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僕に回復魔法をください。  作者: シロツメヒトリ
エーネルスホルンの章
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08.「人工呼吸の禁忌」

「ミューズは、毒を受けた時、どんな感じだった?」


 僕は、暗殺者の落としていった突剣を拾いながら言った。

 ミューズは、怪訝そうな顔をして聞いてくる。

 隣では、グレッグが苦しさのあまりのたうちまわっている。

 何かを訴えようとしているが、言葉にならないようだ。


「息が苦しくて、けど、息をしようにも身体が全然動かなくて、不安で……。

 そうしたら、カナンが現れて……」


 ミューズはなぜか顔を赤くし、俯いた。


「そう、身体が動かなくなるんだ!

 でも、グレッグを見てみて。

 あんなに苦しそうに、もがき苦しんでいる。

 動けているってことだ。

 これは、あの毒じゃない。

 この突剣が肺を切り裂いたことにより、気胸を起こしたんだと思う」


 僕は、手にした突剣を示しながら言った。

 後で聞いたところによると、この突剣はミセリコルデと言って、鎧を着こんだ騎士のとどめを刺すために使われるものらしい。

 重装の騎士はチェインメイルを着こんでいることが多く、チェインメイル越しでも刃が届くように、細く鋭い構造になっているのだ。

 中世のヨーロッパの剣が、ほとんど細い突剣の形をしているのも、チェインメイル対策と言っても過言ではない。


「でも、リッターベイン卿は苦しんでいる!

 早く何とかしてあげないと!」


「もっともな意見だけど、人工呼吸だけはしちゃダメだ。

 見て。グレッグの呼吸は浅くて回数が多いだろ?

 あれは、胸の中に漏れた空気が肺が広がるのを邪魔していて、呼吸をしたくても出来ないからなんだ。

 そこに人工呼吸をすると、強制的に胸の中に漏れた空気を増やすことになるので、さらにグレッグを苦しめる結果になる。

 苦しめるだけならまだしも、命を縮める結果になる!」


 僕がそう言うと、ミューズは震えて黙り込んでしまった。

 脅かすつもりはなかったんだけど。

 僕は、ミューズがちょっと気の毒になってしまった。

 後で聞いたのだが、教会では、人間の解剖学や生理学を、四体液説や精気論に基づいて教えていたようだ。

 四体液説や精気論の説明は長くなるのでここでは省くが、いずれも、中世ヨーロッパで信じられていたが現代医学では否定された医学の理論である。

 だから、僕は分かりやすい説明を心掛けたつもりだったが、このときのミューズがどれくらい僕の説明を理解できていたかは疑問だった。

 むしろ、混乱の方が強かったのではないかと思う。

 ただ、少なくとも、グレッグが動けているという状態から、ミューズ自身の時とは状態が違うということは分かってもらえたようだった。


「じゃあ、ミューズ。

 まず、《ヒール》でグレッグの傷をもう一度、治して。

 見た目では分からないけど、まだ破れた肺の傷が、塞がっていないかもしれない」


「わかった」


 僕の指示に従い、ミューズは《ヒール》をグレッグに掛ける。

 僕は、その間に、異変を感じて集まり始めてきた傭兵たちに集合をかけた。

 その中には、グレッグの副官のアドルファスもいた。

 僕は、簡単に今までの状況を説明すると、アドルファスは派手に舌打ちした。


「何度も不注意すぎると忠告したのに!」


 アドルファスは僕を責めているのかと思ったら、忌々しげにグレッグを見下ろしていた。

 よかった。

 僕を責めているわけではないようだ。

 彼には、これからグレッグを助けるために協力してもらわなければならない。


 僕は、まず集まった傭兵たちに、博物室にある「あるアーティファクト」について、知っている者を探した。

 すると、ケインという傭兵が知っていると言った。

 このケインが、グレッグに献上した物らしい。

 僕は彼に、至急にそれを取ってきてもらうようにお願いした。

 アドルファスの援護もあり、ケインは馬に乗ってグレッグ邸へと駆けた。


 そして、次に火を熾してもらった。

 熾すのが得意な傭兵が何人かいて、とりあえず並行して熾してもらうようお願いした。

 その間、僕はグレッグの上半身を裸にし、具合がさらに悪くなるようであれば、次の処置を行うよう準備していた。

 幸い、グレッグの息は浅く、苦悶様の表情をしているものの、さらなる悪化はないようであった。

 「落ち着いて、じっとしていないと、悪くなる一方だ」という脅しが効いたのかもしれない。

 まあ、事実だしね。


 火が熾ると、僕はミセリコルデを火であぶった。

 ミセリコルデを滅菌するためだ。

 ミセリコルデで既に刺されているために、今更な感じもしたが、体内に入る菌は少ない方がいい。

 そして、今度は傭兵たちに、グレッグの両手両足を動かさないように押さえつけるようにお願いした。

 これから行う処置には痛みを伴う。

 この時点では麻酔など存在しないと思っていた僕は、押さえつけるという方法しか思い浮かばなかった。

 される処置が治療だと頭では分かっていても、無意識に抵抗してしまうものだ。

 グレッグは力がある。

 僕は、四肢を2人ずつと頭に1人の計9人がかりで、なおかつ体重もかけて押さえてもらうようにお願いした。

 これからされることに不安そうな表情をするグレッグであったが、傭兵たちにより完全に手足の動きを封じられた形になった。


「じゃあ、これから応急処置を行います。

 グレッグが動くと大変危険なので、皆さんは、しばらくグレッグを動かさないことに専念して下さい」


 僕がそう言うと、皆さんは頷いた。

 僕は、グレッグの右胸に指を這わせ、肋間を探る。

 第2肋間鎖骨中線の位置を決めると、そこにミセリコルデを突き刺した。

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