34.「サイドベル」
「それ、似合ってるよ。
今度からトレードマークにしたら?」
ティアは、僕の頭に付けた青いバンダナを指して笑いながら言った。
《サイン》による刻印があるため、隠した方がよいということになったのだった。
僕は、あまりアクセサリーの類を付けないので、似合うとかよく分からない。
ただ、バンダナは暑い時は汗が落ちるのを防ぐ。
清潔操作が必要な時は重宝するかもしれない。
サイドベルの街は、商業都市という名の通り、商業を中心とした街の設計がなされている。
中央に十字に大通りが走り、そこでは常に市が開かれており、また各種商会の本店支店が立ち並ぶ。
入った時は圧倒された。
たくさんの人と商品が溢れ返っている。
商人は自らの商品を宣伝し、通りすがる客に声を掛ける。
行きかう客は足を止め、9割がた誇張な説明をふんふんと聞き流しながら商品を眺める。
日中は常に、何らかの金品のやり取りがされているのだろう。
この世界に来て、初めて人々の活気に触れた気がした。
行政施設も、基本的には、この大通り沿いにあるようだ。
市長邸や冒険者ギルド、商業ギルド、自警団詰所などが立ち並んでいる。
サイドベルの街は人口も多い。
住宅地区は商業地区の余ったところを隙間なく埋めているという感じだった。
僕たちは大通りを3人で歩いた。
方角ごとに、それぞれ大まかなジャンルで分かれているようで、南側の区画には食料品を取り扱う露店が多く並んでいた。
野菜、穀物、獣肉などの露店が並び、目当ての蜂蜜も、すぐに見つかった。
うまく値切れたようで、蜂蜜の壺を手にしたティアは上機嫌だった。
「ちょっと、市を歩いてみるかい?
ここで買えない物は、多分、大陸中を探しても買えないと思う。
金貨1枚程度までだったら、好きな物を買っていいよ?」
ティアは、蜂蜜の壺をクルクル回しながら言った。
「そんなことしてると、落とすと思うよ?」
案の定、ミューズに突っ込まれている。
しかし、これも案の定、ティアは反省せず、むしろ頭に載せたり背中に載せたり、サッカーボールみたいにしながら歩いている。
良く落とさないものだ。
殺すしか能がないとか言っていたが、曲芸師としてなら食って行けるんじゃないだろうかと僕は思った。
露店を冷やかしながら、僕たちは北の区画まで歩いてきた。
北の区画では、様々な動物が檻の中に入れられていた。
中には、エーネルスホルン領で魔獣として退治したと思われる獣もいた。
牛や羊のように家畜と考えられている動物の中には、ヒモで繋がれているだけのものもいたが、大半は檻の中だった。
ワニとかカバとか、一体、何のために売りに出されているのだろう?
飼う人がいるのだろうか?
食用なら、生きている必要はあまりないはずだ。
謎な区画だと思った。
大型の獣の区画を抜けると、僕にとっては衝撃的な光景が広がっていた。
獣たちと同じように、人が檻に入れられている。
いや、それだけじゃなく、枷で繋がれて並んでいる人たちもいる。
一目見て分かった。
これは、奴隷市場だ。
「……奴隷なんているんだな」
僕は、呟くように言った。
誰にも聞こえていないと思ったのに、ティアもミューズもしっかり聞いていたようだ。
「そりゃ、いるよ。
まあ、奴隷なんて買えるのは一部のお金持ちだけだけどね」
ティアの話によれば、ある程度のお金持ちであれば、家に一人くらい奴隷がいるのは当たり前とのことだった。
僕は知らなかったのだが、ミューズによれば、グレッグの屋敷にいたメイドさんたちの大半は奴隷なのだという。
その生い立ちは、借金のかたに売られた者、両親が奴隷だった者、人さらいにさらわれて売られた者など、様々だ。
中には、自分を売って、生活の糧を得るものもいるらしい。
奴隷も、国によって立場が色々だが、ひとつ変わらないのは、奴隷は商品であり、財産であるということだ。
売ればお金になるし、傷つけられたり死んでしまったりしたら持ち主の損失になる。
このため、所有者は奴隷を保護するし、他人に奴隷を傷つけられたら、傷付けた相手に賠償を求める権利がある。
賠償の仕方や額については、それぞれの国の法律で決められている。
丸損なため、そんな人はあまりいないが、持ち主が奴隷を殺しても、罪には問われない。
「カナンの国には、いなかったのかい?」
ミューズの言葉に、僕は頷いた。
「じゃあ、偉い人たちは身の回りのことをどうしているんだい?
皆、自分でやっているの?」
「多分、お金で雇って、やってもらっているんじゃないかな?」
僕が曖昧に答えると、ティアが不思議そうに言った。
「それって、奴隷と、どう違うんだ?」
そう言われて、僕は黙り込んでしまった。
確かに、奴隷という言葉を使わないだけで、奴隷のような生活をしている人は多いかもしれない。
お金で買われて、人の嫌がる仕事を安い賃金で行う。
奴隷と共通しているところは、本人に拒否権がないところだ。
「せっかくだから、カナンの夜のお供に、一人ぐらい買っていくかい?」
ティアが冗談めかして言う。
僕は、冗談だと思っていたが、ミューズは、そうは取らなかった。
「カナン! 夜のお供が必要なのか!?」
必死の形相で詰め寄られ、僕は危うく頷きそうになったが、慌てて首を振った。
ミューズは僕の様子を見てホッとしたような感じで、来た道を帰ろうとした。
「あまり、気分のいい場所でもないし、そろそろ帰ろう」
そう急かすミューズのすぐ後ろで、音もなく、少女が倒れるのが見えた。




