100年ぶりの魔神降臨につき、勇者を召喚することになりましたが頭が痛いです。
「王都南のエルグ山脈に、“魔神”出現です!」
――伝令の報告に、私は「はあ」と思わず溜め息をついてしまった。
いかんいかん。部下に聞かれでもしたら士気が下がってしまう。
私は未だに息を切らせている伝令に水を与えると、即座に王の間へ向かうように命じた。
彼も余程焦っていたのだろうが、重要な報告ならばまずは王に伝えるのが先というものだ。
私はこの国の魔法師団の団長である。
我らが王国の建国以来、魔法師団は騎士団と共に魔物の襲来や外敵の侵略から王国を守ってきた。
日々訓練を続けている我ら王国の魔法師団と騎士団。団長から一兵卒にいたるまで、誰もが一騎当千の存在であると、私は自負しているし団員の中にも疑う者はいないだろう。
――そんな我々の最大の敵が100年ぶりに目覚めた。
“魔神”。
強い魔物が他の魔物を殺し尽くすことで進化した魔物だとか、人間が発する悪意が凝り固まって生まれる存在だとか色々言われてはいるが、詳しい事は分かっていない。
ただ一つ、はっきりしていることは――“魔神”は人間を襲う――それだけだ。
“魔神”は小高い丘を覆い尽くす程に巨大な不定形の化け物である。黒々としたその肉体から触手を伸ばし周囲に近づくモノを攻撃し、生物ならば捕食する。
100年前の戦いでは迎撃に向かった魔法師団と騎士団の精鋭の大半が食らい尽くされ、20を超える街や村が呑みこまれたというのだから恐ろしい。今回もまともにぶつかれば相当の被害が出るだろう。
さて……頭が痛いのはこれからだ。
間もなく王の勅命が私に下るだろう。伝令の報告を受けた王がまず取る行動はそれしかないのだから。
*****
「“勇者召喚”……ですね」
数刻後、予想通り私に王からの勅命が下った。
その勅命こそが“勇者召喚”である。
勇者召喚――それは我が国が持つ、最強にして最後の切り札。
異世界より“聖剣の勇者”を召喚する儀式を行い、召喚された勇者と共に魔神と戦うのだ。
その名の通り、勇者は“聖剣”を持って現れる。
魔神が放つ強大な邪気を払い、不定形の肉体に沈む核を打ち砕くのは勇者の持つ聖剣だけだ。
しかし……問題なのはその勇者の育成である。
我々が用いる儀式によって、勇者は“異世界”より召喚される。
召喚される勇者は、確かに聖剣を持つ資格があるのだが……彼、もしくは彼女が必ずしも剣術の資質をも合わせ持つ人間だとは限らない。
剣術が使えるならばそれで良し。即戦力として戦う事が出来る。使えないならば、鍛える必要がある。
胆力がある者なら鍛えがいもあるが、召喚された者の歴代の勇者には気弱な連中が多くいた。
今から200年前の勇者であった少女は、始めは少し血を見ただけで卒倒したという。やれやれ、当時の教育担当の苦労が思い浮かぶ。今回は魔法師団長である私がその担当なのであるが。
なお聖剣は勇者と一心同体の存在であり、召喚された本人にしか扱えない。勇者が何らかの原因でこの世界から去ると、聖剣も消失してしまう。
勇者から聖剣を奪い、あらかじめ我が国の兵士を聖剣の使い手として鍛えておく……といった抜け道は無いわけだ。
……だいたい“勇者”というのだから、“勇気ある者”や“勇猛なる者”をまず選定してから送りこんで欲しいものだ。
まったくもって召喚儀式とやらは融通が利かん。
そして勇者が成長した後も、問題は山積みである。
勇者というのは成長すると途端に無謀な性格になる者が多い。鍛えれば鍛えるほど、普通の人間に比べて遥かに強くなっていくからだ。召喚される者の多くが少年少女が多い事もそれに拍車をかける。
魔物の群れに突っ込む。
魔物の巣に突っ込む。
魔物の徘徊するダンジョンに突っ込む。
当然そのまま切り札に死なれると困るので、そのフォローの為に多くの騎士や兵士が一緒に突っ込み、犠牲となる。
その死にっぷりは「『勇者親衛隊』に所属すれば、死に場所には困らない」と兵士たちの間で揶揄された程である……と当時の文献には書いてあった。
