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僕に回復魔法をください。  作者: シロツメヒトリ
アルデンの章2
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49.「《ヒール》」

 基本的に、《ヒール》を掛ければ傷は塞がるし、《ヘーレム》を掛ければ傷口の殺菌は可能である。

 それでも僕がそのまま《ヒール》を掛けるのをためらったのは、剣により身体の組織が分断されてしまっている可能性を考慮してのことだ。

 傷口と傷口は、密着している状態で《ヒール》を掛けなければ、傷口がそれぞれで塞がってしまう。

 それが都合のいい場合もあるが、悪い場合もある。


 単純化するために、腕が取れてしまった場合で考えよう。

 取れてしまった腕と身体、両方に《ヒール》を掛けるとしよう。

 すると、それぞれの傷は塞がり、皮膚で覆われる。

 つまり、傷口が塞がるだけで、新しく腕が生えてくるようなことはない。

 そんなことが可能なら、取れた腕からも身体を再生することが出来、2人の人間が誕生してしまうことになる。

 腕をきちんと元に戻したい場合は、腕をあるべきところに密着させて《ヒール》を使わなければならない。

 実際には、取れた腕の方は生命活動を終えようとしているために《ヒール》は効かないかもしれないが、要するに、傷を正常に治すためには、傷口と傷口を密着させる必要があるのだ。

 変な風に治ってしまうと、後が大変になる可能性がある。


 《パラライズ》を切ると痛くてしょうがないので、無理言って、ちょっと町から出たこの場所で、移動せずに処置を行うことにさせてもらった。

 屋外では落下菌の心配があるが、動けないので仕方がないし、事態は急を要する可能性もある。

 《ヘーレム》が使える以上、あまり考えなくていい問題だ。


 まず、大きめの鏡を用意してもらい、《パラライズ》の効果範囲をもう少し下にしてもらった。

 腕は動くけど、おなかは痛くないベストポジションが3回目で決まった。

 その次に、リリーに火の精霊魔法を使ってもらい、焚き火を熾してもらった。

 僕は借りていたナイフをティアに返し、その火で、それを炙るように指示した。

 3人とも、そこまでは、これから何が起こるのか興味津々といった感じだった。


「これから、手術を行いたいと思う。

 ティア。そのナイフで、こんな感じで僕の腹を切り裂いてくれ」


 しかし、僕がそう言った途端、皆、怪訝そうな顔をした。


「カナン、正気か?

 傷を治すのに傷を付けるなんて、私は聞いたことがない」


 ミューズの言に、他の2人も頷いている。

 良く考えてみれば、手術なんていう言葉自体も、この世界にはないだろう。

 目的をしっかりと説明しながらやっていく必要がある。

 僕は、ちょっと今後が不安になった。

 意識が最後まで、もつだろうか?


「おなかの中は、複雑な構造をしている。

 単純に《ヒール》を掛けただけでは、変な風に傷が治ってしまい、後で障害をきたす場合がある。

 僕としては、おなかを開けて、中がどうなっているかの確認がしたい」


 CTや超音波などの画像検査が発達している日本と異なり、この世界で、今の僕のような患者の状態を正確に評価するためには、実際におなかを開けて、実際に見るしかない。

 日本でも、一昔前には、やっていたことだ。

 急な腹痛で病院を受診し、急を要する腹痛と判断したら、とりあえず手術をして、おなかを開き、原因を検索する。

 このような開腹手術のことを、試験開腹と呼ぶ。

 そこで原因がはっきりすれば、そのまま治療を行い、特に問題なければおなかを閉じる。

 ただ、手術しましたが何もありませんでしたでは、患者側が納得しないことが多いため、虫垂炎と言うことにして虫垂切除を行っておくということも、恐らく、かつてはあっただろう。

 いずれにせよ、こういった試験開腹は、病態を確認するための、もっとも確実な検査方法となる。

 現代日本でも、各種の検査を行って診断が付かなければ、試験開腹に踏み切ることもある。

 他の検査で分かる場合が多いために、そうならないことが多いだけの話だ。


「さあ、ティア、頼む」


 僕は、出来るだけ平静を装って、ティアに言った。

 いくら《パラライズ》が効いているとは言っても、自分の腹部にナイフを突き立てられるのは、やはり穏やかな状況ではない。

 しかし、僕の不安が伝染すれば、彼女たちも不安に陥り、手術などしてもらえなくなるだろう。

 僕は、こういった処置に一番慣れていると考えて、ティアを指名した。

 彼女は、僕の言葉に頷き、ナイフを構えた。

 だが、一向に、そこより先にナイフが出ない。

 ナイフを持つ手が震えていた。

 見ると、顔にも緊張が走り、ついにはナイフを落としてしまった。


「だめだ!

 あたしには出来ない!

 言ったろ? 誰かにナイフを突き立てようとすると、その誰かを大切に思う人たちが、次々に思い浮かんでくるんだ。

 悲しそうな顔をして、あたしに何かを言いたそうにするんだけど、決して何も言わないんだ。

 一旦、そう思ってしまうと、もう次々と、そういった顔が頭にいっぱい現れる。

 皆、同じような目をしている。

 あたしを非難する目だ。

 あたしは、たくさんの目に見つめられて、何もできなくなる!」


 ティアは頭を抱えてうずくまった。

 落ちたナイフをミューズが拾い上げた。

 一瞬、このままミューズにやってもらおうかとも思ったが、それではだめだ。

 この手術は、ティアがやるからこそ意味がある。

 僕は、ティアに語りかけた。

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