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狐のおつかい  作者: 黒月水羽
1章 狐の祠
35/194

34 終わりよければ

「えっと……これは解決でいいの……?」

「わかんない……」


 首をかしげた香奈に私は曖昧な答えを返した。

 子狐様の怒りはたぶん、おそらく収まった。恐怖で怒りを上書きされたような気がするけど、今から尾谷先輩を追いかけて食い殺す気力は残っていないだろう。地面にしゃがみこんでプルプル震えている姿をみるに。


 子狐様とは対照的に彰は一仕事終えたとばかりに背伸びをして、私と香奈を振り返った。一瞬逃げ出しそうになったのは許してほしい。子狐様と対峙する彰は冗談じゃなく怖かった。


 私たちの反応に彰は一瞬だけ苦い顔をして、それからいつも通り場違いな笑みを浮かべた。


「ちゃんと止めたよ」


 その言葉に私はどう返していいか分からず、ただうなずくことしかできない。

 子狐様が泣きそうな顔で私たちを見た。こいつをけしかけたのはお前らか。と目じりに涙を浮かべたまま問いかけてくる。


「ごめんなさい!」


 思わず私は謝った。それこそ全身全霊で。


「なんで子狐ちゃんに謝ってんの。どっちかっていうと謝るのは迷惑かけた僕じゃない?」


 不満げにいった彰を私は無視した。どう考えても謝罪すべきは子狐様だ。

 寝ていたところ突然叩き起こされ、家は壊された上に周囲は自分たちの事を忘れていた。壊した犯人を見つけようと思えば怪談扱いされ、しまいには彰みたいな性悪と無理やり契約だ。

 私が直接的な原因ではないが、彰をけしかけたのは私であり全く無関係ともいえない。申し訳ない気持ちでいっぱいである。


 だが一つだけ言い訳させてほしい。

 彰に頼めばなんとかなるとは思ったが、ここまでチートだなんて予想できるはずがない。


「せっかく僕頑張ったのに。なにこの扱い。理不尽ー」

「あんたのチートさの方が理不尽……」


 普通もっと苦戦するものじゃないか。ほぼ一撃だったじゃないか。しかも神とその使い魔って霊体扱いじゃないか。なんで素手でぶん殴れるんだ。と今更色々と突っ込みたいが突っ込めば突っ込むほど疲れる気がする。

 事細かに説明されたって理解できる気がしないし、理解したくもない。

 とりあえず彰という人間には常識が通じないということで無理矢理納得する。


「ほんとあんた何者なのよ……。半端ものとかいってたけど」

「んーそうだねえ……」


 彰は私の問いかけに困った顔をした。どう答えていいか迷う姿は初めて見る。


「簡単に言うと魔女に呪われて、人間じゃなくなったのが僕みたいな」

「意味が分からない」

「まあそうだよねえ」


 私の返答に彰は困った顔をした。たしかに子狐様が魔女がどうのと言っていた気がする。となれば彰がいうことも嘘ではないのだろう。

 しかしながら彰は詳しい事情を説明してくれる様子はなさそうだった。


 子狐様だったら知っているのだろうかと視線を向ければ、耳としっぽをぺたりと下げたまま体育座りで小さくなっていた。哀愁漂うその姿に私はそっと目をそらした。今はそっとしておいたほうが良さそうだ。


「でもまさか、本当に死者ゼロでなんとかなるとはねえ」


 私も香奈も予想外の結果についてけずに混乱しているのだが、彰は妙に浮かれた様子で笑っている。場違いな態度に私は眉を寄せた。


「あんたが最初から本気出せば、こんな面倒なことならなかったんじゃないの」


 子狐様はどっちにしろひどい目にあってトラウマコースだったろうが、少なくとも私と香奈が巻き込まれることはなかった。

 そう不満を込めてにらみつけると、彰は一瞬きょとんとした顔をして、それから笑った。

 子狐様とにらみ合っていたときの張り付けたような笑顔とは違い、もっと純粋な、嘘を感じない笑みに私は驚いた。


「無理、無理。だって僕だけじゃ子狐ちゃんと交渉しよう。って発想がわかなかったもの」

「なんで?」

「どう考えても祠を壊したあのバカが悪いじゃない。わざわざ助けようなんて思わないし、それでバカが死んだとしても因果応報。そもそも君たちが関わらなきゃ、ここまで関わる気なかったし」


