64.「スラム」
怪我すると危ないという僕の強硬な主張により、僕は学者として一般的な方法でのレベル上げを行うことになった。
一般的な方法とは、有名な学者に師事して課題をもらい、それについて論文を書くというものである。
大学生がゼミを取り、卒論を書くのと似た感覚かもしれない。
うん、これならできそうだ。
僕は、サイドベルでは最もレベルが高い、レベル30の人物をケビンに紹介してもらった。
ダン・リシャールという老人で、専門は薬草学とのことで、自分の興味とかぶる面もあるかもしれない。
ちょっと期待しながらダン老人の家へ向かった。
ひとりで行くつもりだったのだが、やることがないからついていくと3人は言い出し、4人でぞろぞろと行くことになった。
ダン老人の家は、「山吹亭」から意外なほど近かった。
「山吹亭」自体、半分スラムのようなところにあるのだが、ダン老人の家は、さらにその奥まったとことにあった。
僕は初めてスラムを歩いたが、痩せた子供たちが力なく項垂れているのをちらほら見た。
ミューズの話によれば、教会が定期的に炊き出しをやっているので、飢える子供はいないだろうとのことではあった。
「気を付けろ!」
そんな言葉と共に、僕は突き飛ばされ、しりもちをついてしまう。
その声の主は、10歳くらいの少年だった。
泥で汚れ、あちこちが切れている服を着ており、不敵な表情で僕を見下ろしている。
どうやら、ここら辺の子供らしい。
少年は悪びれもせず、そのままどこかへ駆けて行ってしまう。
「カナンは優しいな」
僕は、ティアに手を引いてもらい、立ち上がる。
優しい?
今の反応のどこに、優しい成分が含まれていたのだろう?
「優しいのはいいけど、ああいう施しは賛成しない。
人の物を盗るのはいけないことだし、自活する方法を身に付けさせる方法を探らなければ」
ミューズが腕組みをして言った。
はて?
意味が分からない。
助けを求めるようにリリーを見る。
「カナン、すられた」
リリーの言葉にハッとして、胸元をさぐる。
ない。
金貨を5枚ほど入れてあった僕の財布が、なくなっている。
なるほど。
ティアとミューズは、このことを言っていたのだ。
「気付かなかったよ。
今後、こういうことにも、気を付けていかないとな」
財布をすられるなど初めての経験だったので、僕としては印象深い出来事だったのだが、ティアやミューズには何を今更という顔をされた。
ちなみに、金貨5枚は結構なお金で、これだけあれば、1人の人間が1年は食べるのに困らない。
幸いなことに全財産ではなく、残りはおばちゃんに預けてある。
おばちゃんは金融業もやっているらしく、預けると言ったら喜ばれ、倍にして返すと言われた。
ちょっと不安になった。
「ここじゃないかな?」
ティアの言葉に、顔を上げる。
そんなことを考えているうちに、目的地に到着したようだ。
ケビンは「周囲と比較すると小ぎれいで緑色の屋根の家」と言っていたが、正しくその通りだった。
だが、思ったよりも小さい。
有名な学者のようだから、もっと豪勢な家に住んでいるのかと思ったが、そんなことはないようだった。
良く考えてみれば、豪勢な家に住んでいるのであれば、こんなスラムに住んでいるはずがない。
「さっさと出せよ、コラ!」
そんな声と共に、何かが壊れるような音が、ダン老人の家から聞こえてきた。
僕らは顔を見合わせると、そのただ事でない感じに、急いでダン老人の家に入った。
そこでは、銀色の鎧を身にまとった2人の男たちが、家具類を次々と破壊し、みすぼらしい老人が、それにすがりつくようにして、やめるように訴えていた。
しかし、そんなことでやめるようであれば、はじめからこんな暴挙は起こさないだろう。
「いつから、教会は博愛を捨てた?」
僕が何かする前に、ミューズが剣を抜いて銀の鎧の男に付きつけていた。
見ると、もう一人の男にはティアが回り込み、羽交い絞めにして、首元にナイフを光らせている。
銀色の鎧、どこかで見たことがあると思ったら、ミューズが身に付けているものと同じだった。
どうやら、彼らは聖騎士たちのようだった。
ミューズに剣を突き付けられた男は、悪びれずに言った。
「ふん。このジジイが、さっさとアーティファクトを寄越さねえのが悪いんだ。
あのアーティファクトは、こんな暗黒教団上がりのジジイには、過ぎた代物なんだよ。
我々、教会の手にあるべきものなんだ」
聖騎士がそう言った途端、ティアの目から光が消えたように見えた。
恐ろしいほど冷たい口調で、ナイフを突きつけている男にささやいた。
「これから死体になるあんたたちにも、過ぎた代物だと思うけどね」
その口調があまりにも冷ややかだったためか、ナイフを突きつけられた男は、息を呑み、ガタガタと震えだした。
もう一人が「おぼえてろよ!」と捨て台詞を残して去ると、ティアは何かに気付いたように表情を取り戻し、少し自嘲気味に笑って、男を家の外へ蹴り飛ばした。
聖騎士たちは、何度も転びながら、必死に逃げて行った。




