オンラインゲームを始めよう@その4「戦術指南」
「オンラインゲームを始めよう」の後日譚的ななにかです。
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「ねー、影虚術女。何度やってもひとりで勝てない敵がいるんだけど、どうすれば勝てると思う?」
「不撓不屈。勝つまで挑むのが最善」
問いには簡潔な解。樹守銃士は不満げに口を尖らせた。
ギルドホームの北欧風ロビーラウンジ。しばしの間、設定された静かなBGMが場を支配する。夜の設定になっている空間は、数々の照明光によって淡く緩く満たされていた。
ふたり以外に姿はない。
空中映写した画面をいくつも広げたエーコと、ソファに寝転がったキシュ。
「勝てる気がしないから聞いてるんですよーう」
「ドーピング推奨」
「それ、お金かかるでしょー。そうじゃなくて、自分の限界に挑む的な? ほら上手くやる余地ってヤツ。エーコそういうの得意っしょ。ご教示、はいお願いします」
ソファで足をばたつかせるキシュを、冷めた目でエーコが眺めた。
「…………」
画面の操作に戻り、何事もなかったかのように作業に勤しむ。
「おーう、無視されてしまいました。えーこ、えーこ、教えてよー。〈愚鈍な鉄巨人〉に勝てないのー。何回やっても何回やっても勝てないのー。お知恵を貸してくれてもいいじゃない。アタシは最後まで諦めずに信じてるよっ」
「――はぁ。〈愚鈍な鉄巨人〉はソロの登竜門としては最弱。負けているようでは才能がないも同然。諦めたほうが無難」
「ぐはあ、そんなに否定しなくてもいいじゃない。どうすれば勝てるのよー」
「避けて削るだけ」
「か、簡単に言ってくれるなあ!」
キシュは起き上がると指を突きつける。
「できないから困ってる! エーコはできるって言うの!」
「楽勝」
さらりと事も無げに。
「私は削りが弱いから、一時間はかかるけど」
「い、いちじかんて……集中力そんなに続くの?」
「ルーチンワークだから平気。臨機応変に戦術を再構築する必要もない。余裕」
「へ、へんたい」
「……は?」
「へ、へんたいだー!」
「違う。ソロするなら普通」
「言い切っちゃう辺り本物――ッ。エーコちゃんはあちら側の住人だったのねっ」
「違う。どちら側か知らないけど、私は変態じゃない」
「一線越えた人は皆そーゆーのよ。そっか、エーコちゃんは変態さんだったのかぁ。アタシびっくりだあ。でも大丈夫、付き合い方変えたりしないから。偏見とかないから」
「理解不能」
「たとえ変態さんでも――」
「意味不明」
「アタシたち友達だからっ。少し変った性癖くら――」
「――〈愚鈍な鉄巨人〉」
強めの語調。
「か、勝ちたいんでしょ。キシュはバランス型だから構成を変えたほうが楽」
話を戻したエーコを見て、キシュがしてやったりと笑みを零す。
「それでそれで?」
「中距離からの銃撃を主体にして削る。チャージ攻撃じゃないと火力が足りないだろうから、発生する硬直の処理は要練習。キシュが使ってる銃よりランクが高い物も、値段は手頃だから買い変えたほうがいい。たぶん軽く五分は違ってくる。慣れれば――そう、三十分もあれば倒せるようになるはず」
感心した顔で惚けるキシュを見て、エーコが眉をひそめた。
「なに」
「い、いや。なんか凄いなって」
「……これくらい普通」
血色の悪い肌を少し赤らめて、エーコが視線を彷徨わせる。
それが入り口方向で静止した。人影がある。
白魔女子だ。
「こんばんは」「おー、やあやあシロマ」
「こ、こんばんはです」
現れた少女に声をかける。
「今ね、エーコ先生の指導を受けてたとこ」
キシュはソファに座り直し、ぽふぽふと隣を叩いてシロマを呼んだ。
「ソロで勝てない敵に勝つ方法を教えてもらってたのよーう」
「――? 簡単ですよね?」
シロマはキシュの隣で小首を傾げる。
「…………」「――――っ」
硬直するキシュ。口元を押さえて笑うエーコを咎める気力もない。
ゆっくり深呼吸。
「うん、アタシの心は今ズタボロですよ。傷口に塩を塗りこまれた的な? いやいや、きっと悪意はないのよね。大丈夫、アタシだってそれくらい判るつもりよ? でもね、でも。ときには心が折れることだって……うぅ」
嘘泣きの演技は真に迫っている。
「よ、よく解りませんが、なんだかごめんなさい……」
「シロマ。あなたの言う簡単に勝つ方法に興味がある」
まだ少し上擦る声音でエーコが聞いた。
「え? ひとりで勝てないなら、皆で戦えば良いじゃないですか」
「…………」
「…………」
エーコは一考。
「それは色々な意味で禁句だと思う。オンラインゲームでソロをするプレイヤーは年々増えている。理由は様々。奇妙に聞こえるかもしれないけれど、誰かの力を借りるのが正解とは限らない。今回のケースは縛りプレイの一種。皆で戦えば簡単すぎるから、あえてソロで戦うことでゲーム的な面白味を追求している面も…………あ、ごめん忘れて」
「エーコ先生は『皆で戦わないけど友達がいないわけじゃない』と仰ってる」
「ち、違う!」
「よく知りもしないのに口出ししてすみません……」
「違うのシロマ、そうじゃないの」
「うんうんシロマは悪くないよ。悪いのはこの変態さんだよ」
「ど、どうしてそこを蒸し返すの!」
「な、なにがなんだか……」
シロマからもっともな感想が出た。
「……こほん」
顔を真っ赤にして咳払いするエーコ。
「か、勝てない場合は逃げるのが最善」
「……ちょ」「……え」
ログアウトを実行して消えるエーコにキシュが叫ぶ。
「それは卑怯すぎるでしょう――――!?」
おしまい。