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一話


真冬日のやたら多い3月。

人気もまばらな商店街を梯子しながら、制服の上に黒いダウンという格好で、使いっぱしりに精を出す。母が風邪っぴきになったのだ。

…くっそめんどくさいが、兄貴は遥か北国の大学でハメを外して帰ってこず、バカもとい弟たちは部活にナンパにゲーセンにで家に寄りつきゃしねぇ為、白羽の矢が立ったのが私なのである。


せかせかと買い物をすませながら、晩御飯の材料の入った、重い袋を両手に持ちながら家路につく。

桃缶に牛乳がやたら重たく、吹きっさらしの膝が冷風にピリピリする。指が千切れそうになりながら家の玄関を開け靴を脱ごうと荷物を置いたとき、いきなり下りのエレベーターに乗ったときのように、重力が体から抜けて、むわっとオデコに湯煙と温泉のにおいがした。

そして足元がふかふかの苔に変わっており、呆然と視線を上げれば目の前はなんだか妙な…光景だった。


ピンクに青空に深みどり。景色はそれ三色で描けてしまう。


「ぇ゛」



恐る恐るピンクの水をたたえる水辺に近づき、屈みこんでスンスンと臭いを嗅いでから、ちょっとのび気味の左手の爪で触る。爪は溶けたりはしなかった。

1分くらい、まじまじ爪を見たあと ちょびっとだけ指先を浸けてみるあったかい。臭いもお水だし、爪も時間差で溶けたりもしないし、指先もセーフだ。


ぺろりと舐めれば、味はしょっぱくも苦くもなく、喉がカッラカラの時に飲むお水の味がした。ピンクなのに、入浴剤の味も匂いもない。

そうして、足でも浸けようかと考えて我に返った。ココ ドコ。




それからはパニックである。

回りに人が居ないから、取り乱しようにも妙なとこ冷静で、頭が回りはじめる。世界遺産やら文化遺産やら自然遺産やらがメディアに露出する現代でテレビでも見たことない光景に、あり得ない植物。

水面に氷山のようにちょろりと頭だけ出して浮かぶ、やたらでっかい苔のボール、湯煙に包まれたオレンジがかったピンクの湖。


バクバクと心臓がなりはじめる。あり得ないことだとはわかってる。わかってるけど、そもそもここへなぜ自分が居るのかすらわからない。






心細くなってうずくまれば、そのまま思わず自分の膝にすがり付いてしまい。ほの暗い、体と膝の間にはまると、ぽろり涙がこぼれて喉の奥からはうめき声も出ず、膝を抱えて泣いた。



そのとき、ふと気配を感じて、顔をあげれば視界の端にキラリとなにかかが光った。一瞬の目に刺さる砂粒のような、光についそちらを見てしまう。立ち上がり蛾のようにふらふらと寄っていって、良く見極めたその後、下半身がにょろっとしたイケメンのお兄さんに出会ったのだ。



しょうじきショックが強すぎて、息ができない。

ここは 知らない場所どころでは無いことが証明 されてしまったのだ。作り物にしては、いや 作り物になんて見えはしない。



日を弾き返す艶やかな鱗は小指の爪よりも小さく、一枚一枚が宝石の翡翠から削り出されたかのようで、身じろぐのだから、太い木の幹のような足が鞭やへびのしなやかな動きでもって。




「ちょ、おい」


息が 苦しかった。目が、蒸し焼きにされているかのように熱くてピリピリする。あつい涙が、あごまでしたたって冷えていく。




そうして、私は気をうしなった。完全に意識を失う直前に 私の側に、誰かが屈み込み 焦ったような声が降り注ぎ ひやりとした手が触れた気がした。



ゆらゆらと揺れる人の熱、子供のように抱えられながらどこかへ運ばれてゆくのが、ぼんやりわかる。



温かい肌に頭を擦り付け心地よい眠りをむさぼる。頭の中は、やたらリアルな夢で一杯で、そこはフローリングの廊下と足元は茶色いビニールの床材のうちの玄関だった。

外よりは温かい、けれどヒンヤリした廊下と玄関に買い出しの荷物がほったらかしで、中には桃缶が三つごろごろしてる。



それを掴んでお母さんの所に持っていこうとしたら、手を すり抜けて、呆然と立ち尽くしていたら背後の玄関が勢いよく開いた。

無駄に明るい色に髪を染めた中3の弟が、荷物をチラッと見て、パチンと電気をつけると中の桃缶を1つ掻っ払って、ドタバダと奥へと入っていった。


あんにゃろう、食べる気か。



それに腹をたてているとまた玄関が開いて、クロブチメガネの灰色のスーツを着たお父さんが珍しくこんな早い時間に帰ってきて、


「おい、」


夢の途中で体が、跳ねるように上下に揺すられた。


「おい、なあ」


聞いたことの無い声、いや あの湖の畔で出会ったお兄さんの声がした。



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