五話
中は薄暗いが涼しく、良い香りが鼻をくすぐり香草でも焚かれているのかテント頂上付近の明かりとりの窓から白煙かぬけていくのが見えた。
隅々にまで、厚手の絨毯が隙間なく敷かれ細密な刺繍の施されたクッションに埋もれ体を横たえた、やはり下半身がにょろっとした人が鎮座していた。
「珍しいね」
と口を開いたその声は、年配の女性の声をしていて、その人が身をよじりしゃらりとウロコが擦れる音すら聞こえて来そうなほど、室内は静かだ
すると、にょろっとした年配の女性の前でにょろっとしたお兄さんか膝をついて
「カタナ様、お話ししたい事が」
と畏まり、丁寧な物腰で頭を下げた。
それを見て、あわててこちらも膝をつき年配の女性らしきにょろっとした人に頭を下げる、きっとなんか偉そうな人、いや偉い人なのだろう。
お兄さんと私を交互に見て、年配の女性らしきその人がふと笑ったような声を洩らし
薄暗がりから、少し身を起こした。
天窓からの光でようやくその人が、雪のように真っ白でふわふわとうねった輝く長い髪と黒々とした黒曜石のような目の美しい人だと言うことがわかった、
暖かみのある眼差しは見るものに安心感を与え、思わず肩の力が抜ける
「やあ、はじめまして?
君は誰かな?」
軽やかな、その声は撫でるように優しい事にようやく気がついた。
無意識に詰めていた息を吸い込んで
「…っァ、」
自己紹介しようにも上手く、声が出てこない。
チラリ横目にお兄さんが、こちらを確認した後
「すみません、緊張しているようでして
替わりに私からお話ししても…?」
と半歩、前に出てくれた
雪のような髪の人は気を悪くした様子もなくお兄さんに視線をやり、微笑しながらうなずく
それを確認してから、口を開いたお兄さんの言葉には聞きなれない言葉が幾つか並べ立てられ
それでも、ナガレワタリという単語が自分を指す単語である事は話の流れでうっすらと理解した。
「それで、その子を見つけたんだんだね?」
「はい」
手短に終わった話に、「ふむ」と考え込むように返事して、雪のような髪の人がしっかとこちらの視線を捉えた
ぴんと背筋が伸びる、なにか聞かれるかもしれない。
一言一句聞き漏らさないように意識を集中し体に力が入った。
「ふふっ」
すると、しばらくこちらを見据えていた雪のような髪の人が面白そうに笑い、目尻に涙でも浮かんだのか指先で拭う仕草をして
「そんなに畏まらなくでも良いよ、なにがあったか話してもらえるかな」
と、すこし小首を傾げてからやはり優しく声をかけてくれたのだった
頭の中を整理して、
所々つっかえつっかえしながらもなんとか話終えると、白い髪の人は厳かにうなずいて
「いまから、2つ君に話しておきたい事があります」
と真剣な表情で口を開いた。
背筋を伸ばしたまま、固い唾液を飲み込んで
胸の内には嫌な予感がじわじわと広がっていくのを感じた。
正座の足に食い込む絨毯の固い感触が勘にさわる。
それはまるで、末期の告知のようだった。
「君は、帰れない」
目を見開いて、紙のように滑らかな肌と長いまつげの下の瞳を見つめた。
黒曜石のように見えた目は、光が当たると血のように紅い事に今更気がついて
ひたすら、ぼんやりと関係ない事を考えようとする脳みそを軌道修正する。
誰か助けてほしかった。