04.「呪い」
それから、しばらくの間、グレッグ邸では厳戒態勢となった。
しかし、その日を境にパッタリと襲撃が無くなり、2週間が経過した。
いい加減、襲撃者も諦めたのだろうかと思った時に、事件は起きた。
その日は、強い雨の日だった。
その日、僕とミューズは、グレッグ秘蔵のアーティファクトを鑑賞させて頂いていた。
グレッグは、その部屋を博物室と呼んでいた。
ビール瓶や10年前の缶詰など、一見してガラクタと分かるものから、モノリスのような薄い黒い板のような物体のように、用途もどこの世界由来なのかも不明なものなど、色々なものが展示されていた。
僕があげたPHSや白衣も展示されている。
服は、代わりの物をグレッグにもらいました。
「使い方が分かる物があったら、ドシドシ教えてくれい」
グレッグは、満面の笑みでそう言った。
僕は、分かる物について、グレッグの気分を害さない範囲で教えてあげた。
ボウリングのピン、おしゃぶり、ボールペン、ルービックキューブ、ヘアピン。
一体、これらの品に、いくらお金を使ったんだろう?
役に立ちそうなものが見受けられないのが残念だった。
鑑賞会を続けていると、博物室からベランダに出る扉が、開いているのにミューズが気付いた。
いつの間に開いてしまったのか?
このままでは、雨が室内に入ってしまい、せっかくのアーティファクトが濡れてしまう。
ミューズは、扉を閉じようと左手を伸ばした。
「痛ッ!」
ガシャン、と、扉が音を立てる。
ミューズが左手を抱えて、即座に退避する。
扉からは、黒い影が入ってくる。
グレッグが、すかさずボウリングのピンをそいつに投げつける。
そいつがひるんだ隙に、グレッグは剣を構え、ミューズとそいつの間に入った。
侵入者だ!!
僕は、全身の毛が逆立つのを感じた。
僕に出来ることは、剣を抜いてグレッグに並ぶことではない。
ありったけの声を出して、助けを呼んだ。
「賊だーーー!!
侵入者だーーー!!
博物室だーーーーッ!!」
侵入者は、思ったより小柄だったが、黒づくめで覆面もしていたため、どんな人間なのかはさっぱり分からなかった。
ミューズは、侵入者を睨みつけたままで、自分の腕に《ヒール》を掛けていた。
侵入者とグレッグは、お互いの隙を窺っていた。
幸い、僕の助けを呼ぶ声の甲斐あって、詰めていた傭兵たちが、すぐに博物室に押し寄せてきた。
それを見て、侵入者は舌打ちをすると、ナイフをグレッグに投げつけ、入ってきた扉から、外に出ていった。
グレッグは、難なくそのナイフを剣で叩き落としたが、扉の外はベランダであり、そのまま侵入者は地上に飛び降りたようで、まんまと逃げられてしまった。
グレッグがベランダの方へ駆け出そうとした時、ドサッという音がした。
見ると、ミューズが崩れ落ちている。
「聖騎士殿!?」
「ミューズ!?」
グレッグと僕は、ミューズに駆け寄った。
ミューズはピクリとも動かず、ぐったりとしていた。
見ると、息をしていないようだ。
斬られた傷の、場所が悪かったのか?
そう思ったが、左手首の傷は《ヒール》のために、ほとんど治りかけていた。
「これは、呪いか……?
恐らく、先ほどの侵入者は暗黒教団の者だろう。
暗黒教団の中には、呪いを自在に操れる者がいると聞く。
そして、呪いは神聖魔法でも打ち消すことが出来ないことが多いと聞く。
ましてや、この屋敷にいる唯一の神聖魔法の使い手が、聖騎士殿だ」
僕は、ハッとグレッグを見上げた。
恐らく、絶望的な表情をしていたんではないかと思う。
グレッグも、苦虫を噛みしめるような表情を浮かべ、首を振った。
「聖騎士殿は、もう助からん……!」
グレッグは、展示品が並ぶテーブルを殴りつけると、うなだれて展示室を出て行った。
部屋の向こうから、討伐隊を編成する指示を出す声が聞こえた。
「ミューズ!
う、嘘だろッ!?」
僕は半ばパニックになって、ミューズを揺さぶった。
全く動かない。
息もしていない。
こんなに温かいのに、死んでしまったというのだろうか?
返事をしてくれよ!?
君がいなくなったら、僕は誰に助けてもらえばいいんだ!?
僕は、必死にミューズを呼びかけた。
全く反応がない。
反応がない?
ん?
僕は、あることに気付いた。
「ミューズ、泣いてるのか?」
ミューズは、全く身体を動かさないのに、涙を流していた。
生きている!?
僕は、すぐさま脈を取った。
脈は、これでもかというくらい強く触れ、自分が生きているということを主張していた。
生きてるじゃないか!
普通であれば、まず脈を取る状況に、僕は自分がいかに動揺していたかを悟った。
落ち着かなければ……!
どうやら、ミューズは全く身体を動かせないようだ。
これは、どういうことだ……?
不可解な現象に、僕には、かえって事態を整理しようという頭が働いた。
グレッグの言う通り、これは呪いなのだろうか?
呪いと言われて真っ先に思いつくのは、感染症だ。
現在の事態に陥った原因は、侵入者の浴びせた斬撃であることは、ほぼ間違いないだろう。
しかし、斬撃からは、ほとんど時間が経っていない。
受傷してから感染をきたすまでには、かなりの時間を要する。
この状況からは、感染症は考えにくい。
ちなみに、破傷風であれば潜伏期は3日間である。
感染症ではないとすれば、他にどんな理由が考えられるだろう?
剣に毒が塗ってあったとしたらどうだろうか?
普通に考えれば、これが原因だろう。
そして、ミューズを観察する限り、頻脈はあるものの血圧は保たれており、身体が全く動かせない、呼吸すらできない状態だということが分かる。
ここから考えられるのは、何らかの神経毒が剣に塗られていて、そのために全身が麻痺してしまったのではないかということだ。
僕は、頭部後屈・顎先挙上を行い、気道をまず確保した。
そして、邪魔な甲冑を脱がせる。
肌着を通して、形の良い胸が露わになる。
現代日本であれば、ここで気管挿管したり、NIPPVに繋げて、呼吸を確保する。
もしくは、バックマスクにより、換気を行うだろう。
しかし、それらの利器は、いずれもここには存在しない。
アーティファクトの立ち並ぶ、この部屋にない物は、恐らく、この世界のどこを探してもないだろう。
つまり、彼女を助けるには、この方法しか存在しない!
僕は、意を決して、ミューズに口づけを行った!