07.「ミスリルチェインメイル」
チェインメイルも、鉄製の物は非常に重い。
グレッグはともかく、ミューズも、武装時にはチェインメイルの上に板金製の胸当てを着けており、よくあれで動けるなあと思っていたら、僕もほとんど同じ装備を支給された。
思っていたより、ずっと軽かった。
その理由は、ミスリルと呼ばれる金属で造られていたからだった。
一見すると銀色だし、銀だと思っていたが、銀とは比較にならないほど軽い(銀は鉄よりも重い)。
むしろ、本当に金属なのかと疑ってしまうほどだった。
もしかしたら、アルミよりも軽いかもしれない。
それでいて、硬い。
自分では、鉄製のナイフで傷を付けることができなかった。
また、チェインメイルでは、動くときに金属が当たり合う音がするのだが、ミスリル製だとそれもない。
日本に持って帰れば、材料工学の革命になるんじゃないだろうか?
ただ、やはりというか、非常に希少で高価であるとのことで、グレッグとミューズ、そして僕以外は、みんな鉄製のチェインメイルを装備していた。
弱いところを重点的に補強するのは、兵法の基本だよね!
――弱くてすみません。
僕は、今回も気を引き締めて討伐に参加したのだが、幸い、ほとんど魔獣は現れなかった。
前回の魔獣討伐の際に、かなりの程度、魔獣は狩り尽くされていたのかもしれない。
というのも、グレッグとしては、暗殺者をおびき出すことを主目的と考えていたようだ。
グレッグひとりで部隊の輪を離れることも多く、状況を知らない者が見ても、誘っているのがバレバレだと思った。
それでも、ミューズは常にグレッグから離れないようにしていたし、僕はミューズから離れないようにしていた。
あまりに魔獣が出てこないので、迷宮の探索をしようということになった。
迷宮は、エーネルスホルンの森のほぼ中央に位置する。
エーネルスホルン領の中では有名な部類に入る迷宮だが、辺境にあることもあって、今まで、ほとんど探索されてこなかった。
何階層まであるのかも分かっていない。
グレッグは副官のアドルファスに「とりあえず1階を探索してこい」と指示した。
アドルファスはグレッグを残すことにためらったが、グレッグが「これは命令だ」と言うと、肩をすくめて迷宮に入っていった。
グレッグ、ミューズ、僕だけが残ることとなった。
非戦闘員である僕を、予備知識のない迷宮に入れないためだったのかもしれない。
部隊が迷宮に入って1時間ほど経ったろうか。
いつの間にか、グレッグの前に黒い人影が現れた。
それは、あまりにも突然、あまりにも自然だった。
だから初め、僕は、グレッグ邸にいた傭兵が合流したのかと思った。
それくらい、何気なしにフラッと現れた。
しかし、突然、辺りに響きわたった、ギン! という金属のぶつかり合う音が、それを完全否定した。
黒い人影のダガーとグレッグの長剣が、ぶつかり合った音であった。
二人とも、いつの間に刃物を出したのか分からなかった。
ギリギリと、しばらく鍔迫り合いが続き、その後、グレッグが黒い人影を押し返したと思うと、人影はくるりと回転し、そのまま、もう一つダガーを流れるように取り出し、グレッグの首を切りつけた。
ニヤリ、とグレッグが笑う。
そこにはチェインメイルがあり、刃は届かない。
人影は瞬時に退避する。
そこに、グレッグの長剣が振り下ろされ、地面をえぐった。
「リッターベイン卿!」
ミューズが剣を抜き、グレッグに駆け寄る。
グレッグは、自分の首をポンポン叩き、「大丈夫だ」と答える。
対して、黒い人影は、驚いたことに女性の声で反応した。
「馬鹿な……!
あの時の聖騎士!
死んだはずでは……ッ!?」
どうやら、あの時の暗殺者と同一人物のようであった。
彼女は、あの後、僕がミューズを助けたことを知らない。
死んだと思っていたようだ。
きっと、今まであの毒を受けて、助かった人などいなかったのだろう。
「毒を使うとは卑怯者だね!
だけど、主の加護のある私には、効かないよ!」
ミューズはそう言って、暗殺者を睨みつける。
効かないというのは言い過ぎかと思ったが、そこは勝負の世界、ハッタリというやつだろう。
実際、2対1でもある。
僕?
木の陰に隠れてますよ?
「ふん! じゃあ、お前には、これをやるよ!」
暗殺者は、またくるりと回転したかと思うと、持っているダガーの1本をミューズに投げつけた。
その勢いが強いために、ミューズは「くっ」と言いながら、なんとかダガーを弾く。
その間に、既に暗殺者はグレッグとの距離を詰めている。
暗殺者は、チェインメイルの覆われていない顔を目がけて、ダガーを突き出す!
「ぐっ!」
グレッグが、うめき声を上げる。
あれ?
ダガーは、難なく受け流しているように見えたけど?
よく見ると、グレッグは右の脇を押さえ、苦悶様の表情を浮かべている。
暗殺者の手には、先端に血の付いた突剣が握られていた!
ダガーによる顔面攻撃はフェイントで、いつの間にか取り出した突剣で、グレッグの右脇を突き刺したようだ。
あの形状の武器なら、チェインの間を通して攻撃が届く。
「『天にまします我らの父よ。
昏き我らに導きの光を』
《フラッシュ》!!」
「くっ!」
回復を行うと思われたミューズだったが、その手からはまばゆい光が生じ、暗殺者ばかりか僕の目まで焼き尽くした。
まずは、暗殺者を撃退することを優先したようだ。
このため、僕には見えなかったが、目をやられた暗殺者は、突剣をミューズに投げつけて、逃げて行ったと後で聞いた。
騒ぎを聞きつけ、洞窟内にいた傭兵たちが、何人か出てきた。
ミューズは、再び暗殺者が襲ってこないように警戒するように指示し、彼らはそれに従った。
「『天にまします我らの父よ。
願わくは、あなたの子に、傷の癒しを与えたまえ』
《ヒール》!!」
すぐに、グレッグの傷を治すミューズ。
ようやく目が元に戻った僕は、グレッグの元に駆け寄った。
グレッグは、プレートメイルの下にチェインメイルを着こむという装備をしていた。
僕は、プレートメイルを外し、チェインメイルをめくり上げた。
プレートメイルのつなぎ目に、うまく剣をねじ込まれたようだった。
右の側胸部に穴のような傷が開いていた。
ミューズの《ヒール》の光が、傷を癒していく。
右胸部の傷は、すぐに完全に塞がった。
しかし、グレッグは、まだ苦しそうにしている。
それどころか、喉を押さえ、息をするのも難しそうだ。
「リッターベイン卿!?
くっ、また毒か!?
卑怯なやつらだ!」
ミューズはグレッグを横に寝かせ、僕が指導したように頭部後屈・顎先挙上を行う。
指導の甲斐あって、一連の動作がスムーズだ。
人工呼吸を試みるつもりようだ。
「待って!」
しかし、僕は慌てて、それを制止した。
人工呼吸は駄目だ。
対して、ミューズは怪訝そうな顔をこちらに向ける。
「メイドを呼んだ方がいいってことかい?
でも、今から屋敷に呼びに行くには時間がかかりすぎる。
リッターベイン卿も、私がやれば文句を言わないだろう」
「いやいや!
グレッグは毒にやられたんじゃないし、この状態で人工呼吸は駄目だ!」
僕は、グレッグとミューズの間に入るようにして、やめさせる。
今のグレッグに人工呼吸を行っても、病態を悪化させるだけだ。
僕は、ミューズに説明を行った。