そして魔神を無事に討伐した後も……勇者の扱いには苦労する。
未熟な精神を持つ者が、いきなり強大な力を手にすればロクな事にはならない。
帰還の魔法を使えば元の世界に送還できるが、勇者本人が帰還に承諾していなければ魔法を掛けることは出来ないという、微妙にめんどくさい仕様である。
強制送還が出来ない以上、勇者が帰りたくないと言えば帰ってくれないのだ。
今も語り継がれる、そんな“帰りたくない勇者”の一人だった100年前の先代勇者の“武勇伝”は凄まじい。
――勇者タケルは魔神討伐後に王宮へ攻め上がり、王宮に詰めていた兵士をなぎ倒し、宝物庫からありったけの金品と、上は王女から下は王宮勤めのメイドに到るまで美女という美女を奪い去り、王国北部を己が領土と宣言して通称「神聖タケル大帝国」を建国した―
その後10年間、我が王国は荒れに荒れたという。
なお勇者タケル自身は豪遊に豪遊を重ねて金を食いつぶしつつ、建国半年後に急死した。
その死に様は、美女10人を侍らせながらベッドの上で……まあ敢えて言わなくともナニが起こったかは想像出来るだろう。
まあナニがナニして死んだのだ。
……ああ、正直なところ面倒くさい。
私は先々代の魔法師団の孫としてこの立場にいる。要するにこの立場にいる理由の半分は、ぶっちゃけコネだ。別に歴代と比べて際立って強いわけでもない。勇者の教育係は私に押しつけられるだろうし、万が一勇者が問題を起こせば矢面に立つのは私だろう。
平穏無事に団長の役目を終えたいと思っていた。だがそれも叶わないだろうな……というのはここ100年近く“魔神”が出現していなかった事で、なんとなく悟っていた。
仕方ない。やはり“あの手”を使うか……。
*****
その日、異世界より第十二代目の勇者“ヒカル”が召喚された。
勇者は聖剣の力で“魔神”を倒し、そのまま消えた。
――この間、わずか10分余りの出来事である。
――何はともあれ、王国に再び平和が訪れた。
*****
――カラクリを説明しよう。
その日、私は平原に広がる魔神の肉体のはるか“上空”にいた。
この日の為に、私が開発した“浮遊魔法”でだ。
そして勇者召喚の魔法陣を空中に描いた。本来魔法陣と言う物は地面に描くものであるが、私は日々研究を重ね、魔力により空中に魔法陣を描く事を実現したのである。
……何?そんな努力をするくらいなら真面目に勇者を育てろって?
失敬な。私は自分が楽をするためなら苦労を惜しまない性格だ。
勇者を抱えるリスクと魔法を生みだす苦労を比べるなら、後者に飛びつくのが私だ。
空中に召喚された勇者ヒカルは、期待通り聖剣を持って現れた。
突然召喚された勇者は動揺していたが、私が簡略に呼ばれた理由とやって欲しい事を説明した。
「このまま魔神の核の上に落とすから、聖剣を構えて核を突き刺して欲しい」と。
我ながら無茶苦茶だとは思うが、とにもかくにも強引に承諾させた。何せ生殺与奪はこちらが握っている。
浮遊魔法を解けばそのまま魔神の瘴気に真っ逆様、そしてこの世とおさらばなのだ。
瘴気に耐える為の結界魔法と、時限式の帰還魔法を掛けてあげた勇者は、私が浮遊魔法を解くと同時に魔神へと突っ込み――見事核の破壊に成功。
それとほぼ同時に帰還の術式が発動し、勇者はこの世界から消えていった――
*****
――やれやれだ。
せっかく魔神が倒されたというのに、我らが王様はお怒りのようだ。
何といっても、100年ぶりの勇者召喚である。
その歴史的な行事を前に、王は勇者と会えるのを楽しみにしていたし、その歓待の準備も王宮で進められていた――というのは全てが終わった後で聞いた話である。
国の存亡の危機だったというのに呑気なものだなあと思わず呆れたものだ。
私の魔法師団長としての立場ももう危ういだろう。王の側近が積極的に私を更迭しようと動き出している。
まあこれで良かったのだ。
魔神が去り、勇者も去り、そして私も去る。
――100年後の事はまた誰かに任せよう。