で怖かった。


「昼休みはそんなに長くないのでしょう。わざわざ来なくても」


 私たちと話すうちに学校の事情を把握した子狐様は呆れた顔をする。

 そんな顔をしつつも人数分の座布団を用意してくれるのだからやさしい。


「教室で食べると人に囲まれてうるさいんだよ。ずっと愛想笑いしてるのも疲れるし」


 彰は顔をしかめながら突如、空中から現れた座布団をつかむ。

 私にはまったくわからないが彰はどこから座布団が出てくるかわかるらしく、2回目には見事な空中キャッチを成功させていた。

 何で分かるのか聞くと「空気の流れが変わるでしょ?」と何を当たり前のことを聞いている。みたいな顔で言われた。

 やはりこいつは人間じゃないんだなと再認識した。


 私は普通の人間なので空気の流れなんてわからないし、分かりたくもないので地面に落ちた座布団を拾い上げた。

 1つを香奈に渡すと香奈も地面に引いて座る。地面に座布団を引いて座るという非常識も何度も繰り返すうちに戸惑いがなくなっていた。

 関係ない人から見たら突っ込みどころしかない奇妙な光景だが慣れとは恐ろしいものだ。


「子狐ちゃんいなり寿司食べる?」


 一足先に食べ始めていた彰が子狐様に向かってお弁当箱を差し出す。

 彰は定期的に子狐様に油揚げやいなり寿司を差し入れしている。

 信仰心も減ってるし、長年眠ってたわけだから貢物でさっさと力取り戻してもらわないと困る。と本人は言っていたがこの間の事件でさんざん怖がらせたお詫びだろうと私は思っている。

 

 実際に貢物という名の餌付け攻撃で子狐様の彰に対する態度は軟化した。

 事件後初めて彰が顔を見せたときは青ざめたまま硬直しすぐさま逃げようとしたが、今では前のように世間話できるくらいには回復した。

 

 いつまでも気まずい空気なのも困るので仲直り(?)したことはいいのだが、ちょろすぎないかと子狐様のことが心配になる。


「あなたのお弁当はいつも美味しそうですね」


 素直にいなり寿司を一つ分けてもらいながら子狐様は微妙な顔でつぶやく。

 数々のおかずがバランスよく彩も鮮やかに並んでいる彰のお弁当はいつ見てもおいしそうだ。見た目だけでなく食べてもおいしいことは分けてもらったことがあるので知っている。

