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僕に回復魔法をください。  作者: シロツメヒトリ
サイドベルの章
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36.「黒胆汁」

「説明の前に、ミューズ、まず、この子に《ヒール》を掛けてくれ。

 この辺りだ」


 僕は、そう言って、エルフの少女のみぞおちのあたりを指し示した。

 ミューズは首を傾げながらも、指示に従い、《ヒール》を掛ける。


「分かっていると思うけど、《ヒール》は病気には効かないんだぞ?」


「分かってる。

 まず、傷を塞ぐ必要があるんだ」


 僕の言葉に、ミューズは、また首を傾げた。

 僕は、まず、黒胆汁について説明することにした。


 黒胆汁という言葉、唐突に出てきたが、聞いたことがあるだろうか?

 以前、少し話に出した、四体液説のうちのひとつの体液だ。

 四体液説は、地水火風の四大元素と密接に結びついている。

 風の血液、火の胆汁、地の黒胆汁、水の粘液というように。

 風火地水の順番で、春夏秋冬も司っていた。

 風は温かく湿っており、火は温かく乾いており、地は冷たく乾いており、水は冷たく湿っている。

 それぞれの季節には、それぞれの元素が過剰になる。

 病気は、これらの元素を司った四種類の体液のバランスが崩れることによって起きていると考えられた。


 例えば、冬は冷たく湿った水の季節で、粘液が過剰になる。

 冬は、いわゆる風邪を引く人が多く、鼻水や痰といった粘液が過剰になる。

 このため、治療は、その逆を行う。

 温め、乾かすのだ。

 例えば、夏は温かく乾いた火の季節で、胆汁が過剰になる。

 夏は、細菌が繁殖しやすくなるため、下痢をする人が多かったのだろう。

 やはり、治療は逆を行う。

 冷やし、湿らせるのだ。


 この考えは、血液型性格診断も真っ青な、四体液気質という性格診断のような考えにも発展した。

 血液が多いと活発になり、胆汁が多いと怒りっぽくなり、黒胆汁が多いと憂鬱になり、粘液が多いと粘液質、つまり粘り強いがなかなか動かないようになる。

 黒胆汁は、ラテン語でメランコリア。

 そのまま、憂鬱のメランコリーの語源となっている。

 秋は憂鬱の季節で、憂鬱のために黒い物を吐くことが多いということなのだろう。

 しかし、黒胆汁という言葉を聞くのは、恐らく現代では、メランコリーくらいなのではないかと思われる。

 すでに否定された理論だからだ。


「実は、黒胆汁なんてものは存在しないんだ」


 僕は、ズバリと言った。

 当然、ミューズは反論してくる。


「じゃあ、この子が吐いていたのは何なんだ?

 私は教会で、これが黒胆汁だと教わった。

 これが出た時は、温めて水分を与えてやることが大切だと」


 半分、涙目になっていた。

 信じているものを否定されるのは、とてもつらいことだ。

 それが、医療行為に関するものなら尚更だ。

 信じてやってきた行為が、もしかしたら、患者に害を与えているかもしれないということなのだから。

 だけど、僕は、それを正さずにはいられなかった。


「あれは、胃で消化された血液だ。

 エルフの子は、何らかの原因で上部消化管から出血し、それが吐き気をもたらして、消化された血液が外に出てきたんだ。

 だから、治療は《ヒール》で出血の原因を治すのが正しい。

 ミューズが間違うのも当然だ。

 僕の国でも、昔は、そう考えられていたのだから」


 間違えたら、正せばいい。

 今後、同じ間違いをしなければいいのだ。

 ただ、そう簡単に割り切れないだろうから、少しフォローも入れてあげた。

 僕の言葉に、やや表情を取り戻したように見えるミューズだったが、まだ落ち込んでいる。

 彼女は教会の信徒だ。

 その影響は、僕が想像できないほどに深いのだろう。


「じゃあ、その原因は何なんだ?」


 落ち込むミューズに代わって、ティアが聞いてくる。

 確かに、それは問題だった。

 出血は、それだけで致命的になるため、《ヒール》による止血を急いだ訳だが、原因が分からなければ繰り返す可能性がある。

 僕は、エルフの子に話しかけた。


「吐き気は治まった?

 ――ええと……」


「リリー。

 リリー・シェファーフィールドが、わたしの名前」


「ありがとう、リリー。

 僕は、カナン。

 医者って言って、人の病気を治す職業の者だ」


 僕は、そう言って、手を差し出した。

 リリーは、その手を取って、握手してくれた。

 握手には、重要な意味がある。

 手に剣を持っていないことを示し、相手に敵意がないことを示すのだ。


「吐き気は、だいぶ良くなった。

 初めてされたけど、神聖魔法って、いい気持ち」


 リリーは、にっこり笑って言った。

 僕も、つられて表情を崩す。

 《ヒール》だけで吐き気が良くなるということは、暗示の効果を無視すれば、吐き気は出血そのものが原因だったということだ。

 これはとても重要な情報だ。

 つまり、吐き気が出血の原因なのか、出血が吐き気の原因なのか、どちらなのか、という問題だ。

 マロリーワイス症候群という病態がある。

 激しい嘔吐により、胃食道接合部に裂創をきたして、出血する病態である。

 リリーがマロリーワイス症候群だった場合、今度は吐き気の原因を突き止めなければならなくなる。

 ただ、意識はしっかりしているし、もしマロリーワイス症候群であったとしても、中枢神経系の原因は考えづらいだろう。

 嘔吐下痢症でも、マロリーワイス症候群は起こしうる。


 逆に、出血が吐き気の原因だった場合はどうだろう?

 その原因を調べるためには、もう少し情報を集める必要がある。


「リリー。ちょっと服を脱いでもらっていいかな?」


 僕がそう言うと、リリーは、なぜか頬を染めて、うつむいた。

 それでも、少しずつ服を脱ごうとしている。

 あれ?

 なんか変だぞ?

 ――あ、そうか。

 いつもの癖で、誤解させるようなことを言ったのかもしれない。

 隣では、ミューズが何か言いたそうにしているし、ティアが何かに期待して目をキラキラさせている。

 この世界では、医者なんて人間は僕以外にいないのだった。

 僕は、慌てて全裸になろうとするリリーを止め、上着だけを脱がせるのだった。

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