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僕に回復魔法をください。  作者: シロツメヒトリ
アルデンの章2
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51.「閉腹」

 僕は、教会に対する良くない想像を頭から振り払った。

 今は余計なことを考えている場合ではない。

 腸の傷を治すのに、細心の注意を払う必要があるのだ。


 腸の傷は、程よい力で密着していないと、《ヒール》を掛けても、うまくくっつかない。

 これは、《ヒール》の特性だ。

 腸に限らず、切り傷の場合は、どこに掛ける場合でもそうだった。

 だから、前に気胸の治療のためにグレッグの胸に開けた穴が不要になって、穴を閉じることになった時も、僕は傷口を両側から寄せて、密着させた状態で《ヒール》を掛けてもらった。

 密着のさせ具合も、単純に強く密着させればいいというものでもない。

 これはおそらく、外科の先生が創部を縫合するときの感覚に似ているのではないかと思う。

 密着させ過ぎず、離し過ぎず。

 程よいテンションで密着させなければならない。

 密着が強いと傷が痕になってしまったり、最悪阻血して壊死してしまうだろうし、密着が弱いと傷がくっつかないか、もしくは肉芽が盛り上がってきてケロイドのようになってしまうかもしれない。

 ここら辺の傷のテンションの掛け具合は、形成外科の先生にとっての職人芸なんじゃないかと思う。


 グレッグのように、胸壁の傷であれば、単純に見た目だけの問題となることが多いため、そこまで傷のテンションにこだわる必要はない。

 しかし、腸の場合は、見た目だけの問題ではない。

 くっつけるために力を入れすぎると、腸が歪み、そこを食べた物が通過せずに腸閉塞の原因になるかもしれないという、別の病態を生んでしまう可能性があるのだ。

 組織自体が脆弱なため、壊死しやすいという問題もある。

 さらに、《ヒール》では傷自体が治って無くなってしまうために、やり直しがきかない。

 糸で縫合する場合は糸だけを切ればよく、あまり条件を悪化させずにやり直せるため、そこまで神経質になる必要はない。

 だが、《ヒール》の場合は違う。

 まあ、《ヒール》を掛けて傷がなくなってしまった場合でも、またその部分を切り裂けばやり直しは可能ではあるのだが、そういうことを繰り返せば繰り返すほど、瘢痕を作ってしまったりして条件は悪くなっていくし、無駄な出血を繰り返すことにもなるだろう。

 僕は、背中に変な汗をかきながら、何とか、腸を治すことが出来た。

 見た目には普通な感じだった。

 実際には食事を摂ってみて、ちゃんと通じがあるかどうかを確認しなければならないが、少なくとも見た目は完璧だと思った。


 次に、腸を腹腔内から引っ張り出した僕は、背中側の腹壁を観察した。

 あとは、他に損傷部位がないかどうかだった。

 ざっと見た時には問題なかったが、詳しく見てみても問題ない。

 剣は背中に突き抜けていた訳だが、どうやら、重要血管には突き刺さらずに背中に抜けてくれたらしい。

 左腎動脈とかが危ないんじゃないかと思っていたが、幸い脇をすり抜けるように刺さっていたようだった。

 僕は、ミューズに、背中の傷、恐らく腸腰筋と思われる部位に《ヒール》を掛けてもらった後、ティアに《ヘーレム》を掛けてもらった。

 2人とも、随分と手馴れてきた。

 心配されていたチームワークも、意外なことに形になってきている。

 この2人、意外と宗教の問題さえなければ、気が合うのかもしれない。


「カナン、大丈夫なの?」


 リリーが、心配そうに、僕の左手を握ってきた。

 僕は、にっこりと微笑み返す。

 対して、左手は自分の腸を腹腔内に戻している。

 なんだかシュールな絵だった。


 ――そう、シュールなんだよ。

 僕はちょっと正気に戻った。

 確かに、知識のない人間から見れば、腹をかっさばいて腸を外に出してしまっている人間が、よく普通に生きていられるなと思うんじゃないだろうか。

 そう思わなかったのは、リリーは心配そうにしているが、ミューズやティアに心配そうにしている様子がないからだ。

 僕のことを信用してくれているのだと思うし、もしかしたら余計な心配を僕に与えないように、あえてそう振る舞っているのかもしれないが、なんだか少し寂しいような気もした。

 いやいや。

 僕は思い直した。

 むしろ、逆に考えれば、リリーに心配されるということは、僕は彼女にあまり信用されていないということになるのかもしれない。

 


「大丈夫。リリー、頼みがある。

 水の精霊魔法で、おなかを洗ってほしいんだ」


「えっ!」


 僕の提案に、リリーは驚いたようだった。

 そんなことをしていいのかといった感じだった。

 今までの経験から、リリーの水の精霊魔法で出てくる水は、無菌なのではないかと考えていた。

 そして、普段は無菌であるはずの腹腔内は、細菌だらけの手で掴まれ、細菌だらけの腹腔外に出されてしまった。

 腹腔内を無菌に戻してやる必要がある。

 無菌に戻すのに《ヘーレム》は有効な手ではあると思うが、これではあまりに無作為に細菌を殺しすぎてしまう。

 腸内細菌を根絶することで、下痢を誘発し、治癒したばかりの腸管に負担を掛けるかもしれない。

 このため、僕はリリーに水の精霊魔法をお願いした。

 もし、これで腹膜炎になってしまったら、その時初めて《ヘーレム》を掛ければいい。

 僕がもう一度お願いと言うと、リリーは意を決したように頷いて、水の精霊魔法で僕の腹腔内を洗浄してくれた。

 おなかの感覚がないので、これが気持ちいいことなのか気持ち悪いことなのかは、さっぱり分からないのが、なんとなく残念だった。

 多分、気持ち悪いんじゃないかと思う。


 腹腔内の洗浄が終わったら、あとは閉腹だけだ。

 僕は、3人に指示をした。

 ティアとリリーに両側から傷口を密着してもらい、そこにミューズに《ヒール》を掛けてもらう。

 傷が完全に塞がった後で、仕上げに癒合した傷口に《ヘーレム》を掛けてもらう。

 それで終わり。

 あとは、簡単な作業のはずだった。


 そこで、予期せぬことが起こった。

 初めは、安心して気が抜けたせいだと思っていた。

 なんだか、意識が遠くなっていったような気がしたのだ。

 しかし、それは気のせいなんかじゃなかった。

 僕の意識は、確実に遠のこうとしていた。


 僕は、遠ざかる意識の中、うろたえた。

 どういうことだ?

 今までの手順に、間違いがあったのか?

 何か、重大な見落としをしていたんじゃないか?

 ここで、僕が気を失ってしまったら、それを見つけることのできる人間はいなくなる。

 こんなことで、僕は死ぬのか……?


 僕は、遠ざかる意識の中で、一生懸命に閉腹作業を行う3人の様子を見ながら、僕が死んだら、この3人はどうなってしまうんだろうなと思っていた。

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