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第五話 始動と初動

 という訳で正式・・に少女を助けることになった俺だったが、過程が少しグダグダであったことは今は気にしないでおこう。


 ともかく、確認を取ることはできた。


「まぁ、これで仕事だからな」


 俺は盗賊たちの意識を惹き付けて、気付かれないように馬車の荷台に被害が出ない程度の距離へ離れると、鞘が付いたまま・・・・・の刀で居合いに似た構えを取る。


「じゃあ、始めようか……」


 その言葉を境に、突然空気が冷たくなった。無論、本当に気温が下がった訳ではない。ただ、盗賊たちがそう感じる程、彼らの目の前に立つ相手の雰囲気が変化しただけである。


「ふむ、8人か……」


 俺は周りを取り囲んでいる盗賊たちを蔑むような目で見て呟いた

 その8人は右手に刃渡り40cm程の片手剣を持って、まるで一心同体のように俺の周囲をジリジリと回って標的を絞らせないようにし、こちらの動きを窺っている。

 遠すぎず、近すぎず、絶妙な距離。

 しかし、それを以てしても、盗賊たちは未だその一歩を、一撃を踏み出せずに周囲を回り続けた。


 隙がない。彼らはそう思っていたことだろう。


 突如、数秒の睨み合いにしびれを切らし、背後からの無謀な突撃を試みた盗賊の愚かな一撃を躱わした俺は、目の前に露わになったその首を鞘で強く打ち付ける。


「これで7人……」


 気絶した盗賊は地面に倒れ込むが、それだけでは突撃の勢いを殺しきれずに数メートル転がった。

 俺が再び居合いに似た構えを取ると同時に、突然の惨状に驚いた盗賊たちが、予期せぬ恐怖心から思わず一歩後ずさる。


「来ないのか? 全員で掛かって来てもいいぞ……?」


 その様子を目にして、俺は試しに盗賊たちを軽く挑発した。

 盗賊たちの顔に一瞬、わずかな動揺が走る。


 いつも通りの手筈でやれば勝つことができる。そう慢心していた彼らにとっては、自らの思い上がりを知るには十分な状況だった。

 そうして高まった緊張からだろうか、盗賊たちの額は吹き出るような汗に覆われていた。



「うおぉぉぉ!」


 すこしばかりかの静寂を破って、背後から空元気のように叫びを上げた一人の盗賊の突撃を機に、他の全員も釣られるようにそれぞれの攻撃を俺に試みた。


 ほぼ同時の剣撃。すぐにそれが間近に迫る。


 俺はその動きを捕捉するために右目を閉じて、つかを強く握り直した。


 軌道予測開始


 6時の方角、逆袈裟切り 到達まで0.31秒

 12時の方角、飛び掛かり 到達まで0.34秒

 2時の方角、刺突    到達まで0.38秒

 7時の方角、切り上げ  到達まで0.41秒

 9時の方角、飛び掛かり 到達まで0.44秒

 10時の方角、切り払い  到達まで0.49秒

 4時の方角、袈裟切り  到達まで0.53秒


 全目標捕捉

 計算完了

 施行まで0.30‥0.20‥0.10……


「THE END……」


 突如、凄まじい勢いで一人の男に向かっていた筈の7人の盗賊全員が、何かに魂でも奪われたかのように動きを失って膝から地に崩れ落ちた。


 そのどれもが、絶望に染まりきった顔で。


 辺りには砂煙が舞い、俺はそこにただ一人――左膝を地に付き刀を体の右斜め後ろに振り払った体制――で鎮座していた。



「おめぇ……何をした?」


 一部始終をあれからずっと見守っていたお頭が、信じられないとでも言うように、その惨状に思わず驚愕の念を漏らす。


 俺は少し息を吐いて右手を垂らすと、ゆっくりと立ち上がりながら呟いた。


「これか? 別に特別なことはなにもしてないさ……

 まず背後から来た盗賊を左腕と体の間を通して鞘の先端で突いて、そこから前方の奴の腹を鞘の振り上げで一閃。

 そのまま流れで右斜め前に居た奴を振り下ろしで頭を打ち付けて、左斜め後ろの奴に体を少し捻りながら顎に左腕の肘鉄。

 さらにそこから左足で左横に居た奴を蹴り飛ばして、左斜め前の奴の頭にそいつの頭をぶつけさせて気絶。

 最後に右斜め後ろの奴に、蹴った左足の膝を付いて右手の刀の鞘で腹を打ち払って終了。

 その程度のことしかやってない……」


俺の長ったらしい説明が終わると、お頭の表情が険しい物に変わる。


「おいおい、そいつらは一応その道のプロで、魔法障壁も発動してたんだぜ? それに、さっきのが体術ってわきゃねぇだろ?」


「そうなのか……? まぁ魔法障壁については知らんが、とりあえずこれが事実だ……」


 それを聞いたお頭は、未だに信じられないような素振りをしていたが、一応理解はしてくれたようだ。

 ま、事実しか言ってないんだから納得して貰わなきゃ逆に困るが。


 それにしても、あれだけ素早く振っても刀が鞘にきちんと収まっているのだから、この愛刀ムーンライトも大した物である。