 定期的に食べさせてもらっている子狐様は一番味をしっている。だからこそ微妙な気持ちになるのかもしれない。

 何しろこのお弁当は彰手作りだ。


「そりゃそうだよ。僕が作ったんだから」


 彰は自信満々にそういうとお弁当を口に運ぶ。

 見た目が女子顔負けに整っているうえ、料理上手ってなんだよ。どこまで女子を敵に回す気だお前と手作り弁当を初めて見たときはむっとした。

 男勝り。むしろ男よりカッコいいなんて言われ続けて女らしさなどいらぬ。と開き直っていた私だが捨てきれはいなかったらしい。

 おっとりした香奈ですら「私も料理勉強しようかな……」とつぶやいたくらいの衝撃だった。


 彰のさらに厄介なところはそうして女子力を見せつけてくるというのに男らしさを捨て去ってもいないことだ。

 彰はとにかくよく食べる。

 今持っているお弁当箱は三段だし、大きさは私のお弁当の倍だ。

 女子にしてはよく食べるといわれてきた私だが彰を見ると自分は普通なのだと実感した。

 もくもくと大量のご飯を食べる姿は異様で、小さな体のどこに入っているんだろうと真剣に問い詰めたい。

 お腹の中に異空間でもあるんでしょうかと子狐様ですら神妙な顔をしていたくらいだ。


 おそらくは彰が教室でご飯を食べず、こうして祠に来たり一人でふらりといなくなってしまうのは大食いも理由の一つだろう。

 彰としては可愛くて可憐な少年というイメージを保ちたいらしい。

 見栄とかプライドが理由ではなく「守ってあげたくなる子って思われてた方が便利」と悪気なく言っていたのが彰らしい。


「今日も彰君モテてたね」


 先ほどの教室のことを思い出して香奈がいうと彰は思い切り顔をしかめた。教室内では見せない表情だ。


「あれはモテるっていわないの。動物園のパンダと一緒。異性だなんて見られてないし、可愛い愛玩動物を隣に置いときたい。あわよくば懐かれて周りに自慢したいってとこ」


 はあと大きくため息をついて彰はご飯を口に運び、もぐもぐと大きく口を動かした。

 食べる動作は小動物みたいで可愛いが言っていることが全くかわいくない。


「可愛げないですねえ……」

 子狐様も同じことを思ったらしく、若干かわいそうなものを見る目を向けている。


「じゃあ僕の認識間違ってるっていうの?」

「間違ってはないでしょうね」


 子狐様はそう言いながらお茶を飲む。

 彰を可哀想な目で見ていた割には子狐様の発言も対外だ。


 あと、どこから湯呑を出したんだ。とか、いつのまに入れたんだ。とかは聞いてはいけない。

 子狐様、彰と付き合うのならばこのくらいは慣れないと気疲れする。


「そんなことないと思うけど」

「カナちゃんはやさしいよねえ……あいつらもカナちゃんくらいの純粋さを持つべきだよ」


 彰はそういいながらウィンナーにかぶりつく。


「香奈が純粋なのは認めるけど、あの子たちだって彰みたいな腹黒じゃないと思うけど」

「意識的にしてるとは僕だって思ってないよ。でも無意識下にそういった気持ちがないとは思えない。

 物珍しさで接してきてるとしても僕は可愛いペットじゃないの」

「そういうなら猫かぶるのやめればいいのに」


 彰の本性をしったらクラスの女子だって絡まなくなるだろう。いくら見た目が可愛くても棘どころか毒持ちの男に近づくほど彼女たちだってバカではない。


「可愛い愛玩動物ポジション確保しなかったら僕みたいなタイプはあっという間にぼっちになるでしょ。なにしろ美少年だし。神秘性に頭脳に運動神経まで持ち合わせた完璧超人だし」


 よくもまあそこまで自分を持ち上げられるものだと私が呆れると子狐様が再び可哀想なものをみる目をしていた。さっきのが「まだ若いのにここまでひねくれて…」だとしたら今のは「この年で頭が病気なんて……」って感じだ。

 想像だがそれほどかけ離れてはいないと思う。

 

「彰君可愛いから声かけるの戸惑うのはわかる」

 香奈は素直に彰の言葉を受け取ったようだ。本当に将来が不安になる。


「見た目はともかく素の性格出したらドン引きされるのは確かだろうけど」

「近づきたくはなくなるでしょうね」

「君たち酷くない。カナちゃん見習いなよ」


 カナちゃんはこんなに優しいのにー。と言いながら香奈に抱き着いて肩のあたりに頭をこすりつける彰。

 おい、コラ。セクハラだぞ。と言ってやりたいが香奈が嬉しそうに笑って彰の頭をなでているので何も言えない。


 クラスの女子もそうだが彰が男ということを忘れている人間が多すぎる。

 そういう私も定期的に忘れそうになるが、彰は間違いなく男である。

 直接確かめたわけではないが、彰初参加の体育後、男子が異様に沈んでいたので間違いない。

 あの顔で男……男……とブツブツつぶやき続ける集団が負のオーラを背負っている様は異様だった。


「それにさー僕が皆に嫌われたら君たちとしても問題なんじゃない。カナちゃんとナナちゃんは僕の幼馴染なんだし」

「ってあんたが勝手に嘘ついただけでしょ。百合先生まで巻き込んで」


 彰が私と香奈と幼馴染という発言をしたときにはすでに百合先生への根回しも終わっていた。

 百合先生に彰の嘘をどうにかしてほしいと言いに行くと「お前ら了承したんじゃなかったのか!?」と驚かれたのだ。


 百合先生は彰と私たちが話し合って幼馴染にという設定にすると決めたと聞いていたらしい。身内にすら遠慮なく嘘をついたうえに思い付きではなく計画的犯行だったと知ったときの衝撃は一生忘れられないだろう。