 私と香奈を助けるために関わったともとれる発言に私はさらに驚いた。隣で話を聞いていた香奈も目を丸くしている。


「自分でやったことの責任を取るのは当たり前だけど、君たちがとばっちり受けるのはどうかなって思ってさ。なにも考えずに首突っ込んだのはアホだけどね」


 それに関してはなにも言い返せない。そもそも私が香奈を止められていれば、この事件にかかわることも彰に会うこともなかった。

 ということは元をただせば、文句をいいつつも香奈に付き合った私が悪いのだろうか。


「だからさ、ほんとは君たちに感謝してるんだ」


 今までの自分を思い返し、嫌なことは嫌だといえる人間にならなければ。と反省している私に予想外の言葉が聞こえた。

 私は驚いて彰を見つめた。


 彰の笑顔は何度も見ている。全て笑顔だというのに可愛いものから凶悪なものまで、多種多様に使い分ける彰だが、今の笑顔は今までみたものとは違う。

 とても穏やかで、やさしい笑顔だった。見とれてしまうほどに。


「ありがとう。子狐ちゃんを助けてくれて」


 彰の言葉に、座り込んでいた子狐様の耳としっぽがかすかに動いた。ちらりとこちらをみる子狐様の顔が少し赤い。私の自ぼれでなければ、子狐様も私たちに感謝してくれているのだろうか。


「人が大好きな神様に、人を傷つけさせずに済んだ。それは君たちのおかげ。ありがとう」


 彰はそういって、もう一度ほほ笑んだ。

 色んな種類の笑顔を見たが、これが一番きれいだと文句なしに言える。ずっとこうして笑っていれば外見に一致した美少年なのにと、私は顔が赤くなりそうなのをごまかすためにひねくれたことを思う。


「人を傷つけずにはすんだけど、僕へのトラウマできちゃったみたいだけどね」

「自分でいうの!?」


 先ほどまでの笑顔はどこにいったのか、意地の悪い顔で子狐様を見つめる彰。

 子狐様が彰の視線を受けて可哀想になるくらい震えている。本当にトラウマになってしまっているようで、けしかけてしまった身としては申し訳ない。


「だから、責任とってちゃんと子狐様の信仰心高めてよね」

「……わかってる」

「関わっちゃったもんね」


 口に出した手前放置もできないと渋々私がうなずくと、香奈が嬉しそうな顔をした。

 オカルト大好きな香奈としては願ってもない話だろうが、私はこれからの事を考えると気が重い。それでもやると言ってしまったからには、やるしかない。

 自分には想像できないくらい長い年月を生きていると知っているが、小さくなって震えている少女を放置できるはずがない。


「僕も子狐ちゃんと契約しちゃったから、ここに子供がいっぱい集まるようにしないといけないねえ」


 さて、どうしようかな。と彰がたいして悩んでいなさそうな軽さでいう。

 言葉と裏腹に、彰の声は明るく楽しそうだ。


「私もそれ協力する! 子狐様の信仰心を集めることと無関係じゃないし」

「ほんとに? ありがとう」


 香奈が目を輝かせて挙手すると彰は楽しそうに笑った。

 彰と会ったばかりの頃なら無理やりでも止めたが、今の私の立場では止められるはずもない。大変そうだなとか苦労しそうだなとは思うが、仕方ないかという気持ちが強い。

 彰に罵られた悪い癖が出ている気がするが、それも自分の性分だと開き直ってしまえば気持ちが楽になる。


「長い付き合いになりそうだし、改めて自己紹介。僕の名前は佐藤彰」


 彰はそういって笑うと私に手を差し出す。

 一瞬戸惑ってから私はその手を取る。

 男とは思えない細くて小さな手を見て、よくもまあ獣を握りつぶせたものだと思う。


「私は香月七海」

「えっと、私は七海ちゃんの幼馴染で坂下香奈」


 私に続き香奈が慌てて自己紹介し、手を差し出す。

 彰は香奈とも握手をすると小さく「香月七海、坂下香奈」とつぶやいた。名前を覚えようとしているというよりも、記憶を探っているような態度に私は違和感を覚える。


「……ああ、もしかして……」

「どうかした?」


 私が声をかけると彰は一瞬こちらの顔をじっと見て、それから「なんでもない」と笑った。いたずらを思いついたような笑みに違和感を覚えたが、問いただす隙を与えず彰は話題を変えた。


「報告しないと。逃げたバカのこともなんとかしないといけないし」


 報告とは百合先生にだろう。結局百合先生に説明することなく独断で動いてしまったから、あとで怒られるかもしれない。

 成功したからいいものの考えてみれば危ないどころの話じゃない強行突破だ。あの強面で説教される未来を想像して身震いしたが、私は潔く罪を認める覚悟を決めた。


 でも今日はとにかく休みたい。

 ここ数日慣れないことをしたせいでどっと疲れた。今後も子狐様にかかわることは決定したが、とりあえず祠の件は解決。あとは百合先生に報告し任せても大丈夫だろう。


 空を見上げるとちょうど夕暮れ時。人と人でないものが交わる時間だという。そんな時間に人ではないものと祠の前にいる事実に私は笑いそうになる。

 数日前には考えられなかった状況だ。それなのに今の私は、この状況を前ほど嫌だとは思わなかった。

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