62.「リーベルト」
「で、教会のほうの状況はどうだったんだ?」
ティアがミューズに聞いた。
ミューズは、そのために別行動を取っていたのだ。
うんざりした顔でミューズが答える。
「大騒ぎだった。
いや、トップがいなくなった割には落ち着いていたと言うべきかな。
いなくなったのがロックブール支部隊長で良かったというのが正直なところだ。
支部隊長は教会内の原理主義者たちの急先鋒と目される人物だった。
周りも、同じような思想を持つ者たちで固めていて、レンヘムからは手が出せない状況だったんだ。
今回、支部隊長失踪の報が流れた途端、レンヘムが動いて、原理主義者たちを掌握もしくは弾圧する流れとなっている。
リーベルト枢機卿が支部隊長を兼任する、ということは、そういう流れだと思う」
「博愛のリーベルトね。
やっぱりそうなるんだね」
何がやっぱりなのか全く分からないが、ティアは得心がいったように頷いている。
僕が、説明してほしそうな顔をすると、ティアは少し困った表情をしてミューズを一瞥し、諦めたように話し出す。
「いや、実は、元老院から暗殺依頼が来てたんだよね。
アルデンの町を出発する直前くらいにさ。
マーテル先生が断ってくれたらしいけど、なんであのリーベルトに暗殺依頼が来るんだろうって、不思議に思っていたんだ。
穏健派で、比較的、あたしたちの教会のウケもいい人物だからね」
なんだか、物騒な話が聞こえてきた。
ミューズが意外そうに言う。
「そんな情報を私の耳に入れていいのかい?
リーベルト枢機卿に話すかもしれないよ?」
「聖騎士がそうした方がいいと思うなら、任せるよ。
あたしたちは仲間だ。
仲間の判断は尊重するよ」
ティアが肩をすくめてそう言うと、ミューズは少し赤くなった。
「そうか。ありがとう」
その言葉に、ティアも頬を掻き、居心地が悪そうな顔をしている。
なんだか微笑ましい光景だったが、僕としては、さっぱり意味が分からない。
リリーもポカンとしている。
ティアとミューズで説明してくれた。
少し整理してみよう。
まず、アルデン襲撃の首謀者であるゲオルグ・ロックブール支部隊長という人物について。
彼は、極端な原理主義者だったと言われている。
それは、聖書の教えは絶対であり、それ以外の教えは悪で、すなわち、暗黒教団の信徒のような人間は人間ではない、とする、極端な考え方の持ち主だということだ。
極端な考え方には、極端な賛同者が付くようで、ロックブール支部隊長の周りには、そういった過激な思想を持つ人たちがいっぱいいた。
暗黒教団ともいざこざを起こすことが多かったし、それだけでなく、彼らの派閥が暗黒教団の信徒にしてきた仕打ちは、筆舌に尽くしがたいものがあったという。
ティアも何度か暗殺依頼を受けたことがあり、実際に試みたこともあったが、周囲に阻まれて成功することはなかった。
対するシュナイダー・リーベルト・フォン・ハンネルは、協調路線であり博愛のリーベルトと言われる好人物で、暗黒教団の信徒を弾圧するようなこともなく、アルデン襲撃の事件が起こるまでは、ティアに暗殺依頼が一度も来ないほどの人物だった。
リーベルトの就く枢機卿という地位は、光の教会の中でも教皇に次ぐ地位ではあるが、現在、その地位には10名が在籍しており、地方の教会を統括するような立場の人間に与えられる称号のような役割を果たしているのだそうだ。
この場合の地方とは、光の教会の総本山であるイエラヒエム教国以外の場所という意味だ。
あれ、じゃあ、神聖騎士団の支部隊長なんかよりも、枢機卿の方が全然偉いんじゃないのか、とも思うが、そう簡単な話ではなく、教会内でも、神聖騎士団というのはほとんど独立した組織なんだそうだ。
つまり、サイドベルやアルデン、そしてエーネルスホルンのあるイストーリア共和国には、光の教会の勢力として、枢機卿と神聖騎士団支部隊長という、二つのトップがいたことになる。
二つのトップを有する派閥は、牽制したり協調しながら、しばらくバランスを取っていた。
そのような状態で、アルデン襲撃が起きた。
片方のトップが急に失踪したわけである。
もう片方の派閥は、急激に片方の派閥を喰い荒らす。
レンヘムというのはイエラヒエム教国の首都であり、そこが動いたというのは、要するに光の教会全体が動いたということだが、実際にはリーベルト枢機卿の派閥がそう仕向けたと考えるのが妥当のようだった。
いずれにしろ、現在、イストーリア地方の教会関係者は、リーベルト枢機卿の派閥で急速にまとまりつつあるということだ。
では、そんな協調路線のリーベルト枢機卿をなぜ暗殺しなければならないのかと言えば、それは、暗黒教団もアルデン襲撃のために少なからず混乱をしており、時間稼ぎの必要に駆られてのことだろうとのことだった。
というのも、今までは光の教会内での対立構造があったからこその協調路線に過ぎない可能性もあり、原理主義の牙城が崩れた今、その協調路線が今後も続く保証はない。
ただ、暗黒教団としても無用の争いの種を蒔くつもりはなく、当事者であるティアが断った結果、暗殺が実行される可能性は低いのではないかとのことだ。
現在、政治的な駆け引きがものすごい勢いで動いており、光の教会も暗黒教団も、両方とも混乱しているのは確かなようだった。
なるほど、よくわからん。




