41.「マンイーターモス」
静かの森は、アルデンの町やサイドベルの街、そして、エーネルスホルン領のあるイストーリア共和国と、お隣のイエラヒエム教国の国境に位置している。
サイドベルの街からは比較的、近いとはいえ、徒歩で1週間ほどは掛かるとミューズは言った。
森を抜けていくため、道が整備されておらず、馬車も使えない。
さらに、旅に不慣れな僕やリリーが加わるのだ。
かなりの長旅になることが予想された。
「エルフも、よく辺鄙なところに住みたがるよなあ。
訪ねていくのも大変だよ」
前を歩くティアが、溜息をつきながら言った。
「エルフは自然を愛する種族だ。
辺鄙なところが好きなわけではないよ」
ティアの隣を歩くミューズが反論する。
僕は、後をちょこちょこ付いてくるリリーを見やる。
にっこりとこちらを微笑んできた。
あまり気にしていないようだ。
「まあ、それでも歓迎してくれる奴らはいるみたいだぞ」
ティアの言葉に、ミューズが剣を抜く。
木陰から、人間の子供くらいの大きさはある蛾のような生き物の大群が現れた。
「マンイーターモスだ!
カナン、気をつけて!
油断すると、食べられてしまうよ!」
ミューズが、こちらを見ずに言う。
蛾を良く見ると、蛾なのに口と牙が付いている。
自然の法則を無視した進化ぶりだ。
これが魔獣というものなのだろう。
僕の感心を余所に、ティアがナイフを投げ、ミューズが剣で突き刺し、マンイーターモスたちは次々と仕留められている。
しかし、数が多い。
2人は次々にマンイーターモスを仕留めているはずのなのだが、全然、数が減らない。
そのうち、前衛の2人の間をすり抜け、マンイーターモスの1匹がこちらへ襲いかかってきた!
げッ!
「水の精霊よ! 力を貸して!」
後ろから、そんな声と共に、シャワーのような水しぶきが、飛んできた。
シャワーはマンイーターモスに降り注いだ。
水に濡れたマンイーターモスは、途端に地面に落下した。
すかさず、ミューズが剣でとどめを刺す。
「水の精霊魔法!? 使えたのかい!?」
驚くミューズに、リリーは、きょとんとしながらも頷いた。
ミューズの上を2匹の蛾が飛び越え、こちらへ襲いかかってくる。
その蛾は、2匹ともティアのナイフの餌食になった。
いつの間にか、ティアが僕の隣に移動している。
「はい、これ」
ティアが僕に大ぶりのナイフを渡してきた。
「なにこれ?」
「エルフは濡らす人、カナンはとどめを刺す人」
ティアはリリーと僕を順番に指差して言った。
なるほど。
リリーが水の精霊魔法でマンイーターモスを濡らし、飛翔力を失ったところで、僕がとどめを刺せば、僕でも戦闘に参加できる。
早速、リリーにお願いし、襲い来るマンイーターモスを濡らしてもらう。
僕は、地面でのたうつマンイーターモスに、ナイフを突き立てる!
おわ!
外した!
思いっきり地面にナイフを突き刺してしまい、抜けないで困っていると、のたうちまわっていたはずのマンイーターモスが、こちらに飛びかかってきた!
げげ!
間一髪で、ミューズの剣に突き刺されるマンイーターモス。
あ、あぶなかった……。
「しっかりしてくれよ、カナン……」
さすがのミューズも呆れ顔だ。
僕は頭を掻きながら、ようやくナイフを抜く。
なんだか、かえって邪魔をしているようだ。
それでも、それからは少しコツを掴み、5匹ほど、とどめを刺すことが出来た。
全部では100匹ぐらいいただろうから、協力できたのは、ほんのわずかだったけど。
これ以上、襲ってこないことを確認すると、僕たちはティアの投げたナイフを回収するのを手伝った。
ティアはナイフを回収しながら戦っていたようで、マンイーターモスに突き刺さっていたのは10本くらいだった。
背中とか脇とか肩とか脚とかにホルダーを付けていて、そこに普段は収納している。
僕が、借りたナイフを返そうとすると、断られた。
「同期からもらったやつなんだ。
良かったら、護身用に持っててやってくれよ」
思ったより、強力なナイフだったようだ。
僕は、腰にホルダーを付け、そこにナイフを差した。
ちょっと強くなった気がした。
「リリーは、他の精霊魔法も使えるのかい?」
ミューズが、リリーに聞いた。
リリーは頷いた。
「他には、何が使えるの?」
「全部」
リリーの澄ました返答に、ミューズは目を丸くした。
「全部って、地水火風全部の精霊魔法を使えるのかい!?」
リリーが、また頷く。
その返答に、ミューズだけでなくティアも歓声を上げた。
リリーは目をぱちくりさせる。
確か、精霊魔法を使える人間は限られていて、中でも全部の種類を使えるのは、さらに限られているという話だったはずだ。
ミューズとティアは、リリーに他の精霊魔法を見せてくれるように頼み、リリーは実演した。
土の精霊魔法で土の壁を作り、火の精霊魔法で火の玉を飛ばし、風の精霊魔法でそよ風を吹かせた。
それぞれを行うたびに歓声と拍手が巻き起こり、リリーも満更でもない顔をしていた。
それから。
戦闘要員としても充分、力を発揮できることが判明したリリーは、僕の前を歩くようになった。
一番非力な僕を守るシフトだ。
なんだか悲しいやら情けないやら。
まあ僕は、こっちの人間じゃないし、しょうがないよね?




