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僕に回復魔法をください。  作者: シロツメヒトリ
サイドベルの章
36/71

35.「奴隷」

 その少女は、長い金色の髪をして、透き通るような白い肌をしていた。

 歳は、ミューズやティアと同じくらいだろうか。

 震えながら、両肘をつき、黒いものを吐いていた。

 両手は木の枷で拘束されており、彼女も商品なのだということが分かった。


「あれ、エルフじゃないかな?」


 いつの間にか、少女の方を向いていたミューズが言った。

 エルフ?

 確かに金色の髪と白い肌かもしれないが、耳はそれほど長くない。

 目は、つぶっていて分からない。

 僕には確信が得られなかったが、ミューズは見たことがあるのかもしれない。


「ほら、立て!

 そんなんじゃ、買い手が付かないじゃないか!」


 商人と思わしき男が、そんな怒声と共に、少女の木枷を掴んで強引に立たせようとする。

 少女は俯いて、よろよろと立ち上がる。

 立ち上がる際に、また黒いものを吐いた。

 おいおい。

 あれは、やばいんじゃないか?

 それは、ミューズも感じていたようだ。

 つかつかと商人に近寄り、腰に下げた剣を見せながら、冷たい口調で話しかける。


「商人。

 このエルフは、どこで手に入れた?

 エルフは、自然を愛する種族だ。

 我々、人間のように、金ために身を落とすとは考えにくいのだがな?」


 ミューズは、今、騎士剣を帯びている。

 この剣は教会から下賜される特別な剣だとのことで、見る人が見れば、その持ち主が聖騎士であることは一目で分かる。

 実際、ミューズが剣を見せた時に、商人が少したじろいだのが僕には分かった。

 しかし、商人は悪びれもしない。


「こいつは、俺が高い金を出して買ったんだ!

 俺の持ち物を俺がどうしようが、お前らには関係ないだろ!」


 そう啖呵を切って、少女の元に近寄ろうとする。

 刹那、商人の首には短刀が付きつけられていた。

 いつの間にか、ティアが商人の背後に回ったのだ。


「良く砥いであるから、動くと首が落ちるよ?

 そして、嘘を言うと、間違って手が滑ってしまうかもしれないよ?」


 ティアは、いつもの口調で商人の首元に短刀を近づける。

 商人は首を逸らせ息を呑むが、精一杯の虚勢を張る。


「お前ら、自分が何をしているか、分かっているんだろうな?

 他人の所有物を横取りするのは犯罪だ!

 ここの自警団に通報して、一生、牢屋に入ってもらうからな!」


 商人の大声に、人が集まってくる。

 この状況は不利だ。

 僕は、しゃがんで、少女に話しかけた。


「君、僕の言葉が分かる?

 ここには、どうやって来たの?」


 僕の言葉に、少女は目を開けた。

 そこには、潤んだ緑色の瞳がこちらを見ていた。

 エルフというのは、間違いないようだ。

 少女は、商人を指差す。


「あいつが、わたしをさらって、ここに連れて来たの」


 僕は、少女の頭を撫でてやった。

 賢い子だと思った。

 彼女の言葉に、ティアが商人を蹴飛ばす。


「自警団に捕まって、一生、牢屋で暮らすのは、どっちかな?」


 無様に地べたに転がった商人は、見上げると、周りに人だかりが出来ていることに気付いたようだ。

 状況が一転したことに気付き、慌ててこの場所から逃げ出した。

 ティアもミューズは、商人には構わず、こちらを向き直った。

 金髪の少女は、笑い返そうとするが、再び俯き、黒い物を吐き出した。

 顔面蒼白で、息も絶え絶えだ。


「とりあえず、落ち着ける場所に運ぼう」


 僕の提案にティアもミューズも頷き、僕たちは宿屋に向かうことにした。

 宿屋は、ティアがいつも利用しているところがあるとのことで、ティアに案内を任せた。

 サイドベルの城壁に近い、少し治安の悪そうな地区にある宿屋だった。

 周囲の景観に比べれば、少し小奇麗な気もするその建物には、「山吹亭」という古びた看板がぶら下がっていた。

 山吹亭に入ると、すぐにカウンターとなっていたが、そこには誰もいなかった。

 やはりというか、普段はあまり客が入っていないに違いない。

 大通りからは離れているし、何よりも客がいる気配がない。

 ティアはカウンター奥の扉の向こうに声を掛けた。


「おばちゃーん! お客が来たよー!」


 ティアの声に反応して、中年というには、やや歳を取っているように見える女性が、のっそりと扉から顔を出した。


「あれ、ティアじゃないか!

 久しぶりだね!

 ようやく、うちに働きに来る気になったのかい?」


 おばちゃんは、いかめしい顔からは想像できないほど明るい声を出して言った。

 ティアは、おばちゃんの肩を叩く。


「やだなー、お客だって言ったじゃない。

 ちょっと、部屋を貸してほしいんだ」


 ティアの言葉に、おばちゃんは、僕の背負う少女の顔に視線を向けた。

 急に、真面目な顔になった。


「いつもの部屋が空いてるから、使いな」


「ありがと、おばちゃん!」


 ティアは、それを聞くなり、ずんずん建物の奥に入っていく。

 僕とミューズは、軽くおばちゃんに会釈をして、後に付いていく。

 ティアが向かった先は、こじんまりとした部屋だった。

 いわゆるシングルルームで、ただ、ベッドがひとつというだけで、部屋の広さは意外とあった。

 僕はベッドにエルフの少女を寝かせると、早速、治療に取りかかろうと思い、向き直った。

 が、先にミューズが話し出した。


「このエルフの子は、さっきまで黒胆汁を吐き出してたね?

 私も、聖騎士として、多少は病人を診たことがある。

 こういう病人には、温かくして、水分を与えればいいんだよね?」


「へえ、あれが黒胆汁か」


 ミューズの言に、ティアとおばちゃんは感心している。

 黒胆汁という言葉は、意外と認知されているようだ。


「おばちゃん、布団と飲み水を……」


「それは要らない」


 ティアの言葉を、僕は遮って言った。

 ミューズ、ティア、おばちゃんが、三様に驚いた顔をこちらに向ける。

 中でも、一番、驚いた顔をしているのはミューズだった。


「どうしてだ、カナン?

 私の見立てが間違っていたのか?

 エルフの子が吐いたのが、黒胆汁ではないと?」


 僕は頷き、どうやって説明したものかと思案した。

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