67.「スリ」
「確かに、俺はこいつの財布をすった!
だけど、それはこいつがぼんやり歩いていたのが悪い!
それに、こいつの財布には金貨しか入ってなくて、俺には金貨なんて使えなかったんだ!」
少年は、僕を指差して叫んだ。
全ての責任は、僕にあるとでも言いたげだ。
確かに、この世界の金貨は高額すぎて、少々使いづらい。
この少年が使用しようとすれば、まず本物かどうか疑われ、その次に、その出所が疑われる。
結局、使用できずに終わったのだろう。
しかし、だからと言って、人の物を盗んだことには変わりはない。
僕がそう反論しようとすると、その前に、パコーン、といい音が鳴り響いた。
ミューズが、少年の頭をはたいた音だった。
「その理屈で行けば、君を囲んで殴っていた奴らの方が正しいってことになるだろ!
そんなことも分かんないのか!」
少年は、その言葉に、言い返そうと必死に思考を巡らそうとしたようだが、ミューズの真摯な眼差しに、言いよどみ、項垂れた。
そこに、ティアが少年の肩に手を掛ける。
「こんな時は、なんて言えばいいかぐらい、分かるだろ?」
少年は、その言葉にハッとしたように顔を上げてティアを見ると、僕のほうを向き、そして、苦虫を噛み潰したような顔をして、消え入りそうな声で言った。
「……ごめんなさい」
その言葉に、ミューズの顔が、パッと明るくなる。
少年の頭に手を載せ、頭をクシャクシャにした。
少年も、満更ではなさそうな顔をしている。
意外と素直な子のようだ。
何か事情があるのかもしれない、と僕は思った。
詳しい話を聞こうとした時、ぐう、と、少年のおなかが鳴った。
少年は、ばつの悪そうな顔をする。
どうやら、空腹が原因に関係しそうだ。
このため、詳しい話は「山吹亭」で食事を摂りながら聞こうという話になった。
「山吹亭」には、こじんまりとしたレストランのような食堂がある。
僕たちは、「山吹亭」に泊まるときは、大体、その食堂を利用した。
僕は下戸なので飲まないが、酒も置いており、食事も美味く、流行ってもよさそうだと思うが、実際にはあまり客が入っていない。
立地条件が悪いのかもしれない。
少年には、当然のことながら持ち合わせがないので、僕たちはおごってあげることにした。
初めは渋っていた少年だったが、目の前に並べられる食事の誘惑には勝てず、一度、たがが外れると、堰を切ったように食べ始めた。
相当、おなかが空いていたに違いない。
多少、少な目ではあったが、用意した分は全部食べてしまった。
まだ足りなそうな雰囲気だったが、さすがに、おごってもらっている立場上、気が咎めたのだろう、テーブルの上の物以上は要求しなかった。
「おねえさんたち、ありがとう。
俺の名前はエルです。
スリを見逃してくれただけじゃなくて、こんな食事まで。
このご恩は忘れません」
泣きながらお辞儀してくる。
よほど、食事が美味かったに違いない。
「食事代は、稼げるようになってから返してくれればいいよ。
でも、教会で炊き出しをやっているはずだろ?
あれじゃあ満足できなかったのかい?」
ミューズが、首を捻りながら聞く。
確かに、炊き出しをしているという話があったはずだ。
炊き出しが充分であれば、食事が食えなくてスリに走るということもないはずだ。
「いえ、実は、数日前から、その炊き出しが無くなってしまったんです。
俺1人くらいなら、なんとかなるかもしれないんですけど、俺が住んでいる周りには、俺よりもちっちゃい子たちがいっぱいいるんです。
皆、おなかを空かせていて。
だから、やむにやまれずにスリに手を出しました。
ごめんなさい。でも、どうしようもなかったんです」
数日前から、炊き出しが無くなった。
これは、たまたま炊き出しが来なかったというレベルの話ではあるまい。
「博愛のリーベルトがトップになったら、むしろ、炊き出しとかの福祉事業は増えると思っていたんだけど……?」
ミューズの言葉に、エルは吐き捨てるように言った。
「そのリーベルトとかいう奴がトップになったせいだって、皆が言ってます!
ロックブール騎士団長がいた頃の方が良かったって!
教会の関係者は皆、横暴になって、ちょっとのことで絡んでくる奴らも増えました!」
そう言えば、ダン老人も聖騎士に襲われていた。
教会内で、何かが起こっているのかもしれない。
「教会のことは、ちょっと調べてみる必要があるね」
ミューズの言葉に、僕とティアは頷いた。
いずれにしろ、僕らが掴んでいない情報がまだありそうだ。
もしかしたら、ロックブール騎士団長が舞い戻った可能性もある。
「そして、スラムの子たちをどうするかだけど、エル、ちょっと頼まれてくれないか?」
エルはティアの言葉に、不思議そうに頷いた。
そして。
スラムの広場に、エルの呼びかけで子供たちが集められた。
皆、ここのスラムに住んでいるのだという。
意外と多く、50人くらいはいそうだった。
皆、10歳に満たない程度の子供がほとんどだった。
ミューズの話では、この子たちは運がいい方なのだと言う。
スラムに生きる子供たちは、ある程度、育ってから親を亡くしたり、捨てられたりした者たちだからだ。
スラムに乳児が捨てられないわけではない。
生後間もなく捨てられたのでは、ミルクもないスラムでは生きられないということだ。
そして、親が貧しい場合は、奴隷制があるこの世界では、子供は商品となる。
つまり、親に売られずに、自力で生きられるほどに強い子供たちだけが、この集団を形成している。
中には、既に売られて奴隷にされた後で、逃げ出してきた者もいるかもしれない。
見たところ、スラムでは衛生状態が良いとは言い難い。
それでも、何とか、支え合って生きてきたようだ。
だが、それも、炊き出しがあったからこそ成り立っていた面がある。
せっかくの福祉事業も、急に止めてしまうと、それに依存していた者たちの生活が立ちいかなくなる。
悪い福祉事業の典型例のような状況であった。




