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43.「エルフの里」

 リリーが里の中に入ってから、しばらくして、肩を落として帰ってきた。

 里に入っていった時とは打って変わって、何かに絶望したかのような表情で、よく見ると涙を流していた。

 後ろには2人の男女のエルフが、こちらを遠巻きに見ており、何かを話し合っているが、決して、こちらに近寄ってこようとはしない。


「どうしたんだ?」


 僕たちの元に帰ってきたリリーに、ティアが聞いた。

 その言葉に、リリーは何かを思い出したのか、再び目に大粒の涙を浮かべた。

 それが、ついに零れ落ちると、リリーはボソリと言った。


「おばあちゃん、死んじゃってた」


 リリーの話によると。

 リリーがさらわれて間もなく、リリーのおばあちゃんは容態が急変し、帰らぬ人となったのだということだった。

 本当に間もなくで、拍子抜けするほどあっさり亡くなったそうだ。

 リリーは、おばあちゃんの病気を治すための薬草を集めていたとか言っていたから、もしやと思っていたが、悪い予感が的中してしまった。

 この世界で病気という言葉の持つ意味は、日本よりも、ずっとずっと深刻だ。


「わたしが、わたしが、ちゃんと薬草を集めて帰ってきてたら、おばあちゃんは死ななかったのに。

 う、うわあああ……」


 リリーが関を切ったように泣き出した。

 僕が彼女の頭を撫でてやると、彼女は僕の胸にすがりつくように飛びついて、そこで泣き続けた。

 僕は、何も言えなかった。

 ミューズやティアも、首を振って項垂れた。

 しばらく落ち着くまで泣かせてやるしかなかった。


 しばらく泣いていた。

 泣くのに疲れ、しゃくりあげ始めたことを確認して、僕はリリーに声を掛けた。


「おばあちゃんが死んだのは、リリーのせいじゃないよ。

 残念なことだけど、寿命だったんだよ」


 僕がそう言うと、リリーは再び声を上げて泣いた。

 ティアがリリーの肩に手を置いてやり、ミューズが頭を抱いてやった。

 とても、やるせない気分だった。

 僕たちには、リリーが泣き止むまで、そばにいてやることしかできなかった。


 しばらく泣いて、急にリリーが顔を上げた。

 そして、里とは反対側の方に歩き出した。


「お、おい。

 里に帰らなくていいのか?」


 ティアが聞いた。

 リリーは振り返らず、言葉だけで返した。


「里の外に出たわたしは、穢れてるから帰ってくるなだって」


 それを聞いたミューズが激怒した。


「な! なんだって!

 私たちのリリーを穢れているだって!

 ふざけるな!

 その性根を叩き直してやる!」


 こんなに感情をあらわにしたミューズを、僕は初めて見た。

 恐らく、僕だけでなく、ここにいる皆がそうだった。

 ミューズは、そのまま里の方へ走り出して行こうとするが、リリーが必死にそれを止めた。


「やめて! やめてよ!

 いい! もう、いいの!

 あそこには、もうわたしが帰る理由がない。

 なくなっちゃったの……」


 その言葉に、ミューズはハッとしたように肩を落とす。

 僕たちは、打ちひしがれたように、エルフの里を後にした。


 エルフは外界からの侵入を極端に嫌う。

 頭では理解していたが、おばあちゃんを失くして気落ちするリリーに追い打ちを掛けてくる程とは思わなかった。

 恐らく、あの男女のエルフも、リリーのことを気遣って様子を見ていたわけではなく、リリーが再び里に帰ってこないかどうか監視していたのだろう。

 そういう、敵意に満ちた視線だった。

 リリーは分かっていたと言った。

 里の掟を破って、里の外に出たら、こうなることは分かっていたと言った。

 僕には理解できないが、エルフの掟とはそういうものなのだろう。

 そして、その中で生きてきたリリーには、納得できるほど、ありふれたことなのだろう。


 多分、外界からの侵入をシャットアウトすることで、エルフたちは、その命脈を保ってきた。

 それは、リリーを見ていれば、よく分かった。

 リリーは、普通の世界で生きていくには、あまりにも病弱だった。

 医学的な表現をすれば、外来生物に対する免疫反応が、あまりにも脆弱だった。

 一緒に数日旅をしてきただけだが、すぐに熱を出したり下痢をしたり鼻水を出したりしていた。

 《ヘーレム》無しでは生きられないのではないかと思うほどだった。

 逆に言えば、そんな病弱なエルフたちでは、もしリリーが里に帰った場合、持ち込む病原体に対抗できない可能性が高い。

 エルフが精霊魔法を使えるのも、使えなければ生き残れなかったからなのではないか?

 リリーは必要以上に水の精霊魔法で身体を洗ったし、火の精霊魔法で食物に火を通した。

 それは、恐らくリリーの個性なのではなく、エルフの常識なのだ。


 ただ、頭でそう理解しても、納得できないことはある。

 僕はエルフたちのことをフォローしなかったし、リリーもすることはなかった。


 僕たちは釈然としないものを抱えたまま、サイドベルの街へ帰ることにした。

 道すがら、今後はリリーも一緒に行動することが決まった。

 その時、それまでと比べて、ちょっと嬉しそうな顔を見せたリリーだったが、完全に表情が晴れるまでは行かなかった。

 山吹亭に預けておいた蜂蜜を受け取ると、当初の目的であったハニーパイを作るために、僕たちはアルデンの町に帰ることになった。

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