 私たちが幼馴染という話は噂好きの女子を通してあっという間に広まった。

 今更嘘でしたといえる空気ではなく、私と香奈の地元が離れていたため変に思うものもおらずあっさり受け入れられた。

 私たちの高校以前を知っている者が学校内にいないことも百合先生を通して確認済みだったと聞いて改めて佐藤彰という人間の恐ろしさを実感した出来事だ。


 物理攻撃もチートだというのに策略もお手の物ってどういうことだ。弱点はないのかと騒いだ私に百合先生は同情的だった。

 その後に続いた言葉が「ごめんな、俺が鍛えすぎて」だったのは全く慰めにならなかったが。

 むしろお前のせいか。と別方向の怒りがわいた。


「でもおかげで君たちだって教室内で浮かずにすんでるし、一目置かれる立場になったでしょ?」


 彰はニヤニヤ笑いながら言う。

 別にうまくいっていなかったわけではないが打ち解けていたかといわれると微妙な距離にいた私と香奈がクラスに前より馴染んだのは確かだ。

 彰の橋渡し役としてほかの者とも会話する機会が増え、香奈も人見知りだが良い子という認識が広まったのも彰が香奈と仲良く教室で話すようになったからだ。


 私たちのことはおまけで彰にとって過ごしやすい環境を整えたかっただけなのは分かっているが、助かっていることも事実で私は言い返す言葉が見つからない。 

 見つからないが、素直に認めるのも嫌なのだ。何でかって言われるとニヤニヤしている彰の顔が腹立つから。


「集団生活というのは色々と大変なんですねえ……」


 子狐様が同情の眼差しを向けてくる。

 今こそ神様助けてくださいと縋り付くチャンスじゃないだろうか。目の前にいるの神様だしと思って顔を上げると、


「管轄外です」


 心を読んだかのような返答が返ってきた。

 いや、祠の前だったら読めるって言ってたな……。さすが神……。


「子狐ちゃん他人事みたいなこといってるけど、円滑な人間関係築こうとしてるのは君のためでもあるんだからね」


 彰がそういうとビシッとはしを子狐様に向ける。

 それは礼儀としてダメなんじゃないかと思うが、それよりも彰の言葉が気になった。


「私に何の関係があるんですか?」


 子狐様も私と同じ疑問を抱いたらしく不思議そうな顔で首をかしげる。

 教室で見せた彰の演技と違って純粋に不思議に思っている表情としぐさだ。本心からの行動はこんなに可愛く見えるんだなあと私は関係ないことを思った。


「あのねえ、君ってギリギリの状態だって自覚ないの?」

 彰は呆れた顔でいうと大きくため息をつく。


「寝てる間い力は半減。信仰心はほぼゼロ。お狐様は眠ったまま。祠は直してもらったとはいえ一度壊されて敬意は失墜。

 このままだと消えるよ」


 最後の言葉は茶化した空気はなく真剣そのものだった。

 真っすぐに子狐様の目を見る姿に嘘は見当たらない。

 子狐様は真面目な空気を感じ取り背筋を伸ばして真意を探るように彰の目を見る。


 突然変化した空気に私と香奈はついていけず香奈はおろおろと彰と子狐様を交互に見ている。ちらりと私の方へ助けを求める視線を向けられても私にも彰が何を言う気なのかは全く分からない。


 ただ冗談ではなく、このままだと本当に子狐様が消えてしまうということだけは分かった。

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