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僕に回復魔法をください。  作者: シロツメヒトリ
サイドベルの章
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40.「診断的治療」

 僕たちは「山吹亭」に、そのまま一泊することになった。

 こちらの金銭感覚が分からないので何とも言えないが、破格の値段で泊めてもらえたらしい。


「おばちゃんに、お礼言っといてよ?」


 とは、ティアの言だ。

 リリーも一緒に泊めてもらった。


 リリーは、あれから、吐血することも黒い物を吐くこともなかった。

 恐らく、急性胃炎か消化性潰瘍による出血だったのだろう。

 そして、消化管穿孔はなかったか、あってもごく軽度だったようだ。

 こうやって、治療を行うことで診断を確認することを診断的治療といい、これにより確かめられたという訳だ。

 診断できていない状況でリスクを冒して治療を行う訳だから、決して褒められた話ではないが、検査機器の整っていない状況では、やむを得ない場合が多い。

 理想はしっかり診断してから治療に臨むことだが、そうは言っていられない場合も、今後、増えてくるだろう。


 日本では、消化管穿孔をきたすと自然には穴が塞がらないことが多いので、基本的には手術が望まれる。

 状況にもよるが、症状が軽い場合は抗生物質の点滴により、自然に閉鎖されるのを待つ場合もある。

 症状が比較的重い場合は、開腹により欠損孔を探し、欠損孔を塞ぐ。

 大網充填術や単純閉鎖術が施行されることが多いようだが、壊死の範囲が広かったり、癌が否定できなければ、幽門側胃切除など、臓器を切り取る手術が必要になってくる。

 癌と潰瘍って、全然違うじゃないかって思うかもしれないが、意外と見た目はそっくりなのだ。

 

 こちらの世界でも、穴が大きかったり、壊死の範囲が広ければ、《ヒール》でも塞がらないかもしれない。

 いくら《ヒール》でも、死んだ組織を生き返らせることは出来ないからだ。

 今回は、症状が軽いこともあり、とりあえず《ヒール》を掛けてみて、状態が悪くなっていく場合は開腹に踏み切るというふうに考えていた。

 一番の問題は、穴が開いていたり、壊死しているのにも関わらず、見かけ上、良くなってしまう可能性があることだが、これはおいおい判明していくだろう。

 《ヒール》と《ヘーレム》で手術創を治せる状況である以上、開腹はためらわない方がいいのかもしれない。


 幸い一泊すると、リリーは普通の調子になったようで、かえって彼女をどう扱っていいか迷うこととなった。

 重症で寝込んでいれば看病しただろうが、今は普通に歩き、普通に食事も出来ている。

 懸念されていた見かけ上の回復ということでもないようだ。


「うちで雇おうかい?」


 おばちゃんは、そう言ってくれた。

 僕は、それでいいなら、そうしてほしいと思った。

 しかし、ティアが反対した。


「エルフの意思にもよるけど、おばちゃんに雇われると客を取らされるから、やめた方がいいんじゃないかな?」


「客って?」


「サービスのお客さ。おばちゃんは、この『山吹亭』の他に、食堂とか酒場とか色々経営してるんだけど、そこで、お客の相手をしてくれる娘を常に探しているんだ」


 ティアのその返答に、僕は眉を顰めた。


「それって、売春ってことか?」


「否定はしないよ。

 直接は要求したりしないみたいだけどね。

 けど、勤めている娘の話を聞くと、状況的に断れない雰囲気になる場合があるって言ってた。

 まあ、それを含めても、何の特技もない女の子が働くには、破格すぎる待遇だと思うけどね」


 リリーの方を見ると、きょとんとしている。

 よく分かっていないようだ。

 いずれにしろ、この世界は、何もできない人間が生きていける程、甘くない。

 元住んでいた所に送り届けてあげた方がよいということだ。


「リリーの住んでた所って、どう行けばいいか分かる?」


 僕は、リリーだけではなく、ティアやミューズに聞いてみた。

 リリーは首をかしげ、ティアは肩をすくめ、ミューズは目をキラキラさせているという、三者三様の反応をされた。


「やっぱり、人助けは大切だよね!

 カナンも、教会の教義に目覚めてくれたようで嬉しいよ!

 静かの森なら私が分かる。

 案内しよう!」


 ミューズは、僕の手を取り、そんなことを言っている。

 人助けは大切だと思うが、教会の教義に目覚めた訳ではない。


「まあ、送り届けた先でお礼をもらえばいいか。

 エルフは、あまり財産とか持たないっていうから、あんまり期待できないけど」


 ティアは、あくまでもドライだ。


「暗殺者!

 お礼を期待して人助けをするのは良くない!

 困っている人がいたら助ける!

 当然のことだ!」


 ミューズは、胸を張って言った。

 もっともなことだと思うが、人助けができるのは、色々な意味で余裕のある人だけだ。

 自分を犠牲にしてまで、人助けをする必要はないと思う。

 助けられた人も、戸惑ってしまうだろう。

 残念ながら、魔獣がうろつくこの世界で、行き場所を決める権利は僕にはない。

 リリーを故郷に届けてあげたくても、能力的に無理なのだ。

 ティアの協力が必要不可欠だった。

 だから、僕はティアの反応を窺ったが、別に反対することもないようだった。

 静かの森がどこにあるかは知らないが、帰るのに遠回りになるのは確実だろう。


 ティアは、アルデンの町に、あまり帰りたくないのかもしれない。

 僕は、なんとなくそう思った。

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