「まぁ、これが『漆黒の殺陣鬼』やら『殺さぬ死神』やら呼ばれた由縁なんだが……別にここでは関係ない話か……」


 俺は風に流されそうな声で呟いた。

 今更そんなことは関係ないことだ。

 仮にも「異世界」なのであろうし。


「で、これで貴様一人になったわけだが……できれば退しりぞいてくれないか? これ以上無駄に時間を費やしても意味がないだろう……?」


 俺は演説でもするように、つかつかと歩きながらお頭との間合いを確かめた。


 約5m。


「ふむ、そうだな……。残念だが、ここで逃げたらそいつらに示しが付かないからな。嫌でもらせてもらうぜ!」


 そんな俺の制止の言葉を振り切って、お頭がその身に似合わぬ速さで間を詰めて両手で俺めがけて大剣を振るった。


 俺は仕方なく後ろへ飛び退いてそれを避けると、お頭は追撃を掛けながら少し驚いた様子で愚痴をこぼす。


「ちっ、おめぇも魔力ブーストでもしてやがんのか?」


「ん? 私は魔法などこれっぽっちも使っていないぞ?  魔法についてなど全く知らんしな……」


 上下左右、様々な角度からお頭の剣撃が襲う。

 それを俺は全て紙一重で躱わしながら情報を整理した。


 魔力ブースト……

 ニュアンスからして身体能力強化であろう。


 正直、発動方式も知らぬ内に、魔法を使うことなんてことは不可能であろう。

 この世界の魔法については全く以て知らないのであるのだから。

 それに俺にあるのは多少の身体能力だけである。


「別に魔法じゃないんだがな……その様子だと本当に何にも知らないのか?」


 お頭が大振りな動きで横薙ぎに払ったので、俺は後方へ大きく跳んでいくらか距離を取ってから答えた。


「ああ、知らんな……」


 それを聞いたお頭は更に驚きの念を強める。

 ということは、この世界で魔法はポピュラーであるということだろう。


「めずらしいな、このご時世に魔法を全く知らんとは……まったく、よく分からん奴だ」


 先程の考えを肯定するかのように、お頭が物珍しそうな様子で呟いた。

 まったく、お前も疑り深い奴だ……


「まぁ別に、そんなことは戦いに関係ないんだがな!」


 お頭が一つ区切りを付けると、少し口元をにやつかせてから、無謀にも先程と同じように詰め寄り大剣で縦に切り上げた。


 初撃と同様な動きということでカウンターという手もあったのだが、俺は多少の違和感を感じて、お頭を正面に捉えたままへ跳んだ。


 すると直後、お頭が切り上げた大剣からむわっとした熱気が広がり、その刀身から真っ赤に燃え盛る炎弾が俺が先程居た場所に向かって一直線に飛んでいった。


 直径50cm程度の炎弾はそのまま真っ直ぐ飛び、低めの木に当たってそれを炎上させた。


「なるほど、それが魔法か……」


 俺はその場からいくらか離れて着地する。


 この世界で初めて見る魔法。

 ソレが当たった木が完全に燃え尽きているところを見ると、なかなかに威力はあるようだ。


「ちっ、今のも避けやがるとはな……」


 余程今の攻撃に自信があったのか、お頭は苛立ちを隠せない様子で構え直した。


 自ら様子を窺うために相手から10m程度離れてしまった為、お頭に遠距離攻撃のアドバンテージができてしまったが、炎弾を喰らうよりはマシだっただろう。


 炎弾……連続使用出来るなら少々厄介である。

 ただ俺は少し魔法を発動した際の空間のゆらぎが「お頭」ではなく「つるぎ」から発せられていたことに違和感を覚えた。


 この世界の魔法がどういう物かは分からないが、自らの世界の情報と照合しても、よほどの使い手でもない限り「無詠唱」で発動可能とは思えない。

 つまり……


「つまり……それは「魔法剣」か……?」


「ん? お前、魔法剣は知ってるのか?」


 肯定。

 ただの可能性に過ぎなかったのだが、口達者で助かる。


「にしても、また避けやがったな。お前、戦う気はあんのか?」


 お頭が左手で俺を指さす。


 愚問。

 そんなの決まっている。


「そんなものある訳ないだろう? 私は貴様が退しりぞいてくれればそれで良い……」


「ちっ、めんどくせぇ野郎だな、お前」


「よく言われる……」


 俺は少し苦笑いした。


「さてと……これで俺も手の内を見せてしまったわけだし、なら出し惜しみは無しだな!」


 お頭はいくらか剣を振り回して感覚を確かめてから後ろへ跳び退くと、今度はデタラメとも言えるような動きで高速の斬撃を繰り返して空を切り続けた。


 その動きに合わせて、無数の炎弾が高速で俺に向かって飛び交い、先頭はもはや眼前にまで迫っていた。


 俺は連続で迫り来る炎弾をすべて確認すると一瞬目をつむった。

 間合いは20m。

 敵の戦意を削ぐとなれば……



 正面突破。



 そうと決まると俺は、眼前にあるソレを体を捻って躱わし、左手に刀を携えて突撃した。


 俺は炎に触れるギリギリをジグザグに動いて、次々と迫り来る炎弾を避けながら歩を進める。


 一つ、二つと難なく躱わし、三つ、四つと掠めていく。

 そして十つ目を避けた時には、既に俺はお頭の目の前まで迫っていた。


 俺はお頭の懐に入り込むと、右手で鞘の付いたままの刀を横に一閃する。


「ちっ……。ならこれを食らえ!!」


 お頭は舌打ちをしながら、すんでの所でその一撃を弾くと後方へ一歩跳び退き、左から右に向かって大剣を横に薙いだ。


 その大剣の動きに合わせて五発の小炎弾が広範囲に飛び散る。


 避けるに値しないと悟った俺は、刀で全てを打ち消すと無防備になったお頭に向かって鋭い突きを放つ。

 それは、右手で振り切った位置にあるお頭の大剣に当たり、強く握りしめた手元から勢い良く大剣を弾き飛ばした。


「くそっ!!」


 無理矢理大剣を弾き飛ばされたことにより、後方に重心の掛かったお頭は、そのまま重心を移動させて俺に渾身の右ストレートを放つが、俺はそれを空いている左手で受け流す。


 俺はそのまま右足でお頭を蹴り倒すと、刀を素早く鞘から抜き放ち、見下ろすようにしてその切っ先を首筋に突きつけた。


 直後、一瞬の沈黙が訪れる。


「ちっ、強えじゃねえか……。殺せよ、お前の勝ちだろ?」


 息も絶え絶えにお頭は呟くと、観念したかのように大きく息を吐いて全身から力を抜いた。

 その額には大量の汗がにじみ出ている。

 おそらく、あの技は体力の消耗がかなり激しいのであろう。


「別に命を取るつもりはないが……これでも退かぬと言うのであれば、それ相応の代償を支払って貰うだけだ……」


 俺は最後の一押しとでも言わんばかりに警告を放った。


「ぬるいな、殺す気が本当に無いとはな……。信じられねえ言葉だが仕方ねぇ、そうさせてもらうぜ。

 おい! 野郎ども! 引き上げるぞ!」


 少し不服ではあったのであろうが、お頭はそう言ってゆっくりと立ち上がると、声を張り上げて気絶から目覚めつつある仲間の盗賊に指示をした。

 状況を理解できていない盗賊も多少居るようだが、お頭の言葉は絶対なようで、しぶしぶながらも次々と森の中へと消えていった。


 そんな中、唯一ガリガリの骸骨みたいな盗賊だけはいつまでも気絶したままで、お頭が何度ビンタしても起きる様子がなかったので、お頭は仕方なさそうに肩に布団でも担ぐようにぶら下げて森へ向かった。


 遠退く背中。


 俺は一つ、聞かなければならないことを思い出して、森の中に消えようとしたお頭を呼び止めた。


「そうだ、最後に一つ。貴様、盗賊をやめるつもりはないのか……? それほどの強さがあれば盗賊などやる必要なかろうに……」


 俺が持っていた唯一の気がかり。

 お頭が蛇の道を進む理由。

 盗賊らしい盗賊たちの中で、ただ一人、違和感を感じた存在。

 俺にはお頭がその道を好んでいるようには見えなかった。


「あ? 俺は根っからの盗賊だぜ? 他の生き方なんか出来ねえよ。だから俺が盗賊をやめるのは俺が死んだときだ」


 その言葉を発したお頭の顔には、一瞬だけ僅かな動揺の色が走っていた。

 お頭は何かを隠している。

 だが盗賊であるのには理由があるのだろう。

 ならば否定など無意味だ。


「ふむ……その道、別に私は否定はせんが……いつか報いを受けるかもしれんぞ……?」


「ハッ、分かってるさ。それに、それはてめぇもだろ?」


 痛い所を突くな……

 俺は思わず苦笑する。


「まぁ否定はせんが……では、また会わぬことを願うよ……」


「ああ、同感だな」


 俺は森に消えゆくその背中を見送った。


「さてと……」


 仕事を終えた俺は、コツコツという音を鳴らして荷台に近寄る。

 荷台には少女の姿。どこかぼーっとしていて「心ここに在らず」という感じだった。


「おい、貴様……」


 俺は荷台に十分近づいてから少女に声をかけた。

 その瞬間、少女はビクッと体をふるわせて、慌てたようにこちらを見つめた。


 依頼は問題なく果たした……

 いつも肉体労働ばかりとは……

 まったく、損な商売なことだ……

 さーて、今回の報酬は後払いか……

 はて、どんな報酬を約束してたか……

 まぁ、さっさと貰えば分かることか……


「依頼は終わったぞ。さぁ、報酬をよこs……」


 少女は「いったい何のことか?」といった感じできょとんとしている。

 あれ? そういえばここ異世界だったなー……

 報酬とか約束してなかったよなー……

 俺の善意でだったよなー……

 オカシイナ--……


「仕事じゃなかったぁぁぁぁぁぁー!!」


 未だ疑問符を浮かべる少女をよそに、俺は天に向かって叫ぶのであった。

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